劣等感は切ない ベジータの孫悟空コンプレックスについて

 (上田啓太さんによる、中期ベジータについてのお話です。前期ベジータについてはこちらからどうぞ。)

 悟空とベジータは永遠のライバル。なんとなく、そんなふうに思われている。しかし私はこれほどアンバランスな関係をライバルと呼んでいいのかわからない。本当にこの二人をライバルと言っていいんだろうか?

 要するに、ベジータが悟空を思うほどには、悟空はベジータのことを思ってないんだが、それでも二人は「ライバル」なのか? そこにあるのは「互いに刺激しあう二人の男」なんてものじゃなく、「勝手に強くなっていく悟空と、それを見てジタバタするベジータ」なんだが、そんなものが「ライバル」なのか?

悟空とベジータの関係を象徴するセリフ。(『ドラゴンボール』33巻p.92より)

ありもしない悟空の内面を読んでしまうベジータ

 初登場時、ベジータは悟空より強かったと言っていい。最後は敗北するが、それは悟空が仲間たちの力を借りたからだ。クリリンに悟飯、最後はヤジロベーまで動員して、なんとかベジータを撃退する。悟空だけならば、ベジータが大猿化したところで負けていただろう。腐ってもベジータは「サイヤ人の王子」であり、悟空は「下級戦士」に過ぎなかったのだ。

 やはり問題はフリーザ編だ。悟空は少し遅れて地球を出発し、宇宙船のなかで修行をする。そしてナメック星に到着するなり、ベジータが苦戦していたギニュー特戦隊を何の苦労もなしに倒してしまう。このタイミングだ。ここで悟空とベジータのあいだに「圧倒的な力の差」が生まれてしまった。そして「ベジータの孫悟空コンプレックス」が幕を開けたのだ。私が記念碑的だと思っているのはこのセリフ。

 「圧倒的に強くなったのが自慢らしいが こんなことではフリーザには絶対に勝てんぞ!!!」

「圧倒的に強くなったのが自慢らしいが」と、ベジータは悟空の内面を読む。しかしこの「読み」は完全に的外れだ。悟空は自分の強さを自慢するような人間ではない。悟空はただ強いだけだ。ベジータは劣等感によって、相手の思ってもいないことを勝手に読み込んでしまっている。悟空の心を読んだつもりで、自分の内心を吐露してしまっている。

 ベジータの世界観において、強いことは誇らしいことだ。ベジータは「プライドの人」だからだ。強い相手がいれば、当然それを誇っているはずだと決めつける。「強さを自慢された」と思ってしまう。しかし悟空にとって、強いことは何でもない。悟空ほどプライドから遠いところにいる人はいないからだ。

瞬間移動を覚えた悟空とそれを認めたくないベジータ

 以降、悟空とベジータの関係は基本的にこのままだ。ベジータは悟空に対抗心をむきだしにする。「俺のほうがあいつより強いはずだ」という信念と、「明らかに悟空のほうが強い」という現実のあいだで悶えつづける。しかし悟空のほうはそっけない。だから私は悟空とベジータを「ライバル」と言っていいのかわからない。こんなものは単なるベジータの片思いじゃないか!

 フリーザ編終了後、地球に戻ってきた悟空は瞬間移動を覚えている。ヤードラット星人に教えてもらったという。さっそく悟空は実演してみせる。ベジータは悟空がさらに強くなったことが気にくわない。すぐにイチャモンをつける。

 「ふ…くだらん なにが瞬間移動だ……超スピードでごまかしたにすぎん……」

 あっさり論破してやった、という態度だ。しかしクリリンが悟空の持っているのは亀仙人のサングラスだと指摘することで、すぐに瞬間移動は事実だったと発覚する。ベジータは絶句する。眉間にしわが寄る。汗がふきだす。背景はグネグネになる。

この時期のベジータは本当に「グネグネした背景」が似合う。(『ドラゴンボール』28巻p.155より)

まだ鍛える余地が残っていると悟空に指摘されるベジータ

 コミックス33巻も切ない。悟空と悟飯が「精神と時の部屋」から出てきたところ。この部屋には48時間まで入っていることができるのに、悟空は一日も経たないところで出てきてしまう。「この部屋での修行はもういい」らしい。ベジータはニヤリとして言う。

 「やれやれ……さすがのカカロットさんも部屋の過酷さにとうとう音をあげたか…」

 私なんかは、このねじくれた言い方に興奮する。「さすがのカカロットさん」である。コンプレックスがもろに呼称に出ている。ベジータは劣等感を隠すために、皮肉をたっぷり染み込ませた喋り方をしている。しかし悟空にそういう「ややこしい話法」が通じるはずがない。悟空は「おめえたちが入ることに文句を付けてるわけじゃねえ」と返すと、次のように付け足すだけだ。

 「まだ鍛える余地は残ってるみてえだし」

 もちろん悟空は「天然」である。自分の力と相手の力をそれぞれに見抜いて、「ベジータには鍛える余地が残っている」と判断しただけだ。ここが悟空の残酷なところである。ベジータは即座に反応する。

 「なんだと……? 気にいらんな…いまのいいかただと きさまの方がオレより実力が上だといってるようにきこえる…」

 「ああずいぶん上だとおもう」

 「なに…!?」

 このあたりの悟空の発言を見ていると、天然も度が過ぎれば鬼畜になるのだと思わされる。これは無自覚な人間がいかに他人に劣等感を植え付けるかの見本である。「ああずいぶん上だとおもう」という言い方があるか! しかも悟空はそのまま悟飯を連れてどこかに飛んでいく。擬音は「バッ」からの「キィーン」である。もはや、音すら無神経。ベジータが明らかに気分を害しているのに何のアフターケアもなし。

あんたは鬼か。(『ドラゴンボール』33巻p.81より)

 この時期のベジータが切ないのは、「さすがのカカロットさん」と余裕しゃくしゃくのようにふるまってみても、数ページ後には「なに…!?」と激昂してしまうところにある。ベジータは悟空に一方的に対抗心をもち、勝手に心をかき乱され、「カカロット、カカロット、カカロット……」と、頭のなかを悟空で一杯にしていく。しかし悟空は何も知らずに、「バッ」からの「キィーン」だ。

 そして悟空が去ったあと、イライラしたベジータは無関係なピッコロに怒鳴る。

 「ピッコロ!! 入るんならさっさと部屋に入りやがれ!! 後がつかえてるんだ!!」

 このへんのベジータのふるまいは最悪である。ぜんぜん尊敬できない。

スーパーサイヤ人にすらなれていないのにそれを超えようとするベジータ

 いくらなんでもこれじゃあんまりなので、中期ベジータの名場面も紹介しておきたい。コミックス28巻、来たるべき人造人間との戦いに向けて修行するベジータはかっこいい。

 「こ…超えてやる……… スーパーサイヤ人をさ…さらに超えてやるぞ………」

 この時、ベジータはまだ「スーパーサイヤ人にすらなれてない」のである。そんな段階で、「俺はスーパーサイヤ人をさらにこえる」と断言している。この発想、なかなかできないと思う。すでに悟空はスーパーサイヤ人になった。その状況で、「まずは自分もスーパーサイヤ人になる」と考えずに、それをこえることをイメージしている。これは、本当に尊敬する。

(『ドラゴンボール』28巻p.165より)

短い全盛期としてのスーパーベジータ

 コミックス32巻、セル第二形態を圧倒する場面も良い。「俺はスーパーベジータだ」と自分で宣言しておいて、セルに「なんだそれは」と聞かれれば、「てめえで勝手に想像しろ」と切り捨てる。そしてセルをボコボコにする。質問には答えない。

 聞きたくなるでしょう、そりゃ。セルじゃなくても聞きますよ。「俺はスーパーベジータだ」とか言われたら、「なんだそれは」と聞くに决まっている。そこで「てめえで想像しろ」と返すのはおかしい。スーパーベジータというのはあんたの造語でしょう。造語の責任くらい取ってくださいよ! 

子供みたいな言語センスも最高。(『ドラゴンボール』32巻p.75より)

 このあたり、暫定的に「地球上でもっとも強い男」になったことで、前期ベジータの雰囲気が戻ってきている。私の好きだった残忍で自分勝手なベジータ。「てめえで勝手に想像しろ」は、前回紹介した「じゃあ、死ね!」に匹敵すると思う。まさに「ひどすぎて最高」という感じ。

 しかし、セルが完全体になることで短い全盛期は終わる。自分の意志でセルを完全体にさせておいて、あっさり惨敗するあたりは情けない。ああ、どうもよくない。この時期のベジータに関しては油断すると批判的になってしまう。ベジータは「悟空が平常時でもスーパーサイヤ人である理由」だって真っ先に見抜いていたのだ。基本的には凄い人なのである。悟空さえいなければ。

 前期ベジータの特徴は「徹底的に残忍であること」だった。そして中期ベジータの特徴は「劣等感をかかえた男の切なさ」なんだろう。ちなみに後期ベジータは魔人ブウ編中盤で「家族愛」に着地するんだが、とりあえず今回はここまで。しかし本当に、この人についてはいくらでも書けるな。


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鳥山明
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