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年を取るのも悪くないと思えるマンガ|テーマ別に読む[本当に面白いマンガ]第8回

 令和5年版高齢社会白書によれば、我が国の総人口に占める65歳以上人口は29.0%に達しているという。ただし、昭和の65歳は本当に「おじいちゃん」「おばあちゃん」という感じだったが、今の65歳は見た目も中身も結構若い。70代、80代でも元気な人は元気である。そうした社会状況を反映して、マンガでも高齢者を主人公とした作品が増えてきた。

 今回は、そんな高齢主人公たちが楽しく日々を過ごしたり、新たな一歩を踏み出したりする作品をセレクト。筆者はもう主人公たちのほうに近い立場だが、若い人でもこれらの作品を読めば、年を取るのも案外悪くないかも?と思えるはずだ。

■65歳から始める映画作り

 まずは、たらちねジョン海が走るエンドロール(2020年~連載中)。『このマンガがすごい!2022』オンナ編1位に輝いた人気作なので、ご存じの方も多いだろう。

 夫を亡くしたばかりの茅野(ちの)うみ子(65)は、久しぶりに入った映画館で近所の美大の映像専攻の学生「海(カイ)」と出会う。不思議なシンパシーを感じた彼女は半ば強引に彼を家に誘い、一緒に映画のビデオを見る。そこで彼が発した「映画作りたい(こっち)側なんじゃないの?」という問いがきっかけで、同じ美大の映像科に通うことになるのだった。

 彼女の行動力には驚かされるが、背中を押してくれる娘(BL漫画家)の存在も大きい。何より海の言葉であふれ出した創作への思いを、押し寄せる波で表現したビジュアルの説得力がすごい。このシーンを描けた時点で、もう勝ちだ。その波にさらわれるかのように映画作りの海に舟を漕ぎ出すうみ子に、読者はついていくしかない。

たらちねジョン『海が走るエンドロール』(秋田書店)1巻p34-35より

 孫のような若い学生たちの中で、つい自虐してしまうこともあるうみ子だが、何かを始めるのに遅すぎることはない。「お昼のテレビ」と名画ビデオを対比する冒頭シーンからも、うみ子の感性が垣間見える。彼女のもうひとつの創作活動である料理シーンにも要注目。彼女はもともと“作る側”の人間だったのだ。

 映画を撮るのは若い人でも体力的に厳しいところはある。自分に才能があるかどうかなんてわからない。時には波が引いてしまうこともある。それでもやっぱり撮らずにいられない彼女の姿を、強さと繊細さを兼ね備えた筆致で描く。エンドロールまできっちり見届けたい作品だ。

■75歳でハマったBLの世界

 鶴谷香央理メタモルフォーゼの縁側(2017年~20年)も各種ランキングの1位を獲得し、映画化もされたヒット作。本屋でたまたま表紙の絵に惹かれて手に取ったBLマンガにハマった75歳のおばあちゃんと、その本屋でバイトするオタク女子高生の交流を描いた美しい物語である。

鶴谷香央理『メタモルフォーゼの縁側』(KADOKAWA)1巻p50-51より

海が走るエンドロール』は65歳と大学生の年の差コンビのドラマだが、こちらはさらに年の差がデカい。夫と死別し自宅でこじんまりと書道教室を開いている市野井雪と、女子高生・佐山うららは58歳差。しかし、つい自虐的になり、よけいな気を遣いすぎてしまうのは、若いうららのほうだ。

 一方、75歳の市野井さんはとても柔軟。初めて読むBLも予想外の展開に「あらら?」と思いながら、すんなり受け入れる。それどころかすぐに2巻を買って、病院の待ち時間に読了し、帰りに続刊を注文するほどのハマりっぷり。そこで知り合ったうららとBLを語り合い、即売会にも一緒に行く。あげくの果ては、うららが初めて作った同人誌を売るためにサークル参加までしてしまうのだからハンパじゃない。

 そこで見る新しい景色に新鮮な興奮を覚える市野井さん。うららに「人って思ってもみないふうになるものだからね」と言っていたことが、自分にも起こったことになる。うららもまた、市野井さんと出会ったことで世界が広がっていく。

 しかし、できることが増えていくうららとは逆に、市野井さんはには「できなくなること」もある。ペットボトルのフタが開けづらい、階段を上るのがしんどい、カボチャが切れない……。そうした身体機能の衰えを日常のさりげない情景で見せる。顔にしわだけ描いて済ませるのではなく、年齢にふさわしい外見、行動、思考パターンをきっちり描く作者の観察力、描写力には舌を巻く。

 お気に入りの作品の新刊が1年半に1冊しか出ないことを知り、死ぬまでに何冊読めるか計算するシーンには虚を突かれた。それでも「だいたい85くらいで死ぬとして」と計算していたのを「90までがんばります」と上方修正する前向きさに救われる。いくつになっても、人生には楽しみが必要なのだ。

■メイクと百合に目覚める65歳

 新しい世界の扉を開くという点では、schwinnはなものがたり(2022年~23年)も見逃せない。12歳上の夫を看取った西田はな代(65)は、それまで素通りしていた近所の化粧品屋の女性店主・堂島芳子の凛とした姿に見惚れてしまう。そして、思わず気後れして立ち去ろうとしたところに声をかけられ、お試しメイクをしてもらうことになる。

schwinn『はなものがたり』(KADOKAWA)1巻p13より

 生前の夫に「みっともない」「ええ年こいて」「今更なに塗ったかておんなじやろ~」などと言われ、化粧も着飾ることもしなくなっていたはな代だったが、プロのメイク術で見違えるようになった自分に感動。その日試した化粧品一式にスキンケア用品、ブラシ、パフなどの道具まで大人買いして帰る道すがら、思わずガッツポーズを繰り出すほど、彼女にとっては新鮮で楽しい体験だった。

 そこからメイクに目覚め、ファッションにも欲が出てくるはな代。「こないだお化粧してもうて うちの中でなにか変わったいうのか…今までなんやびくびくしてたんがアホらしくなって もっと毎日自分の楽しいことして過ごしたいなて思うたんです」と彼女は言う。しかし、彼女の心を浮き立たせるのはそれだけではなかった。

 芳子に対する憧れのような恋慕のような気持が、抑えようもなく湧いてくる。芳子の店を訪ねたり、オリジナル香水を作る店に一緒に出かけたりするのがうれしくて仕方ない。芳子のほうも、そうやって慕ってくれるはな代をかわいいと思う。若い子のように情熱的ではないけれど、二人の距離は徐々に縮まっていき……。

 そんな二人をつなぐ重要なアイテムが、吉屋信子の『花物語』だ。芳子に薦められて同書を読んだはな代は、少女同士の儚い恋物語に魅せられる。二人で感想を語り合うだけにとどまらず、吉屋信子を題材とした文学講座に参加するはな代。さらには大学の聴講生にもなって、そこでも新たな若い友達ができる。

 夫がいたときにはできなかったことに次々挑戦するはな代の姿は痛快。同年輩の近所の女性たちも「せっかくいろんなことから解放されつつあるからこそ! 悔いなく日々を暮らしたい!」と拳を握る。これは、メイクと百合に目覚めた65歳の人生ドラマであると同時に、社会や家庭の中で軽んじられてきた女性たちの連帯の物語でもあるのだった。

■80歳のベテラン作家が一念発起

 今回取り上げる作品の中でも最高齢なのが、おざわゆき傘寿まり子(2016年~21年)である。タイトルどおり傘寿、すなわち80歳の作家・幸田まり子が主人公だ。

 かつての人気作家も、今は短いエッセイの連載が一本あるだけ。夫は15年前に亡くなり、同世代の作家仲間も次々に死んでいく。自分も体力や気力の衰えを感じずにいられない。そのうえ、四世代が同居する家では、息子や孫が勝手に建て替えの話を進めていた。

「長生きするってなんなのかしらねぇ」とため息をつくまり子。そんな折、同じような境遇の元作家の葬儀で悲しい事実を知り、自分がいると家族の邪魔になると悟った彼女はリュックひとつを背負って家出する。が、80歳の一人暮らしで借りられる部屋もなくネットカフェ生活に……と、そこまでは高齢者の悲哀を煮詰めたようなオープニング。

 しかし、公園で拾った猫が必死に生きようとする姿を見て、生きる気力が湧いてくる。「死ぬ瞬間まで それは人生の本番で真剣勝負じゃないの」と一念発起したまり子は、いろいろありつつも(マジでめっちゃいろいろある)再び小説を書こうと決意。長年執筆していた文芸誌からはリストラされたものの、オンラインゲームで知り合った75歳の「ちえぞう」とゲーセンで出会った若者ガリオらとともにウェブ文芸誌の立ち上げを企画する。

 そうと決めてからのまり子の行動力がすごい。いや、80歳にしてあてもなく家出するくらいだから、もともとそういう人なのだろう。アドバイスをもらいに行った若きマルチクリエイター相手に一歩も引かない丁々発止のやりとりは見もの。「『年寄りなんて』って油断してる人がいるから年寄りが活躍するのは面白い」といったセリフにもシビれる。

おざわゆき『傘寿まり子』(講談社)5巻p72-73より

 ウェブ雑誌という当時としては斬新な媒体をいかに成功させるかというビジネスエンタメ的要素を軸に、高齢者が抱える諸問題、不倫も含めた恋愛、家族の崩壊と再生など、多様なテーマを盛り込んだドラマは読みごたえ十分だ。

■オトナすぎる女子たちの同居生活

「女三人寄ればかしましい」とはよく言ったもので、三人の熟年マダムのにぎやかで愉快な同居生活を描いたのが、sekokosekoマダムたちのルームシェア(2022年刊~)である。クールでスタイリッシュな沙苗(さなえ)、食いしん坊でノリのいい栞(しおり)、おっとりしつつも芯は強い晴子(はるこ)は古くからの友人だ。沙苗と栞のルームシェアに、夫と死別した晴子が加わった。

 それぞれにタイプは違えど、日々の暮らしを楽しむことにかけては一致団結。クリスマスにお正月、バレンタインに花見など季節の行事に盛り上がり、美術館やお祭りに出かけたかと思えば、パジャマパーティなんかもやってみる。

seko koseko『マダムたちのルームシェア』(KADOKAWA)p15より

「磨いてきたものは人によるから それぞれ光ってるものは違うと思うわ 容姿・知識いろいろ」「やりたかったらやりゃあいいのよ じゃないと動けなくなっちゃうわ」「そんな歳でって言われたら こんな歳だからするんですって言ってやれー」「じゃあ今から生き終わるまでは花盛りってことね」など名言も続出。オトナすぎる女子たちのバイタリティに、見ているこっちも元気が出る。

 仲良し三人組の同居生活を描いた作品は昔からあって、近藤ようこルームメイツ(1991年~96年)もそのパターンだ。小学校の教師を長年務めた独身の坂本時世と元芸者で長唄の師匠の菅ミハルは、ともに還暦。小学校の同窓会で再会したのをきっかけに、郊外のマンションで一緒に住むことになった。そこに、同じく同級生で専業主婦の潮田(旧姓森川)待子が、家出して転がり込んでくる。子供が独立し、定年退職した夫と二人だけの暮らしが耐えられなくなったのだという。

近藤ようこ『ルームメイツ』(小学館)1巻p26より

 まったく違う人生を歩んできた三人は、時に衝突することもある。それでも、今よりはるかに男尊女卑が厳しかった時代を生き抜いてきた女同士の絆は強く、やがて掛け替えのない家族となっていく。そんななか、専業主婦だった待子はヘルパーの仕事にやりがいを感じ、時世はかつての恋人と再会、ミハルには娘のような弟子ができる。それぞれの新しい人生の歩みを描きながら、彼女らの周囲の夫婦や家族の人生ドラマも点描する構成は鮮やか。

「せっかく苦労して年をとったんだから これからは好きに生きればいいじゃないですか!」「いつでも始められますよ、新しい人生…!」「いろいろあったけど、いっしょうけんめい生きて、今はまあるく充実してる」といったセリフも心に沁みる。

 そしてもうひとつ、松苗あけみカトレアな女達(1988年~91年/続編『女たちの都』93年~94年)も熟女三人の物語。しかも、ジャンルで言うならラブコメだ。

 長女・八重子、次女・花苗(はなえ)、三女・つぼみの美人三姉妹も今や70過ぎ。が、昔から派手好きな八重子とつぼみは今も変わらず派手なドレスで街を闊歩する。対照的に地味で真面目な花苗は和服派で、見た目は普通のおばあちゃん。が、なぜかモテるのは花苗のほうで、なんと7回もの結婚歴あり。カトレア養老園で暮らす八重子とつぼみとは違い、今も何十歳も年下の男の妻として暮らしている。

 そんな三姉妹の枯れることを知らない恋心を華麗かつハイテンションな筆致で描く。「とにかく生きてるあいだは女は華よ!」「四十も五十も若い女なんかに負けちゃいられないわよ あたしたち一番綺麗だった時代に国に戦争なんかされちゃったんだから この世の楽しさを味わわないで死ねるもんですか!」と息巻く彼女らに怖いものはない。BL同人誌やゲイカップルも登場し、いろんな意味で時代を先取りした作品だった。

松苗あけみ『カトレアな女達』(白泉社)p12より

■高齢ゲイカップルの日常を描く

 ここまで見てきた作品は、すべて女性が主人公である。現実社会でも、老後も元気なのは女性ばかりで、男性はリタイア後に抜け殻になってしまうケースが多いと聞く。その点、市ヶ谷茅スイもアマイも(2022年~23年)は、リタイア後も充実した日々を過ごすゲイカップルのドラマである。

 三ツ星レストランの元シェフ・修志(しゅうじ)と元消防士の清嗣(きよつぐ)は、幼なじみ。故郷を離れてからはほとんど会う機会もなかったが、たまたま再会したのがゲイバーだった。それをきっかけに交流が始まり、やがて恋人として付き合うようになる。同性婚が認められないこの国で、養子縁組という形で法律上の家族となり、30年一緒に暮らしてきた。

市ヶ谷茅『スイもアマイも』(KADOKAWA)p34より

 現在はそれぞれ料理教室と書道教室の講師を務めながら、穏やかな日常を送る。特に何かの事件が起こるわけではない。二人で一緒に料理を作り(もちろんメインは元シェフの修志で、清嗣は手伝う程度だが)、桜の季節にはベランダで花見、結婚記念日にはケーキとシャンパンで祝う。その合間に、過去の思い出や家族との関係が挿入される。

 修志にはヒステリックな母親に抑圧された心の傷があり、清嗣は消防士時代の凄惨な現場での苦く悔しい思いを抱えている。それでもお互いに労り、支え合いながら生きてきた。そんな二人が年月を重ねてたどり着いた愛ある暮らしに頬がゆるむ。ほかの作品を引き合いに出すのはどうかとも思うが、よしながふみきのう何食べた?』の二人も、20年後にはこんな感じになっているのではないか。

■その年齢まで生きてきたことに価値がある

 そして最後にご紹介するのは、齋藤なずなぼっち死の館(2015年、18年~23年)。タイトルからして不吉だが、ホラーでもミステリーでもない。ただし、次々に人は死ぬ。なぜなら、独居老人ばかりの古い団地が舞台だから。救急車の音に「又、誰か倒れたぞ!」と思い、しばらく前に世間話をした人の訃報に「あんまりビックリもしないな…年寄りが死ぬのは当然だもんね 私含めて…」と苦笑する。

 そんな団地の住人たちの日常のドラマといえば、暗く重苦しいものを想像するかもしれない。ところが、本作はそうじゃない。登場人物たちにはどこか達観したような明るさがあり、一種のおかしみすら漂わせる。その中心となるのが、作者自身を投影したかのような女性漫画家と井戸端会議仲間。そこで飛び出す「満鉄お嬢」「DJJ(団塊ジーンズじじい)」といったあだ名には笑ってしまう。

 ここでも元気なのは女性のほうで、妻に先立たれた男たちは全体的に情けない。それでも、よくわからないながらSNSに写真を投稿したりして、それなりに楽しみを見つけ出す。死んだ妻の声(というかツッコミ)が頭の中に聞こえてくる男が無用のプライドを手放すエピソードにもグッとくる。

齋藤なずな『ぼっち死の館』(小学館)p56より

 作者自身が76歳(単行本刊行時)の当事者だけあって、それぞれの人生が刻まれた顔の造形が最高だ。猫やカラス、牛や蝶などの動物に託される生と死のイメージも鮮やか。登場人物の多くは、配偶者のみならず大切な人を亡くした経験を持つ。独身者にも個別の事情がある。皆いろんな思いを抱えながら、老齢まで生きてきた。そのこと自体に価値があり、祝福されるべきことなのだ。

 

【今回ご紹介したマンガの一覧はこちら!】

作品名 / 著者 作品詳細 試し読み ストアでみる
海が走るエンドロール / たらちねジョン 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
メタモルフォーゼの縁側 / 鶴谷香央理 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
はなものがたり / schwinn 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
傘寿まり子 / おざわゆき 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
マダムたちのルームシェア/ sekokoseko 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
ルームメイツ / 近藤ようこ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
カトレアな女達 / 松苗あけみ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
スイもアマイも / 市ヶ谷茅 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
ぼっち死の館 / 齋藤なずな 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他

 

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