「クリエイターは徹夜するもの」というイメージ、「まんが道」が起源説

子供の頃から徹夜に対する幻想が強かった。具体的にいうと、「徹夜して作品を作り上げてこそ、いっぱしのクリエイター」というイメージを強く持っていた。

徹夜幻想は作品作りに限らない。たとえばテスト勉強や受験勉強においても、積極的に「よおし、徹夜するぞお!」と、妙に意気込むところがあった。「ページまでやるぞ」ではなく「徹夜でやるぞ」と意気込むということは、徹夜に対してテンションを上げているわけである。そういう経験をした人、かなりいるんじゃないだろうか(世代差もあるのかも)。ということはつまり、実際に「徹夜しなければならないほど切羽詰まった状況」を経験する前から、すでに徹夜に対する一定のイメージがあったということだ。

そのことを考えていて、ふと「徹夜に対するイメージを自分に植え付けたのって、もしかして『まんが道』なんじゃないか?」と思ったのである。徹夜という概念を知ったのはもっと前だったかもしれない。でも決定的なレベルで植え付けたのは、やっぱり「まんが道」だ。少なくとも自分の場合は。

先日、NHKで銀河テレビ小説『まんが道』が再放送されたが、あのドラマが初放送されたのは1986年。ドラマに合わせてだろうか、ちょうど同じ時期に、中央公論社から辞書並みに分厚い愛蔵版「まんが道」(全4巻)が刊行されていた。いまだに「まんが道」といえば、あの愛蔵版のイメージが強く、あれを思春期・青春期に読んだ世代は多かれ少なかれ徹夜幻想を刷り込まれたのではないだろうか。

そんな仮説を抱きつつ、「まんが道」を読んでみると、やはりあちこちに徹夜シーンが登場する(以下、記載する巻数は藤子不二雄Aデジタルセレクション「まんが道」に基づく)。

最初の徹夜シーンは、プロデビューする前。満賀と才野が二人で作った手書き雑誌「少太陽」の制作のためである。

 

「まんが道」3巻P.6

 

プロデビューする前は、学校に通いながら/会社に勤めながらマンガを描いていたので、夜の作業が中心になるのは当たり前だが、「まんが道」全体を通して(徹夜までいかなくとも)「夜に描く」というイメージはかなり繰り返し登場している。

二人が東京に旅行して、神様・手塚治虫に会いに行ったとき、やはり手塚は締切に追われていた。

 

「まんが道」6巻P.23

 

窓の灯りを眺めながら「今晩はきっと手塚先生、徹夜だろうな」と想像した二人は、創作意欲に火がつき、一刻も早く新しい作品に取り組むため、予定を繰り上げて高岡に帰ってしまう。ここでは「たゆまぬ努力」の具体的なイメージとして、徹夜が描かれている。

ちなみに「まんが道」の好きなところは、徹夜シーンだけでなく、徹夜明けのシーンまでたびたび描いているところ。2晩徹夜して陽の光を浴びたときの「あっまぶしい!」の表情は、特にたまらない。

 

「まんが道」15巻P.142

 

二人が上京し、椎名町のトキワ荘に引っ越してからは、徹夜がさらに加速していく。

「幼年クラブ」の別冊 62ページの執筆では、「徹夜につぐ徹夜」でやっと下書き半分以上、大詰めの段階でも「さあ!今夜も完徹だな!」と気合いを入れている。このへんになると、読んでいる側もだんだん「満賀と才野が徹夜するのは通常営業」みたいな感覚になってきているんじゃないか。

 

「まんが道」17巻P.164

 

ちなみに、「幼年クラブ」別冊 62ページ「チビわかまる」を完成させた後、二人はこうなった。

 

「まんが道」18巻P.61

 

数々の徹夜シーンの中で、もっとも過酷に感じたのが、「少女クラブ」別冊64ページ「バラとゆびわ」の執筆。原稿が予定通りに進まなかったことで、依頼した編集者・小村氏(優しそうな女性)が担当からはずされ、かわりにコワモテの編集者・角野氏がやってくる。さらに、あと2日で完成させないといけない状況で、応援の編集者が部屋に上がり込んで、プレッシャーをかけまくる。要するに「貴様ら、完成するまで寝させんぞ」というわけだ。

 

「まんが道」19巻P.106

 

その時点ですでに丸3日寝てない二人。満賀は急激な睡魔に襲われるが、それを見た才野はペンを突き刺して満賀を起こす。コミカルに描かれてはいるが、かなり恐ろしい状況である。

 

「まんが道」19巻P.113

 

ちなみに、「少女クラブ」別冊64ページ「バラとゆびわ」を完成させた後、二人はこうなった。

 

 

 

話は脱線するが、「まんが道」は徹夜イメージだけでなく、編集者という職業のイメージも強烈に植え付けたと思っている。編集者=作家にひたすらプレッシャーを与え続けて原稿を描かせる「取り立て屋」というイメージ。今はかなり違っているのだろうが、この時代は実際こんな感じだったのだろう(後述の日記を参照のこと)。

 

「まんが道」18巻P.174

 

徹夜シーンがたびたび描かれる「まんが道」だが、もちろんマンガ家たちが好き好んで徹夜をしていたわけでなく、マンガ需要の急拡大に、アシスタントやプロダクションシステムなどのハード面が追いついていなかった、ということなのだろう。一番の売れっ子・手塚治虫でさえ、基本は一人で描いていて、ピンチのときだけ満賀が「臨時の手伝い」として駆り出されるくらいなのだ。いや、システムが存在しなかったという以前に、アシスタントを雇う金がなかったのかもしれない。当時は連載が単行本化することはまだ珍しく、マンガ収入=原稿料でしかなかったわけだから。

あと、「まんが道」でやたら出てくるのが、編集者の「急なお願いで申し訳ないが、なんとかしてくれ!」という原稿依頼。

 

「まんが道」20巻P.135

 

「プレッシャーかけて原稿取り立てるくせに、作家にむちゃぶりばかりしやがって……」と、つい思ってしまうけれども(本当に何度も出てくるのだ)、これもまたマンガ黎明期ゆえに「代原」(万が一の事態に備えてあらかじめ用意しておく差し替え原稿)のシステムが存在していなかったゆえのことなのだろう。

だから、「まんが道」にこれだけ徹夜シーンが描かれているのは、あくまでも「マンガ黎明期」という時代背景があってこそのことなのだ。徹夜がいくぶんドラマティック(もっと強めに言ってしまうとヒロイック)に描かれている部分は、あるっちゃあるのだけれども、その一方で、肉体を酷使することの危険性もきちんと描かれている。

象徴的なのが、「イガグリくん」の作者・福井英一の過労死。ドラマ版でも、ラストシーンの直前、福井英一の急逝が告げられるシーンがあるので、「まんが道」にとってそれだけ重要な出来事と捉えてよいと思う(福井英一の死については、彼のWikipediaに詳しく書いてある)。

 

「まんが道」16巻P.30
「まんが道」16巻P.30

 

まんが道」の中の手塚治虫は、「ぼくは完徹はしない主義なんだ。完徹というのは長い目で見るとけっして能率的じゃないんだ」と満賀に説いているのだけれど、当時、藤子不二雄Aがつけていた日記を読むと……

 

「まんが道」16巻P.183

 

3日徹夜している御大(手塚治虫)に、編集者たちはさらなる徹夜を合議で決めてしまうのである。オトロシ!

見てきたように、「まんが道」での徹夜の使われ方は、シーンによってグラデーションはあるものの、少なくとも一方的に「クリエイターは頑張って徹夜するものだ」と礼賛しているわけではない。

しかしそれを読んだ自分や同世代の子供たちは、福井英一のシーンは脳内でスルーしてしまって、強烈な徹夜描写をヒロイックに内面化してしまった、そしてその原体験イメージを成長してからも引きずっていた……ということではないだろうか。

 


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