あまり語られないタイプの漫画家による自伝漫画の面白さ—伊賀和洋『劇画の神様 さいとう・たかをと小池一夫の時代』

 世の中には漫画家の自伝的漫画というものが結構あります。以前にこの連載で紹介した矢口高雄『9で割れ!!』などもその一つですね。本年、その系譜の中に新たな一作が生まれました。それが今回紹介する伊賀和洋劇画の神様~さいとう・たかをと小池一夫の時代~』です。

『劇画の神様~さいとう・たかをと小池一夫の時代~』

 伊賀和洋(旧ペンネームは一洋)……といっても、知らないという方も少なからずいるのではないかと思います。デビューしてから72歳の現在まで約50年ずっと現役であるにもかかわらず、Wikipediaにも項目立ってないですし、あまり語られない方です。
 なんで語られないかといいますと、代表作は『男弐』『涙弾』(ともに原作:小池一夫)など……というので分かる人には分かると思いますが、小池一夫の会社であるスタジオ・シップに所属していた漫画家で、基本的に原作ありの作画専門の人なんですね。漫画家の作家性みたいなの、どうしてもストーリー面が語られやすいところがあるので、作画専門タイプの人って経歴の割に評論とかインタビューとかがあまり出づらいところがあるんですよ。谷口ジローなんかはかなり例外的だと思います。
 ですが、そういう漫画家の半生は面白くない……なんてことはないのです(それこそ当方がインタビューを行った嶺岸信明氏も作画専門タイプですが、インタビューの内容面白いですよ)。それがよく分かるのが本作というわけ。

 サブタイトルに「さいとう・たかを小池一夫の時代」とありますように、本作は伊賀氏がさいとう・たかをのプロダクションのアシスタント募集に合格するところから話が始まります。ここで驚かされるのが、「入って一番最初にさいとう・たかをに教わったこと」。なんと、漫画関係のことではなく、「洋式トイレの使い方」です。

『劇画の神様』20ページより

 いや〜時代ですね。もちろんさいとうプロでの漫画の話も多くあります。さいとうは下書きをせずアタリに直接ペン入れをしていただとか。

『劇画の神様』26〜27ページより

 『ゴルゴ13』開始の秘話などというものも。さいとうはこの頃、『少年マガジン』で『無用ノ介』という賞金稼ぎを主人公にした時代劇を描いていて人気もあったのですが、描くのがつらくなってしまったのだといいます。何がつらいか。『無用ノ介』主人公である無用ノ介は、賞金稼ぎという人殺しを稼業にしている存在ですが、悪党というわけではなく情とかも持っている「甘ちゃん」的な性格です。で、さいとうは段々これに感情移入してしまって、人殺しみたいなことをさせたくなくなってしまい、次の話を考えるのが苦しくなってしまったのだと。そして生まれたのが、さいとうが感情移入をしないで済む冷徹な狙撃者・デューク東郷だったというわけです。

『劇画の神様』50〜51ページより

 『ゴルゴ』については、さいとうが当初考えていた最終回案と、それがなぜ没になってしまったかという裏エピソードも語られています。これは皆さんご自身で読んで確かめてください。

 途中からは、さいとうプロを辞めて新たに入社した小池一夫のスタジオ・シップの話となります。ここで個人的にツボだったのは、スタジオ・シップの応接室には雀卓が置かれて雀荘状態になっていたという話。スタジオ・シップ出身者には伊賀のほか神田たけ志神江里見など麻雀漫画でも傑作を描いた人が多いんですが、その原点はここにあったのかという感じです(『麻雀漫画50年史』の原稿を書く前にこの情報を知りたかった!)。

『劇画の神様』122〜123ページより

 漫画に直接関係ないところでも、小池せンせいがもらった真剣を使ってみなに本物の居合を披露(小池せンせいは関口流抜刀術をやってた人)してみせたら、刀身を固定する目釘が抜けてたので、刀身がすっぽ抜けて人にぶっ刺さるという過失致死寸前の危ないことになってたなどという脇エピソードも面白いところ(これ、漫画ゴラクに1話だけ掲載されてた「劇画大噴火」(小池一夫+叶精作)という作品でも大枠同じ内容が描かれてたので、マジであった話っぽいです)。

『劇画の神様』144〜145ページより

 ただこの本、一つだけ難点がありまして……。固有名詞のルビ振りがなんかやけにひどいです。例えばここ。

『劇画の神様』77ページより

 宮谷一彦は「みやたに」じゃなくて「みやや」!
 あるいはここ。

『劇画の神様』78ページより

諸星大二郎」に「もろぼし」って振っちゃってるのはまあ仕方ないかな(自分も口に出すときは「ぼし」って連濁させちゃいがちですし)としても、「真崎守」に「しんざきまもる」はちょっと……。その人は「まさきもり」って読むんだよ! 3文字全部のルビが間違ってるじゃねえか! ルビなしにしといた方がまだマシだったのでは……。

 

 

記事へのコメント

絵を実物に似せようとか特長を捉えようという気がまったくない画風は変わらないですね

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