類まれなる才能と自由にあふれた4人の吟遊詩人。「たま」という楽団に魅せられた。石川浩司・原田高夕己『「たま」という船に乗っていた』

今もってあの夜の衝撃を忘れることは出来ません。

「いかすバンド天国」(通称・イカ天)という番組の放送開始は元号が昭和から平成に変わって一か月余り、1989年の2月です。

当初私は番組を観ておらず、熱心に毎週欠かさず観るようになるのは放送開始から半年以上経った「ビギン」というバンドがグランド・イカ天キングになったあたりから。

当時私は28歳。

20代前半から音楽活動にいそしんだこともあって、個性あふれるバンドの登場を楽しみにしておりました。

とはいえ何故最初からずっと観てなかったのか、今となっては思い出せません。

そしてあの日の夜がやってきます。

「たま」の登場時、なんか変な連中出てきたくらいにしか思いませんでした。

司会の三宅裕司さんとのやり取りも、どこかしら演技っぽさすら感じたくらいです。

畳の暮らしの私は座椅子に依っかかって、くつろいだ姿勢でテレビを見るのが常でした。

しかしイョォ~の掛け声から始まる「らんちう」の演奏が始まった途端に、ガバっと起き上がります。

それどころか前のめりになってテレビ画面に食いつき、動くことが出来ません。

え? え? 何だこれ? 何こいつら? 何この曲? 何この演奏? 異常に上手かったんじゃない?

とんでもない物を観て聴いた衝撃の大きさに、しばし呆然としたのをはっきりと覚えてます。

当然この後「たま」という船がとんでもない事になるなんて、予想も出来ませんでした。

というよりあまりにも「たま」が演奏した「らんちう」が未知の世界すぎて、いい意味でパニックになったんですよ。

令和の今風に表現すると「異世界から来た異世界の音楽を奏でる楽団」といったところですか。

そして5週勝ち抜いてグランド・イカ天キングに。

私は「たま」の曲で何か一つ選べと言われたら、4週目に演奏された「ロシヤのパン」を挙げます。

勿論迷いに迷っての選曲ですが、複雑なギターの旋律と足踏みオルガンの音色と共に歌われるこの曲。

歌詞に出てくる「ロシヤのパン」も「トラピストクッキー」も「サンバを踊るお姉さん」も、私には何の思い出がありません。

なのに得も言われぬ不思議な郷愁感で満たされ、何度聴いてもうっすらと涙が滲んでしまう素敵な曲です。

更に5週目に演奏された「まちあわせ」には、1週目の「らんちう」と同じくらいぶっ飛ばされます。

「たま」の面々は勝とうと思って無くて負けるつもりでこの曲を選んだのだと後に知りますが、当然当時テレビを見ていた人はそんな事知りません。

私は「ああ、この人たちは高い演奏力と作曲技術を持ちながら、こんなこともやってのける正真正銘の本物なんだ」と実感しました。

もっと「たま」の曲を色々聴きたいと思ったのも束の間、あれよあれよと「たま」は世の中を席巻していきます。

ちなみに「まちあわせ」の歌詞に出てくる「神保町、顔のワイシャツ」というお店。

神保町の隣の小川町という交差点に存在しますが、2024年6月1日に取り壊しが始まります。

2024年6月1日撮影

あの大きな顔の看板が無くなるのは「たま」ファンにとってさみしいところですが、聖地は生ものです。

おそらく老朽化の為でしょうから、受け入れざるを得ませんね。

 

さて年が明けて1990年に始まった、空前の「たま」現象。

私も乗っかりましたよ。

デビューシングルもアルバムも買いました。

テレビも「たま」が出てれば何でも録画して、とにかく見逃さないよう番組情報誌を細かくチェックです。

ネットがない時代ですからね、頼りになるのは紙媒体です。

残念なのは、この時に生でライブを見に行かなかった事です。

チケットが入手困難だったこともあったからですが、一度くらいは見ておくべきだったと今も大きく後悔しています。

そうこうしているうちに「たま」現象も終焉を迎える事に。

「たま」現象真っ最中に、テレビで柳原さんが「皆さんこんなの今だけですよ~、もうすぐ落ち着きますからね~」と発言していた通りです。

ずっとインディーズで活動し、ファンも付いていた「たま」。

ただ似たようなバンドが先に出てしまうと、自分たちが真似したと思われるのが嫌で参加した「イカ天」。

それがどういう訳かこうなったのはあくまで一時的な事と、メンバー自身が捉えていたのも「たま」の凄さです。

やがてテレビの出演も徐々に減っていき、何度も言いますがネットがない時代ですから「たま」の情報が入ってこなくなります。

そして私の「たま」熱も冷めていきます。

結局私も世間と同じ、にわかのミーハーだったんですよ。

持っていた「たま」関連の物もいつしか手放してしまいました。

いえ熱が冷めただけであって、ずっと「たま」のことは忘れてなかったと言い訳させてください。

時は流れて2007年にイカ天復活祭という番組が放送されます。

私の「たま」熱復活です。

あんなに好きだったじゃないかと思い返して、また聴かなきゃと奮い立ちます。

しかし立ちはだかったのは経年という壁。

動画サイトを利用するのはもっと何年も先の話です。

どこを探しても「たま」の物は見つからず、結構苦労して最初のCD「さんだる」を手に入れました。

それからも見つけたら手に入れるようにしてますが、ネットで物を買う習慣がない昭和のじじいです。

なかなか「たま」現象当時の物には出会えませんが、気長に構えることが見つけた時の喜びもひとしおという物です。

「たま」の音楽は誰も真似出来ない独特の世界です。

しいて言うならNHK「みんなのうた」で流れる曲に近いと言えなくもないですが、あくまで「たま」は「たま」です。

「たま」登場から35年、音楽事情もあの頃とは大きく変わったと思います。

今「たま」を知らない人が「たま」を聴いてどう感じるのでしょう。

凄いと思うのか何が良いのかわからないと思うのか。

「たま」現象の時だって否定する方も結構いたんですよ。

それでも2024年に漫画となって全2巻が発売されるという事実。

『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』、『「たま」という船に乗っていた らんちう編』

まだまだ語り継がれていくんだと実感している次第です。

では2007年の「たま」熱再燃以降手に入れた物を、漫画の内容に沿って紹介したいと思います。

まずは『さよなら人類編』203ページ。

ナゴムレコードというインディーズレーベルから出されたファーストEP「でんご」。

「でんご」(たま)

4曲入りで知久さんのカラーイラストが映える素敵なシングルレコードです。

「でんご」(たま)

「らんちう」は入ってませんがイラストにそれっぽい赤い魚が描かれてていいですね。

次は『らんちう編』16ページ。

同じくナゴムレコードから発売された初のLPレコード「しおしお」。

「しおしお」(たま)

「でんご」と違ってライナーノーツの歌詞が全て手書きなのが沁みます。

「しおしお」(たま)

ジャケット裏面の一人だけ弾けた柳原さんがなんか可笑しいですね。

「しおしお」(たま)

『らんちう編』72ページ。

週刊少年雑誌の表紙を飾った「たま」。

残念ながらこの週刊少年雑誌は所有してませんが、初のシングルCDが発売される直前に出た『週刊トウキョー・ウォーカー・ジパング』という雑誌。

『週刊トーキョー・ウォーカー・ジパング』(KADOKAWA)1990年5月1日・8日合併号

表紙と9ページに渡る特集が「たま」現象を如実に表してます。

『週刊トーキョー・ウォーカー・ジパング』(KADOKAWA)1990年5月1日・8日合併号

『らんちう編』92ページ。

遂にファーストアルバムCD「さんだる」が発売。

「さんだる」(たま)

紙のケースに12枚のフォトカード、ステッカーと豪華です。

如何に満を持しての発売だったかが伺えますね。

個人的には柳原さんの艶やかな歌声が美しい、6曲目の「どんぶらこ」と最後11曲目の「れいこおばさんの空中遊泳」が心に残ります。

『らんちう編』111ページ。

1990年12月「たま」現象真っ只中に出版された『たまの本』。

『たまの本』(竹中労/小学館)

かなり売れた筈で現存数は多いと推察してますが、「たま」現象終焉から現在までそんなに見かけません。

ただ入手困難という程ではなく、音楽やサブカルに力を入れている古書店を探せば見つかるでしょう。

勿論ネット上でも売られてます。

デビュー前の貴重な写真が載っており、長髪の石川さんと知久さんがなかなかです。

『たまの本』(竹中労/小学館)

『らんちう編』131ページ。

ライブビデオ「野球」がリリース。

「野球 たまグローブ座ライブ」(たま)

1990年12月『たまの本』出版と同時期に行われた貴重なホールでのライブ収録で、全15曲のたっぷりな内容。

ビデオデッキが無いと見れませんが、DVD化されてます。

あくまで個人的な感想ですが、演奏は素晴らしいのにホールという広い舞台が「たま」にそぐわない気がします。

メンバー間の物理的な距離が遠すぎるのですよ。

でもこれは「たま」という楽団への思い込みの押し付けだというのは、自分でもわかってはいます。

最後は『らんちう編』271ページ。

泥酔した「ワタナベイビー」さんの乱入で演奏された「さよなら人類」がノーカットで収録されたDVD「たまの最後」。

「たまの最後」(たま)

漫画内で描かれた通りなんですが、石川さんの「ついた~」での大盛り上がりは必見です。

解散ライブでありながら湿っぽさが微塵も無いのは、「ワタナベイビー」さんの乱入も大きな要因だと言えるでしょう。

熱くなって長く語ってしまいましたが、2004年に出版された石川さんの自伝を基に「たま」の歴史を綴った漫画全2巻の発売が嬉しくて書きました。

『「たま」という船に乗っていた』(石川浩司/ぴあ)

「たま」を知らない方や聴いたことがないという方に、少しでも伝われば幸いです。

最後までお付き合いくださりありがとう御座いました。

 

 

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