擬人化しないリアルに可愛い猫マンガ|テーマ別に読む[本当に面白いマンガ]第7回

 漫画家のペットといえば、猫である。インドア派が多い漫画家にとっては、散歩させなきゃいけない犬より猫のほうが飼いやすい。猫の気まぐれさも漫画家の気質に合っている。もちろん犬好きの漫画家もいるし、松本ひで吉犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしいみたいな例もあるが、実際問題として犬より猫を飼っている漫画家が多数派だろう。

 となれば、猫を題材にしたマンガも必然的に多くなる。古典的作品としては、萩尾望都『クールキャット』(1970年)、市川みさこオヨネコぶーにゃん(1973年~84年)、松本零士トラジマのミーめ(1975年~77年)、大島弓子綿の国星(1978年~87年)、小林まことWhat’s Michael?(1984年~89年)などがあった。

 なかでも画期的だったのは、桜沢エリカシッポがともだち(1987年~02年)だ。あけみ、ベン、カッチーの3匹の猫との暮らしをコミカルに描く。わがまま気ままな振る舞いに翻弄されながらもデレデレしてしまう飼い主(=作者)の猫バカぶりに頬がゆるむ。擬人化しない猫らしい猫の先駆けで(ただし後半は猫の気持ちが人間の言葉で書かれたりはする)、エッセイマンガの走りでもあった。

 そこで今回は、数ある猫マンガの中から「擬人化しないリアルに可愛い猫マンガ」を厳選7作ご紹介しよう。

■超絶画力で描かれる大自然の中の猫

 リアルに可愛いといえば、何はともあれまず五十嵐大介カボチャの冒険(2003年~07年)を挙げねばなるまい。作者が愛猫カボチャとともに岩手県の山村で暮らしていたときの体験をもとにしたエッセイ風の作品だが、とにかくカボチャが可愛いのなんの。

 朝起きるとまず、撫でを要求。「トッタントッタン」と階段を下り、カリカリを食べる。畳の部屋で昼寝をしたり、木に登ってリスを捕まえようとして逃げられたり。キツネの気配にはスタコラ逃げ、ヤマカガシ(ヘビ)に戦いを挑み、キュウリ栽培用のネットに絡まったかと思えば、本当は下りられるのに屋根から下りられないフリをしてニャーニャー助けを呼んだり。甘やかさないぞと思っても根比べで負けて、助けに行ってしまう作者のカボチャ愛も微笑ましい。

 もともとは子猫のときに住宅街で拾われ、室内飼いだったカボチャだが、山奥の家に来て野性に目覚めた。初めて外に出た日に、いきなりサワガニをくわえてくる。家の中にアオゲラが迷い込んできたときには派手に追っかけっこして家中をめちゃくちゃに。さらにカワセミのような小さい鳥が入ってきたときは秒殺で捕まえ、骨まで食べてしまう。もちろんネズミ退治もお手のもの。見ようによっては残酷シーンだが、そういう自然の摂理をしっかり描くのも作者の誠実さだ。

五十嵐大介『カボチャの冒険』(竹書房)p48より

 特にストーリーがあるわけではないが、大自然の中で生き生きと飛び回る猫の姿を図鑑並みの超絶画力で描いて飽きさせない。いや、図鑑並みの精緻さに加えて動きのダイナミックさも捉えているので、図鑑以上と言っていいだろう。雑誌掲載時はカラーの回も多かったが、単行本では巻頭の2編以外はモノクロで収録されている(Kindle版でも同様)。ぜひともオールカラーで再刊してほしい。

■“猫あるある”満載の大河4コマ

 とはいえ、カボチャのような環境で猫を飼えるケースはなかなかない。その点、にごたろ拾い猫のモチャ(2018年~23年刊)は普通の家で普通に猫を飼ったときの“あるある”がぎっしり詰まった4コマ集だ。

 作者が昔飼っていた猫たちをモデルにした三毛猫モチャが主人公。本を読んでいたらその上に乗ってきて「我を撫でよ」とばかりに仰向けになる。ヒザの上に乗ろうとして失敗して自分で滑り落ちたのに、非難するような目で見てくる。そうかと思えば落ち込んでるところをペロペロして慰めてくれる。そんな猫の生態を、微に入り細を穿って描きまくる。

にごたろ『拾い猫のモチャ』(KADOKAWA)1巻p16より

 いかにも猫らしい行動やポーズもさることながら、表情の豊かさに魅せられる。擬人化した顔ではなく、リアルな猫の顔芸を捉える筆致は巧み。遠くを見る目、期待に満ちた目、びっくり顔、困り顔、悪い顔……と、実にさまざまな表情がある。それらを的確に捉えて表現する作者の観察眼と画力はお見事だ。「のす…」「ちゃむちゃむ」「ファタ」「ドゥロロロロ」「ツビビ」といった擬音もいい。

 猫の喜怒哀楽はもちろん、飼い主側の喜怒哀楽も見どころのひとつ。両親と娘という家族構成で、それぞれの猫との関わり方がある。モチャがなかなか懐いてくれないお父さんはちょっと気の毒だが、そんなお父さんも自分が拾ってきた子猫の「ミルク」には超懐かれる。そのミルクもぐんぐん成長し、さらに、進学で上京した娘が拾ってきた「ノリ吉」も加わって、猫たちの平和な暮らしは続く。

 基本的には何でもない日常のスケッチだが、時折挿入される猫との出会いや思い出を綴る描き下ろしストーリーには涙腺を刺激される。お父さんの「私の方が救ったはずなのに いつしか私の方が救われている」というセリフには共感しかない。猫がいる暮らしの幸福さがひしひしと伝わるロングランシリーズだ。

■江戸時代でも猫は気ままで可愛い!

 時代も舞台もまるで違えど、リアルな猫の生態を描いているという点では山村東猫奥(2020年~連載中)も負けてない。主人公は、猫好きなのにさまざまな誤解が重なって猫嫌いと思われている大奥の御殿女中・滝山。お局的存在なうえに地顔が怖く、周りに変に気を遣われるため素直に「好き」と言えない。でも、人の飼ってる猫が部屋に入ってくるとデレデレ。その滝山のツンデレぶりこそ猫っぽい。

 そんな滝山の推し猫は、大奥のトップである上臈御年寄・姉小路(あねがこうじ)の飼い猫・吉野ちゃん。目つきが悪く無愛想だが、自分に通じるものを感じるのか、そこがまたたまらない滝山であった。

 なんとか吉野ちゃんと仲良くなりたい、なでくり回したい、ペロペロされたいと奮闘する滝山だが、相手は気まぐれな猫だけに思うようにはいかない。それでも、目の前でゴロンとしたりのびーっとしたりするのを見るだけで幸せになる。その吉野ちゃんの描写が、これぞ猫!という感じで、滝山ならずとも猫好きならガン見してしまうに違いない。滝山が初めて肉球を顔に押し当てられるシーンなどは感動的ですらあった。

山村東『猫奥』(講談社)1巻p33より

 吉野のほかにも、滝山と同期の花町の猫で、おとなしくて人懐っこい・こはる、吉野の母猫の梅、将軍の側室が飼い始めた黒猫の千代丸など、いろんな猫が登場する。それぞれの猫の個性も描き分けられ、「みんな違ってみんないい」という作者の猫愛が伝わってくる。花見や煤払いなど季節の行事に、いちいち猫を絡めてくるのがまた楽しい。

 ひょんなことから吉野ちゃんの世話係・美登と身分を偽って文通するようになったり、唯一猫好きを告白した御次役の照代と猫談義をしたりと、こっそり猫愛でライフをエンジョイする滝山に幸あれ。

■いつも真顔で無愛想。でもそこがいい!

猫奥』の吉野ちゃんもそうだが、猫は真顔や仏頂面でも可愛い。いや、むしろそこがいいとも言える。そんな無愛想猫の日常を描いたのが、サライネス猫も寝てはならぬ(2010年、14年刊)。じわじわくる“ムダ話マンガ”『誰も寝てはならぬ』(2003年~12年)の中からロシアンブルーの利休之助(りきゅうのすけ)の活躍回を抜粋したスピンオフ版である。

 本編『誰も寝てはならぬ』は、とあるデザイン事務所に出入りする人々の日々のよしなしごとをつれづれなるままに綴る群像劇。一応主人公のイラストレーター・ハルキが、ペットショップで売れ残っていたところを買ってきたのが利休之助である。

 この利休之助に対するハルキの溺愛ぶりがすごい。どんなに疲れて帰ってきても自分の着替えよりまずブラシをかけてやる。肩に乗った利休之助に「は~~いゴハンでちゅよー♪ オイチイでっかー?」と手ずから食べさせる。脈のありそうな女子とデートしてても利休之助にゴハンをやるために飛んで帰る。それだけが原因ではないが嫁にも「この人アタシより猫と寝る方がいいみたいなのよ」と逃げられた。

 利休之助は利休之助でハルキが大好き。利休之助を事務所に預けて出張に出たハルキが出先から電話をしたら、それを察知した利休之助が棚の上からボンと下りてきて「ワシと替われ」と無言の圧をかけてくる。試しに受話器を差し出すと、送話口をジャリジャリと舐める利休之助であった。

サライネス『猫も寝てはならぬ』(講談社)p16より

 そこだけ見ると人懐っこい猫に思えるが、多くの猫がそうであるように、あくまでも気分次第。気が向けばハルキと一緒に出勤するが、だいたいは棚の上の猫ベッドで寝てるだけ。目が覚めれば、みんなが仕事してるデスクにボンと飛び乗って仕事の邪魔をする。それでも怒られないのが人徳というか猫徳である。

 利休之助がニャーニャー言ってても、人間は何を訴えているのかわからない。まあ、たいていは「メシをくれ」なのだが、そこで人間側が勝手な解釈をしたり、コミュニケーションが成り立たないところも“あるある”だ。ちょっとダメな大人たちとマイペースでツンデレな猫の生態がリアルに描かれ、やっぱりじわじわくる。

■猫アレルギーも工夫で乗り切る!

 絵柄そのものはリアルというよりシンプルながら、猫の可愛さが存分に伝わってくるのが、佐久間薫猫ニャッ記(2017年~18年)だ。書店員兼漫画家の作者によるエッセイマンガで、猫のいる暮らしを綴る。

 6年前に出会った夫と、結婚前から一緒にいる猫2匹で借家の一軒家暮らし。ツンデレな黒丸(オス・推定13歳・体重7キロ)と、おおらかな白丸(オス・推定12歳6カ月・体重9キロ)。そこに推定生後1カ月で拾われた子猫がやってきた。子猫の可愛さにメロメロになりつつも、先住猫への気配りも忘れない2人。茶トラの子猫は茶丸と名付けられ、先住猫とも徐々に馴染んでいく。ところがさらに、行き場のない2匹の子猫を預かることになり……。

 とにかく2人の猫愛がダダ漏れで、見ているこっちも脳内に何かの汁が出てくる。子猫の世話の大変さや飼い主の責任もきちんと描きつつ、やっぱり猫がいて幸せな日々。夫の猫アレルギーも工夫で乗り切る2人のパートナーシップにもグッとくる。猫に限らず「他者と暮らすこと」の難しさと楽しさを教えてくれるのも貴重。猫のゴロゴロ音を「ぶんぐるぶんぐる」と表現するセンスもいい。

佐久間薫『猫ニャッ記』(文藝春秋)p80より

「NO CAT,NO LIFE」というか「ALL YOU NEED IS CAT」というか。こういう夫婦に飼われる猫は幸せだろう。

■飼ってなくても猫は可愛い!

 しかし、飼い猫ばかりが猫じゃない。関口かんこ飼ってない猫(2017年~18年、21年)は、飼ってないのに部屋に入り込んでくる野良猫たちとの交流を描いた実録エッセイだ。「交流」というとほのぼのした感じに聞こえるが、実態はなかなかすさまじい。

 第1の猫・ミケはプライドの高いツンデレ。勝手に部屋に入ってくるくせに一定距離より近付くとシャーッと威嚇される。たまに添い寝してくるものの、うっかり触ろうとすると血を見るほど引っかかれるから油断は禁物だ。

 その点、第2の猫・とん平は人懐っこすぎ。仕事中でもお構いなしにヒザに乗ってきて、邪魔だからどけてもまた乗ってくる。ヒザに乗られまいと体を机に寄せると、今度は背中と椅子の背もたれの間に入ってくる。窓を閉め切っても何とかして部屋に入ろうと体当たり。そのしつこさはストーカー級だ。

関口かんこ『飼ってない猫』(講談社)1巻p11より

 第3の猫・びっくりは、子猫のような声に柴犬のような巨体。腹を揉まれるのが大好きで、マッサージのお礼にヤモリやバッタやセミを持ってくる。第4の猫・むぎわらはちょっと鈍くさいが、とにかくまとわりついてくる。誕生日にはビッグなネズミのプレゼントをくれた。

 第5の猫・クロはフケだらけで……って、いったいどんだけ猫が寄ってくるのか。何か猫に好かれるオーラでも出ているとしか思えないくらい、飼ってないのに猫まみれの作者であった。猫たちに異様に好かれながらも、野良猫は野良猫として一線を引き、基本的にエサはやらない。そのつかず離れずの距離感が絶妙だ。予想の斜め上の行動を取る猫たちとの攻防はコントのよう。写真を見るとどの猫も可愛いのに、あえてブサ可愛い感じに描かれているところに逆に愛を感じる。

 どこに住んでるんだか知らないが、これだけ野良猫がいてカジュアルに家の中に入ってくるのがすごい。きっと人も住みやすい土地なのだろう。来るも来ないも相手次第の野良猫との付き合いは、ドライな関係のようにも見える。が、最終話のむぎわらとのエピソードを読めば、そこに確かな友情があったことがわかるのだった。

■猫の魔力にはホラー漫画家も逆らえない

 最後にご紹介するのは異色中の異色作、伊藤潤二の猫日記 よん&むー(2008年~09年)だ。伊藤潤二といえば、『富江』シリーズや『うずまき』などで知られるホラーマンガ界の巨匠であり、海外でも大人気の作家である。そんな奇才が描く猫マンガは、やはり普通の猫マンガとはひと味違う。いわゆるエッセイマンガの部類に入るはずだが、猫や人間の表情、演出、画面効果、すべてがいちいち不気味なのだ。

 ホラー漫画家「J」の家に、妻の実家で飼っていた猫「よん」がやってくる。Jいわく「呪い顔」で背中にドクロの模様がある白黒のブチ猫だ。1匹だけでは寂しいだろうという妻の意見により、友達の紹介で引き取ったノルウェージャンフォレストキャットの「むー」も飼うことになる。

 かくして夫婦2人と猫2匹の生活が始まるのだが、むーはまだしも、よんの描写がホラー漫画家の面目躍如。呪い顔やドクロ模様の不気味さに加え、締め切り間際の徹夜で朦朧としたJの目には巨大ナメクジやツチノコに見えたりする。そもそもホラーにおいて猫は不吉な存在だし、苦手な人にはそんなふうに見えるのかもしれない。

 が、それも束の間。妻に甘えるよんの姿を見て、「単に『変な顔』の猫なのだ」と気づき、「変な顔だがそれはそれで可愛い」と感じるようになる。それからは、妻にばかり懐く2匹の気を引こうと、カリカリで釣ったり、猫じゃらしを必死で振ったり、すっかり猫バカになるJ。猫の魔力にはホラー漫画家も逆らえないのである。

伊藤潤二『伊藤潤二の猫日記 よん&むー』(講談社)p41より

 

 つーか、どんな猫よりウチの猫が一番可愛いんですけどね。

 

【今回ご紹介したマンガの一覧はこちら!】

作品名 / 著者 作品詳細 試し読み ストアでみる
犬と猫どっちも飼ってると毎日たのしい / 松本ひで吉 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
ルルとミミ(クールキャット収録)/萩尾望都 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
オヨネコぶーにゃん / 市川みさこ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
トラジマのミーめ / 松本零士 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
綿の国星/ 大島弓子 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
What’s Michael? / 小林まこと 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
シッポがともだち / 桜沢エリカ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
カボチャの冒険 / 五十嵐大介 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
拾い猫のモチャ /にごたろ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
猫奥 / 山村東 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
猫も寝てはならぬ / サライネス 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
猫ニャッ記 / 佐久間薫 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
飼ってない猫 / 関口かんこ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
伊藤潤二の猫日記 よん&むー / 伊藤潤二 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他

 

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