老後2000万時代に読む藤子F「定年退食」、そして浅野いにお「TEMPEST」

世相的な話から始めます。

金融庁が公表した「公的年金以外に老後資金2000万円が必要」という報告書は、大きな波紋を呼びました。政府はその報告書を受け取らない=なかったことにしたわけですが、そのインパクトはすさまじく、「年金だけで暮らすのはもう絶対無理なんだな……」というのが国民の間に暗黙のコンセンサスとして根付いた感はあります。実際あちこちの雑誌やウェブサイトで「どうやって2000万円ためるか」みたいな特集やってるし、NISAやiDeCo始める人も増えたらしいし。

というか「老後2000万円」って絶対、2019年の流行語大賞にノミネートされますよね。なんなら大賞取るかもしれない。それくらいインパクトのある言葉でした。

で、このニュースを見たときに、こう思ったのです。

「藤子・F・不二雄の『定年退食』の世界が、ついに現実化した」と。

僕だけじゃない。「定年退食」を読んだことのある人はきっと全員そう思ったはず。藤子FのSF短編の中でも傑作とされる「定年退食」ですが、聞いてみると読んでない人もわりといて、じゃあ読むなら今のタイミングがうってつけだろうと思ったので、ここで紹介していこうと思います。

時代は近未来。主人公の老人は息子夫婦と同居しており、特に不自由のない生活をしています。なのに、食事を残して保存している。

この時代は環境汚染によって農業・漁業の収穫量が減少、食糧難が深刻化していたため、年金暮らしで稼ぎのない自分は少しでも食料を節約せねば…との思いから、こまめに食事を残して保存していたのでした。

節食が行き過ぎて、フラついたりもしているのですが。監視カメラがそれを察知して対応してくれるあたりは未来という感じ。

そんな中、主人公は政府の「二次定年特別延長」の抽選申し込みに応募します。天文学的な倍率なので、なかばダメ元での応募です。

ここまで読んで、ハッと気づきました。

「俺、このマンガちゃんと読めてなかった!」と。

20年くらい前(老後とかカケラもイメージしてない頃)、最初にこのマンガを読んだとき、この「二次定年」というのは「雇用期間の延長なんだろう」くらいに思っていたのです。今だとよくあるじゃないですか。会社を定年まで勤め上げた後、嘱託扱いで再雇用されるみたいなやつ。ああいうイメージで読んでいたのですが、全然そうじゃなかった。

一次定年というのが、今の社会でいうところの定年。労働者であることを降りて、そこから年金の支給が始まります。

じゃあ二次定年は何かというと、一次定年後に支給される年金、それについての定年なのです。二次定年を迎えると、年金の支給がなくなってしまう。だからワラにもすがる思いで「二次定年特別延長」(年金受給者の死亡数によって枠数が設定される)に応募していたのです。国家の財政難を乗り切るために制定された「定員法」により、このルールが定められたのでした。

つまり、「マンガの前半ではまあまあ普通の暮らしをしていたけど、後半でガラリと展開が変わる」という認識だったのですが、いやいやこのマンガ、もうスタート時点からかなりのディストピアだった。

自分の読み間違いを告白するのはとても恥ずかしいことなのですが、もしかしたら同じ読み間違いをしていた人もけっこういるんじゃないかと思って書いてみました。ちゃんと読めてました?

話を戻します。

二次定年特別延長の抽選に外れて、区役所のカウンターでひと揉めしているところに、奈良山首相(A先生っぽいキャラ)からの緊急声明がテレビで発表されます。

発表されたのは、一次定年、二次定年対象年齢の引き下げ。それまで75歳だった二次定年が73歳に引き下げられ、その瞬間から主人公は政府による年金、食料、医療の保障を一切受けられなくなってしまいます。

ここで初めてディストピアになると思っていたら、実は最初からディストピアで、そこからさらに輪をかけてディストピア化するという話だったんですけど。

初めてこれを読んだときは、普通にマンガとして面白く読んでいたのですが、日本の景気が悪くなるにつれて、このラストシーンがだんだんリアリティを帯び始め、ついに先日の「老後2000万円」によって、「リアリティどころかリアルそのもの」と感じるようになりました。

「定年退食」が雑誌掲載されたのは1973年。直後にオイルショックが起こり、日本経済はいったん落ち込むとはいえ、作品発表当時は順調に右肩上がりを続けていた時代。よくこんな未来予想図を描けたなと感じます。政治家の予想よりもよほど正鵠を射ている。いや、もしかしたらF先生はあくまでSFとして描いていただけで、生きていたら「マジかよ」と驚いていたかもしれませんが。

さて。

「定年退食」の発表から45年経った2018年、ほぼ同じテーマのマンガがビッグコミックスペリオールに掲載されました。それが浅野いにおの「TEMPEST」。テーマが似ているだけではなく、「定年退食」のラストシーン「わしらの席は、もうどこにもないのさ」の後の世界を具体的に描いていると言っても過言ではない作品です。

歯止めの効かない高齢化・少子化を受けて、角田総理は全国に「高齢者特区」を建設し、介護医療の合理化を促進。85歳以上の「最後期高齢者」になると、そこで「人権カード」(言い方がストレートすぎる)を国に返還し、高齢者特区に(任意ではなく強制的に)入居しなければならない、という制度を作ります。

描かれるのは、その制度が作られてから20年か30年くらい経ち、制度が日常的に運用されるようになった時代。主人公は最後期高齢者となり、高齢者特区に入居した橘さん。

この高齢者特区、85歳で入居し、無償で介護サービスを受けられるのですが、ずっとここにいられるわけではありません。入居期間は5年。じゃあ5年を過ぎるとどうなるのか?

一つの道は「老人検定」を受けて合格すること。500問全問正解しないと合格しない、あまりにも高いハードルの試験ですが。

もう一つは「自死サービス」を受けること。つい先日、NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」が放送されて話題になったり、今回の参院選で「安楽死制度を考える会」という政党が各地で立候補してたり、世相リンク感がすごい。

そしてどのどちらにも当てはまらない場合は……。

人権(というか、あらゆる権利)を剥奪されて、施設から追い出されることになります。内容も恐ろしいけど、こういうことを業務的にさらっと言ってしまうのも恐ろしい。藤子F短編にも淡々とした怖さがありますけど、こちらはそれがさらに際立っている。

ちなみにこの作品、2018年に描かれただけあって、年金問題以外にもやたら世相を反映しています。

生産性……。世相リンク感がすごい。

老害憎悪……。世相リンク感がすごい。

高齢者特区に入居した橘さんは、倍率の高い老人検定に挑むことになるのですが、そこから先はどうなるのか……についてはぜひ作品で確かめてください。傑作と言って差し支えない短編なので。ただし、絶対に「むぐぐ……」という気持ちにはなると思いますが。

ちなみに作者の浅野いにおはあとがきで「定年退食」のことにも触れつつ、

「昨今の世相に警鐘を鳴らす、というような大仰な意図はなく、僕自身は『さもありなん』くらいの気持ちなんですが、将来的にしわ寄せを食うのは自分たちの世代なんでしょうね」

とコメントしています。「警鐘」という感じで描いたのではなく、ナチュラルに「こういうのありそう」という感じで描いたということ自体、ディストピア実際に始まってる感があるなと思います。

というわけで、老後2000万円時代の今こそ読むべきマンガ、藤子・F・不二雄「定年退食」、浅野いにお「TEMPEST」、ぜひ2つあわせて読んでみてください。

「定年退食」は『藤子・F・不二雄SF短編<PERFECT版>(2)定年退食』に、「TEMPEST」は『浅野いにお短編集 ばけものれっちゃん / きのこたけのこ』にそれぞれ収録されております。

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記事へのコメント

「定年退食」このマンガだったんだ。昔々読んだ記憶がある。公園で倒れてカードをかざすとAIが「残念ですがあなたをお助け出来ません」と答え、主人公が「良いんだよ」と言う。まだ学生で実感も無かったが、このシーンが今でも強烈に印象に残っている。

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