あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ
2020/07/19
三味線弾いていい?存在賭けて鳴らす音
大切な誰かに教わった物。最早分かち難く身についた行為。大好きなそれを、奪われるとしたら……。 ♫♫♫♫♫ バンド活動に飽きていた高校生・伊賀は、小さな年上の女の子・なずなの津軽三味線の音に触れる。 そのとんでもない音に魅了された伊賀は、なずなに三味線を教わろうとするが、なずなはやると言ったりやらないと言ってみたり……。 伊賀が頑なななずなの心の殻を、少しずつ優しく剥いで行くたびに見えてくる、なずなの心の傷は痛々しい。 全3巻中2巻を費やして、なずなが三味線を「弾きたい」と「弾けない」を行き来する物語は余りに繊細で、苦しい。しかし、なずながそのドラマの重さから解放され、自分らしく三味線を鳴らす時、物凄いカタルシスに満たされる。 ♫♫♫♫♫ 自分の三味線の音は血であり、過去であり、自己であるなずなにとって、三味線を奪われる事は、己の存在を否定される事だった。 例えば同じ津軽三味線漫画『ましろのおと』で、祖父の音を捨てて、自分の音=自分の存在証明を得るべく迷走する主人公の澤村雪と、苦しむポイントは違うが「自分の音=自己を鳴らす」という命題は共通している。 むしろ澤村雪の姿は、なずなの姉を神格化し、なずなの姉の様になりたくても叶わなかった、伊賀と同学年の橘ハルコの方に重なる。 『ましろのおと』に興味のある方は、2008年に同様の命題にチャレンジした『なずなのねいろ』も是非、読んでみていただきたい。
たか
たか
2019/09/17
原作の雰囲気そのまま!最高のコミカライズ
原作小説、WEB連載、コミカライズを読んだ本好きファンです。今まで多くのコミカライズを読んできましたが、失望より感動が上回った作品はこの本好きの下剋上が初めてです…! これは私の持論なのですが、いい漫画かどうかの判断基準は、「余計なセリフを用いずに絵だけで情報(感情・時間の経過など)を伝えきっているかどうか」です。 鈴華先生の描く「本好き」コミカライズは、まさにこれに当てはまります。 https://i.imgur.com/Ept4B15.png (「本好きの下剋上」1巻第3話より。マインと姉・トゥーリと幼なじみたちは全員最下層の平民) 原作の小説で地の文として書かれていたことは勿論、触れられていない部分についても、きちんと整合性が取れるように描写されています。 ルッツが「リンシャン」をしたかどうか、言及がなくても髪の毛を見れば一目瞭然ですし、洗礼式でマインの血を採取した神官の手を見ればその人物が誰なのかわかってしまいます…!(たまりませんね) また、コミカライズならではの楽しみといえば、主人公・マインが作った(考案した)品物を、実際に見て楽しむことが出来ることです。 粘土板、パピルス、糸で編んだ花、洗礼式の衣装etc…。 第一部に登場する品々は、どれも貧民・マインとその家族による手作りばかりで、漫画にはそのことを反映し、温かみのある素朴な品として描かれているところが本当に素敵です。 WEBに掲載されている原作は、PDFにして10,708ページと広辞苑約3.5冊分に相当する超長編で、未読の方にはかなり手に取りにくいかと思います。一方、この漫画版は原作の要の部分を抑えて作られており、非常にとっつきやすくなっています。アニメ化に合わせてぜひ読んでみてください! ▼WEB連載「ニコニコ漫画」 http://seiga.nicovideo.jp/comic/18228 http://www.tobooks.jp/booklove/ https://youtu.be/8AUVNYmxJ_c
たか
たか
2019/08/22
Aセクシャルと孤独と家族
無性愛者(Aセクシャル)とは、**「他者に対して恋愛感情を寄せることや、性的な欲求を感じることがまったくない性的指向をもつ人」**のこと。(日本大百科全書の解説より) 来世ではちゃんとしますの梅ちゃんもこのタイプ(たぶん)。 漫画家で無性愛者の主人公・厚樹は、性的な関心が無いため周囲と馴染めなかったり、作品に色がない(魅力がない)と言われたり生きづらさを抱えている。そんなときに、10年近く会っていなかった親友から助けを求める電話が入って…というあらすじ。 https://twitter.com/young_jump/status/1164199780722999297?s=20 物語後半の、 「恋なんかしなくても子供の頃は寂しくなかっただろ?」 「なんで大人は発情しないと孤独になっちゃうんだよ…」 という厚樹の本音のセリフがとても印象に残った。 そして最後は、**「性的欲求などなくても、バラバラの人間が一緒に暮らせばそれだけで家族になる(孤独じゃなくなる)」**というシンプルな事実を示唆するとてもハッピーな終わり方でよかった。 (忘れがちだけど同居する義理の両親や甥姪は、血も性的な繫がりがなくてもちゃんと家族で、それは寄せ集めの同居人同士でも同じことが言えるはず) 大人になるにつれ子供の頃のような「性的な関心抜き」の純粋な関係というのは失われていく(ストレンジャー・シングスのシーズン3とかまさにそう)ことが当たり前だと思っていた自分にとって、この作品は視野を広げる機会をくれたいい読切だった。 【ヤングジャンプ 2019 No.38 掲載】 http://jumpbookstore.com/item/SHSA_ST01M02817101934_57.html
兎来栄寿
兎来栄寿
2020/11/19
いのちだいじに。
朝の唱和、厳しいノルマ、パワハラ、恫喝、休日出勤、飛ぶ同僚……典型的なブラック企業で働く契約社員の水城リコ(25)の退職から始まる物語です。限界を迎えつつあったリコが、「退職代行」を生業とする弁護士・不知火に出逢うことで人生に転機が訪れます。 はたから見れば絶対に辞めた方がいい、と思える状況でも追い詰められた当人はまともな思考力も奪われ、どうやっても抜け出せない状況にあると思わされてしまうのがブラックな環境の恐ろしいところです。そんな時に利用できる「退職代行」というサービスの存在を知っているだけでも人生は大きく変わることでしょう。 「耐えていればいずれ報われるなんて考えは…自分を殺すことになる」 という作中のセリフの通りです。 この作品が面白いと思ったのは、ブラック企業から抜け出したことで開放感・幸福感に満ち溢れたヒロインがかつての自分と同じような苦しみを背負っている人に無自覚的にマウントを取ってしまうシーン。人間の業を感じさせられました。 幕間には、監修を務める実際に退職代行を行っている女性弁護士のコラムもあり、参考になりつつ仕事とは、雇用とはと考えさせられます。 真面目な部分も面白いですが、美人でデキるお姉さんの不知火さんは格好よくて惚れてしまいますし、ゆるふわに見えてバリバリに仕事ができるスーパー事務員の恋川さんなどキャラも立っています。 追い詰められる前に読みたい、あるいは周りに追い詰められていそうな人がいるならその人に差し出したい一冊です。
あうしぃ@カワイイマンガ
あうしぃ@カワイイマンガ
2020/07/08
漫画と土地の記憶(インタビュー記事を読んで)
『今日どこさん行くと?』の作品ページに、作者の鹿子木灯先生のインタビューへのリンクが追加されたので、読んでみました。 熊本地震で被災された先生が、熊本のPRのため、そして復興していく様子を残したいという意思のもと、この作品を産み出されたことに、色々な感慨が湧くのですが、読者としてこの作品が嬉しいのは、 ●変わりゆく熊本の記録が読める ●美しく楽しい熊本が描かれている の二点を両立しているところにある、と思っていたので、先生のインタビューは大変納得いくものでした。 敢えて復興の途中を描くのは、美しさに欠けると思われるかもしれませんが、記録としては貴重なものです。何よりもそれは、復興を望む人々の、強い想いの記憶でもあります。そう思えば、復興の生々しい過程も、完成された美しい光景も、その土地の人々にとっては等価に愛しいものでしょう。 ある土地を描くことは、その土地の記憶を描くことです。(長い目で見れば)いずれ失われる物を描き残すことは、そこを大切にした人々の、生きた証を残すことでもあります。 こうした漫画作品が残されることは、何よりも熊本の方にとって、嬉しいことでしょう。そのことは、次作の熊本ドライブ漫画『私の魅力がわからんと!?』が、ネッツトヨタ熊本さんの企画であることにも表れていると思います。 今(2020年7月)、熊本をはじめ九州地方は大きな水害に遭い、再び郷土が奪われる事態となっています。『私の魅力がわからんと!?』の内容にも今後、それが反映される「かもしれません」。また他作品では、『放課後ていぼう日誌』の舞台・芦北町は甚大な被害を受け、作者の小坂泰之先生も被災され、連載を休載されるようです。また、『カワセミさんの釣りごはん』の地域も大雨に見舞われているようです。 様々な作品の発表に、大きな影響が現れるのかもしれません。しかしまずは、何よりも先生方と九州の皆様の、身体の健康と心の安寧を、お祈り申し上げます。 私達はまず、今ある作品でこの地域に想いを馳せ、もしこの後、作品がまた産み出される時が来たら、その作品から様々に変わっていく九州と、変わらず美しい九州を、また鑑賞し、コレクションすることで応援出来たらと思います。 結論:まずは『今日どこさん行くと?』と『私の魅力がわからんと!?』を読もう!
影絵が趣味
影絵が趣味
2020/07/04
古屋兎丸の心意気が遺憾なく発揮されているのが・・・
月刊ガロのスーパースター(たしか福満しげゆきがそう言っていた)こと、古屋兎丸といえば、まず何といっても『π(パイ)』ですね。 月刊ガロといえば、常軌を逸した漫画家が大勢集まっており、エロ・グロ・ナンセンス・アバンギャルド等の作風で一世を風靡しましたが、古屋兎丸ももれなくこういった作風でガロからデビューしています。そして、まあ、私どもを含めた少々自意識を拗らせた人々がガロ系の漫画を読み漁ることとなったわけですが、こういったいわゆる大道からみれば外れ値にあたる作品というのは、一時こそはセンセーショナルに思われるのですが、その後が続かないということもまた多い。じつに沢山の漫画を読んできましたが、記憶にいつまでも残っているのはごく一部で、ほとんどの作品はタイトルすらも忘れてしまっています、まあ、これはガロ系に限ったはなしではありませんが。 で、こと古屋兎丸についていえば、いつまでも記憶に残っている。彼はガロ系作家の御多分に漏れず、常軌を逸した漫画家のひとりだと思うのですが、たとえば、同じく記憶に残り続けているねこぢるとは常軌の逸し方が違うような気がする。ねこぢるは純粋に外れ値の彼方にいるような漫画家でした。だけども、古屋兎丸の常軌の逸し方というのは、道を大きく踏み外す類いのものではなく、むしろ、あるひとつの習慣を偏狂的に続けるひとのそれであるような気がします。常軌を逸して几帳面なんですね。 それをまさしく体現しているのが『π(パイ)』ということになるでしょうか。ジャンル的にはオッパイのはなしなので、まあ、エロにナンセンスを掛け合わせたようなものになるとは思いますが、どうもそれだけではないような、エロとナンセンスをテーマとして掲げておきながら、それらを縦に貫いている偏狂的な習慣の持続がみられるのです。 主人公の沢木夢人は、オッパイ好きなデブのオタクだったのですが、ある日、オッパイと円周率の神秘に気がつき、これを探求することに人生を捧げようと決意する。しかし、このままでは一生なまのオッパイを見られないかもしれないと思い至り、高校入学まえに壮絶なダイエットをしてイケメンとして生まれ変わる、つまり高校デビューですね。ここまでで一巻の20ページなのですが、どうでしょう、この時点でもうすでに私たちの拗れた自意識が好みそうな漫画の体をなしておらず、気合いの入ったド直球の青春物語なのです。ただ、ちょっと、この気合いの入り方があまりにも偏狂的なんですね。何しろ、オッパイと円周率の神秘を探求して、人類に幸せをもたらし、ノーベル賞を取ろうという夢のようなはなしのですから。だけど、きわめて純粋で誠実で健全な漫画だと思います。自己紹介になりますが、純粋で誠実で健全な漫画が大好きです。
ANAGUMA
ANAGUMA
2019/07/26
子どもの目で見た世界のかたち
フランス人の母、シリア人の父を持つ「未来のアラブ人」リアド・サトゥフの自伝的エッセイマンガ。原著は現在4作まで出ていて、1作目は6歳になるまでの子ども時代を描いています。 彼はパリで生まれたフランス人ですが、幼少期は父親の仕事(と思想)の都合でカダフィ独裁政権下のリビア、父の故郷シリア、そして時々フランスで暮らすことになります。 2つのアイデンティティ、3つの国と文化、さまざまな政治や宗教をまたいで幼少期の人格が形成されていくようすを克明に捉えた… みたいに書くとなにやら難しそうですが、幼いリアドの感性が色々な文化に触れて、心を動かされたものを素直に映し出していくようすは純粋な面白さがあるし、とっても楽しいです。 発展途上国や独裁政権のキツイ側面、多文化理解や国際政治の困難もしっかり描いてあるのですが、絵がカワイくてオシャレなのでスルスル読めてしまう。 サトゥフは風刺マンガのシャルリで働いていたこともあり「色々難しいことはあるけど、ま、笑っちゃおう」という姿勢はなかなか小気味よいです。 これもマンガの力ですね。 昨今、地球上のあらゆるものごとが複雑になっちゃった気がするけど、リアドの目を通してみると、意外と些細なことやなんでもないことで出来上がっている。 世界って思ってるより単純で気楽なものかもしれないな、という気持ちになれる快作です。
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