マンガ酒場【21杯目】ドイツが舞台のビール作りと恋の物語◎中村哲也『ネコと鴎の王冠』

 マンガの中で登場人物たちがうまそうに酒を飲むシーンを見て、「一緒に飲みたい!」と思ったことのある人は少なくないだろう。酒そのものがテーマだったり酒場が舞台となった作品はもちろん、酒を酌み交わすことで絆を深めたり、酔っぱらって大失敗、酔った勢いで告白など、ドラマの小道具としても酒が果たす役割は大きい。

 そんな酒とマンガのおいしい関係を読み解く連載。21杯目は、ドイツの醸造所を舞台にしたビール作りと恋の物語『ネコと鴎の王冠(クローネ)』(中村哲也/2016年~17年)をご紹介しよう。

『ネコと鴎の王冠(クローネ)』

 オープニングは、ドイツの空港だ。2年ほど過ごした日本から、ドイツに帰ってきた辺見玖郎(へんみ・くろう)は、幼なじみのアンナ・ヴィンターに迎えられる。アンナはダッハカンマー醸造所の当代親方(マイスター)の娘であり、クロウはそこの見習いだった。ワケあって一時日本で働いていたが、今回ドイツに戻ってあらためてビール職人をめざす。

 空港に着いて早々にクロウが向かったのはビアホール。が、お目当てのビールがないという。彼が飲みたかったのはマイボックという5月(ドイツ語でマイ)に出回るビール。しかし今は10月だ。残念がる玖郎に店の主人は、電話で確認したあと「この空港のなかの酒場に残ってるってよ」と教えてくれる。ところが、その店でもちょうど売り切れたところだった。そこからさらに紹介の紹介でたどり着いた店で、最後の一本にめぐり会う。

 その貴重な一本をアンナと二人で分け合って飲む。そこで2つのグラスに店主がビールを注ぐ場面がまず素晴らしい。最初に半分ほど注いだあと、瓶を振って泡立てて残りを注ぐ。こんもり盛り上がった泡がいかにもうまそうだ【図21-1】。泡を立てず静かに注ぐのがマナーだと勘違いしている人がいるが、ビールはこうでなくちゃいけない。

【21-1】こんもり泡立てて注いだビールがうまそう。中村哲也『ネコと鴎の王冠』(KADOKAWA)p18より

 玖郎がマイボックにこだわったのは、日本に帰る前に最後に飲んだのがそれで、彼にとってはドイツの思い出の味だったから。そこでアンナとの再会を祝して飲んだマイボックのうまさに玖郎は感動する。が、その感動はただのビール好きとはちょっと違う。

「ああ……これはいい出来だ 酸味と苦みは確かに強いけどちっとも刺々しくない アルコール度数の高さが存在感になってるおかげかな? なのに後味が柔らかく全体を包み込んでる…… 澄んだ琥珀色もいいなぁ これはやっぱり5月の光に映えたろうな」と、作り手の目線で見てしまうのだ。

 そこから玖郎とアンナのビール作りの日々が始まる。見習いの身ながらタンクをひとつ任され、どんなビールを作るか考えあぐねていた玖郎だったが、アンナのアドバイスによりまずは基本となるヴァイツェンを作ることに。ストーリーの中で完成までには至らないが、「ビールは麦芽・酵母・水・ホップのみで作ること」という1516年制定のビール純粋令、大規模な麦芽工場の舞台裏、昔ながらの徒弟制度によるマイスターへの過程など、ドイツのビール作りの伝統と文化がよくわかる。製造ラインの打栓工程(瓶に王冠をはめ込む工程)が故障して旧式の打栓機を持ち出すエピソードには、手作業の魅力を再認識させられた【図21-2】。

【21-2】ラインの故障で旧式の打栓機が活躍する。中村哲也『ネコと鴎の王冠』(KADOKAWA)p103より

 ビールを飲むシーンは意外と少ないが、麦芽工場併設のレストランのビールがこれまたうまそう。「まるで樽から直接飲んでるみたいだ!」と玖郎は言う。それもそのはず、醸造所から直接地下パイプを引いているというのだから、まさに樽出しなのである。

 そして、ビールと同じくらい、ドイツ料理もうまそうだ。ドイツ名物のソーセージはもちろんのこと、牛肉のビール煮、イェーガー・シュニッツェル(豚肉のカツレツ)など、ビールと相性のよさそうな料理がいろいろ出てくる。

 さらに、もうひとつの見どころは、アンナたちが着るディアンドル(民族衣装)。酒場のユニフォームとして、あるいはクリスマス市や夏祭りの衣装として登場するディアンドルは、すこぶる可愛い。というか、これが描きたくてこの題材を選んだのではないかというぐらい、作者のこだわりが感じられる。何しろクリスマス市に出す屋台の衣装選びで特別編的に1話分を費やしているのだから、そのこだわりはハンパない。タイプの異なる女性キャラたちもキュートである【図21-3】。

【21-3】ディアンドル(民族衣装)を着たアンナ(中央)たち。中村哲也『ネコと鴎の王冠』(KADOKAWA)p222より

 マイスターをめざして奮闘する玖郎、みずからもマイスター学校に通いながら玖郎と一緒に醸造所を興すのが夢のアンナ。二人のビール作りへの情熱と恋心が絡み合うストーリーは、初々しくも爽やかだ。公私ともども二人を見守る醸造所の人々の温かさにもホッとする。現代の話なのにどこか古き良き時代への郷愁を感じるのは、そういった人々の気質に加え、趣ある街並みや豊かな自然の存在も大きいだろう。

 近隣の町で自家製ビール酒場「狐と熊亭」を営むマヤとニルスを主人公にした『キツネと熊の王冠』、同じ町内で反目し合う2つの醸造所の息子と娘の恋と野望を描いた『ヤギと羊の王冠』と合わせて3部作となる。いずれもビール作りへの情熱と恋の炎が燃え上がる快作だ。「ロミオとジュリエット」的立場の『ヤギと羊の王冠』の二人のラブシーンはなかなか濃厚。しかし、当連載としては『キツネと熊の王冠』のクライマックスとなる夏祭り(ゾマーフェスト=森を囲む町から醸造所が集まって開く年に一度のビール祭り)で、みんながゴキゲンに合唱する歌に注目したい。

〈酒を飲むのを やめるもんじゃない/酒を飲むのは この世の理/いつだって気前よくおごってくれる/そういう奴とは 仲良くしとけ/ビールにワインだろうと シャンパンだろうと/飲むときゃ見栄を張るもんじゃない〉

 酒飲みなら大いに共感の素晴らしい歌詞である。

 

 

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