マンガの中のメガネとデブ【第21回】浦見魔太郎(藤子不二雄Ⓐ『魔太郎がくる!!』)

『魔太郎がくる!!』

 マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。

 そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第21回は[メガネ編]、先頃亡くなった藤子不二雄氏の代表作のひとつ『魔太郎がくる!!』(1972年~75年)の主人公・浦見魔太郎をご紹介したい。

 友愛学園中等部に転校してきた浦見魔太郎は、見るからにひ弱そうなメガネのチビだ。前の学校でもいじめられていたという彼は、さっそく体の大きいいじめっ子に目をつけられる。イスに画鋲を置かれ、足を踏まれ、昼休みには校舎の裏でこめかみをグリグリやられたうえに殴られてしまう。まるでゾンビのような姿で教室に戻ってきた魔太郎は、「ど どうしたんだっ!!」と驚く先生に「なんでもないです ころんだだけです」と言いながら席に着き、隣の席のいじめっ子に聞こえるかどうかぐらいの声でつぶやく。「こ・の・う・ら・み・は・ら・さ・で・お・く・べ・き・か」【図21-1】。

 

【図21-1】左ページ4コマ目まで顔を見せない演出が不気味さを増す。藤子不二雄『魔太郎がくる!!』(中公文庫コミック版)1巻p18-19より

 

 その夜、魔太郎は粘土で作ったいじめっ子の胸像をコテンパンに叩きのめす。すると、いじめっ子本人も同じくコテンパンに……。1話完結形式のストーリーは基本的にこのパターンで、魔太郎をいじめたり彼が大事にしているものに害をなす輩に対し、「うらみはらさでおくべきか!!」の呪文とともに奇怪な魔力で復讐する。スポーツで活躍したりケンカが強かったりする熱血ヒーローではなく、ひ弱ないじめられっ子の文系メガネが主人公というのは、当時の少年マンガとしては画期的だった。

 作者は、中公文庫版1巻のあとがきで〈ぼくは子供の頃、クラスでも一番か、二番のチビだった〉と書き、先生にまでからかわれた悔しさ、漁師町の腕っぷしの強い同級生にいじめられた思い出を率直に綴っている。その体験をヒントに生まれたのが本作であり、〈ぼくはいじめられっ子の心理がよくわかるので、浦見魔太郎の哀しさ、くやしさを主人公になりきって描いた〉という。そういえば自伝的作品『まんが道』でも、主人公・満賀道雄は小柄でメガネをかけている。魔太郎は作者自身の分身にほかならないのだ。

 とはいうものの、魔太郎のいじめられっぷりはすさまじい。同級生の性悪女子に財布を盗んだと濡れ衣を着せられたかと思えば、武具マニアの男子に武具の威力の実験台にされる。買ってもらったばかりの腕時計を通りすがりの不良に奪われたり、女番長グループの美人局的なワナにハマってお金を貢いだうえに袋叩きにされたり。一人旅に出れば新幹線の隣の席に座ったおっさんにタカられ、同じ学園の初等部の小学生にまで因縁をつけられる。あげくの果ては、黒ミサの生贄にされそうになったり、剥製マニアの男に剥製にされかかったりと、とにかく理不尽な目に遭いまくるのだ。

 もちろん、そうでなければ話が始まらないわけだが、それにしたって運が悪すぎ。ただ、魔太郎にも一言多かったり間が悪かったりするところはあるし、自分は悪くないのにきちんと説明できなかったり、はっきり自己主張できない気の弱さが災難を呼び寄せているとも言える。魔太郎に財布泥棒の濡れ衣を着せた女子が「どういうわけだか あいつのオドオドした顔を見てるとイジメたくなってくるよ」と言うとおり、キョドり気味の態度とメガネの奥の上目遣いの三白眼が、いじめっ子の嗜虐心をそそる部分はあるだろう。

 だからといっていじめていい理由にはならないが、魔太郎にとってのマドンナであるクラスメイトの由紀子にすら、最初は「ヤーだ……あの子ウジウジしていてキミが悪いわ!」と言われるほどで、いじめられっ子キャラとしては右に出る者がいない(ひ弱なメガネくんのイメージは藤子・F・不二雄ドラえもん』ののび太も同様だが、のび太は魔太郎ほどいじめられるわけではない)。

 ある朝、洗面所で顔を洗った魔太郎は、鏡の中の自分に話しかける。

「おはよう 鏡の中の魔太郎くんよ/調子はどうだい?/いいなあ きみは……学校へ行かなくていいし……いじめられるってこともないんだから/かわれるものなら きみと入れかわってみたいよ」【図21-2

 

【図21-2】当たり前だが、顔を洗うときはメガネを外す魔太郎。藤子不二雄『魔太郎がくる!!』(中公文庫コミック版)7巻p248-249より

 

 ああ、なんて悲しいひとりごと! ところが、ひょんなことからその言葉どおりに鏡の中の自分と入れ替わると、鏡の向こうの世界ではすべてが逆だった。いつものいじめっ子たちが魔太郎を怖がって、ペコペコ頭を下げる。ここぞとばかりに、憎きいじめっ子たちをボコボコにする魔太郎。「なにをやっても あいつら ぼくにさからわないなんて すごくゆかいだな!!」と浮かれ気分になったのも束の間、今度は逆に「日ごろのうらみはらさでおくべきか!!」と闇討ちに遭ってしまう。ボロボロになって元の世界に戻った魔太郎いわく、「やっぱり ぼくは人をいじめるより いじめられてた方が落ち着くなあ……」って、どんだけいじめられっ子根性が染みついてるのか。

 そんな魔太郎が一瞬だけ強気になったのが「恐怖のサングラス団」のエピソード。拾ったサングラスをかけた自分の姿を見て「おっ 迫力あるなあ/なんだか 自分でも強くなったみたいな感じ!」と悦に入る。しかも、そこに通りかかった同い年ぐらいの少年が「あっ! サ サングラス団!!/か かんべんしてー」「こ 今月の会費はらうから!」と五百円札を握らせて逃げていく【図21-3】。

 

【図21-3】メガネがサングラスに変わるだけでこの変化! 藤子不二雄『魔太郎がくる!!』(中公文庫コミック版)3巻p148-149より

 

 それでますます調子に乗った魔太郎は、通りすがりの小学生に「よお! きみ!! 学校はどこだ?」と高圧的に話しかける。「ヒイーッ」と怖がる小学生に「学校はどこだって聞いてるんだぜ! ええっ」と追い討ちをかけると、小学生は「これだけしか持ってないんだけど これでかんべんしてください」と200円を差し出す。さすがに受け取るわけにはいかず、「いいよ いいよ 二百円ぽっちもらったってしようがないや きみにやるからしまっときな!」「よーし これでかんべんしてやらあ 行ってよーし!」と鷹揚なところを見せる魔太郎。サングラスの変身効果バツグンである。

 しかし、最初にサングラスを拾ったところから五百円札を握らされるまでが「サングラス団」と称する悪ガキグループの策略だった。まんまと引っかかった魔太郎は、それをネタに恐喝されることになる。最後はもちろん魔太郎の復讐で終わるのだが、「サングラスをかけると なんかこう 自分がかっこよく強くなった気持ちが起きるんだ! それもいつもは気の弱いやつほどな!」というサングラス団の団長のセリフは的を射ている。

 サングラスといえば、藤子不二雄氏のトレードマークでもあった。あのサングラスには、どういう意味が込められていたのだろうか。ネット上には「白い原稿用紙の反射光で目を痛めたため」との記述があるが、それだけではあるまい。前述のとおり、魔太郎は藤子氏の分身であった。だとすれば、あのサングラスは、我孫子素雄から藤子不二雄に変身するためのアイテムだったのではないか。まあ、先生のことだから、「単なるオシャレだよ」と答えそうな気もするけれど。

 

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