『グランドジャンプ』で『エロスの種子』、『恋愛LoveMAX』で『もっと愛のしわざ』を連載中のもんでんあきこ先生。どちらも愛と性を扱う作品です。
通常、性を「官能」として扱うと、どうしても男性向け、女性向けに別れてしまいがち。しかしもんでん先生の作品では性を扱いながら、深い人間考察や社会問題も扱っています。エロスを人の営みのひとつとして見つめているのです。
みなさんにとって性とは、エロスとは、生きるとはなんでしょうか。
もんでん先生と一緒に具体的な作品のシーンを確認しながら、お話を聞いてみました。
――作品で性を扱うようになったのはどんなきっかけなのでしょうか?
『秘密×秘密』というショートでエロをメインに描いたのが最初です。昔は、性をテーマにしていると「エロい女なんじゃないか」「経験談なんじゃないか」と思われたらイヤだと思っていたんです。でもだいぶ自分と乖離して描けるようになりました。
ここ数年、すごく女性が性について話しやすい雰囲気になってきましたよね。女の人にも性欲があることが、だいぶ一般的になってきたんじゃないかなと感じます。
私が最初にティーンズラブコミック(TL)を描き始めたとき(2010年くらい?)は、セックスを扱うこと自体が、ものすごくタブーな雰囲気でした。今はセルフプレジャーなんて言葉もありますし、ラブグッズも人目に触れるところで売っているし、NHKでもフェムケアが取り上げられるし、いい世の中になったなと思います。TLもずいぶん描きやすくなりました。女の人が求める物語をどんどん描けますし、もっと冒険できるんじゃないかと楽しみです。
――一方で『エロスの種子』は男性向け媒体ですよね。男女どちらのエロも描ける作家はあまり多くないように思います。
『すべて愛のしわざ』は明確に女性向けを意識していて、愛のある物語です。でも『エロスの種子』はとくに性別を意識してはいないんです。
『エロスの種子』を描き始めたときは「仕事がない、どうしよう?」って崖っぷちでした。最初は単話で描いて、単行本を出して売れなかったら連載終了という条件だったんです。だから最初の1、2話くらいは、かなり男性向けを意識していました。エロに重点を置いて淫靡な感じにして、そこに自分の描きたいテーマを合わせたんです。単行本が出たら電子で売れ、連載続行になりました。いきなりボンって売れたから、好きなものを描けるようになって、そこからは読者の性別を気にせずドラマを描いています。小説や映画には男性向けや女性向けという区分けがないですよね、だからマンガも線引きする必要ないと思っているんです。
――『エロスの種子』には、どういう意味をこめているのでしょうか?
種子が大きい人もいれば、小さい人もいて、それが芽吹いたり育ったりするイメージでつけたタイトルです。我ながらいいタイトルだなと思うんですが、直球だから買いにくいっていう女性もいるようです。
――そうなのですね。欲情させるような下ネタがメインの話ではないので、是非男女問わず読んでいただきたいです。性に絡んで、女性の生きにくさみたいな話も多いですよね。
女性が主人公なら、「実は女ってこういうところがありますよ」といった裏側を見せたり、男性が主人公なら、わざと弱いところを描いて共感を呼ぶ描き方をしたりしています。
ーー一見虐げられていたり、流されているように見える女性の本音が見える展開がすごく爽快で好きです。
話の流れは最初から決めてたんですけど、「あんた達男が女を抑えつけ踏みにじるから、女が生き抜くには強くなるしかなかった」というセリフはアドリブというか、ネームを書いているときにこの人から出ました。「やったな」と自分でも思いましたね。物語の世界に入り込んで自然と生み出されるものがあると、この話は成功だなと思うんです。
ーーはい、クソ男しか出てこなくて面白かったです。性のことで悩む人って少なくないと思います。『エロスの種子』は、そこにグサグサくる話が多くて胸が痛いです。そうそう昔って、セックスにすごく罪悪感がありましたよね。積極的に楽しんじゃいけないみたいな。
10年ぐらい前まで、性に対して罪悪感や隠微な感覚がありましたよね。TLでもそういう話も多かったと思うんです。自分の作品でも、それに合わせていたこともありますが、だんだん「普通のことだ」という風潮になってきましたね。
ーーとはいえ、男性から都合よく「お前もやりたいんだろ?」みたいな扱いをされると猛烈に腹が立ちます。特に昔はひどかった。
80年代の男子はチンコでものを考えていて脳みそがない子が多かった。今は情報がいっぱいあるけど、この時代は本当に極端でした。極端だけど、それに乗っからないと仲間に入れないといったムードで、特に男性は集団でえげつない下ネタを言っていましたね。
ーー女性を軽く扱って笑い話にするような風潮がありましたよね。これも同調圧力でしょうか、個人主義の時代になってよかったです。あと、「冬虫夏草」の主人公の振る舞いにはいまいち共感しきれないところがあったのですが、このセリフでストンと腑に落ちました。
いじめに遭っている子は、学校でいじめられたと親に言えないことが多いそうです。言ってしまったら、自分がいじめられていることが確定してしまう。家の中だけはいじめられている事実を忘れたいから、親に言えない。認めてしまったら自分が辛くなってしまうのでしょうね。
――泡姫シリーズの父親はゴミのような人でした。
あまりひどい奴だったので、次はちょっといい話を描きたいと思って描いたのが「波情」です。極端な話を描くとちょっと反省して、次はもうちょっと幸せな話にしようみたいな気になります。ひどいと思わせておいて、実は……みたいな感じにしたんですよね。最後に和解していい感じで終わるっていう。
――「フィルター」「エンゲージ」と続く一連の物語もすごく好きです。特にアセクシャルの2人が結婚して事実婚を選ぶところ、風刺が効いてますね。
でも漫画家が政治的なことを言うと、すごく反発がくるんですよ。ここの部分に口コミで文句を言ってる人、すごくいっぱいいましたね。同じように、作品で社会問題を取り上げたら、すごく反発されたと言っていた女性マンガ家もいましたよ。
――国民が政治に口出ししないでどうするんでしょうね……。政治家と言えば、政治家の息子の話もありました。
普段、私たちはつい、ぱっと見で人を判断してしまうけど、本当はイメージと全然違うことって多いですよね。「波情」は引きこもりの男の子が主人公です。自分の知っている世界と、本当の世界がまったく違っていたことに気づくのってドラマになるよね、と考えて描きました。
――思い込んでいたのとまったく違う真実がバラバラと見えてくるあたりで興奮しました。私もよく男性から勘違いされます。下ネタ平気だからなのか、めちゃくちゃ簡単にヤれると思われるようなのです。先日も既婚者から「ホテルに行こう」と言われて密かにブチ切れてます。なんでお前のためにでかいリスクを負わなきゃいかんのよ。バカなの? って。同じことを『すべて愛のしわざ』の柳沼さんが言っていて、これだよ! って思いました。
本当にバカだと思うんですよね。それで自分が思ってることを『もっと愛のしわざ』の柳沼に言わせました。お前ら想像力があるのかっていう。
――柳沼さん、イケオジですよね。基本的におっさんは苦手ですが、柳沼さんのような人ならウェルカムです。
柳沼は、TL大道のヒーローとは違っておっさんだし、ヒゲだし、オレ様でもないから、女性ウケしないだろうと思っていたんです。でも続編が描けるほど人気が出ました。
――その点、柳沼は人間ができてるので好感度高いです、変態ですけど。
そうそう、今特にコンプライアンスがうるさいのです。TLでも、セックスシーンで女の子が気持ちよくならないといけない、不快な思いをしてはいけないなど、すごく細かく決まっているんです。制約がありすぎて、シチュエーションが限られてしまう。でも、登場人物の体験ではなく、妄想なら描いても許されるのかなという発想です。でも本当にここ数年でめちゃくちゃ意識が変わってきたので、柳沼さんの冒頭は今だとかなりのセクハラですね。壁ドンとかも、もう無理じゃんじゃないでしょうか。ちょっと強引なオレ様男も一時すごく流行りましたが、その度合いも今は緩めないといけないですね。
――本当にここ数年で劇的に変わりましたね。先生の作品では時事問題を物語に落とし込んで描かれていて、考えさせられます。そのせいかセクシュアリティについて取り上げることも多いですね。
「ポラロイド」では、自分は男か女か、どっちなんだろうと迷っている女の子を描きたかったんです。私の子どもの頃もそうでした。とても男の子っぽいものが好きだったけれど、男の子のことが好き。「お前は男女だ」と言われたりして、自分はどっちなんだと悩んでいたんです。男の子が好きなのか、女の子が好きなのかと聞かれて、「どっちも嫌い」と言ってしまったのも、自分のエピソードです。私もずっと胸に引っかかっていました。
――男らしいとか女らしいとか、どうでもいいですよね。
興味深いお話をありがとうございました。『エロスの種子』も『もっと愛のしわざ』も続きを楽しみにしています。
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