マンガの中で登場人物たちがうまそうに酒を飲むシーンを見て、「一緒に飲みたい!」と思ったことのある人は少なくないだろう。酒そのものがテーマだったり酒場が舞台となった作品はもちろん、酒を酌み交わすことで絆を深めたり、酔っぱらって大失敗、酔った勢いで告白など、ドラマの小道具としても酒が果たす役割は大きい。
そんな酒とマンガのおいしい関係を読み解く連載。24杯目は、酒を飲むと人格が変わる美人妻との暮らしを描いた『僕と嫁さんとお酒の関係』(井上和郎/2023年~24年)をご紹介しよう。
会社員の望月平太(24)は、2歳上の妻・りこと暮らしている。新婚ホヤホヤの二人は超ラブラブ。担当したプロジェクトの打ち上げで夜遅く帰宅した平太に「平ちゃん おかえりにゃーん♡」と抱きつくりこは、「平ちゃんの帰りをネコちゃんになって待ってたニャン!!」と猫耳まで付けてデレデレの甘えっぷりを披露する【図24-1】。
しかし、実はコレが彼女の酒グセだった。単に甘え上戸なら問題ないというか夫としては歓迎だろうが、そういうことではない。1本目にカルピスサワー(作中では「カル○ス」と伏せ字になっている。以下同)を飲んで甘えん坊になったりこは、2本目にストロングゼロを飲んで豹変。「なんだぁ? シケたツラして オメェも一杯やっか? 平太ァ」とコワモテキャラになり、文字どおりのストロングスタイルで平太にプロレス技をかけたりする。
つまり、飲むお酒の種類によって人格がコロコロ変わるという特殊な酒グセの持ち主なのだ。普段は優しく可憐な妻だが、ワイルドターキーを飲めば超ワイルドな荒くれキャラに。レモンサワーを飲むと、恥ずかしがり屋の純情キャラに変身する。
【8杯目】で紹介した『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』(ゆうきまさみ)の渡会あぶみのように酔うと性格が変わるキャラは数あれど、お酒の種類に合わせて変身するというのは初めて見た。現実にはあり得ないが、マンガならではのギミック的設定としては面白い。酔って豹変するキャラがたいてい女性なのは、男の酒乱だと現実的すぎてシャレにならないというのもあるだろう。
平太がりこと知り合ったのは会社の懇親会(という名の飲み会)。下戸の平太は酔っぱらいの相手をするのに疲れて、会場のお座敷の隅っこに移動する。そこで端っこのテーブルに座っていたのが、りこだった。ウーロン茶を注文する彼女の声を耳にして「もしかしてこの人もボクと同じ…」と思ってよく見たら、すごい美人。つい「ここ座っていいですか?」と声をかけたのがきっかけだ。
ところが、彼女が会長の娘であることを知った平太は大慌て。しかも、帰り道でワイルドキャラに変身して大暴れしているところに遭遇する。彼女がウーロン茶を飲んでいたのは下戸だからではなく、会社の飲み会で酒を飲んで酒グセがバレるとマズいという理由だった。さらにその後、仕事で訪れた高級ホテルで、りこのお見合い場面にも遭遇。外出先での飲酒は父親から禁じられているにもかかわらず、乾杯用に出された英国王室御用達のシャンパンを思わず飲んでしまったりこは女王様に変身、見合い相手を「下郎」呼ばわりするのだった【図24-2】。
りこの秘密を知る男として会長から白羽の矢を立てられた平太は、何だかんだで彼女と交際することになる。新婚生活と結婚に至るまでの回想をクロスオーバーさせつつ描かれる二人の関係は、初々しく愛に満ちている。
ただし、それはりこがシラフのときだけ。酒が入ると、いきなりドタバタコメディへと変貌する。カルピスサワーのときのように甘えん坊になることは稀で、だいたいはパワフルな粗暴キャラとなって、平太をおもちゃにする。一緒に酔っぱらってしまえば、それはそれで楽しいのだろうが、下戸の平太には無理。それでも翌朝、モジモジしながら「昨日はゴメンね?」と言われると、すべて許してしまう。酒さえ飲まなきゃ最高の妻なのだ。
そんな彼女も、酔って平太を絞め殺してしまう夢を見て自分が怖くなり、禁酒を誓ったことがある。が、テレビをつければ、ドラマやバラエティやCMでお酒のシーンがやたら目に付く。テレビを消して買い物に出かければ、商店街の人たちが酒に合う食材や惣菜ばかり勧めてくる。「今の私にとって商店街はおつまみ地獄!!」と泣いて帰ったりこは、まっ白な灰に燃えつきる(『あしたのジョー』のパロディ)。
ヨボヨボのりこに禁酒の理由を聞いた平太は「ボクは死なないよ 愛するりこさんを残してね」「だから安心して楽しくお酒を飲んでよ」と優しく微笑む。……と、そこまではイイ話っぽかったが、さっそく缶ビールを開けてイッキ飲みしたりこは「平太くん愛してるぅー♡」と言いながらストレッチプラム(プロレス技)を極めるのだった【図24-3】。
いろいろ無茶な展開もあるが、キャラの魅力と勢いで読ませる。りこはもちろん、ゲストキャラで登場する彼女の母親の飲みっぷりに胸がすく。この母にしてこの娘あり。1巻で完結だが、この母娘の飲みっぷりをもう少し見てみたかった気もする。