マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。
そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第38回は[デブ編]、「チャーシューメーン!」の掛け声でおなじみのゴルフマンガ『あした天気になあれ』(ちばてつや/1980年~91年)の主人公・向太陽の出番である。
中学3年生の向太陽は、女手ひとつで切り盛りする下町の食堂の長男。3人の弟妹の面倒を見ながら、プロゴルファーをめざしている。早朝の河川敷のゴルフ場でおむすびやサンドイッチ、ゆで玉子やコーヒーを売って小銭を稼ぎ、試験のヤマを有料で教え、放課後はゴルフ練習場でバイトに励む。さらには元プロゴルファーの師匠・竜谷(りゅうこく)さんと組んで賭けゴルフでも稼ぐ。何しろゴルフは道具をそろえるだけでもお金がかかるので、裕福とは言えない家庭の長男としては、自分で稼ぐしかないのである。
そんなハングリー精神あふれる太陽だが、比喩ではなく本来の意味でもハングリー精神を発揮する。早朝に一仕事したあととはいえ、1時間目から早弁するほどのハングリーさ。ゴルフ部のキャプテンに頼まれて、中学生ゴルフ選手権大会に出場したときには、プレー途中で腹がへって力が入らなくなってしまう。せめてもの対策で水をガバガバ飲んで腹をふくらませるも、ショットのたびに口から水を噴き出す始末。あげくの果てはクラブハウスがお菓子の家に、グリーンがお子様ランチに見えてきて、最後は空腹のあまり気を失ってしまうのだった【図38-1】。
その場で世話焼きのクラスメイトの女子の差し入れを食べて少し回復したものの、「ちょっと食ったらよけい腹がへっちゃって‥‥」とクラブハウスの食堂で昼食を取るのだが、その量がハンパじゃない。カレーライスにとんかつ定食、サンドイッチにラーメンという和洋中華全制覇メニュー。「あんまり食べると体がまわりにくくなるというが‥‥」と午後のラウンドを心配する顔なじみのおじさんに「ご心配なく ぼくは食べないと逆にまわらなくなる体質なんス」と返し、おじさんの残したサンドイッチまで平らげる。
食べ盛りの年頃とはいえ、いくら何でも食いすぎだろうと思っていたら、午後のハーフ(9ホール)が終わった小休止でさらにバカ食い。が、これはさすがに調子に乗りすぎだったようで、プレー中に腹を下して四苦八苦する羽目になる。ちょい漏れしつつもコース脇に生えているドクダミで何とか収まったはいいが、下痢で出した分また腹がへったと言って差し入れのおにぎりを食べるのだから懲りないヤツだ。
アニメ化もされたヒット作であり、多くの人がイメージする太陽はデブというより小太りぐらいの感じかもしれない。が、弟妹たちには「デブにい」、賭けゴルフ相手のおっさんには「チビデブ」と呼ばれ、中学生ゴルフ選手権大会で同じ組で回ったライバルには「おしゃべりブタ」と言われたほどで、設定としてデブキャラであることは間違いない。このキャラクターは、実は連載前に取材に行った高校のゴルフ部のキャプテンがモデルになっているらしく、作者自身が次のように語っている。
〈体はそれほど大きくないが、ずんぐりと太って体格がよく、しかも非常に無口で、喜怒哀楽を顔に出さない。しかし、部員たちの練習をじっと見ていて、気になる部員がいるとそばに行って、ボソッと注意する。彼が見ているだけでみんなの動きが違うので、部員たちに慕われている、信頼されているという空気が、私にもなんとなく伝わってくる。「いいキャラクターだな」と思った。(中略)それまで私は、矢吹丈をはじめ、どちらかといえばスラッとした細い体型を主人公にしていた。けれど、そのキャプテンのずんぐりコロッとした体型にすごく新鮮な魅力を感じてしまい、彼をモデルに、今まで描いたことのない新しい主人公を描いてみたいと思った〉(『ちばてつやが語る「ちばてつや」』集英社新書/2014年)
しかし、いざ描き始めたら、無口で喜怒哀楽を顔に出さないキャラは今ひとつウケが悪かった。悩んでいたところで読者からのファンレターに描かれた元気で可愛い3頭身の太陽のイラストを見て、「こういうキャラクターのほうがいいな」と路線変更したのである。性格だけでなく体格も、でっぷりした感じからコロコロした感じに徐々に変化。そこから人気も上昇して、全58巻(初刊時の新書判)にも及ぶ長期連載となったわけだ。
ストーリーは基本的にはトントン拍子。多少の試練はあるものの、周囲の手助けと持ち前の負けん気&粘り強さでピンチを乗り越えた太陽が、トッププロへと駆け上がっていく。その過程で、とにかくよく出てくるのが食事シーンだ。ちばてつやはそもそも食事シーンを好んで描く作家だが、この作品においては特に多い。試合をしているか、食べているか、試合中に食べているかの三択と言ってもいいぐらいで、試合前日の夕食や当日の朝食などがきっちり描かれるのだ。
そこでも太陽はよく食べる。プロ入り前の研修会テストの昼食では、そば、カレーライス大盛り、フライ盛り合わせをペロリ。アシスタントプロトーナメント前日の夕食は丼物を3つ。当日の朝食は朝定食とハムエッグトースト。試合途中の昼食にはカツ丼&カレーライスにスパゲティミートソースを注文。誰もが緊張するはずのプロテスト最終日も朝食をおかわりし、昼飯もカレー、ハンバーグ、サンドイッチ、丼物と、その食欲は衰え知らず。
ところが、午後のハーフでスコアを6つも縮めて首位に1打差の2位タイに詰め寄り、休憩タイムにエネルギー補給のために食べようとしたサンドイッチが喉を通らない。「おなかはへってるのに‥‥へんだな」と首をかしげる太陽。あの食欲魔人が食べ物を残すなんて……と、異変を感じさせる演出である【図38-2】。
そして、圧巻は終盤近くの全英オープン初日の朝食だ。宿の女主人が用意してくれたのは、なんとデカいボウルに山盛りのごはんと生玉子としょうゆだった【図38-3】。思わず「うわ――っ ごはんだあっ」と叫んだ太陽は、コースの攻め方を説くキャディのトムの話もろくに聞かず、嬉々として玉子かけごはんを作り、うまそうにかき込む。それが6ページにわたって描かれるのだから、作者も玉子かけごはんには思い入れがあるのだろう。
この場面で「日本人ハ生玉子ヲ米ニカケテ食ベル風習ガアルンデスッテネ」と異文化に理解を示す女主人。が、実際に太陽が溶き卵にしょうゆをかけたものをごはんにかけるのを見ると「オオ‥」と驚愕し、トムも「う‥‥」と絶句する。文化の違いだけでなく「海外で玉子を生で食べるのは危険」という話も聞く。でも、太陽ならきっと大丈夫に違いない。