矢口高雄『9で割れ!!』—昭和銀行員の奮闘記+矢口版『まんが道』と一粒で二度おいしい一作

矢口高雄『9で割れ!!』—昭和銀行員の奮闘記+矢口版『まんが道』と一粒で二度おいしい一作


 有名漫画家の過去をたぐると——やはり、まずアシスタント出身者が多い! 大学漫研出身者も多い! そして、なんと、われらの「世紀のハンサムボーイ」矢口高雄は? 銀行員出身である!!(GYAAAN)

 

 ……と、いきなり『プロレススーパースター列伝』(梶原一騎+原田久仁信)のセリフ改変で話を始めましたが、昨年に亡くなられた釣り漫画の巨匠・矢口高雄は、高校を卒業した昭和33年(1958年)4月から10年以上羽後銀行(秋田あけぼの銀行と合併して現在は北都銀行)で銀行員をした後に、30歳という当時としてはかなり遅咲きのデビューをして漫画家になったという、けっこう異色の経歴の持ち主として知られています。ちなみに、「世紀のハンサムボーイ」というのは、賢明なる『釣りキチ三平』の読者ならおわかりでしょうが、作中に作者本人が登場して解説をするシーンでそう自称するのがお約束だったことによります。

『プロレススーパースター列伝』(デジタルリマスター版)12巻26〜28ページより。『列伝』読者は、何かにつけてすぐ列伝のセリフ改変をしたがる病気に罹っているので仕方がないのです。あとカジ・センセは「矢口高雄」というペンネームの発案者でもあるので、実は別に無関係ではないのです

 

 そんな矢口高雄が、高橋高雄(本名)として銀行で働いていた時代の思い出(銀行名は「昭和時代の銀行の思い出話なので」という理由で「昭和銀行」となっています)を描いた自伝的漫画、それが今回紹介する『9で割れ!!』です。本作はもともと、中央公論社(現・中央公論新社)の『小説中公』に93〜95年にかけて連載されていたもので、サブタイトルも「昭和銀行田園支店」となっていました。が、同誌はあえなく休刊。連載および単行本も長く未完となっていたのですが、2000年代に入ってから『釣りキチ三平 平成版』という『釣りキチ三平』の新作読切をメインとした矢口高雄パーソナル雑誌が刊行されるようになったことで、同誌上で連載が再開されて無事完結、05〜06年に講談社漫画文庫から「釣りキチ三平誕生前夜」とサブタイを変えて完全版が発刊されました(現在出ている電子書籍版では、サブタイは「昭和銀行田園支店」に戻っています)。

 

 本作で印象的なのはまずタイトルでしょう。「9で割れ!!」と言われてもそれだけでは何のことか全く分かりません。当時の銀行では閉店後、帳簿上の数字と実際の現金を手計算と手勘定で突き合わせて間違いがないかを確認する作業を行っていたわけですが、そこで不整合が出た際に真っ先に出る合言葉、それがこれだったということだそうです。どういうことかというと、単純な手計算のミスや数え間違いを除けば、不整合が起きる原因の一番は桁間違い——つまり、例えば「1万5000円払う書類を出した人に15万円を払ってしまった」みたいなものだったのだそうで、この場合13万5000円の不足が出るのですが、これを9で割ると1万5000円となり、その額の取引でミスをした可能性が高いことが分かるというわけ。

『9で割れ!!』1巻14〜15ページより

 

  本作では高橋青年が勤めていたのとは別の銀行で起きたという実際の事件を紹介しており、そこではなんと300円の小切手に300万円を払ってしまったのだとか。現在ではもろもろ機械でやっているでしょうからこういうのはそうそう起きないでしょうが、昭和の時代はその辺何かと大変だったわけですね。

『9で割れ!!』1巻20〜21ページより

 

 

 この他にも、現在は両替機が自動で出してくる「硬貨50枚を一ロールに巻いたやつ」を、当時の銀行員がどうやって手で作っていたのかというテクニックなども解説してくれます。

『9で割れ!!』1巻55ページより

 

 舞台となる町(作中で何回か転勤があります)は、例えば最初に配属された町は「N支店」というようにイニシャル表記されていますが、描写は詳細で、「N支店は県内では珍しくポール式の電車が走ってる町で」というように書かれていることから羽後交通雄勝線(1973年廃止)の走っていた「旧・西馬音内町」(現・羽後町)であると分かります(当時の秋田県内では国鉄路線などは電化されておらず、雄勝線、小坂鉄道、秋田中央交通の3つの私鉄(現在は全部廃止)以外は電車が走っていませんでした。「(トロリー)ポール式」というのは開発初期の電車で使われた集電装置のことで、高速化やカーブに弱いなどの欠点があることから日本では一部の路面電車やローカル私鉄を除くと戦前のうちからパンタグラフに置き換えられて姿を消していたもので、雄勝線はそういう二重の意味で珍しい路線だったわけです。トロリーポール式で走る電車は、現在の日本では、愛知の博物館明治村内で保存運転をしている旧京都市電などでしか見ることができません)。

『9で割れ!!』1巻58〜59ページより

 

 で、このように詳細な描写のもとに描かれる昭和の銀行の仕事模様が時代を感じさせて実に面白い。例えば「テレビ積立」。当時はテレビの本放送が始まってまだ5年。テレビが普及しきっていない時代に、この「昭和銀行」が電機会社とタイアップして独自に開発した定期積金の一種で、メリットは最初の掛金を払った時点でテレビが取り付けられるというもの。

『9で割れ!!』1巻134〜135ページより。ちなみに当時の物価は、公務員の高卒初任給が約6000円、かけそば一杯が約30円です

 

 これが、高橋青年が「皇太子殿下と美智子さまのご成婚をテレビで見よう!!」というキャッチフレーズを考えてポスターを作ったことでヒット商品になり、頭取表彰を受けたという成功譚につながったりします。

『9で割れ!!』1巻162〜163ページより

 

 銀行の話だけでなく、本人の趣味である釣りに関するエピソードの回もあり、『釣りキチ三平』で三平くんのスパダリとして名高い鮎川魚紳さんのモデルとなった人物との出会いなんかも描かれていたりするので、『三平』ファンももちろん必見です。

『9で割れ!!』3巻127ページより

 

 そして物語は、本屋が実家の同僚が職場に持ってきていた『ガロ』をたまたま読んだことで急展開。同誌に掲載されていた白土三平『カムイ伝』に圧倒された(『釣りキチ三平』の三平三平という名が白土三平に由来するのは有名な話です……とこの原稿を書いていたら、まさにその最中に訃報が……)ことから、子供のころ手塚治虫に憧れて志していたが、社会人になって以降は眠っていた漫画家への思いに再び火がつき、銀行員としての話と並行して矢口版『まんが道』がスタートします。

 この部分で一番のクライマックスとも言えるのは、『ガロ』へ応募した自信作がボツとなり、その理由を聞くためと、憧れの白土三平へ会わせてもらうことを頼むために上京するシーン。編集部で高橋青年は、『ガロ』長井編集長に「ストーリーはいいけど絵が……」とダメ出しをされて大ショックを受けてしまいます。

『9で割れ!!』4巻22〜23ページより

 

 何とか気を取り直して、憧れの白土への面会を求めますが、白土は長井編集長でさえここ2年くらいは会えていないという極度の人間嫌いということでこれも×。しかし、せっかく秋田から上京してきたのに何の手土産もないのはかわいそうだということで、長井編集長は一人の漫画家へ面会の許可を取り付けてくれます。

 誰あろう、水木しげる御大です。

 そして、調布の水木プロへと赴いた高橋青年は自作を読んでもらい、「うまいよ!!」「絵描きのボクがうまいと言っているんだ。長井さんは絵描きじゃない」と褒められて自信を取り戻すのです。

『9で割れ!!』4巻50〜51ページより。あまりに良いシーンなんですが、「矢口高雄の超絶画力にダメ出しが出るって長井編集長はどういう基準なんや……」という気持ちには正直なります

 

 

 また、この時の水木アシスタントが、つげ義春池上遼一とメチャメチャ豪華なんですよ。

 

『9で割れ!!』4巻53〜54ページより

 

 

 その後、すっかり自信を取り戻してやる気満々になった高橋青年が帰った地元で、漫画家志望で高校卒業後は佐藤まさあき(1937〜2004。さいとう・たかをや辰巳ヨシヒロと共に黎明期の「劇画」を牽引した劇画界の星。女癖が死ぬほど悪かったそうで、女性遍歴を全部相手の実名写真入りで書いたという迷惑すぎる自伝『『堕靡泥の星』の遺書』なんてものも書いています)の佐藤プロに内定が決まっている高校生たちに出会うなんてエピソードもあります。
 この人たちは正直あまり有名とは言えませんが実際に漫画家になった人でして、ごくごく一部の麻雀漫画マニアとかなら「あ、『麻雀仕掛人』の佐々木久がこんな所に!」と思われるかもしれません(なお、塩山芳明『エロ漫画の黄金時代』によれば、佐藤プロ出身者もスケコマシが多かったとのことですが、彼らが後にそう育ったのかは分かりません)。

『9で割れ!!』4巻87ページより
『麻雀仕掛人』 劇画・佐々木久/原作・三木孝祐(芳文社)

 

 そしてこの後、高橋青年は見事『ガロ』に投稿作が掲載されて商業デビューを果たし、家庭を持つ身ながら銀行員という安定した職を投げ打って上京、そして誰もが知る釣り漫画の大家となるのです。

『9で割れ!!』4巻221〜222ページより。漫画家に賭けたいと告げられた時の奥さんとのやり取りですが、まあ奥さんも腹が据わった器の大きな人ですね

 

 知らない業界の内幕話というのはたいてい面白い上に、「『まんが道』漫画」とでもいうべき漫画家の自伝的漫画というのもたいてい面白い、その二つが合わさったのが矢口高雄の超絶画力で描かれてるわけですから、本作が全編にわたって面白くないわけがないのでありますよ。

 ちなみに、「銀行員時代とその後漫画家になるまで」を描いた漫画というのは実は世にもう一つあります。新卒で神戸銀行(後に太陽銀行と合併して太陽神戸銀行となり、さらに三井銀行と合併して太陽神戸三井銀行→さくら銀行となり、さらに住友銀行と合併して今は三井住友銀行)に入社し3ヶ月で辞めた後、いくつかの職を渡り歩いてから漫画家になったという経歴を持つ横山光輝の読切「まんが浪人」(『別冊少年ジャンプ』74年7月号掲載。単行本『横山光輝超絶レアコレクション』に収録)です。

『横山光輝超絶レアコレクション』291ページより

 

 こちらがすごいのは、ビックリするくらい情熱がない様子が淡々と描かれていること。

 

『横山光輝超絶レアコレクション』299、320ページより

 

 『横山光輝超絶レアコレクション』巻末解説でも、先日亡くなられたみなもと太郎氏が、

”何が不思議と言ってねえアナタ、マンガ家が「自伝」を描けば、いやでも応でも「マンガ家になりたい! マンガの星を掴みたい!」といった心情が吐露されるものなんですよ。どうしたって。「そんな気分がまったく描かれていない自伝!」”

 

と指摘しているように、「『まんが道』漫画」としてかなり異端の作品となっており、横山のストイックさというか職人っぷりというかがよく表れている感じがするので(別に漫画に対する情熱がなかったとか絶対ないと思うんですけど、「そんなのを見せても、読者に自作を面白いと思ってもらえるかには無関係だ」と言わんばかりの美学みたいなのを感じさせます)、『9で割れ!!』と読み比べてみるのも一興です。

 

 しかし、銀行員出身で漫画家になった人って流石にそう多くないでしょうに、矢口、横山、そして『男!日本海』でおなじみ玄太郎先生と輩出してるの、打率異常に高くありません?

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