いまどきの出産&育児マンガ|テーマ別に読む[本当に面白いマンガ]第5回

 Jリーグとコラボだのブライダル補助金だの、政府のとんちんかんな少子化対策(?)に失笑している方も多いだろう。旧態依然の家庭観に凝り固まり、しかも利権ありきの発想では有効な対策など打てるはずもなく、ますます少子化に拍車がかかるばかり。その一方、マンガの世界において出産&育児ものは隆盛ジャンルだ。

 有名どころでは、東村アキコママはテンパリスト吉田戦車まんが親伊藤理佐おかあさんの扉たかぎなおこおかあさんライフ。などがある。漫画家が実体験ベースの出産&育児マンガを描きがちなのは、題材として身近で面白いというのもあるだろうが、これだけ大変な思いをしたんだからネタにでもしなきゃやってられん、そもそもそれ以外のものを描く余裕がない、というのもあると思う。

 そんな数ある出産&育児マンガの中から、斬新かつユニークないまどきの作品をご紹介しよう。

■強烈すぎる本音の妊娠・出産リポート!

 この令和の時代にまず読むべきは、峰なゆかわが子ちゃん(2021年~連載中)だ。『アラサーちゃん』でアラサー女子の恋愛&セックス事情を赤裸々に描いてヒットを飛ばした作者が、自身の妊娠・出産・育児をストレートすぎるほどストレートに描く。

 妊娠初期、つわりがひどく「食って寝て排泄するのがやっとでそれ以外のことが何もできない」状態になり、「せめて腹の中の子を想像して自分を励まそう」とするも「今の段階で胎児に積極的に愛情を持ってしまうと流産したときに悲しすぎて正気を保てなくなる!!」と自粛。「私は……私は胎児を収納する袋なんだ……袋に人権はない……」と思い詰め、袋に感情移入してバッグやゴミ袋など家中の袋に謝罪するという奇行に走る。

 つわりが収まっても、体形の変化による日常生活の不便、妊婦に対する無理解とハラスメント、妊娠糖尿病による転院、高額な費用など、さまざまな問題が襲いかかる。出産間近になると再び体調最悪となり、頭の中に「衰弱死」の文字が浮かぶ。それでも何とか無事生まれたわが子への第一声が「臭ッ!! 重ッ!!」で「あまりにも臭くて重いのがおもしろくて爆笑してしまった」って、こんな出産&育児マンガは前代未聞だろう。

峰なゆか『わが子ちゃん』(扶桑社)2巻p69より

 無痛分娩一択の作者は言う。「なんでみんなもっと無痛分娩にしないわけ!?」「『痛みがあるほうが愛情が深まるから~♡』とか言ってるヤツは分娩中についでに爪でも剥いでもらって勝手に愛情を深めてろ!!」。母乳をなるべく早めにやめたいと思う理由は「おっぱいが垂れるのがイヤだから」と、自然派ママが聞いたら卒倒しそうなことも平気で言う。

 こうした作者のぶっちゃけぶりもすごいが、もうひとつ特筆すべきは夫の「チャラヒゲ」だ。チャラい外見とは裏腹に、妊娠中も献身的に介護。コロナ禍のせいで出産に立ち会いはできなかったものの、いざ赤子が家に来たら「最近は『育児は夫婦で平等に分担♡』っていう考え方の人が多いみたいだけど僕はそんな流れに乗るつもりは一切ないッ!!」と宣言。おまえは昭和の父親か!と思いきや、「なゆちゃんは妊娠・出産という大変な役割を担ってくれたんだから育児はすべて僕が担当するッ!!」というからあっぱれだ。

峰なゆか『わが子ちゃん』(扶桑社)1巻p6より

 その言葉どおり、がっつり育休を取って獅子奮迅の働きぶりを見せるチャラヒゲ。赤子のみならず体調が回復しない妻の面倒も見る。それに対して、きちんと感謝する妻も立派。しかし、想像を超えたワンオペ育児の過酷さに、さすがのチャラヒゲもダークサイドに堕ちそうになる。そこから二人で話し合い、解決策を練っていく過程には胸が熱くなる。

 チャラヒゲは、妻側の名字にすることで父親に文句を言われても譲らない。「峰なゆか結婚・出産」がニュースになったことで息子の結婚相手が元AV女優と知って侮辱的な発言をしそうになった母親にもしっかり釘を刺す。そんな妻優先の姿勢も含めて、チャラヒゲの男前ぶりにはほれぼれする。

■腹がへっては育児はできぬ!

 妊娠・出産・育児の過程で苦労することのひとつが食事だろう。つわりで特定のものしか食べられなくなったり、妊婦が食べちゃいけないものがいろいろあったり。赤子が生まれたら生まれたで、数時間おきの授乳や離乳食やアレルギーなど難関が立ちはだかる。

 そんな「食」の部分にスポットを当てたのが、松本救助にんぷとくいいじ(2021年~23年)だ。エッセイではなくフィクションだが、自身の体験をもとに妊婦の食事と生活を描く。主人公は、百貨店の食品担当のバイヤー女性。食い道楽な彼女もつわりには勝てず、「何なら食べられる?」と尋ねる夫に「何なら食べれると思う……?」と逆質問するほど食べられるものがない。そのつらさを乗り越えるため、「絶対ここの病院食食べるぞ~~~」と、選んだ病院の豪華な食事をモチベーションとするのは食い道楽の面目躍如だ。

松本救助『にんぷとくいいじ』(日本文芸社)p22より

 食の話題をメインとしつつも、産休育休とキャリアの問題、出生前診断の葛藤、マタニティマークに対する社会の視線など、妊娠出産にまつわる「あるある」を解説する情報マンガ的要素もある。夫が優しく協力的なのも今風だ。とはいえ、個人的に最も響いたのは、マタニティ教室で一緒になった妊婦が自分の夫にキレた「十月十日好きなもの好きなタイミングで食べれない身にもなれ!」というセリフ。やはり食い物の恨みは恐ろしい。

 

 大町テラスハラがへっては育児はできぬ(2021年~連載中)は、39歳で初出産した作者が、出産後最初に口にした病院食を皮切りに、育児中の食事情や赤子の離乳食について綴る。もともと酒好きで食べるのも作るのも大好きだった作者だが、妊娠により酒飲みライフは強制終了。帝王切開での出産前後は水すら飲めず、ようやく出てきた食事はおも湯に具なし味噌汁など、ほぼ液体だった。それでも空腹かつ弱った体には染み渡り、食の大切さを再確認する。

大町テラス『ハラがへっては育児はできぬ』(秋田書店)p80より

 夫のコロナ感染というアクシデントはあったものの、作中に描かれる子育て生活は基本的に平和。フリーの映像ディレクターである夫も家事・育児を積極的に担当する。もともと料理に興味がなかった夫が、妻の願いを聞いて「レシピを見て作る」ことを会得し、見る見るうちに腕を上げるのが素晴らしい。赤子相手の離乳食には苦労しつつも、夫婦で協力して子育てとおいしいごはんを何としても両立させようとする執念には感服。いかにもうまそうな料理描写と、ふてぶてしくも可愛い赤子の表情が最高だ。

 

 可愛い赤子が2人になれば可愛さ2倍。が、大変さも2倍になる。小坂俊史よそじとふたごのメシ事情』(2021年~連載中)は、そんな双子の子育てを食卓中心に描いたエッセイだ。昼夜を問わず3~4時間おき一日7回の授乳は、2人同時。片方が泣いたらもう片方も問答無用でミルクタイムとなる。「本当はそれぞれほしいタイミングであげた方がいいんだろうけど…」「それをやったら一日14回になってしまう」のだから身が持たない。離乳食を作るのも食べさせるのも当然2人分の手間がかかる。夫婦そろって漫画家で在宅仕事だからまだいいが、ワンオペだったら即死だろう。

小坂俊史『よそじとふたごのメシ事情』(竹書房)1巻p15より

 生後10カ月にして食卓にしているローテーブルの上に乗れるようになると、大人の食事タイムは戦いに。登ってくる子供×2の攻撃をかわしつつ速攻で食べる食事のあわただしさはハンパない。こぼされたら被害甚大な味噌汁が食卓から消え、副菜の小鉢も消え、ごはん+一品もしくは丼物だけの日が増えてくる。が、「独身時代のような『俺の好きなメシ』になってきている…これは嬉しい誤算だ…」とほくそ笑む作者はポジティブと言うべきか。双子ゆえの大変さはいろいろあるが、それはそれで面白がるのが漫画家というもの。夫婦漫才のような愛あるボケとツッコミはさすがである。

■父親の立場から描いた育児マンガ

 冒頭に挙げた『まんが親』や上記の『よそじとふたごのメシ事情』もそうだが、近年は父親の立場から描いた育児マンガも増えてきた。自分が出産するわけでなく母乳を出せるわけでもない父親が、母親に比べて親になる実感を持ちにくいのはやむをえない部分もある。そんな気持ちを正直にタイトルにしたのが、カラスヤサトシオレなんかが親になって大丈夫か?(2013年刊)だ。

 自虐と哀愁が詰まった自分ネタ4コマを得意とする作者だけあって、親になるという事態に右往左往。しっかり者の妻に叱咤されながらも、おむつを替えたりお風呂に入れたりと奮闘する。赤子のウンチの様子が変わったのを見て「前はキレーなみどり色でいいにおいで…高級な岩海苔みたいやったのに…」とか、ロンパースから上下セパレーツの服に着替えた我が子を「ヨガ教室のおばはんのよう」と喩えたりするのは作者らしい。

カラスヤサトシ『オレなんかが親になって大丈夫か?』(竹書房)p57より

 持ち前の創意工夫の精神は子育てにも発揮される。紙おむつと布おむつのどちらがいいか確かめるため、右腕に紙おむつ、左腕に布おむつを巻いて炎天下を歩いて湿気具合や肌触りを検証。そうかと思えば、子供は大人の真似をするという理論から赤子が見向きもしないおもちゃで本気で遊んでみせる。日常の些細な出来事を笑いに変えてきた作者にとって、予測不能の珍事が頻発する育児はネタの宝庫だろう。続編オレは子をみて育とうと思う(2015年刊)、別バージョンエレガンスパパ(2012年~14年)も併せて読みたい。

 

 正直といえば、宮川サトシそのオムツ、俺が換えます(2017年~19年)もいろいろと正直だ。オムツ交換を率先してやりながら、妻に「そんな俺を見てくれーっ!」と思う。妻に対してだけでなく保育園の先生や世間に対しても「育児ってる自分」をアピールしたい。そんな“承認欲求としての育児”を前面に出した異色の育児マンガである。

宮川サトシ『そのオムツ、俺が換えます』(講談社)1巻p4より

 とにかくアピールしたいので、保育園の行事には積極参加だ。運動会の保護者リレーで全力疾走、絵本読み聞かせ会では事前リサーチとリハーサルも万全に大熱演を見せる。自分の心の中に「育児ポイントカード」があり、5ポイントで「リビングでプレステやっても良い」、8ポイントで「amazonでフィギュア一体注文して良い」、20ポイントで「飲みに行っても良い」という“自分にごほうび”システムにも苦笑。育児はやって当たり前で、アピールとかごほうびなんてふざけんな!と怒る人もいそうだが、たとえ動機が何であれ、きちんと育児するパパは、しないパパより断然いい。

 グッとくるのは、まだ妻が妊娠中の時期を描いた「過去編」だ。やはり父親になる実感が持てずもやもやを抱えていた作者が「カタチからでもいいから」とイクメンエッセイ本を手に取ったり、子供が生まれた瞬間に「上手に泣けるんだろうか…?」と悩んだあげく、いざその時が来たら全然泣けなくて落ち込む。なんとも面倒くさい自意識だが、その日の夜、生まれたての赤子の小さな手が自分の指をつかむ写真をスマホで見ながら歩いていたときに起こった出来事と率直な心情の吐露は感動的ですらある。

■赤子が心の中で思っていることは……!?

 父親目線どころか赤子目線の育児マンガも登場している。魅月乱赤子さんはかく語れり(2020年~連載中)は、胎内の赤子が夫婦ゲンカでムカついた母の悪感情を感じ取り、「どうなっとらすかママさん――!?」「どえれぇ嫌ぁーな感情伝わってきやぁすけど!?」と顔をしかめて暴れ出すところから始まる。その刺激が陣痛を呼び起こし、生まれてしまった赤子は「どえりゃあ寒いがね――――――!!! なんだてぇぇ!! 急にもおぉお」と思いながら「ほげぁほげぁ」と泣く。

 もちろん本物の赤子がそんなことを考えるわけはない。赤子の擬人化というか、勝手にアテレコしているようなものだ。しかし、いかにもそんなことを考えていそうで、しかも愛くるしい赤子とコテコテの名古屋弁というギャップが笑える。

 泣きやまないのでミルクを飲まそうとすると「腹は減っとりゃせんのやけど まぁええわ 飲んだろまい」と飲んだはいいが、ケパーと吐く。一生懸命手遊びであやすママに「あのなぁそれなぁ…正直飽きたんだて……!!」。ベビーカーでスーパーに出かけてお節介おばさんたちに取り囲まれれば、「いっつも勝手にウチの事 ときんときんの爪でなぶりよって!! 地味に痛いんだでな!!」「こんのクソだわけが!!」と悪態をつく。が、外見上は「あぷあぷ」言ってるだけなので伝わらない。そりゃもどかしくて泣きたくもなろう。

魅月乱『赤子さんはかく語れり』(秋田書店)1巻p58より

 

 そして、よりリアルな赤子目線を描いたのが、のりつけ雅春子育てアフロ田中(2021年刊)である。高校生だった主人公・田中広が中退して上京して働いてさすらって恋愛して結婚して……という、まるで実在の「田中広」の人生を見ているかのような大河シリーズの一作『結婚アフロ田中』から出産・育児エピソードだけをセレクトした選集だ。

 もともと比喩表現のうまい作者だが、陣痛の表現もすごい。元プロレスラー・北斗晶の「人生で痛かった瞬間」ランキングをもとに、暴れ牛にぶつかられ、新聞配達のバイクに轢かれ、アジャコングの裏拳を食らい、最後はよく言われる「鼻からスイカ」をそのまま絵にする。妻のナナコがそんな死ぬ思いで産んだ赤子が見開きで描かれる場面は神々しいほど。それを見守る田中の表情も神がかっている。

 その後のエピソードで赤子目線の描写が登場するのだが、何しろ生まれたてでまだよく目が見えない。空腹を空腹と認識できず「とにかく不快ぃぃーー」とギャン泣きしていると、ぼやっとした視界に黒い丸(乳首)が現れる。「めっちゃいいにおい!! 何コレ!!」「は!! …これは…この黒い点は…」と吸い付いて「う…うんまっ!! 何コレうんま――――――!!」「求めてたのはコレ――――――!!」と満足するのだった。

のりつけ雅春『子育てアフロ田中』(小学館)p101より

 ゲロやウンチが出るときの「何かが来るっ!!」という感覚、予防接種でギャン泣きの場面の「何かがいる!! この場所はヤバイィィィィィィ――!!」「パパ――――!! 早くこの場所をはなれるんだぁぁ―――― 私達は今、何者かに、攻撃をうけているぅぅぅ――」という悲痛な叫びと表情には、申し訳ないけど笑ってしまう。

 ナナコの留守に赤子を連れて公園に出かけたはいいが、泣くわ吐くわウンチするわでテンテコ舞いの田中。あげくに自分の昼メシのおにぎりを二度もはたき落とされ、半泣きになる。しかし、「…自分じゃオムツも替えられない…ゴハンも食べられない…水すら飲めない… 自分じゃ……何も自由にできない… 毎日大変なのはオレなんかより…エマちゃんのほうだよなぁ…」と思い直し、「親って…こんなにも何も分からない生物を…常識ある大人になるまで……育てあげなければいけないのか……」と呆然となる。

 作品自体はフィクションだが、今回取り上げた他の作品同様、作者の体験をもとに描かれたものだ。同書に収録されたインタビューで作者は次のように語っている。

「主人公の田中はただ生きているだけだし、僕もただ生きているだけだから、起こったことをそのまんま描いた感じです」

 赤子もまた、ただ生きているだけ。出産&育児マンガは、生きることの原点を思い出させてくれる“人間賛歌”なのである。

【今回ご紹介したマンガの一覧はこちら!】

作品名 / 著者 作品詳細 試し読み ストアでみる
わが子ちゃん / 峰なゆか 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
にんぷとくいいじ / 松本救助 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
ハラがへっては育児はできぬ / 大町テラス 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
よそじとふたごのメシ事情 / 小坂俊史 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
オレなんかが親になって大丈夫か? / カラスヤサトシ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
オレは子をみて育とうと思う / カラスヤサトシ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
エレガンスパパ / カラスヤサトシ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
そのオムツ、俺が換えます / 宮川サトシ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
赤子さんはかく語れり/ 魅月乱 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
子育てアフロ田中 / のりつけ雅春 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他

 

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