2022年12月12日。大阪在住のマンガ家・東元が癌のために亡くなった。享年61。今年12月には三回忌をむかえる。
東と初めて会ったのは1993年の秋だったはず。その後、天神橋筋六丁目にあった東の仕事場には何度か足を運んだし、東も西心斎橋の私の仕事場に来てくれた。しかし、96年の夏にこちらが仕事場を東京に移してからは直接会う機会がなくなって、訃報を知ったのは2023年2月14日だった。
亡くなる9ヶ月ばかり前の22年3月30日、私と東はSNS上でこんなやりとりをした。
「『週刊漫画TIMES』で連載7年になる『かよちゃんの駄菓子屋』の1〜5巻の電子書籍化を目指して只今データ化作業中」と書き込んだ東に、「完成したら『人情マンガを読む』の連載に取り上げたいので、連絡してください」とコメントしたのだ。すると「気に入らないとこだらけで一から修正しています。機会がありましたらぜひよろしくお願いします」と返事が来た。
「人情マンガを読む」は、その頃私が『マンバ通信』で連載していたコラムだ。結局、電子書籍が出る前に「人情マンガを読む」の連載は終了し、東は帰らぬ人となった。
今回、「わが心の大阪マンガ」で『かよちゃんの駄菓子屋』を取り上げるのは、遅くなった追悼であり、果たせなかった約束の罪滅ぼしでもある。
『かよちゃんの駄菓子屋』は、大阪の下町・阿倍野を舞台にした連作短編シリーズだ。時代は現代。だから、木造家屋が軒を連ねる後方には、ランドマークの「あべのハルカス」が高々とそびえる。
主人公の早川かよは小学2年生。亡くなったおばあちゃんが長年経営してきた駄菓子屋を引き継ぎ、ひとりできりもりしている。トレードマークはおばあちゃんが長年愛用したエプロン。エプロンのおかげで、いつもおばあちゃんと一緒にいられるのだ。
マンガは概ね、おばあちゃんの時代にお客だった子供が成長して、懐かしい店を再び訪問するところから始まる。そして、彼ら彼女らの心のすみに長年わだかまっていたものを、かよちゃんが解決するという内容。
第1話では、22年前に店のくじ引きで1等賞をひいた、という井村が訪ねてくる。賞品を夏休み明けに引っ越すミヨちゃんにプレゼントをするつもりだった井村は、ガキ大将に横取りされることが怖くなって、せっかく当たったくじを持ったまま逃げ出してしまった。「おばちゃんのアホ」という言葉を残して……。それから22年。逃げ出したこと、アホと言ったことを謝るために店を訪ねたのだ。
かよちゃんは、おばあちゃんが店の出来事を毎日記録していた日記を調べた。すると、井村のこともちゃんと書かれていて、1等の賞品は保管されていた。おばあちゃんは、井村のことをずっと気にかけていたのだ。かよちゃんが22年ぶりの1等賞を手渡すと……。
大人ばかりではない。かよちゃんの同級生が遊びに来たり、昭和の遊びを研究する小学6年生の軍団「昭和レトロ団」が、昭和の遊びでかよちゃんに挑戦状を叩きつける、というお話もある。
絵は独特のタッチで、背景は細部まで緻密に描き込まれ、一方で登場人物は適度にディフォルメされている。この対比が持ち味だ。
中でも駄菓子屋の店先は棚や品物のひとつひとつまでが丁寧に再現されていて、画から作者のこだわりがダイレクトに伝わってくる。元になっているのは、東が少年時代に常連だった駄菓子屋だという。
取り上げられている駄菓子屋アイテムは、銀玉鉄砲、ニッキ水、酢昆布、糸付き飴、チョコ付き色鉛筆、水鉄砲などなど懐かしいものばかりだ。コーヒー牛乳や水中モーターなども出てくる。
連載開始は2015年4月3日発売の『週刊漫画TIMES』4月17日号。4週連続の短期連載の後、不定期連載の形で継続され、2021年11月19日発売の11月26日号に載った第52話が最終話となった。
構想はもう少し前からあったらしく、2014年2月20日付けのSNSには「3週間ほど漫画制作に集中していました。ずっとネームばかりだったので久しぶりのペン入れで緊張した〜。初心を思い出し、トーン(網点)を貼らずにすべて手描きでやってました」という書き込みとともに、のちに第1話冒頭で使われるワンカットがある。
この書き込みの頃だったか、JR水道橋駅で偶然、東と再会したのを思い出した。
ホームで声を掛けてきたのは東で、手には原稿を入れる大きなバックを手にしていた。「いままで、営業をかけに行ってましてん」と言う東と、5分か10分立ち話をして別れたのだが、あのとき話に出ていたのが『かよちゃんの駄菓子屋』だったことはずいぶんあとになってやっと気づいた。
さて、東がデータ化作業をしていたという原稿はどうなったのだろうか? 凝り性で完全主義なところがある東は、自分でひとつひとつ修正しながらデータ化しないと気に入らないかもしれないが、『週刊漫画TIMES』編集部の手でなんとかまとめてくれることを切にお願いしたい。
※12回の予定でスタートした「わが心の大阪マンガ」ですが、諸事情によりこの3回で幕とします。短い間でしたが、ご愛読ありがとうございました。