マンガ酒場【8杯目】酔うと大胆になる美人四姉妹の長女◎ゆうきまさみ『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』

 マンガの中で登場人物たちがうまそうに酒を飲むシーンを見て、「一緒に飲みたい!」と思ったことのある人は少なくないだろう。酒そのものがテーマだったり酒場が舞台となった作品はもちろん、酒を酌み交わすことで絆を深めたり、酔っぱらって大失敗、酔った勢いで告白など、ドラマの小道具としても酒が果たす役割は大きい。

 そんな酒とマンガのおいしい関係を読み解く連載。8杯目は、北海道の牧場を舞台にした大河青春ドラマ『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』(ゆうきまさみ/1994年~2000年)より、渡会(わたらい)牧場の美人四姉妹の長女・渡会あぶみにご登場願おう。

『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』

 ひょんなことから北海道の牧場で働くことになった青年・久世駿平を中心に、牧場の社長夫婦と四姉妹、従業員たち、大牧場の息子、馬主、騎手……と、大勢のキャラが入り乱れる群像劇。その牧場の四姉妹の長女があぶみである。

 活発な次女ひびき、クールで真面目な三女たづな、おませな四女ひづめという姉妹のなかにあって、あぶみは頼れるお姉さん。牧場経営で忙しい母に代わって妹らの面倒を見てきただけでなく、従業員の食事の用意もしたりする。習い性となった世話焼き体質で、家事全般のスキルは極めて高い。美人で朗らかで、地元の若い衆からは「静内(しずない=牧場のある土地)の宝」と崇められている。しかし、性格的には天然ボケ。そのうえ一本道でも迷うほどの方向音痴で車の運転がドヘタときた。

 それだけでもギャップ萌えの要素十分だが、彼女の場合、さらに「酒グセが悪い」という属性がプラスされる。といっても、『はいからさんが通る』の紅緒や『のたり松太郎』の田中のような狂暴な酒乱とは違う。ある意味、周囲を幸せにする酒グセなのだ。

 初めてそれが発動したのは、駿平が牧場に拾われて1周年記念という名目の飲み会。普段は飲まないあぶみがお調子者の従業員・梅ちゃんに「たまには一杯どないだす?」と勧められる。日本酒をコップにたっぷり注がれて「こんなに飲めないわよ」と言いつつ、ちびっと口をつけたかと思うと「あらっ! これ美味しいわ」と、きゅーっと一気に飲み干してしまう【図8-1】。

【図8-1】この一杯からすべては始まった。ゆうきまさみ『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』(小学館)7巻p122より

 見事な飲みっぷりに一同やんやの大喝采。宴もたけなわとなる頃には、あぶみはいつの間にか手酌でぐいぐいやっている。ついには一升瓶を空にして「なくなっちゃったわ」と残念そう。妹のひびきに「そのへんにしといたら」とたしなめられて「そうね、もうやめときましょ」と言いながら、駿平が隅っこでモソモソつまみを食ってるのを発見したあぶみは「主役なんだからもっと楽しそうにしてなきゃだめよ♪」と、いきなりがばっと抱きしめる【図8-2】。

【図8-2】抱きつき魔ぶりを発揮するあぶみ。ゆうきまさみ『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』(小学館)7巻p126より

 豊満ボディに包まれて天にも昇る気持ちになりながらも、ひびきの視線が気になる駿平。しかし、あぶみは次から次へといろんな人に抱きついては、なでくり回したりほめまくったりと無差別抱擁を繰り返す。そう、あぶみは陽気な“抱きつき上戸”だったのだ。その後、酔いつぶれたあぶみを抱えて「おねえちゃん もう酒飲むな」と言うひびきをよそに、「また飲まそうな」「そ、そうっスね」と誓い合う梅ちゃんと駿平の気持ちはわかる。

 普段はおっとりしているが、とにかく飲みだすと止まらない。有力馬主が主催の宴会で酔っぱらって一波乱起こして帰ってきて、送ってきてくれた大牧場の息子・悟の前で「もう寝るわ」といきなり脱ぎだす。別の宴席で縁談相手の青年実業家・繁行に兄夫婦を紹介されたときにもすでに結構飲んでいて、「うふふふふ…」「くすくす」と笑ってるだけ。しかも、ボーイに「お飲み物はいかがですか?」と勧められてさらに飲む。その様子に呆れた兄に「なんだよ、あれ」「そりゃきれいなお嬢さんだとは思うけどな。あれじゃあその――ただの酔っぱらいだ」と身もフタもないことを言われる始末【図8-3】。

【図8-3】確かに、ただの酔っぱらいだ。ゆうきまさみ『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』(小学館)18巻p136より

 しかし、本人はまったく気にしていない。「繁行の妻になろうという人がこういうことでは困ります」「そのような有様では人様に繁行の妻として紹介できないと言ってるんです」と詰められても、「あら。あたりまえです。あたし、まだ繁行さんの奥さんじゃありません」とけろっとした顔。当の繁行は自信満々で「彼女はぼくが責任をもって立派な女性にしてみせます」と豪語。が、言ってるそばから次の酒に手を出すあぶみであった。

 実にあっぱれな飲みっぷりだが、縁談相手の家族の前でそこまで飲むのには、それなりの理由がないではない。「本当は大勢の人の前に出るの、苦手なのよ。だからこういう席に出るとついはしゃいじゃって――」と彼女は言う。そしてもうひとつ、当然のように縁談を進めようとする繁行の強引さへの違和感もある。むしろ酔っぱらった姿を見せることで、先方から破談にしてほしい気持ちもあったのではないか。

 その後、同じ宴会に出ていた悟と話し込み、二軒目、三軒目、四軒目へとなだれ込む。あげくの果ては、悟の部屋に泊まって朝帰り。二人とも酔いつぶれて寝ただけだが、縁談が進んでいるのに別の男の部屋に泊まるのは非常識には違いない。しかし、あぶみは意に介さず、妹に「悟さんの部屋に泊まっちゃったんだって?」と聞かれても「そうなのよー」と悪びれずにころころ笑う。その肝の太さは天下無敵だ。

 そんな彼女が唯一取り乱したのが、悟が交通事故を起こしたとき。一方、縁談はのらりくらりと態度を保留したあげく、最終的には相手の強引さについていけず断った。腹のうちを見せず、にっこり笑って人を斬る。カラオケで歌うのは中島みゆき。四姉妹の中で実は一番やっかいなタイプかもしれない。

 作品自体は20年以上前のものだが、今読んでもまったく古びていない。長期連載の間に作中での時間は着実に流れ、登場人物たちも一歩一歩成長していく。大事件もスペクタクルもない。が、競馬界の舞台裏をのぞかせつつ、会話の妙、人間関係の機微を生き生きと描いて、飽きさせない。まるで実在の友人や親戚の人生を見守っているかのような気にさせられる青春群像劇の傑作である。

 

 

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