吉川きっちょむ(芸人)
吉川きっちょむ(芸人)
2018/12/10
アニメーション版バクマン?
1987年当時のアニメ事情や社会情勢を背景に、高校生だったアニメ好きの山口と絵が上手い宇部の2人がクラスで出会い、長編アニメーション映画初監督・作画監督まで?を描く。 第1話で、2017年現在の変わったようで変わらない2人の関係を見せ、2話目以降から87年当時の高校生として出会いから描いていく。 仲間内でアニメ好きを隠すっていうのは、趣味の多様性が認められつつある現代とは違って、「オタク」が認知され始めて肩身が狭い時代だからか、いや結局いまもそうなのかな。 そんな時代に彼らが出会い、互いに触発され歩みを進め始める。 一人はアニメーターとして、もう一人は演出・プロデューサーとして。 宇部が、見たものを目に焼き付けて動画や静止画として描けたり、パッと見たアニメキャラの絵柄で見えない部分は他から補完して描いたり、飛びぬけた観察力と天才的な部分を見せていくシーンがワクワクする。 そして対比として描かれる山口の凡庸さだ。 嫉妬・羨望などあるが、素直なやつなので卑屈にならずにすぐに認めて前を向く爽やかさがあって良い。 マンガとしてもアニメーションを意識しているのか、動きが連続して描かれる箇所がたびたび出てきて面白い。 池袋駅の雑踏の効果音を「ザハザハ」としているのが、ん?となるが、確かに「ザハザハ」で想像してみると、そう聞こえる気がする。 もしかして、「ザハザハ」と書いて「ザワザワ」と読むのかな?どっちだろう。 派手な面白さがあるタイプの作品ではないが、ゆっくり彼が行く先、その動向を見守っていきたくなる漫画。
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ
2019/11/14
退行世界の絶景&美食満喫家族!
文明の断絶、野生の侵攻……変わり果てた世界に取り残された、父と小・中・高の三姉妹。どうやったら元に戻れる……いやそれより、どうやってここで生きていこう? ……と言いつつ、家族の他に誰もいないこの世界。どこに入っても、何をお借りしても自由!残された文明を遊ぶ家族は、基本楽しそうで、明るい。この自由感、例えば『地球の放課後』(吉富昭仁先生)と同等か、さらにゆるい。 父は「まずは食が大事!」と方針を定め、残された加工食品を費やしつつ、少しずつ野生からの食材調達を試みるが、次第に家族は、ある事に気付く。 「自然旨っ!」 娘達は、素材の味と父の調理技術で大地の恵みを満喫しながら、少しずつ新たな食材を求めて努力を始める。 それはすぐに上手くはいかないが、苦心と労力にはリアルが感じられ、少しずつ新たな挑戦が実る喜びも、共に感じられる。 そして家族が乗り出す世界は、文明の残骸に自然が侵食してきた退行世界。時が止まった寂しさと、巨大な文明を飲み込む自然の雄大さ。この魅力を理解するとしたら…… 恐らく、廃墟マニア。 荒廃した世界に圧倒される子供たちの小ささと、咎める者のない自由の中で躍動する、若い身体を交互に描写し、世界を生き生きと輝かせるこの作品。 絶望なんか追いやって、今を生きることを「ゆるく」満喫する家族と共に、退行世界を楽しみたい。 3巻までの感想。
mampuku
mampuku
2019/01/15
「アカメが斬る!」原作者がジャンプ+で新連載
camera「パパ聞き」コミカライズ版の竹村洋平と、「アカメが斬る!」のタカヒロによるバトル漫画。女性にしか発現しない異能力により女だらけとなった軍隊に、成り行きで入ることとなった少年主人公という「インフィニット・ストラトス」みたいな話ですね。 ヒロインが能力で主人公を使役する代償としてご褒美の○○をしてしまう、というのは一見ありがちな能力バトルのお約束なようで、使役相手の内なる欲求を満足させてあげるというのは少し斬新です。「女社会に放り込まれる」「美少女の奴隷にされる」というストーリー上のドM要素だけでなく、性癖を見抜かれて満足させられてしまうというあらゆる意味でのドM仕様の美少女漫画となっています。 肝心の絵のほうも流石のクオリティですが、美少女的な可愛さに関してはむしろ前作よりも腕を上げているように見えます。しかしながら、矢吹健太朗や赤松健、「五等分」の春場ねぎに「天野めぐみ」のねこぐちなど少年漫画のお色気美少女業界めちゃくちゃハイレベル競争なので、竹村先生にはさらなるパワーアップとスケールアップを期待したいです。
影絵が趣味
影絵が趣味
2019/01/12
無記名的な、無国籍的な、大陸横断的な
狩撫麻礼の名義でもっとも世に知られる土屋ガロンが原作をつとめているのが『オールド・ボーイ』。韓国の名監督パク・チャヌクにより映画化され、カンヌ国際映画祭では審査員特別グランプリ、さらには映画大国アメリカはハリウッドでもリメイクされ、その際、それら会社間での権利関係で色々と揉め事が発生したようである。 そんな作品のほうが勝手にひとり歩きしている状況は原作者冥利には違いないが、この原作者、狩撫麻礼という名義でもっとも知られている男はじつに変な男である。まず、狩撫麻礼という名はカリブ=マーレー、つまりレゲエ音楽家のボブ・マーリーと彼の生活の拠点であったカリブ海とを掛け合わせたものらしいが、土地や名前などの固定的なイメージをペンネームに使用していながら、当の本人、狩撫麻礼という名義でもっとも知られているこの男は、土地や名前などの固定化したイメージから浮遊して逃げさるかのように極めて無記名的な存在である。いくつものペンネームを使い分けるさまは言うまでもなく、そもそもマンガ原作者であるために絵柄は作画担当に委ねられ、ひとつのイメージに定まることはない。さらにはいっさいメディアに顔を現さないために誰も彼の姿形を知らず、狩撫麻礼は彼のマンガに出てくる登場人物たちのように部屋には冷蔵庫とサンドバッグだけがポツンと置いてある、冷蔵庫の中身はすべてビールで埋め尽くされている、なんていうような妙に信憑性のある伝説だけが勝手にひとり歩きしているのである。そう、作品だけではなく、彼の存在自体も"物語"となり勝手にひとり歩きしているのである。 そもそも物語とは何か。物語とは話し語ることであり、物語の起源とは伝承にほかならない。当然のことだが、物語の伝承には著作権などなければ固有性も何らそなわっておらず、しかし当の物語のほうは極めて匿名的に、希薄にも、希薄であるが故に霧や空気のように所かまわず浸透して、あらゆる隙間を縫って各方面へひろく拡大伝播していく性質をもっている。著作者という概念など人類のながい歴史において近代になってようやく発生したものにすぎない。では、物語の本質とは何か。著作者という概念が発生した近代以降は、それは著作者その本人に帰依するものと一般には言われているようだが、人類のながい歴史からみた物語の場合はそうはいかない。その物語の発話者を遡って探していこうにも、その先には深淵があるばかりである。あるいは都市伝説によくあるように、その物語伝承の起源を仔細に追っていった結果がじつに身も蓋もないことであることも往々にしてあるだろう。すなわち物語の本質とは、その発生の起源ではない。物語の本質とは、むしろ、著作者を置き去りにして、極めて匿名的に、希薄にも、希薄であるが故に霧や空気のように所かまわず浸透して、あらゆる隙間を縫って各方面へひろく拡大伝播していく性質のほうにあるのではないか。それはまさしく物語が勝手にひとり歩きするということである。 そして、まさしく『オールド・ボーイ』はそんな物語の本質を貫くかのように、狩撫麻礼の名を置き去りにして、マンガというジャンルを越えて日本から韓国へ漂流し、ヨーロッパへ渡り、とうとうアメリカ大陸にまで辿り着く。しかも、ひとつひとつ国を跨ぐごとに、その物語の中身は少しずつ改変されているのである。狩撫麻礼とは物語の本質を身に纏い、世界各地をさながら無記名の幽霊のように彷徨い歩く男の仮の名前ではないか。そして、そんな男が、わけもわからずに何十年も監禁されて、そのわけを探すために街を彷徨い歩く、さながら記憶喪失のような男の後ろ姿と妙にかぶさるのである。 ところで、幽霊で思い出したのがロシア文学の代表格ゴーゴリが書いた『外套』という小説である。極寒の地、ロシアで、アカーキイ・アカーキエウィッチというひとりの男が新調したての外套を追い剥ぎに奪われて死んでしまうという小説だが、アカーキイの死後、各地でアカーキイの幽霊が現れて外套を奪っていくという噂が流れはじめる。じっさいに幽霊をみたというひとが遠い街から現れたが、その幽霊の風貌はアカーキイの姿形とはまったく違っていたという。 カリブ=マーレ―から拝借したという狩撫麻礼の名をみるたびに、私にはそれがカリブ海の南国のイメージとはどうしても繋がってこない。むしろ、なぜだか、狩撫麻礼ときくと大陸を横断してはしる極寒のシベリア鉄道を思い浮かべるのである。
たか
たか
2019/11/29
例の母、ついに書籍化…!!
諸行無常。バズっては消えていくTwitterインディーズマンガの中で、今年一番記憶に残った爆笑エッセイマンガがこの、並庭マチコ先生の『プリンセスお母さん』という人も多いはず。 というか、私の中で2019年のNo.1のコミックエッセイです…!! https://twitter.com/manga_m/status/1167354851166081024?s=20 8月に書籍化のツイートを見たときの嬉しさと言ったらやばかったです。まあ11月末が遠すぎて正直スッカリ発売日のことを忘れてたんですけど(ありがとう、マンバのTwitter…!) 「お母さん」とは ・パート先で姫と呼ばれている ・エアドレスで挨拶(カーテシー) ・家=領地 ・Beatlesのポールが憧れの人。おかげで英語が堪能 ・娘・並庭先生の部屋がある2階に上がるときは変な歌でお知らせ …などなど、パッと出てくるだけでもこんだけ強烈。 「こんな楽しい人になりて〜〜なあ…!!」と、私淑しております。 お母様の自分の好きなものを大切にし、日常のなんでもないようなことを楽しんでいる姿、最高です…! ところで、表題となっているお母様もそうとう個性強いですが、そのほかの皆さんも個性強い。 ・優しくてとても普通な常識人な父 ・姉に対して謎に当たりの強い弟(マンガにチューブ入りわさびを付けて返す) この強烈な個性が不思議と噛み合い、織りなすハーモニーが癖になる。家族仲メッチャいいな〜!! 早く家に帰ってじっくり読みたい!!楽しみ!!! 【追記】 読みました!開いてすぐの「ナミニワ国マップ」で吹きました。離宮(プレハブ)www お母様の大変な生い立ちを知ると、自分がしたいように、自由に楽しく振る舞うことの大切さと深い説得力を感じました。 お母様が書いていたように、「不条理だらけの中で生きている」ということをよく自覚して、その中で楽しく暮らせるようにしたいなと、あらためて思いました(どんな自己啓発より信頼できるし真似したい) 娘の夢が叶ったことを嬉しがってくれるお母様素敵すぎてキュンとしました。 そして締めの並庭家ヨーロッパ旅行編、家族全員大活躍(マチコ先生以外)でホント最高でした…! 買って間違いなしの1冊です! 【余談】 弟のギャグ日の曽良くん感狂おしいほど好きです…マチコアンチのあたりの強さ…大学の先輩好きすぎるところもいい…
sogor25
sogor25
2019/11/24
もしもかつての勇者たちを"介護"することになったら…どうする?
かつて魔王との死闘を繰り広げた歴戦の勇者たち。その死闘から数十年、彼らも加齢という敵には抗うことができず、平和になった世の中でひっそりと余生を過ごしていた。そんな余生を過ごす家、特別養護老人ホーム「ばるはら荘」。 そこに職員として紛れ込んだ魔王の孫娘・マリー。彼女の目的は祖父の復讐、つまり年老いた勇者たちに自らの手で仇を打つこと。しかし彼女は知らなかった。勇者たちは年齢を重ねても現役時代と同様の魔力・戦闘力を保っていること、そしてそれにも拘らず、すでにボケが始まっていて時折能力を不用意に暴走させてしまうことを… という、剣と魔法の世界×老人ホームという異色の組み合わせの作品。ファンタジーの雰囲気を保ちながら実際にやってることは老人介護というアンバランスさ、そして勇者たちを介護するために集められた超有能な職員たちと、その辺の事情を全く知らずにノコノコと介護の現場という"戦場"に足を踏み入れてしまったマリーの振り回されっぷりがクセになる。現段階でもすごく面白いけど、今後の展開の仕方、それとマンガ読みの間での認知のされ方次第では「ダンジョン飯」になるポテンシャルを秘めている、そんな作品だと思ってます。 …というのが、この作品をファンタジーもしくはコメディとして見たときの感想。それに加えて私個人としては"介護を描く作品"としても非常に注目しています。 作品全体としては介護の対象が勇者たちなだけあって"異世界モノ"特有のフィクション性の高い設定も数多く見られますが、入居者に対する個々の介護の様子を見てみると、現実の介護にも当てはめられるような描写も多く見受けられます。 現実世界では"介護"もしくは"介護士"というと非常に厳しい環境に置かれており、半ば社会問題となりつつあるように思います。そんな介護の現場をリアルに描こうとすると、社会性が高くなる他方でエンタメ性を保てなくなり、敷居の高い作品となってしまうのではないでしょうか。 そんな中でこの作品は、ファンタジーとして作品のエンタメ性を確保しつつ、いずれは誰もが接することになるであろう"介護"という存在をよりポップに読者に伝える、そんな意図も隠されてるのでは、というの深読みしすぎでしょうか? いずれにせよ、コメディとしての面白さもあり、介護というものに気軽に触れることもでき、読んでいていろんなものを得られる作品であることは間違いないです。 1巻まで読了