六文銭
六文銭
2020/05/10
生死をかけた狩猟の現実と善悪を問う
3巻目になって、自分好みに面白くなってきた印象。 主人公はライターで、女性猟師チアキと一緒に狩猟現場の取材をするという話。 1巻は、狩猟の現実とか銃の扱いとかがメインだったが、2巻の最後チアキ(と、その姉)の過去の話からグッと奥行きがでて、3巻では、いわゆる違法行為を平然とするが狩りの腕は凄まじく良い師匠の話で、じわじわと自分好みに面白くなってきた。 こういうアウトローな強キャラが好きなんですよね。 なんで、出てくるとテンションあがります。 主人公たち(得てして正義、正論)とは違った独自の美学をもっていたり、キレものだったり、強さにブレがなかったりするので、謎のカッコよさがある。 主人公たちとは違う価値観で己の正しさを見せつけてくれるんです。 (るろ剣の斎藤一みたいな) そんな、チアキの師匠もすごい。 獲物がいないのに銃に弾を込めてる状態は違法なようですが、そんなものは無視。 山の中で、急に襲われて誰が守ってくれる?法律が守ってくれるのか? と言わんばかり。 確かに正論だ。 安全のために法があるはずだが、狩猟現場で安全はどっちなのか? 誰にとっての何の法なのか? 考えさせられるフレーズだ。 野生動物たちが相手の常識全く通用しない世界に、何でも利用すると豪語する師匠。 銃、車、知識、経験を使いこなし、手際よく効率的に狩りをこなす。 邪魔な法律は無視。 目的ために、手段を選ばない男。 どっちが正しいとか言えない。 結局、ルールを守っても、死んでしまえば意味がないからだ。 ライフルとか狩猟の現場が中心で、クマを撃つとか撃たないとかの話で終わるかと思ったが、こうした法の遵守的な善悪の話もでて、ストーリーに深みがましてきた。(これも現実といえば現実だが) 3巻最後が衝撃的で、師匠どうなるんだろう…。
みど丸
みど丸
2020/07/02
「人間」アレクサンドロスの物語
本作を読んだのは高校3年生だったか大学に入りたての頃だったか…。受験で世界史を選択したのですが、古代史の勉強範囲で最もワクワクさせてくれたのがアレクサンドロス3世の記述でした。 安彦良和先生の表紙とマンガっぽくないハードカバーの装丁に心躍ったのをよく覚えています。 まず見どころはアクションシーン。大軍勢が見開きで激突し、長槍と軍馬がひしめき合う合戦のようすはスペクタクルに満ちています。 迫力の戦争シーンと並行し、作中ではアレクサンドロスがどんな人物だったのか、帝国の後継者のひとり老リュシマコスの回想の形で語られます。 作中、アレクサンドロスは決して一面的な英雄として描かれることはありません。 ダレイオス3世との因縁を制し、世界を征服した男。果てない破壊の旅路に乗り出した暴虐の王。病に倒れ、大勢の兵に見守られながら逝った最期の姿…。 悩み、過ち、殺し、壊し、そして愛し、愛されながら、自身の夢を追い続けたのが「人間」アレクサンドロスなのです。 クライマックスのリュシマコスのことばは圧巻です。 アレクサンドロスが存在した結果として、数多の人間が歴史の闇に消えていったこと、自らもそのひとりであることをリュシマコスは伝え、残そうとします。 アレクサンドロスのせいで多くの人間が犠牲になった、それでも彼が為したことの巨大さ、彼に関われたことの誇らしさを伝えたいという気持ちが迸るシーンです。 歴史上のできごとは、当たり前の話ですが誰かが語り継がなければ消えていってしまいます。 今日に至るまでアレクサンドロスがいかに多くの人を惹き付けてきたのか、リュシマコスの最期のことばを噛み締めながら、改めて思いを馳せました。
影絵が趣味
影絵が趣味
2018/12/29
ことばを伝えるということ
ここ数年で「PC的に優れている」だとか「PCをクリアした作品」だとかいう物言いをよく耳にするようになりました。PCとは無論、ポリティカル・コレクトネスのことですが、これと同時期の作品では映画「マッドマックス 怒りのデス・ロード」がきわどいテーマを扱っているのにも関わらずPC的に良かったと称賛されていました。近頃は、逆に、このPCを 大きく逸脱すると消費者(はたしてそれは誰?)から大量の苦情が寄せられ、結果、作者が作品を取り下げるなんてことも珍しくないですね。 PC的に優れた作品は本当に優れた作品で、そうでないものは規制すべきなのか、という議論は、本居宣長の「政のたすけになる歌もあるべし 身のいましめとなる歌もあるべし また国家の害ともなるべし 身のわざわいともなるべし それでも人間の真実が描かれれば、芸術であり文化・・・(要約)」この言葉に委ねるとして、さて、「子供はわかってあげない」はPC的に優れた作品のひとつであると思います。 では、このマンガに魅力があるのは、はたして、PC的に優れているからなのでしょうか? 声を大にして言いたい、答えは否!!! もちろん魅力を底上げする要素のひとつにはなっているかもしれません。ただ、このマンガを読んだ人は誰もが物語終盤の「○○くんがすき」に大きく心を揺さぶられるはずなのです。探偵をやっている女性になった兄だの、本当の父親を探しに行くだの、新興宗教だの、大金が行方不明だの、いかにもPC感覚が必要そうな小話を散々盛り込んだ最終着地点が、ただただ好きなひとに「すき」ということを伝えるだけなのです。 なぜ、「~くんがすき」だなんて掃いて捨てるほどありそうなマンガのセリフにここまで感動するのか。それは、このマンガには、人間の、青春の、真実の一コマが瑞々しく描かれているからなのではないでしょうか。
sogor25
sogor25
2020/03/16
"好き"なのに"気持ち悪い"感情、経験ありませんか? #1巻応援
みなさんは「蛙化現象」という言葉をご存じでしょうか。自分から好きになった相手のはずなのに、相手からの好意を感じると逆に嫌悪感を抱くようになってしまう現象のことで、心理学会で発表された論文を元に生まれた用語です。現実では交際相手に対する"嫌悪感"のことを表していますが、嫌悪感だけでなく、相手のことが"蛙に見えるように"なってしまった女の子・三橋ハルのことを描いたのがこの作品です。 現実の「蛙化現象」もそうですが、この現象が起こる原因として"自己肯定感の低さ"というのが挙げられています。コレ自体は少女マンガ的には割とありがちな主人公像かもしれませんが、今作では「恋人と接している時間が苦痛になる」ところにまで行ってしまっています。悩みの原因に違いがありますが、"自己肯定感の低さ"を全力でコミカルに描いているのが『顔がこの世に向いてない。』であれば、"自己肯定感の低さ"を「蛙化現象」として表現し、それに立ち向かおうとする姿を描いているのがこの作品ではないでしょうか。同じくパルシィで連載されている「隣の芝生が青すぎる」などにも近いテーマを持っているように思います。 もしかしたらハルに共感できない方には全然よく分からない作品なのかもしれません。でも、嫌悪感を抱くまでいかなくても、恋愛の過程のどこかで自分のことを低く見てしまった経験のある方、自分と誰かを比べて劣等感を抱いたことのある方には激烈にぶっ刺さる、そんな作品なんじゃないかと思います。 1巻まで読了
banner
banner
banner