女子の願望すし詰めなのに縦横無尽な文化教養マンガ『悪魔の花嫁』

『悪魔の花嫁』

ここ数年の少女マンガの人気ジャンルといえば、スパダリ、溺愛、異世界モノでしょうか。どれもめっちゃ身に覚えがあります。めちゃくちゃ出来のいいイケメンにむちゃくちゃに好かれたら、もう最高に「いい女」の烙印を押された感じですよね。それに現実社会が辛かった学生の頃は、異世界にとても憧れたものでした。すべてをリセットして新しい自分に生まれ変わりたいとよく思っていたなあ。空想にふけってないで単語のひとつも覚えたほうがよっぽど人生変わるはずですけどね。

ともかくこれらスパダリ、溺愛、異世界モノには、女子の夢と希望がどん詰まってますね。

しかし70年代にすでにこれらの要素をぜーんぶ取り込んだ作品があったのです。

悪魔の花嫁』(「デイモスのはなよめ」と読みます)です。

神々が世の中を支配していた時代のこと。美しいデイモスは、美しい妹ヴィーナスと強く惹かれあってしまいます。兄妹なのに。そしてその罪によりふたりは常春っぽい天界を追放されました。

 

『悪魔の花嫁』(絵:あしべゆうほ 原作:池田悦子、秋田書店)1巻より

 

それだけではなくデイモスは醜い悪魔の姿に、ヴィーナスは沼の底に逆さ吊りになりました。デイモスは「醜い悪魔の姿」とか言ってますが角が生えて爪がおかしいくらいで「醜い」と言っても自称って感じだけど、ヴィーナスは逆さ吊りの上に身体が半分腐ってます。どう考えてもヴィーナスのほうが罰が重い。そんなわけでヴィーナスは元の体を取り戻すために、自分の生まれ変わりの身体を調達してきて乗り移ろうと考えました。そうして探し出してきたのが女子高生の伊布美奈子。彼女を殺し、その屍を持ってくるようにデイモスに頼むのでした。

美奈子の元にやってきたデイモスは次々と、人間の愚かさを美奈子に見せつけます。こうして「人間としての生活を捨て、自分の花嫁になれ」と説得しようとするのです。しかし美奈子の毅然とした姿勢に、デイモスはいつしか美奈子に心惹かれるようになっていきます。そして自分のために罰を受けたヴィーナスは見捨てられない、でも美奈子に心惹かれてしまう。彼女を殺すだなんて……デイモスは苦しむようになりました。いいですね、少女マンガ脳にビンビンきますよ!

デイモスはボロ布を腰に巻いただけのあられもない格好で美奈子をつけ回し、次から次へと危機から救ってくれます。美奈子が寝てる部屋に半裸でやってきてなおジェントルなデイモス、ステキです。悪魔の力も持っているし、デイモスはまさにスパダリの溺愛彼氏です。そして時には異世界へも連れていってくれるのです。

 

『悪魔の花嫁』(絵:あしべゆうほ 原作:池田悦子、秋田書店)1巻より

 

美奈子が生きているのは現代(といっても70〜80年代)の日本。超有名ハリウッド女優が日本に住んでいたり、貴族みたいな人が馬車に乗っていたりと、妙な日本のグローバル化も進んだ異世界風ジャパンです。

それだけではなくデイモスが仕組んだり、美奈子が勝手に呪いにかかったりなんだりで、ギリシャ神話の時代、中世の日本やヨーロッパと、さまざまな時代と場所が舞台になります。

舞台となる場所や時代が飛ぶだけではありません。美奈子は女子高生なのに文楽だの能といったシブい伝統芸能が大好きな文科系女子で、よくよく着物を着たりしてお出かけしに行きます。

そう、『悪魔の花嫁』は、スパダリ溺愛異世界モノの仮面を被った、文化教養マンガなのです。出先でよく危険な目に遭うのにまったく懲りないアクティブな美奈子でよかった!

私はこの作品から、ドガの「踊り子」、シューベルトの「魔王」、アトランティス、各種昆虫の習性、ザクロは人肉の味、八百屋お七、RHマイナスAB型、ルルドの奇跡、文楽や保津川くだりと、さまざまなことを教えてもらいました。ポーの「黒猫」は、この作品を読んで知り、原作を読みましたよ。

 

『悪魔の花嫁』(絵:あしべゆうほ 原作:池田悦子、秋田書店)1巻より

 

教養マンガって今はいろいろありますが、こんなに縦横無尽にいろいろ教えてくれる少女マンガは、なかなかありません。基本的なテーマは「ジレンマに悩む悪魔と、彼に魅入られた少女」の話なのにですよ? めっちゃお買い得ですよね。

※全体的にルッキズムな表現が多いですが、ヴィーナスがそれしか取り柄のないかわいそうな人だったってことで大目にみましょう。

記事へのコメント

これ17巻も出てるんですね…!
昔の少女漫画って(一部を除き)あまり巻数出てないイメージなので驚きました。大人気作品だったんですね

「スパダリ、溺愛」というワードに反応して来ました
悪魔に溺愛される少女とかツボすぎてなんで今まで読んでなかったのかと反省

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