なかやま
なかやま
2021/01/22
ユーモア?ラブ?コメディ?だけでは無い?2020年注目作
2020年6月に連載がはじまった作品 子供の頃に高尾山で親キツネと親タヌキを助けた主人公 田中 その恩返しとして、子ぎつねと子だぬきがいいなずけとして会いに来ることから始まる物語 とにかく、きつねとたぬきが愛らしい!カワイイ!ほっこりする!モフモフしてそう! と読むと癒やし効果がきっとある! 男性向け女性向け関係なく、誰にでもオススメ出来る作品です。 「じゃあ、カワイイだけの作品なの?」と言うと 違います!子ぎつねたちが自分たちが知らなかった世界に飛び出していく『広がり』と主人公 田中くんの止まっていた心が『動き出す』、三人四脚な成長の物語であると私は思っています。 それは無料公開されている一話の見開きのキャッチコピー 「一人と二匹、運命の交差する先はーーー。」 でも、暗に示されていると思います。 運命×交差 のキャッチコピーでカワイイだけで終わるわけがないです! 特に私が注目しているのは、きつねちゃんの台詞回し 独特な喋り方だけど、何処か詩的で美しい 『わあ・・・なんてキレイなんだろ、もっともっと早くに、こうしておけばよかったんだよ』 人では無いキャラクターであり、且つ子供、初めて人間の世界に出ていく緊張感があるはずで、作者 トキワセイイチ先生も結構こだわってセリフ作りをしているのでは?と考えます。 まだまだ話は動き出し! 単行本1巻が2月に出るので、今が読みどきです!
野愛
野愛
2020/05/11
漫画だからこそ描けた絶望
太宰治『人間失格』を漫画化した作品。 原作をそのままなぞっているのではなく、現代的かつメタ視点で描かれている。 古屋兎丸先生自身がインターネット上で大庭葉蔵の日記「人間失格」を発見し、読み進めていくというストーリー。 読者は古屋兎丸の目を借りて、葉蔵の人生を追いかけていくことになる。 父を憎みながらも実家の金で裕福に暮らし、仕送りが打ち切られれば女の家に転がり込む姿に、最低だ罪人だと責めたててしまいたくなる。 煙草屋の娘に恋をして、1日に何度も煙草を買い、素直になれず揶揄う姿はなんとも可愛らしい。 他者の目を挟むことで、葉蔵という人間の可愛らしさや狡さ、いやらしさがより鮮明に浮かび上がる。女を誑かす様子なんかは、原作よりも真に迫るものがあるような。 小説『人間失格』も葉蔵の日記を読む他者の視点で描かれている。漫画『人間失格』も同じだが、古屋兎丸視点で古屋兎丸の絵で描かれているので、メタ要素がより色濃く感じられる。 葉蔵を見つめる読者である古屋兎丸を見つめる読者である自分自身。古屋兎丸の目が自分自身の目となり物語に飲まれていく。 嫌悪、軽蔑、共感、友愛…葉蔵に対して様々な感情を抱きながら、共に絶望の果てに追い込まれる自分自身をまざまざと見せつけられる。 小説『人間失格』からは「ただ、一さいは過ぎて行きます。」という一文が示す通り、すべてが過ぎ去ったあとの凪のような絶望を感じた。 対して、漫画『人間失格』からは今まさに激流に飲み込まれて苦悩しているような生々しい絶望を感じた。 それぞれの絶望の味を是非読み比べてみてほしい。 古屋兎丸先生の人間失格が素晴らしかったので 津軽×魚乃目三太先生とか、斜陽×えすとえむ先生とか 相性の良さそうな太宰×漫画家を妄想するのが楽しい…駆込み訴えをどうにか現代設定(どうやって)にしてゴリゴリのBLにしたりとかめっちゃ見たい
ひさぴよ
ひさぴよ
2019/09/28
いままでの人生に影響あったかもしれない
中学生の頃に出会って、今でもたまに読み返す漫画。この漫画に登場する無数の人生が、20年以上経っても自分の中で物事を判断するときの支えの一つになっているかもしれない。読み終わってふと我に返ると現実の自分を見つめることができるので、メンタル弱くなったら読む、御守りみたいな作品。 作品を少し紹介すると、1988年から2002年までヤングジャンプで連載していた現代のお伽噺風のヒューマン・ドラマです。 悩める人間たちのもとに、胡散臭い神様や天使・悪魔といった存在が現れ、謎の秘密道具を与えては、人間たちの運命を大きく変えていく・・・という1話完結型の短編漫画で、「笑ゥせぇるすまん」に近いテイストです。喪黒福造みたいな際立った不気味さはありませんが、Y氏の隣人には、ザビエールをはじめとしたバリエーション豊かな妖しげなキャラクターが揃ってます。 作者・吉田ひろゆき氏は、元銀行員という異色の経歴を持っており、これがデビュー作になります。作品には、銀行員時代に見てきたと思われる人間模様が至るところに登場します。(余談ですが矢口高雄も元銀行員) 悩みやトラブルの原因で一番多いのが金銭関係だったり、 神様が渡すアイテムにしても、無限に使えるわけではなく、使用する度に「貯金」や「利息」といった制限が必ず付いてまわります。 そして人間の善行・悪行を「積み立て」として捉えて、その勘定が合わなくなったときに破滅が訪れる。 まさに因果応報!という感じで大好きな世界観なのですが、 この作品の凄いところは、「自分は、善人になるぞ!」と意気込んで善行を積んだとしても、必ずしも思っていた通りの結果にはならない、というところ。 この不条理さと、因果のバランス関係がほどよくて、人生ってヤツは一筋縄ではいかない…と読む度に思わせてくれます。ハッピーエンドになるのか、バッドエンドになるのか、一話一話のオチを予想しながら読むのも一興。 1巻から読み通すのは時間がかかるので、まずは「Y氏の隣人~傑作100選~」から読んでみては。
六文銭
六文銭
2020/07/21
妻が妻じゃなくなるときは存外「単純な理由」
5年位前だが「ハッピーアワー」という映画が、自分の界隈で話題だった。 http://hh.fictive.jp/ja/ ざっくりいうと、それぞれ性格も価値観も異なる妻(一人はバツイチ)たちが、色んな理由で旦那から離れていく(離れていった)というのを描いた作品。 演技経験がない女性をキャストに使ったことで、逆にリアリティが強く、自分は今でもこの映画がすごい印象に残っている。 本作「金魚妻」を読んで、まずこの映画が思いだされた。 本作も端的にいうと、妻が不倫・浮気する瞬間をオムニバス形式で描いている。 巻数を重ねるごとで関連性も出てくるが、基本的には1話完結で色んな家庭環境の妻を描いている。 作者である黒澤Rは女性であることも存分にあると思うのだが、目線というか、女性的な着眼点、ふとした瞬間に起こる衝動的なところが、男子目線で読んでてハラハラさせてくれる。 特に、心が離れる要因として、物理的なDVなどはわかりやすいのだが、そうでない所の描きが秀逸なのだ。 ちょっとした不満の蓄積(えてして価値観に軽微な影響を与え続けるもの)、旦那が何もフォローもしない無関心な様子だったり、退屈だったり、結局わかりあえない関係性を身近な他人とのセックスで満たそうとする流れが、理解できそうで、理解できない。 この感じが、もどかしく男女間の違いなのだろうと読むたびに痛感させられる。 エロスな面が強調されるが、こうした男女の機微も味わい深い作品です。 特に、上記の映画を知っている人は、ハマるかと思います。
影絵が趣味
影絵が趣味
2017/09/09
海のみえる風景
前作『ちーちゃんはちょっと足りない』に続いて、舞台は海のみえる街、神戸のようです。というより、『ちーちゃん』の舞台が神戸だということを今作に連れられて読み返してみてはじめて知りました。それもそのはずで、『ちーちゃん』には海がそこにありながら描かれていない、真っ白い空白な画面があるばかりなのです。かろうじて海の存在がわかるのは、ナツとちーちゃんが丘の上から海を眺めるとき、ナツがささやか幸せを嚙みしめるシーンと、後半におなじく丘の上でナツがちーちゃんとの思い出をふりかえるシーンの二ヶ所のみ、そこでも海は淡路島のあることだけが示されてただ真っ白く画面にあるだけなのです。そのいっぽうで『ちーちゃん』には、うらぶられた地方都市の風景が丹念すぎるほどに描かれている。これはいったいどういうことか。おそらく『ちーちゃん』における風景は、ナツの目から見える神戸の街なのです。 そして今作『月曜日の友達』はどうかと言うと、海がしっかり描かれていて舞台が神戸だとすぐにわかる。そればかりではなく、潮風によって劣化した建物のほころびまでしっかり描かれている。それが『ちーちゃん』ではどうだったかというと、ただただ薄汚くてうら寂しい、どこにでもありそうな街の風景の一部にすぎませんでした。今作における風景は、水谷の目からみえる風景とみて、まず間違いないと思います。水谷は、この街の風景から、あるいは月野くんの目から、色んなことを感じ、尚且つそれらを美しいと思う。光に照らされれば当然のようにできる影にしても、水谷の目にはちょっと特別な美しいものに思われる。水しぶきが舞えば光が反射してキラキラするのがみえてしまう。そう、見えてしまう。水谷の目には色んな美しいものがみえる。同じ街でも、見る人が違えばこんなに違ったふうにみえるのです。 でも、実際には違うひとが見ているわけではないんですね。ナツにしても水谷にしても、やっぱり彼女たちは作者の分身であるわけです。同じひとがみていても、風景というものはこんなにも違ってみえる。ちなみに作者の阿部共実さんは神戸の出身らしいです。もしかすると、子供の頃はナツのようにつまらない街にしかみえなかった神戸が、大人になって美しい風景として見られるようになったのではないか、そんな想像をしてしまいます。
banner
banner
banner