第20回 1990年代、エイズがまだ致死の病だった時代に看護師をしていた作者の自伝―MK・サーウィック『テイキング・ターンズ HIV/エイズケア371病棟の物語』

第20回 1990年代、エイズがまだ致死の病だった時代に看護師をしていた作者の自伝―MK・サーウィック『テイキング・ターンズ HIV/エイズケア371病棟の物語』

毎年12月1日は「世界エイズデー」である。厚生労働省のサイトによると、「世界レベルでのエイズのまん延防止と患者・感染者に対する差別・偏見の解消を目的に、WHO(世界保健機関)が1988年に制定したもの」で、毎年この日を中心に、「世界各国でエイズに関する啓発活動が行われて」いる。

筆者はエイズをテーマにしたスイス発のバンド・デシネで、世界的に評価の高いフレデリック・ペータース『青い薬』(原正人訳、青土社、2013年)を翻訳している。これはこれでぜひ読んでほしいのだが、海外マンガではもうひとつエイズをテーマにした作品が翻訳出版されている。MK・サーウィック『テイキング・ターンズ HIV/エイズケア371病棟の物語』(中垣恒太郎、濱田真紀訳、サウザンブックス社、2022年)、1980年代から90年代にかけてエイズが猛威を振るったアメリカで出版されたコミックスである。

MK・サーウィック『テイキング・ターンズ HIV/エイズケア371病棟の物語』(中垣恒太郎、濱田真紀訳、サウザンブックス社、2022年)

原書はTaking Turns: Stories from HIV/AIDS Care Unit 371というタイトルで、2017年、Penn State University Pressから出版された。大学出版局から刊行されているがれっきとしたコミックスである。1990年代にシカゴのイリノイ・メソニック病院のHIV/エイズケア病棟で看護師を務めていた作者MK・サーウィックの自伝で、1980年代初頭から猖獗を極めていたエイズが、1990年代後半のHAART(highly active anti-retroviral therapy:高活性抗レトロウイルス療法)という多剤併用療法の登場で沈静化していく様子が、あるHIV/エイズケア病棟を舞台に作者の目を通して描かれていく。

作者のMK・サーウィックは、看護師として働いていた当時、自分が担当した患者たちが次々と亡くなっていく深い悲しみから自らを癒す手段として、絵を描き始めた。やがてエイズ・パニックが収束し、病棟が閉鎖されたあとは、自身のウェブサイトでコミックスを発表し始める。2007年からはイアン・ウィリアムズとともに、グラフィック・アートを通じて、医療を包括的に捉える「グラフィック・メディスン」の活動を展開。その流れの中で誕生したのが、本書『テイキング・ターンズ』である。

日本語版は筆者が編集主幹を務めるサウザンコミックスの第2弾として出版された。サウザンコミックスでは海外マンガの翻訳出版を実現するための資金調達をクラウドファンディングで行っているが、本書を翻訳出版するためのクラウドファンディングで発起人を務めたのは、翻訳者のひとりでもある中垣恒太郎さん。中垣さんはMK・サーウィックらが創始したグラフィック・メディスンを日本でも広めるべく活動している一般社団法人日本グラフィック・メディスン協会の代表で、本書『テイキング・ターンズ』の日本語版は、中垣さんの情熱によって成立した。

今回はこの『テイキング・ターンズ』を紹介しよう。

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物語の舞台は1990年代のアメリカ。大学で英文学と哲学を学び、その後、社会に出て働いていたMKは、あまりにやりがいの感じられない仕事に失望し、看護師だった母に倣って看護の道に進む決意をする。

仕事を辞め、看護の道へと進むMK(P10-11)

看護学校の実習で彼女が派遣されたのは、エイズ患者が入院するフロアだった。エイズのことはテレビや新聞で知ってはいたものの、彼女はそこで初めて実際のエイズ患者と触れ合うことになったのだった。そこでの経験を通じて、彼女は看護師の仕事にかつて感じたことがないほどのやりがいを抱くことになる。

MKが初めて受け持ったエイズ患者(P16-17)

やがて看護学校を卒業したMKは、1994年からHIV/エイズケアに特化した「HIV/エイズケア371病棟」があるシカゴのイリノイ・メソニック病院で働き始める。1980年代初頭にエイズという未知の病が突如として出現し、ゲイの男性たちを中心に蔓延していく中で、ゲイの男性たちは時に不当な差別に直面し、医療を受けられないということもままあった。この病棟は、彼らに対する深い思いやりをベースに、医療従事者が常に医療従事者であるという保証はなく、いつか患者になるかもしれない、人は「かわりばんこに(テイキング・ターンズ)」病気になりうるのだという理念を体現したものだった。本書のタイトルがここから来ていることは言うまでもない。

HIV/エイズケア371病棟(P26-27)

新米看護師として働き始めたMKは、371病棟の慌ただしい業務に忙殺され、圧倒されながら、いくつもの出会いと別れを経験していく。あるとき彼女は、仕事の終わり際にスティーブンという青年に呼び止められる。スティーブンは彼女にこんなお願いをする。「こんばんは、スティーブンです。とても怖くて…。僕を抱きしめてくれませんか?」。

「僕を抱きしめてくれませんか?」(P52-53)

10分間にわたってスティーブンを抱きしめたMKは、名状しがたい畏怖を覚える。それは何ゆえの畏怖だったのか? スティーブンのこれまでの人生を思ってのことなのか、やがてスティーブンを見舞うであろう死を思ってのことなのか、はたまた他人同然の彼との濃密な時間を思ってのことなのか……。うまく処理できない感情を抱えた彼女は、帰宅しておもむろに絵を描き始める。そもそも371病棟でエイズ患者のためにアート治療プログラムが推奨されていたこともひとつのきっかけになったのだろう。やがて絵を描くことは、彼女にとってなくてはならない行為になっていく。

絵を描くMK(P54-55)

MKが働き始めた1990年代前半には、エイズは罹患した人の多くが死に至る怖ろしい病だったが、1996年、HAART療法の登場によって事態が大きく変化する。もちろんすぐにすべての患者が救われたわけではない。しかし、HAART療法の登場以降、HIV陽性者数に対する死者数は激減し、371病棟にやってくる患者の数も目に見えて減っていった。やがて1999年には371病棟の閉鎖が決定する。MKは看護学校では決して習わなかった病棟の閉じ方を経験することになる。

371病棟の閉鎖と次の一歩を踏み出すMK(P172-173)

371病棟の閉鎖を受けて、MKは新たな一歩を踏み出す。彼女は自身の人生にとっても、同性愛者のコミュニティにおいても、そしてエイズの歴史を語る上でも重要な371病棟の歴史をコミックスの形でまとめる決心をし、かつての同僚や患者と会い、話を聞いていく。その成果が、2017年にアメリカで刊行され、2022年に日本で翻訳出版された本書ということになる。

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本書にはMKと何人かの患者との交流が描かれているが、とりわけ胸に迫るのがティムという人物とのやりとりだ(ちなみに作者は本書に登場する患者はすべて、実在の人物たちを組み合わせた架空の人物だと断っている)。自身、絵を描くMKは、アーティストであるティムと自然にうちとけ、いつしかふたりの関係は単なる看護師と患者のそれを超え、一時退院した際には彼のアトリエを訪れたり、一緒に買い物や食事に出かけたり、共同制作を行ったりする、親密な間柄に発展していく。

ティムと一緒に買い物に出かけるMK(P106-107)

もちろんMKはティムとの関係を無自覚に深めているわけではない。医療従事者と患者の間の線引きを「境界線(バウンダリー)」と言うそうだが、MKはティムとの関係が親密になり、さらにはある事件が起きることで、この境界線について思い悩むことになる。

だが、看護師と患者にしては一見親密すぎるこうした関係も、当時のエイズ患者にとってはかけがえのないものであった。不当な差別にさらされ、遅からず訪れるであろう死の影に怯えながら日々をやり過ごしていた彼らは、こうした関係を通じて、自身が人間であることを実感したに違いない。

物語は2016年のMKの姿を描いて幕を閉じる。かつて371病棟があったイリノイ・メソニック病院近くの墓地を訪れ、ティムの墓参りを終えた彼女は、同性のパートナーとパーティーに向かう。ティムの死から20年、エイズは致死の病からともに生きる病へと変わった。同性愛者に対する差別がまかり通っていた1990年代とは異なり、今やアメリカでは同性婚が認められている。時代は大きく変わったのだ。それだけにこの時代を待たずに亡くなったティムたちを思うと、胸が痛い。

素朴な印象の絵に読むのをためらっている人もいるかもしれないが、本書は感動必至の傑作である。ぜひこの機会に読んでみてほしい。

 

 

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