最終回 マンガ研究批評の現在【夏目房之介のマンガ与太話 その32】

最終回 マンガ研究批評の現在【夏目房之介のマンガ与太話 その32】

 突然ですが、本連載今回が最終回だそうです。私としてはまことに残念ですが。
 初回が、2022年1月「浦沢直樹の漫勉」と諸星大二郎の「謎」なので、何だかんだで3年余続いたことになる。「与太話」と名付け、そのつど気の向くままに気軽に書こうと、はじめは思っていた。が、ここ数年気になっているマンガ研究の主題にひきづられ、あまり一般には興味を引きにくい連載内容になってしまったかもしれない。13年の大学教師生活で、必然的に研究よりのテーマに引き寄せられていったのだろう。
 現在の連載マンガへの言及は少なく、戦前を含めたマンガ史の再考や、ジャンル論、個人的批評史などがむしろ中心にくる連載となった。大学退官後、これからどんな問題を考えて行こうかと思案しながら書いてきた結果で、それはそれで私にとっては重要な連載であった。しかし、マンガ研究という領域自体が一時期の盛り上がりを終えて落ち着いてきたこともあり、一般読者に刺激を与え、関心を引くテンションが相対的に下がってきていたのもの事実で、時代的な変化の過程としてやむをえないかもしれない。
 個人的な批評史の項(262731回)でも少し書いたが、もともと在野の「面白主義」的なマンガ批評から始め、当初一般読者の興味を引く面白いマンガ論が私の狙いだった。90年代後半からテレビに露出し、NHK「BSマンガ夜話」を十年続けたこともあって、その狙いは一定の成功を収めたと思う。マンガ表現の形式的な側面に照準した観点は、当時はそれなりに効果的でもあった。
 いわばマンガ批評や研究、あるいはネット普及を媒介にした、もっと素朴な言及を含めて、在野的な読者視聴者の裾野とマンガ批評研究領域との橋渡しの役割を、ある程度果たしてきたとは思う。とはいえ、学術研究の水準からいえばド素人といっていい私は、大学の教壇に立つことで、自らの無教養に愕然とすることになる。ボロを隠そうと必死になってみたが、所詮は付け焼き刃。未だに中途半端なままで、これは経歴上しかたのない仕儀である。
 ただ、そんな履歴の私からみると、現在のマンガ研究の水準は、アカデミックな領域に近づいており、その分一般読者の興味関心を離れ、泣き別れの状態にあるといってもいいだろう。これも歴史的に必然生のある過程なので、いかんともしがたいのだが、個人的にはもう少し研究の先端と一般読者をつなげる回路があっていいと思う。思ってはいるが、その方途はいまだ見つけられないでいる。その探索は今後も続けていくだろうが、今はまだ暗中模索の段階である。個人の思惑でどうにかなる問題でもないし。
 一方で、マンガ研究の先端では、近代史の視野で歴史を遡り、また欧米のコミック史研究との交流も少しずつ始まり、今後は国際的な議論のやりとりも盛んになる可能性がある。そこでは「近代」とは何かという大枠の課題や、各国のコミック史の相違と同一性の議論など、知的な興味関心を刺激される課題が遠望されてくる。それはそれで、むちゃくちゃ面白い可能性を秘めていると私には思える。個人的には中国、タイ、インドネシアなど東アジア諸国のコミック史の発掘と比較も、今後面白い課題になるだろう。
 こうした研究の先端が、何らかの形でマスメディアの話題となり、一般読者視聴者の興味を引くことも、ありえないとはいえないだろう。現在、テレビの深夜などで芸人中心にマンガを扱う番組があるが、これらと話題を共有できるイベントが起きれば、それは不可能ではない。まあ、今のところ私の妄想に過ぎないが。
 こんな妄想を抱いて残りの人生を過ごすのも悪くない。やりたいことはまだまだある。共同研究によるマンガ史観の再検討や、自分を含む60~70年代の戦後ベビーブーマーの「マンガ青年」集団の再検討、これまで論考をまとめた谷口ジロー論など、とりかかるべき主題は多いが、私の生きているうちにできるかどうかもわからない。ただ、できるところまでやってみようと思う。もっとも生来の怠け者なので、期待されても困るが。
最後に、この連載を続けさせてくれたマンバ通信の歴代担当者、スタッフの方々、読者のみなさんに、心から感謝申し上げます。ありがとう。またどこかでお会いしましょう。

画像は、最近久々に読んだ岩明均ヒストリエ』12巻の、素晴らしいコマ(P.114-115)。感動した。

『ヒストリエ』(講談社)12巻 P.114-115より
『ヒストリエ』(講談社)12巻

 

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