マンガ酒場【20杯目】大酒飲みの彼女に萌える!◎後藤羽矢子『うわばみ彼女』

 マンガの中で登場人物たちがうまそうに酒を飲むシーンを見て、「一緒に飲みたい!」と思ったことのある人は少なくないだろう。酒そのものがテーマだったり酒場が舞台となった作品はもちろん、酒を酌み交わすことで絆を深めたり、酔っぱらって大失敗、酔った勢いで告白など、ドラマの小道具としても酒が果たす役割は大きい。

 そんな酒とマンガのおいしい関係を読み解く連載。20杯目は、大酒飲みの彼女との同棲生活を描いた4コマ連作『うわばみ彼女』(後藤羽矢子/2014年~17年)をご紹介しよう。

『うわばみ彼女』

 主人公は20代の同棲カップル。「彼女」は底なしのうわばみで、「オレ」は下戸ではないがどちらかというと弱い「中戸」(二人の造語)である。酒に対して温度差のある二人だが、付き合うきっかけは、とある飲み会だった。あまり飲めない彼氏は二次会のカラオケをパス。彼女のほうも「あたしもカラオケ苦手――」と二人で抜け出した。ただし、彼女がカラオケを苦手とするのは「カラオケって おつまみ ピザとかポテトばっかだし お酒もたいしたもの置いてないしー」という理由。何よりも酒とつまみ優先なのだ。

 クリスマスどうするか聞かれて「家でゆっくり過ごそうよ」はいいとして「ケーキもいらないよ お酒に合わないしー」と女子とは思えぬ発言。用意した料理は、刺し身、焼き鳥、塩辛と完全に居酒屋メニューである。そこに星型にくり抜いたパプリカやハムやチーズを散らしてクリスマスディナーのできあがり。さらに「実はお酒もクリスマスを意識したんだ!!」と取り出したのは日本酒の「赤城山」と「緑川」。「赤と緑でクリスマスっぽいでしょ」と笑顔の彼女に思わず「ていうか二升呑む気か?」とツッコむ彼氏であった【図20-1】。

【20-1】「赤城山」と「緑川」でクリスマス気分。後藤羽矢子『うわばみ彼女』(白泉社)1巻p13より

 とにかく思考の中心が常に酒。実は料理上手な彼女だが、酒の肴しか作らない。晩ごはんのリクエストを聞いておきながら「オムライス」と言われると「やだ」と即却下。「な…何で?」と問われて「お酒に合わない」と真顔で答える。ヒマつぶしの話題は「無人島に一本だけお酒持ってくとしたら何にする~?」。好きなマンガは『夏子の酒』と『BARレモン・ハート』と『神の雫』。ホワイトデーのプレゼントに希望したのはスキットル(ウイスキーを入れる携帯ボトル)。母からの電話で兄が結婚すると知って、相手についてまず聞いたのが「お酒は呑めるの!?」だった。

 そもそも彼女がこんな大酒飲みになったのは、遺伝と家庭環境による。一家そろって酒飲みで、成人式には振り袖姿で鏡割り。「お祝いに一斗樽酒買ってもらったの」「誰しも一生に一度は一斗樽割ってみたいもんね」って、そんな願いを抱く娘も娘だが、叶えてやる親も親だ【図20-2】。その一斗樽の半分をご近所に振る舞い、残った半分=五升を家族4人で飲んだというのだから、とんでもない酒豪一家である。

【20-2】上のコマで拍手してるのがお父さん。後藤羽矢子『うわばみ彼女』(白泉社)1巻p28より

 彼女がこの調子だと、酒の弱い彼氏は大変だ。晩酌に付き合って酔いつぶれたこと数知れず。風邪を引いて寝込んだときに「卵酒飲む?」と聞かれて「いやいい…」と答えると、「そう…じゃあホットワイン飲む?」と、あくまでも酒推しの彼女。その風邪がうつって、今度は彼女が寝込んでしまい、彼氏が卵酒を作る。しかし、それを飲んだ彼女は「ごめん…なんか…卵と砂糖抜いたのも欲しい…」。そこですかさず「ただの熱燗じゃねーか」とツッコむ彼氏もさすがである。

 そんな彼女だが、彼氏のことは(酒の次に)愛している。寝言で「まさひろ…」「孝之…」と名前を呼んでも、それは浮気相手ではなく酒の名前。彼氏がアニメ『ルパン三世 カリオストロの城』に出てくるミートボールスパゲティに憧れてると言えば作ってあげる。彼氏のほうも、ちょっとわがままだが好奇心旺盛でキュートな彼女にぞっこんだ。露骨なラブシーンこそないが、下ネタギャグからエッチな雰囲気が漂うことはあり、うらやましいぐらいラブラブなカップルなのである。

 そして、全編通して唯一のキスシーンも酒がらみだった。彼女がバレンタインデーに贈ったのはチョコレート風味のビールと焼酎「百年の孤独」入りのチョコレートボンボン。「すっげ~バレンタインに向かない名前… 百年の孤独って…」と微妙なリアクションの彼氏に「ナツくんにはあたしがいるでしょ」とチョコを食べさせ、そのまま濃厚なキス……と見せかけて、ちゃっかり中の酒部分を吸い取る彼女【図20-3】。

【20-3】濃厚なキスシーンと思いきや……。後藤羽矢子『うわばみ彼女』(白泉社)3巻p40より

 いわゆるストーリー4コマの手法で、作品世界の時間は流れていく。物語終盤、ラム酒を大量にぶち込んだグリューワイン(スパイスの効いたホットワイン)をガバガバ飲んで珍しく少し酔った彼女は、彼氏のひざを枕に「あたしさ 一人でいる時はそんなにお酒呑まないんだよ」なんてことを言う。即座に「エイプリルフールでもないのにウソつくな」とツッコむ彼氏。が、彼女が続けて発した「ナツくんがお酒を美味しくしてくれるんだよ」との言葉に「オレも彼女がいなかったら――味気ない人生になってたのかも…」としみじみ思った彼氏は、ついにプロポーズするのだった。

 酒飲み一家と飲めない一家の顔合わせシーンも見ものだが、大団円はやはり結婚式。「二人の初めての共同作業」は、もちろんウェディングケーキ入刀ではなく鏡割りだ。デカい盃になみなみと注いだ酒をゴッゴッゴッと飲み干した彼女の最高の笑顔を、2分の1ページ使った大ゴマでドーン! 末永き幸せを祈らずにいられない。

 

 

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