『美味しんぼ』インスパイア麻雀漫画!? 知られざる傑作、吉田幸彦+嶺岸信明『風牌に訊け』

 私事で恐縮ですが、5月下旬に文学通信より当方初の単著『麻雀漫画50年史』が出ます。表紙は小林立氏描き下ろしの龍門渕透華さんです。小林先生とスクウェア・エニックスさんおよび俺のワガママを通して下さった担当編集さんには感謝しかない。麻雀漫画50年の歴史の本の表紙を特に主人公でもない龍門渕さんが飾るというのも、『エアマスター』で深道バトルロイヤルの頂点に屋敷が立ったみたいでちょっと良くないですか。

『麻雀漫画50年史』(V林田/文学通信)

 というわけで今回の紹介は麻雀漫画。嶺岸信明氏のインタビュー前編に名前が登場したものの、電書化されている他の様々な作品と違い現代で読んでいる人は少ないであろう傑作『風牌に訊け』です。インタビュー中でも少し触れていますが、連載は、笠倉出版社が80年代後半に約6年間刊行していた麻雀漫画誌『劇画麻雀時代』で85〜88年。原作の吉田は70〜80年代に非常に多くの麻雀漫画原作を書いていた当時のエース原作者です。

『風牌に訊け』

 本作の基本設定は、かつては雀士だったが足を洗い実業家として成功した男・黒崎に「最高の打ち手を探しだし、最高の牌譜を作る」ことを頼まれたフーテン雀士・田宮光秋(名前のモデルは実在の雀士・田村光昭)が、黒崎の娘・若葉とともに様々な雀士と出会っていくというもの。この時点で分かると思いますが、当時料理漫画界に彗星のように登場し大ヒットとなっていた『美味しんぼ』(83年連載開始)を麻雀に換骨奪胎したものです。基本設定だけでなく、序盤の序盤である第2話で、黒崎の元に既存麻雀界のおえらいさんが集められるのは、東西新聞社に集められた食通たちを前に山岡がアンキモを披露する『美味しんぼ』2話を彷彿とさせますし、

『風牌に訊け』1巻33ページより

 彼らに対して試験が行われ、田宮が一人これに合格した後のやり取りなんかは完全に『美味しんぼ』1話ですね。明らかに意図的になぞってます。

『風牌に訊け』1巻43ページより
『美味しんぼ』1巻24ページより

 で、こうとだけ書くとまるで珍作なのですが、これがただのキワモノではなくオリジナリティーのある傑作麻雀漫画になっているのが吉田という原作者のすごい所。筆者が一番好きなエピソードである37話「ツキの正体」を紹介しましょう。この話では、黒崎が見つけた「最高の打ち手」候補である稲垣という雀士が話の中心となります。田宮は、「実際に卓を囲んで完敗したこともある」と稲垣の実力を高く評価しつつも、「最高の打ち手」の候補者とするのには消極的な態度を見せます。その理由を示すために、「最高の打ち手」候補の中から「最近ツイている」という相馬と「最近不調続き」の小林という二人を呼んで、麻雀の場をセッティングする田宮。その場での最初の半荘は、「最近ツイている」というだけあって相馬が快勝し、稲垣は「ツイてない」というような言葉を頻繁に漏らします。そして田宮はそれを、稲垣を最高の打ち手候補に選ばなかった理由だというのです。

『風牌に訊け』6巻52〜53ページより

 麻雀のプロたる人間なら、「ツキ」「運」のような言葉を使うべきではないという田宮は、「相馬がツイていたというが、彼の一体何がツイていたといえるのか」と続け、「ツイていない小林が後ろから指示し、ツイている相馬が実際に打つ」というやり方で二回戦を行うことを提案します。

『風牌に訊け』6巻54〜55ページより

 「このやり方で勝ったり負けたりした場合、誰がツイていて誰がツイていなかったと言えるのか」と畳み掛ける田宮。これを聞いた稲垣は大笑いし、「プロがツキを口にするとき、無意識のうちに言い訳を用意しているのかもしれんな。あまりにもツキの正体が曖昧なことで思い知らされたよ」と言って、「二度とツキという言葉を使わないと約束する。その代わりに、あと半荘オレの戦いぶりを見て『最高の打ち手』候補にふさわしいか判断してくれ」と頼み、田宮もこれを承諾。
 これにて一件落着……かと思いきや、話はここからさらに一捻り。稲垣はふと「最後にツキという言葉を言い納めさせてくれないか」と田宮に話しかけると、「たぶんオレは今日を境にさらに腕が上がるだろうよ あんたと出逢えてよかったよ」と続け、そして、

『風牌に訊け』6巻60ページより

 「オレは最高にツイてるぜ!!」
 どうですコレ。ギャンブルもので避けては通れない「ツキ」の話をうまく取り扱い、ラストまでめちゃくちゃキレイに決まっています。この1話だけで、吉田幸彦という原作者のストーリーテリングの技量は分かることでしょう。

 原作者が許可をしないため電書化されていない本作、全6巻と集めるのはなかなか大変ではありますが、古本屋で見かけたら買ってみる価値はあります。エピソードは最終回付近を除いて1話完結なので、どこから読んでも大丈夫ですし。

 

 

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