マンガ酒場【11杯目】苦境の酒蔵再生ドラマ◎桃缶『紅一献!~恋、ひとしずく~』

 マンガの中で登場人物たちがうまそうに酒を飲むシーンを見て、「一緒に飲みたい!」と思ったことのある人は少なくないだろう。酒そのものがテーマだったり酒場が舞台となった作品はもちろん、酒を酌み交わすことで絆を深めたり、酔っぱらって大失敗、酔った勢いで告白など、ドラマの小道具としても酒が果たす役割は大きい。

 そんな酒とマンガのおいしい関係を読み解く連載。11杯目は、苦境の酒蔵再生のため元経営コンサルタントの女性が奮闘する『紅一献(くれないいっこん)!~恋、ひとしずく~』(桃缶/2009年~10年)をピックアップしよう。

『紅一献!~恋、ひとしずく~』

 主人公は、東京で経営コンサルタントとして働く天野紅(あまの・べに)。“デキる女”を気取っていたが、歯に衣着せぬ物言いでクライアントの不興を買って左遷を言い渡され、その場で辞表を叩きつける。もういっそ結婚もアリかと思いながら帰宅すると、同棲している彼氏が女を連れ込んでいる現場に遭遇。しかも、いい機会とばかりに別れ話を切り出される。

 泣きっ面にハチでとりあえず秋田の実家に帰った紅は、個人でコンサルの仕事をやろうとするも、会社の後ろ盾がないと相手にされない。そんなときに祖父から持ちかけられたのが、経営難に陥った地元の酒蔵・山田酒造の立て直し。そこは彼女の中学時代の同級生・コウジの実家であり、今は彼が杜氏の座を引き継いでいた。お金のことにまるで無頓着なコウジに呆れながらも、ほかに仕事もなく、山田酒造の経営改善を引き受けることになる。

 まず何よりも営業、宣伝が足りないと考えた紅は市場調査のため地元の酒屋を回るが、どこに行っても地元大手メーカーの独占状態。正面からぶつかったら勝ち目がない。そこで彼女は一計を案じる。コウジが何種類も造ってそのままタンクに貯蔵されている実験酒を、プレミアム商品だけを扱う会員制サイトで本数限定で売り出したのだ。

「欠点となる不揃いな数量と味 これは裏を返せば稀少で個性派ということ」という彼女の言葉どおり、レア感が話題を呼んで見事完売。日本酒の風味を表現する「熟」「醇」「薫」「爽」の4つの分類のみを表示し、酒米などのスペックは伏せる。そのミステリアスさの演出、欠点の裏返しを象徴した鏡文字のラベルも含め、マーケティング戦略としてリアリティを感じさせる【図11-1】。

【図11-1】稀少性を売りにした酒、その名も「絶」。桃缶『紅一献!』(大誠社)1巻p74-75より

 ところが、その戦略を大手メーカーにまるごとパクられてしまう。結局、他社が真似できない魅力ある酒を造るしかない――ということで、コウジが提案したのが紅麹を使った酒だった。通常の酒は黄麹で造るが、紅麹で造った酒は鮮やかな紅色になるという。ただし、紅麹菌は育生管理が難しく、失敗リスクも高い。それでも、コウジの熱意に職人たちもほだされて、鮮やかな紅色の酒をめざして新製品開発が始動する。

 いざ酒造りが始まると、設備の都合と人手不足から、紅も作業に駆り出される羽目に。10㎏の酒米が入った袋を水に浸けたり上げたりを繰り返し、蒸米を入れた桶を担いで走り、種菌を酒米全体にまぶすために手で揉み込み、膨らんだ醪(もろみ)を櫂で混ぜる【図11-2】。そうした酒造りの工程は、門外漢にも興味深い。発酵タンクから発生する炭酸ガスを吸ってめまいを起こし、タンクに転落する危険があるため、心肺蘇生法の図解パネルが設置されている……といった描写には「へえ~」と思う。

【図11-2】設備の都合により人力で蒸米を冷ます。桃缶『紅一献!』(大誠社)1巻p144-145より

 東京で華々しく働いていた女性が郷里に戻って酒造りに関わる――という構図は、往年のヒット作『夏子の酒』(尾瀬あきら/1988年~91年)と重なる。ただし、実家が酒蔵だった夏子と違って、紅は日本酒には縁もゆかりもない。それどころか、決起集会的な飲み会の場で「日本酒は…………正直あんまり得意じゃなくて………」と言ってしまい、取り繕おうとして「違うのよっ 正確にはこれまで飲みたいと思ったことがなかったって話で…」「日本酒って聞くと おじさんが飲んでるところが思い浮かぶじゃない?」と、さらに墓穴を掘る始末。

 しかし、すかさずコウジがフォローする。「それな! 日本酒ってまだまだそんなイメージだよな!」「先入観つーの? 最初の壁さえ突破したらハマる人増えると思うんだよなー」「だからやっぱ赤い日本酒でイメージアップしたい! 俺らの造ってる酒は絶対当たる!」【図11-3】。彼の言葉で場の空気は和んだが、それがなくても口先だけでなくみんなと一緒に酒造りにまつわる作業に参加してきた紅を責める者はいなかっただろう。

【図11-3】紅の失言をフォローするコウジ。桃缶『紅一献!』(大誠社)2巻p20より

 順調と思われた紅色の酒造りだったが、濾過しても濁りが残ってしまうという問題が発生。その解決策をめぐって職人同士が衝突したり、瓶の誤発注があったり、いくつものトラブルが巻き起こる。そうした困難をアイデアと熱意と人のつながりで乗り越えていく展開は、ビジネスドラマの王道だ。もちろん日本酒の情報マンガとしても役に立つ。

 そしてもうひとつ、「恋、ひとしずく」の副題どおり、恋愛ドラマの要素もある。中学時代に野球部だったコウジは、生徒会長で学園のマドンナだった紅に密かに憧れていた。その彼女と一緒に酒造りすることになったのだから、張り切らないわけがない。そもそも紅色の酒を造ろうと思い立ったきっかけは……?

「俺のイメージする赤い日本酒は赤色酵母のピンク色とも古代米の赤紫色とも違う宝石みてーな深紅なんす!」と語るコウジの理想の酒は完成するのか。紅との関係はどうなるのか。2巻完結の物語は少々あわただしくはあるものの、日本酒×ビジネス×恋愛の3つの味が凝縮された旨口の一作だ。

 

 

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