料理人ではなく「包丁人」。元祖料理対決漫画『包丁人味平』が果たした役割

過去の作品がコンビニコミックという新しい形態の漫画本として再販売されるようになって久しいですね。

2000年代、40歳を超えた私は街の古本屋で働いておりました。

日々入荷しては飛ぶように売れるコンビニコミック。

中でも分厚くなったコンビニ版『包丁人味平』を、連載当時には生まれていなかったであろう若い方が買っていく。

「ああ、『味平』はまだまだ受け継がれているんだな」とちょっとした驚きを感じたのを覚えてます。

コンビニあるいは古本屋で仕事の帰りに気軽に買える、そして割安感たっぷり。

すぐ読んで終わり。また明日は適当に何か買うか。販売側の立場としてはそう受け止めてました。

買っていた若い方も『味平』を元々知っていたのかは定かではありません。

なんか料理漫画っぽい、面白そう、くらいの感じだったかもしれません。

 

それでも書籍として売れていく以上は過去の作品といえど現役の漫画です。

料理漫画があふれる現代でも通用する内容で受け入れられたという事でしょう。

 

『味平』の連載開始は1973年。私の手元にある一番古い『週刊少年ジャンプ』は1974年18号です。

他の連載を見ても、『トイレット博士』、『ど根性ガエル』、『アストロ球団』、『侍ジャイアンツ』。この号は休載なのが残念ですが『プレイボール』。

ジャンプ最初の黄金期と言っていい当時、毎週欠かさず読んでました。

 

料理や食べ物をテーマにした漫画は『味平』以前にもわずかながらあります。

しかし本格的に料理、それも調理する人が主役でありながら話は現実離れした料理対決という形式の元祖は『味平』です。

『週刊少年ジャンプ』1974年18号より

突飛な対決とはまた別に職業としての料理の世界を教えてくれた、子供にとって斬新な漫画でした。

いやぁ、熱中しましたよ。一つの勝負に勝っても次なる勝負。対決ごとに代わる料理のテーマ。対決場所も規模も読者の考えを上回る発想。

対決漫画特有の「次の敵は強さ倍増」とはちょっと違って、料理のジャンルが替わる毎に全く性質が変わった対決相手の登場も面白さの要因でした。

その『包丁人味平』と時代背景。私なりに振り返って考察してみます。

 

「飽食の時代」という言葉があります。70年代当時、テレビ番組でも食べ物を使って笑いをとる手法が当たり前のようにお茶の間に流れてました。

昭和世代にとってテレビって特別なんですよ。そしてテレビに出ている人たちは芸能人というより「スター」でした。

俳優、歌手、お笑い、司会者、すべてテレビや映画に出ている人は夜空に輝く星々「スター」です。

だからたとえ食べ物を粗末にした手法を苦々しく思いながらもテレビだから。

あの中は別世界だから、と受け流して笑えていたのでしょう。

 

一方現実の家庭では真逆です。大人たちは太平洋戦争を、そして想像もつかないほどの食糧難を経験しています。

食べる物に文句を言う、好き嫌い、食事を残す。そりゃあ怒られましたよ。

昭和9年生まれの私の母親は口癖のように「卵焼きなんて運動会の時くらいしか食べたことがない」と言っては子供の贅沢を抑えてました。

とはいえ自分達のつらかった経験を今の子供に伝えつつも、たくさんお腹一杯食べさせてあげたいと大人たち皆が願って努力していた。

だからこそ「食事の質も量も文句を言うな」だったのでしょう。

 

当時私が暮らした地方都市のちょっとした出来事を紹介しましょう。

少しあやふやですが、記憶では味平連載時の小学校高学年か中学生だったと思います。

夕方(家庭によっては夕食時に)、凝った料理を作ってタレントさんが食して美味しいとかこれは素晴らしいとか品評する番組が放送されていました。

今なら普通ですよね。しかし当時は家庭で作る3分クッキングはありましたが、美食に傾いたテレビ番組は珍しかったと思います。

私はそれほど興味がなくほとんど見てなかったせいか、残念ながらこの番組名が思い出せません。

この当時この地方では民放テレビは2局。今の人達には信じられないでしょうがテレビはNHKと教育テレビと二つの民放。

地方では特に珍しいことではありません。

少ない選択肢でこの番組を見ている家庭は多かったはずです。

私が住んでいた地方都市。当然ですが地元の「何々日日新聞」がありました。

我が家では購読してませんでしたが、地域に根ざした新聞で多くの家庭で読まれていました。

ある時同級生の話題で、「日日新聞」の投書欄にこの番組への苦情が載ったと聞かされます。

祖母とおぼしき方からの投書で、我が家の夕食時にこんな番組を放送されると子供がこういうのを食べたいとか今食べている食事と比較したりして困る、何とか放送時間を変えてほしい、という内容だったと思います。

当時はリビングがある家もそう多くありません。家族で食事する場所にテレビがあるのはいたって普通です。

グルメや美食などまだまだこの頃は庶民の間では無縁でした。いくらテレビの中が別世界でも子供にとっては区別は難しいでしょう。

新聞に投書した祖母の気持ちはわからなくはないです。

しかしこの投書を新聞側が採用して載せたことには大きな意味があると考えます。

学校で話題になるくらいですから、別世界のテレビに苦言を呈したこの投書内容は異色だったと言っていいでしょう。

投書の内容に共感したのか。あるいは逆で豊かになった時代を受け入れましょうなのか。

どちらなのか又は他の理由なのか定かではありませんが、多くの投書の中からこの意見が選ばれた。

新聞社の担当者がこの投書を多くの人に読んでほしいと思ったからに間違いありません。

まだまだ贅沢に敏感な時代だった事を証明している印象深い出来事です。

 

そんな当時『味平』が少年誌での連載で対決ではなく美食の方向で話が進んでいたと考えると、どうだったでしょう。

包丁人ではなく「料理人味平」として美食を追求する漫画だったとしても世間から批判を浴びたかどうかはわかりません。

しかし子供の頃の自分を振り返ると、こんなのを食べたいとか言って毎週の様にジャンプを母親に見せて怒りを買っていたに違いないと断言できます。

先述のテレビ番組同様、子供が贅沢したがるあんな漫画を何とかしろ、とどこかの家庭で声が上がっていたかもしれません。

 

ただ『味平』はジャンプの流儀で最初から努力と勝利、そして対決の漫画だったとも考えられます。

原作者の牛次郎さんも元からこういう展開で話を創っていった可能性は大いにあります。

仮定の話になってしまいますが、当時青年漫画誌でなら美食漫画は受け入れられたのではないかと思います。

ただし、見たことも聞いたこともない高級料理を漫画の題材として受け入れる土壌はこの頃には無いでしょう。

例えばですがラーメン、カレー、ナポリタン、うどん、そば等を上級食材や手間をかけた調理方法で食す。そう、庶民食の上級化です。

作中で味平が就職した洋食屋さんも昼食時は会社員の方々でにぎわいます。

地方都市の子供だった私は当時の大人、特に会社員の方が外で食べる食事に対する姿勢については今もよくわかりません。

収入に対する外食の価格、食への感覚などなどこの時代に社会に出ていた人でなければ語れません。

しかし、この年齢層になら普段お店で食べる物の上級食材や四方山話なら面白く読まれてもおかしくなかったのではないでしょうか。

事実、活字の世界では食に関する随筆は数多く書かれてます。

 

残念ながら当時まだまだ漫画は子供のものでした。少年漫画の市場より大人漫画は規模が小さく、何より漫画を読む大人は白い目で見られていた時代です。

必然だったのでしょうか。大人向けの漫画市場ではなく少年誌で『味平』が先陣をきって登場。料理漫画の扉を開けました。

現実離れした技術を用いての対決。場所も初めは洋食屋さんのキッチン内だったのが、これまた現実離れした場所へ移っていきます。

登場する料理人も、今読んでもそんな奴いないよと突っ込みたくなる濃いキャラばかり。

『味平』以前に少年マガジンで同じ原作者と漫画家のコンビで連載された『釘師サブやん』というパチンコの世界を描いた作品と共通していた展開です。

だから別の雑誌とはいえ継続して面白く受け入れられたのかもしれません。

 

私が小中学生で読んでいた『味平』ですが、高校以降出会った多くの20代から30代の大人の方々から『味平』を知っている、あるいは読んでいたと聞かされます。

少年ジャンプという名前の漫画雑誌が10代後半から20代前半も読者層として抱えてたという事でしょう。

いや、『味平』だけでなく漫画は面白いから多くの人が読んでたと言っていいのかもしれません。

とはいえまだまだ漫画の話をするだけで顔をしかめる大人が多かった時代です。

一定年齢以上の方は水面下で楽しまざるを得なかったと思うと残念ですが、それもまた時代です。

『味平』は多くの人を熱中させて連載は終わりを迎えますが、料理漫画の先駆として漫画史にその名を残します。

 

いつしか家庭では食にゆるくなり、逆にテレビでは食べ物を粗末にするなんてけしからんと怒られるようになります。

時代は変わった、というのは大げさでしょうか。漫画を読むという行為は大人でも当たり前になり、日常生活に普通に存在するようになりました。

青年誌もヤングジャンプ、ヤングマガジン、スピリッツ、モーニングと70年代に子供だった読者の成長に合わせて増えます。

そして1980年代以降美食やグルメ、料理を題材にした漫画が隆盛を極めていきます。

『美味しんぼ』、『ザ・シェフ』、『クッキングパパ』等々。

20代の私も、私の周りもみんな読んでましたよ。そしてどの作品の話で盛り上がろうと『味平』は比較対象として話題に上がりました。

『味平』面白かったよね、と。

 

『味平』がまだまだ食に厳しい昭和時代の中で対決という手法を用いて先駆け、現在に至る多様な料理、食事漫画への道を切り開いた。

戦後漫画史において大事な1ページではないでしょうか。

コメントする

話題に出た作品のクチコミ

影絵が趣味
影絵が趣味
2019/07/20
ちばあきお漫画を動揺させる御馳走という存在
夏の甲子園の県予選がはじまっているので、性懲りもなく『プレイボール』を読み返している。 語弊を恐れずにいえば、ちばあきお漫画の魅力は味気のなさにあると思う。野球に熱心すぎるあまり、ひたむきすぎるあまり、本気で打ち込むあまりの味気のなさである。「勝利の味をしめる」という言葉があるが、『キャプテン』にしても『プレイボール』にしても、負け試合はもちろんのこと勝ち試合においてもどこか苦い雰囲気が拭えないのである。『キャプテン』のイガラシ時代の夏の決勝戦、西の強豪・和合中との雨の決戦はどうだったか、全国制覇を成し遂げたというのに不思議なまでのあの味気のなさは。 ところが、そんな試合に勝ってまで味気のないちばあきお漫画において、奇妙に味気のある数コマがおよそ一巻に一度ぐらい落とし穴のように潜んでいる。それすなわち御馳走の時間である。 田所先輩の代こそは元々が弛んでいるので、まだ御馳走はみられないが、まさしく田所先輩たちが引退して谷口が次のキャプテンに指名される日から落とし穴のような御馳走がひっそりと潜んでいる。薄汚い部室にテーブルを囲い、それぞれの席には簡易的ながら紙のナプキンが敷かれて、その上に可愛らしくお菓子やフルーツやジュースの瓶が乗っている。野球一筋のこのマンガにおいて、なんと奇妙で戦慄さえ憶えかねない一コマであることだろう、淡々とただひたすら野球に打ち込むばかりのコマの連なりのなかで不意に挿入されるこの紙ナプキンの上の御馳走たちはスリリングとさえいえないか。 この送別会の御馳走を先がけに、新入生の歓迎会ではふたたび囲んだテーブルに紙ナプキンが敷かれて、出前の兄ちゃんが蓋付きのカツ丼を運んでくる。大会の谷の日には田所さんが激励にアイスクリームを紙袋にたくさん詰めてもってくるし、鰻丼かと思いきやカツ丼の上を御馳走してくれるし、熱戦の翌日の休養日には丸井が谷口家を訪ねるさいのお土産として鯛焼きを持参して、しかもそれらは丁寧に紙の上にあけられる。そして極みつけにはOB会の発足パーティー、またしても薄汚い部室にてテーブルを囲み、もはや簡易的な紙ナプキンではなくテーブルクロスが敷かれ、御馳走に加えて瓶ビールまでが用意され、スリリングはさらに加速する。ここで注目したいのはこれらが単なる食事ではなく、それ以上に丁寧に格式張っているということにある。ちばあきお的マンガ世界において、彼ら野球少年たちは基本的には野球という社会のなかに閉じた存在である。その閉じた世界に不意に出現するイロモノめいた別の社会(すなわち御馳走という格式)はあまりに滑稽であり、その場を動揺させずにはいられない。しかも、その御馳走が部活の聖地ともいうべき部室にひろげられたさいには事尚更である。 味気のないちばあきおマンガが不意に彩りをみせるとき、その場は途端にスリリングに動揺しはじめ、物語に緩急と躍動とをもたらしているらしい。
user_private
名無し
2019/07/08
釘師サブやん
『となりのトトロ』を見た小学生が「懐かしい日本の風景」とか言っているのは流石にどうかと思うわけですよ。お前生まれてないだろうと。いや、ちょっと待て。僕にもその手のがありました。『めぞん一刻』や『新巨人の星』に描かれる70~80年代(ざっくりしすぎ)の東京の町並みに、なぜか強い憧憬を感じるのです。謎は深まるばかりです。それにしても、週刊連載の漫画は、時代が反映されているので、読み返すと新たな発見があります。  『釘師サブやん』は釘師という職業に焦点をあてた漫画です。舞台は1970年代の前半の東京。パチンコ屋に勤める茜三郎、通称サブやんが主人公です(この頃のパチンコはバネで一球一球弾くもので、椅子もなありません)。サオ師は知っていても釘師はわからないという諸兄に説明すると、釘師はパチンコ台の釘を閉めたり開けたり調整するのが仕事です。なんだそんなものかと思うかもしれませんが、釘師の腕次第で客の満足度もホールの収益性も変わってくるのですよ!パチンコ店を支配する釘師にも天敵がいます。それがパチプロ(現在と大分意味合いが違うます)。この頃のパチプロは「打てば必ず勝てる必勝法」をもっているので、黙って打たせていては店に被害が出るばかり。とはいえ、普通に打っている分には追い出すわけにもいかない…。そこで技を使わせないように釘を調整するのが釘師の仕事。釘師VSパチプロの戦いに終わりはないのです。  日本一の釘師を目指し、日々精進を重ねるサブやんの店に、ある日、美球一心と名乗るパチプロ(ネーミングが最高だ)がやってきます。彼はたった玉一個(2円分)だけで、サブやん自慢の台を打ち破ってしまうのです。一心が使う「秘打・正村」や「忍球玉バサミ」という、物理法則を超越した技に打ちのめされてしまったサブやんはさらなる研究を続けます…。  『釘師サブやん』に登場するパチプロたちは、北海の無法虎(必殺技:暗闇二段打ち)、機関銃のマサ(必殺技:機関銃釘殺し)など、格好いい二つ名と理屈不明な必殺技をひっさげ、次々にサブやんに挑戦しては消えて行きます。  彼らはみな、パチンコのみを仕事にし、日本中を旅するゴロ。相手をするサブやんも、自分の腕を破壊しながらもだれも攻略できない釘を打つ釘師。この勝負に意味はあるのか?なんてそれこそ無粋な問はありません。  ただただ、闇雲に没頭し、無意味と思われることに挑戦し続ける…。70年代の風景のなか、軍艦マーチといっしょにパチンコホールに雪崩れ込む人々の絵をみると、前向きでいられた時代の空気がすこしわかるような気がするのです。

話題に出た著者