『きのう何食べた?』に登場するジルベールは、元ネタ『風と木の詩』ではどんなキャラなのか?

『きのう何食べた?』に登場するジルベールは、元ネタ『風と木の詩』ではどんなキャラなのか?

映画『きのう何食べた?』の上映が始まりました。

連載が始まったころ、男性マンガ誌にゲイのカップルの物語が……!? と周囲がザワついていたものです。その上、登場人物にジルベール……だと?

ジルベールといったら、『風と木の詩』のジルベールですよ、一択です。ゲイものの作品にジルベール? よしながふみ先生、もう最高です。

80年代、どれだけの女子がジルベールに夢中になったことでしょうか。
筆者が通っていた高校は1年時に文集を出すのですが、ジルベールが表紙のクラスがありました。……なぜ表紙にジルベール? クラスを代表する人物なのか? うちは女子校ですが?

ジルベールの魅力は年代を超えていて、90年代の女子高生も「ジルベールのおかげで高校3年間頭がボーッとしていた」と言っていますし、10年代の女子大生もゼミに何の関係もないのにいきなり「ジルベールは美しい」としか言ってない卒業論文を書いて卒業したそうです。早稲田を。

『風と木の詩』に触れた女子たちはつぎつぎとジルベールに溺れていきました。
そもそも作品の冒頭も衝撃的です。いきなりジルベールとブサメンの絡みシーンから始まります。

『風と木の詩』(竹宮惠子/小学館)1巻より。余談ですがこのブサメン、ずっと名前を出してもらえてなくて74ページ目にようやく「ブロウ」という名前だってことがわかります。脇役感がハンパないですね!

いきなり物語が性行為から始まるなんて、今のティーンズラブやボーイズラブならよくあることだけど、当時どれだけ衝撃的だったかは、想像に難くありません。『風と木の詩』はBLことはじめと言われているので、もちろんこの当時、BLもTLもありません。

連載が始まった1976年は、世界的な収賄事件のロッキード事件で激震が走った年です。平安神宮が放火されたり、北海道庁が爆破されたり、議員の家にセスナ機が特攻したりとテロが相次いだりと、なかなか野蛮です。エンタメではピンク・レディーのデビュー、「徹子の部屋」の放送が開始されました。

女性の権利運動も活発で、男女雇用機会均等法なんてまだまだ先。司法研修所の教官が「男が生命をかける司法界に女の進出を許してなるものか」と発言したそうで(Wikipediaより)、「女に知恵なんかいらん、家にこもって子育てしてろ」が大前提の時代だったのです。決定権があるのは男性で、女性の感覚や感情はまったく考慮されません。

女性が性的な発言をするなんて絶対許されないなか、少年愛なんて当時の男性編集者たちには理解されないのも当然です。そこを竹宮惠子先生がごり押ししてスタートさせたのが『風と木の詩』でした。

『ベルサイユのばら』も『日出処の天子』も、編集者からは反対されたと池田理代子先生や山岸凉子先生が振り返っています。少女マンガの編集をやっていても女性の心理がまったくわかっていなかったのですね。編集者が難色を示す作品ほど人気になりました。

ジルベールはやわらかな金髪、緑の瞳に赤い唇ーー女性と見まごう美しさの少年です。
生い立ちが特殊なことから、性格はかなり難しめ。次々と学校の生徒や教師をベッドに引きこみます。

自分の身体を使って駆け引きをし、脅され、襲われ、心も身体も傷ついていきます。ジルベール、ほんとに生傷絶えないんですよね。

そして、こう言います。

ぼくを否定する人間たち
たとえそれがぼくを正しい道とやらに導こうとするものでも……

ぼくがなに者かも知ろうともせず
そんな汚らしい思いで近寄ろうとするものならなおさら

このからだの中へ引きこんでやる!!

実際にジルベールのようになれるかどうかは別として、彼の心情に女の子たちは多かれ少なかれ共感できるのではないでしょうか。
日本は特に、子どもたちに自己肯定感を育む教育をしません。
あれしちゃダメ、これしちゃダメと言われ、よくわからない校則を押しつけられて、感情的になれば理由も聞かれず叱られる。
30年以上も前は、女性に対する圧力はもっと強かったはずです。

そうした抑圧から逃れようとあがいているのがジルベールです。
彼は今でいう毒親に育てられて、世の中の道理もわからないのに、自分を受け入れる大人はいない。近寄ってくるのは下心のある人間ばかりで、これを利用しようとすると、今度はみんなに非難されてしまう。

こうした彼の痛みに、女子たちは激しく揺さぶられました。
「ジルベールは私だ」と思う女の子もいれば、「私が彼を救ってあげたい」と思う女の子もいるでしょう。
ただ憧れるだけではなく、自分を投影したり、助けたいと思ったり。一人のキャラが読者にとって何役も担えることは、人気キャラの必須条件です。

そんなド・ド・ド・ドシリアスなジルベールをですよ、ヒゲで寝癖のついた青年として登場させる、よしながふみ先生のセンスと『風木』リスペクトがたまらないです。ワタルくんに振り回される小日向さんは、まるでジルベールに振り回されるセルジュそのものじゃないですか!

『きのう何食べた?』だけではなく『パタリロ!』の序盤にも「ああああ…いけないオーギュ ああっ」みたいなセリフが出てきます。これも『風木』のパロディです。

『パタリロ!』(魔夜峰央/白泉社)2巻より

BLへの扉を創り出した『風と木の詩』、オマージュ作品も多く、もはや教養の域かもしれません。

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