第21回 韓国の物流業界の末端で働く人々を描く―イ・ジョンチョル『カデギ 物流倉庫でミックスコーヒーをがぶ飲みしながら働いた話』

第21回 韓国の物流業界の末端で働く人々を描く―イ・ジョンチョル『カデギ 物流倉庫でミックスコーヒーをがぶ飲みしながら働いた話』

2023年も韓国のウェブトゥーンのコミカライズやアメコミを中心に多くの海外マンガが邦訳出版された。その中には長く読み継がれてほしい作品もいろいろあって、この海外マンガクラシックスでも、游珮芸、周見信『台湾の少年』(倉本知明訳、全4巻、岩波書店、2022~2023年)マヌエレ・フィオール『秒速5000km』(栗原俊秀、ディエゴ・マルティーナ訳、マガジンハウス、2023年)パヴェル・チェフ『ペピーク・ストジェハの大冒険』(ジャン=ガスパール・パーレニーチェク、髙松美織訳、サウザンブックス社、2023年)シリル・ペドロサ『ポルトガル』(原正人訳、Euromanga合同会社、2023年)を取り上げている。

ここで論じていない作品の中にも、注目すべき海外マンガはまだまだいくつも存在する。今回はその中から、韓国のマンガ、イ・ジョンチョル『カデギ 物流倉庫でミックスコーヒーをがぶ飲みしながら働いた話』(印イェニ訳、ころから、2023年)を紹介することにしよう。第5回で取り上げたソン・アラム『大邱の夜、ソウルの夜』(吉良佳奈江訳、ころから、2022年)に引き続き、ころからのKGBレーベル第2弾として刊行された作品である。

イ・ジョンチョル『カデギ 物流倉庫でミックスコーヒーをがぶ飲みしながら働いた話』(印イェニ訳、ころから、2023年)

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本書『カデギ』の原書は2019年に韓国で出版された。同年、文化体育観光部が主催する「いまの私たちの漫画賞」を受賞していて、韓国国内でも高い評価を受けている。

タイトルの「カデギ」とは荷おろし作業のアルバイトを指す韓国語で、その過酷さから「地獄のバイト」と呼ばれているらしい。本書巻末の作者あとがきによれば、作者イ・ジョンチョルは過去に6年間にわたって、このカデギに従事していた。本書は作者が自身の体験やカデギ仲間たちから聞いた話をもとに編みあげた物語である。

主人公はイ・パダ。地元の大学で美術を学んだ彼は、マンガ家になることを夢見てソウルに上京する。すぐにマンガで食っていけるわけでもなく、生活費を稼ぐためにバイトを探す中で、パダはカデギの仕事を見つけ、A宅配の恩平営業所で働き始める。

「かけ持ち歓迎! 働きながら運動しよう!」。カデギのバイトを見つけて応募するイ・パダ(P8-9)

カデギの仕事の内容は、物流センターから営業所に運ばれてきたトラックいっぱいの荷物をおろすという単純なもの。荷おろしされた荷物は、その後、宅配ドライバーの車に積みこまれ、客のもとに届けられる。

単純だからといって楽な仕事というわけではまったくない。トラック1台には、時に1000個を超える荷物が積まれていて、ふたりがかりで全部おろすのに40~50分かかることもある。1日に少なくとも3台、多ければ5台分のトラックの荷物をさばかなければならない。しばらく荷おろしをしたあとは手に力が入らなくなり、翌日は筋肉痛必至。地獄のバイトと呼ばれるゆえんである。

トラックにびっしり積まれた荷物をふたりがかりでおろしていく(P12-13)

送られてくる荷物は小物から家電製品まで実にさまざま。とりわけその重さでパダを苦しめるのが、米やジャガイモ、玉ねぎ、にんにくといった農産物である。農産物にはシーズンがあって、ある時期にはトラックが特定の野菜で埋め尽くされることも。秋になると、まずはキムチを作るための塩菜(塩漬けにした白菜)が増え、続いてキムチそのものが増えるのだそうだが、そういった光景からは、韓国に生きる人々の、日本とはまた少し違った日々の暮らしがうかがえて楽しい。

パダを苦しめる重い農産物の荷物(P56-57)

本書は大きく「壁にあたる」と「壁をくずす」の2部構成になっていて、それぞれがさらに複数の章に分かれている。

第1部「壁にあたる」の各章では、カデギの仕事の過酷さや、パダを始め、物流業界の末端で働く人々ののっぴきならない状況が描かれていく。カデギのバイト以上に厳しい状況に置かれているのが宅配ドライバーである。特殊雇用職と呼ばれる彼らは、個人事業主として宅配会社と委託契約を結んでいて、すべての支出を自己負担しなければならず、諸経費をさっぴいたら、ほとんど何も残らない。体調を崩して休みたいと思っても、急ぎの荷物を送るバイク便の費用は自己負担になるから、おちおち休むこともできない。

病気になることすら許されない特殊雇用職(P120-121)

第2部の「壁をくずす」では、そうしたドツボのような状況の先にほの見えるかすかな光のようなものが提示される。パダは、かつてカデギの先輩としていろんなことを教えてくれたウさんに声をかけられ、農水産物卸売市場で夜間の短期バイトをすることになり、ひと口にカデギと言っても、さまざまな職場があることを知る。

やがて彼は、ブラックなA宅配・恩平営業所を辞め、B宅配・麻浦営業所で働き始める。それは人を人とも思わない前の職場と比べると、ずっとましな職場で、勤務初日から優しい班長がパダを本書の副題にもなっているミックスコーヒー(糖分がたっぷり入ったインスタントコーヒー)で歓迎してくれるのだった。

ミックスコーヒー(P190-191)

日本では今、物流の2024年問題が取りざたされているが、韓国のおそらくは2010年代の物流業界の末端で働く人々を描いた本書は、日本の同じ業界で働く人々に思いをいたす格好の作品だと言っていいだろう。

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カデギの仕事も板についてきたある日、パダは故郷である慶尚(キョンサン)北道は浦項(ポハン)の魚加工食品クァメギの荷物を目にする。それは両親が地元で食堂を営むパダにとって思い出深い食べものだった。両親はたいがいが製鉄工場の労働者である食堂の客のために毎日のように料理を作り、配膳したものだった。そんな家に育ったパダが、今は人々に荷物を送り届ける仕事の一翼を担っている。彼の周りには「幼い頃から汗を流して働く人」がいた。彼は不意に「宅配の仕事をする人を描いてみよう」(P101)と思い立つ。

宅配の仕事をマンガにしようと思い立つパダ(P100-101)

宅配の仕事に携わる人たちのバックボーンはさまざまだ。A宅配で働くパダの先輩のひとりのように、カデギのバイトからドライバーになったという人もいれば、パダに仕事のイロハを教えてくれるウさんのように、もともとは印刷所の社長だったが、そこがつぶれて、カデギの仕事をすることになったという人もいる。その他、大きな食堂を経営していた夫婦や元柔道選手、兵役を控えて休学中の学生、警察公務員志望者、外国人、さらには教師を定年退職した高齢者まで、多様な人々が物流に携わっている。仕事にやりがいを感じている人もいれば、夢破れ、生きるために働いている人も、夢をつかむために働いている人もいる。マンガ家を志すパダもまた、そういった人々のひとりである。

誰もが思い通りの仕事につけるわけではない。人は時に生きるために好きでもない仕事をしなければならない。逆に働いているうちにその仕事にやりがいを感じることもあるだろう。いずれにせよ彼らは、自分のため、家族のために、クタクタになりながらめいっぱい働いている。それは物流業界で働く人々に限ったことではない。パダと同郷でソウルの会社でデザイナーとして働いている女性スギョンも、毎日2時間しか眠れず、肝臓を壊すような働き方をしている。久しぶりに再会した彼女は、「パダが漫画を描き続けててよかった」と漏らすが、その言葉に胸が締めつけられる。

カデギの仕事をしながらマンガを描き続けてきたパダは、同居人であるボンシク先輩のつてで知り合った原作者と組み、ついにマンガ家としてデビューを果たすことに成功する。こうしてデビューしたパダ(=作者)がやがて「宅配の仕事をする人」を描いた本書『カデギ』を出版することになるのだと思うと、胸アツである。

夢を叶え、実際にマンガ家になることができたパダは、幸福な例外なのかもしれない。だが、とりわけ夢をつかもうと日々クタクタになりながら頑張り続けている人にとって、本書に描かれた彼の姿は、それこそカデギ仕事の休憩中に飲むミックスコーヒーのように、活力をかき立ててくれる一服の清涼剤たりうるのではないかと思う。

 

 

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