佐伯かよの先生が亡くなられました。
『口紅コンバット』『燁姫』など、かっこよくて、男を蹴散らし社会を変えるかっこいい女性たちを描いた作家さんです。
1970年代まで、社会を変えるには女性は「女」を捨てなければいけませんでした。『ベルサイユのばら』のオスカルさまがそうです。だけど次第に、女性が自分の性別を受け入れ、その力で社会を変えられるようになっていきます。佐伯かよの先生は、そんな元気いっぱいで、聡明な女性たちをたくさん描いてくださいました。
『緋の稜線』は、瞳子とその周辺の人たちをめぐる大河ドラマです。戦中から昭和が終わるところまでを描いています。青春時代だけではなく、一人の人生を描ききることには大きな意味があります。「もう30才だ」「もう40才だ」と悩む主人公の物語が最近多いですが、それは指針となる女性像が提示されてこなかったからでは。誰もが生きている限り、老いていくわけで、多くの少女マンガのように一生青春が続くわけではありません。もっともっと、50代、60代の人間像を提示していってもらいたいものです。
さて『緋の稜線』、お話が始まるのは戦時中です。日本は家父長制まっただ中で、女性の人権などかけらもなかった時代です。瞳子は、お見合い相手の昇吾にいきなりその場で襲われ、そのまま結婚することに。式を挙げるも昇吾は翌日出征。婚嫁にひとり残され、戦禍は激しくなり、小姑にはいびられ……辛い。
これが家父長制度化の女の「結婚」ですよ。
自分の意志で結婚も決められず、男性に人工呼吸をしてもらっただけで傷もの扱い、結婚すれば実家は「自分の家」ではなくなり居所がなく、かといって婚嫁でもよそ者扱い。ええ〜、なんの罰ですか……? 女に生まれた罰??
ちなみにこの家父長制度は、戦後日本では法律から消えました。女性は結婚して婚嫁の戸籍に入るのではなく、夫婦で新しい戸籍を作ります。女性が男性の姓になることが多いので、「夫の戸籍に入る」と勘違いしている方が多いようですが、違うのです。「入籍する」という言葉は法的には間違っていて、本来なら「造籍する」とか「新籍を作る」みたいに言うべきなんですね。
私は2021年7月に、総勢18名の方から戦争体験を聞いてまとめた本『わたしたちもみんな子どもだった』(ハガツサブックス)(https://amzn.to/3lQtmAT)を上梓しました。取材した方たちからは、戦中の体験はもちろん、戦後どんなふうに復興していったかまでお話しいただいています。女性のお話も多く伺いましたが、そのパワフルなことに驚かされました。一面の焼け野原になり、今日食べるものにも事欠く中で、知恵を使い、身体を動かして日本を立て直していったのには、間違いなく女性たちの力も大きかったと思うのです。『緋の稜線』からは、佐伯先生のそんな信念が伺えます。
少女マンガはいつでも、社会に問題提起をしてきました。『緋の稜線』の中で語られる瞳子の疑問や葛藤は、そのまま私たちへの問いかけなのです。「女として力ではなく頭で戦え」と言われて、それがどんなことなのかを考えました。「女だから」「女なのに」と言われることの理不尽さにも疑問を感じます。結婚して感じる孤独感の正体は、女性の結婚が婚嫁への身売りだからでしょう。仕事をする女性への差別、混血児や遺児たちへの差別、子育てとの両立の難しさなど、さまざまな事柄が取り上げられました。その多くは、現在もまだ未解決のままではありますが、佐伯先生の作品を読んで育った少女たちは、「物事に疑問を持ち、自分の頭で考える」子になっているのではないでしょうか。
作中、何度かこのようなセリフが出てきます。
「戦争を男にまかせたあげくが勝手に負けて、この有様じゃございませんの。勝手に戦って勝手に死んで、母子家庭を山のように作ったのも男ですわ」
「男が死んでいない今、女が働かなくて誰が子供達のめんどうをみてくれるっていうんです」
「すべて男が蒔いた種、それを育てて刈りとるのは残された女達。男達が負けた戦争を女達が引き受けて、勝つ為に働いてるんじゃありませんか」
「それなのに女性の地位はやっぱり低く、所得も低い!!」
一方で男性作家が描く女性って、男性のやることに逆らわず、疑問を持たず、いつでもにっこり笑って玄米食ってそうなキャラが多いです。いわゆる「わきまえている」女性なんですよね。もしくは、よくわからないことで元気いっぱいの不思議ちゃん。そういう女性像の押しつけを感じて、読まなくなった男性作家の作品はいくつもあります。ただ、最近は少しずつ変わってきましたし、男性向けのマンガに女性作家がたくさん進出しているので、そこで多くの女性像を見せてくれています。
私が、ほんとうに女性向けのマンガが好きだなあと思うのは、「女の生き方」をさまざまな形で見せてくれるところです。「こんな生き方もあるよ」「あんな生き方もあるよ」、じゃああなたはどれがいい? と選択肢を見せてくれる。この源流は『源氏物語』でしょうか。さまざまな女性が登場し、さまざまな環境、さまざまな性格の女性たちが、悩み、苦しんで生きる道を見つけていく。時代を超えてもなお、男女のあれこれから起きる心の機微は変わらないようで、共感できることばかり。1000年も愛され続けるわけです。
社会に迎合せずに理不尽と戦う意識を植え付け育ててくれたのが、佐伯先生を始めとする女性マンガ家たちだったと思うのです。
佐伯先生、女の子たちに夢と希望と、目標を与えてくださり、ありがとうございました。
ご冥福を心からお祈りいたします。