本書は水野英子さんの呼びかけで、1999年から2000年にかけて全4回行われた座談会の記録である。語る会のメンバーは、上田トシコ、むれあきこ、わたなべまさこ、巴里夫、高橋真琴、今村洋子、水野英子、ちばてつや、牧美也子、望月あきら、花村えい子、北島洋子。第一回は、このメンバーによる回想討議。第二回は、さらに編集者として丸山昭、新井善久(講談社)、岡田光(光文社)、徳永孝雄(集英社)、飯田吉明、山本順也(小学館)、神永悦也(秋田書店)が参加。第三回には北村二郎、柳瀬昭三(元若木書房)、内記稔夫(現代漫画図書館)、長谷川裕、中野晴行(ライター)が参加。第四回には古城武司、竹本みつる、富永一朗、西奈貴美子、東浦美津夫、みなもと太郎、矢代まさこがゲスト参加している。
研究者などにとっては、これだけで豪華絢爛、よくぞこれほどの伝説的とさえいえるメンバーを集めたと感動する充実ぶりである。多くの研究者が協力してなしとげた偉業といっていい。が、これを単行本化する出版社がなく、これまで出版されなかった。ようやく2020年、科研費プロジェクト「少女マンガ黎明期のジャンル形成過程における製作者の役割に関する実証的研究」(研究代表者・増田のぞみ)として報告書が作成され、ごく一部に配布された。その後、青土社より出版され、より広く流通することになったわけである。関係者の苦労たるや一通りではなかったであろう。ありがたい。しかし、多くの参加者がすでに鬼籍に入られ、本書を手にとることができなかったのは残念であった。
これまで少女マンガ言説では、70年代の「少女マンガ革命」が重視され、それ以前のジャンル生成期への注目が少なかったが、これでひとまず出発点として大きな礎石ができたといえよう。この作業を支えてきたヤマダトモコ、細萱敦、秋田孝弘、三谷薫らは、私も関東の研究者ネットワークだった「漫画史研究会」の初期に出会い、そこにはやがて内記稔夫、丸山昭、みなもと太郎諸氏も参加され、私も楽しく交流させていただいた方々である。多くの研究者の参加は、本書の異様に充実した注記にも反映され、その貴重な資料性を補っている。
もともと少女漫画読者ではなく、会にも出席せず、この領域に詳しくない私だが、初期の少女マンガに影響を与えた高橋真琴が、中原淳一ら「抒情画」からの影響を具体的に語っていたり、手塚系の王道として雑誌で活躍された水野英子さんと赤本、貸本系の流れの違い、そもそも赤本、貸本とは何だったのかという議論など、戦後漫画そのものの成立過程にかかわる重要な話がごろごろあるので、そりゃもう無茶苦茶読みでがある。少女漫画と絵物語の関係(P.136)やスタイル画についても、少女漫画ジャンルの形成と画像の特性に関する貴重な指摘があって飽きない。元若木書房の北村二郎の、出版流通が完全に整備されたのは戦時中だったという指摘も、漫画史的に重要な観点である。戦時の経済統制であらゆる業界が一本化され、出版流通も一つにまとめられ、世界的にも稀有な効率的流通体制が実現し、それが戦後の二大流通制でも継続したのである。それを基盤にして戦後漫画産業の発展にも影響しているはずなのだ。
上田トシコが、師匠だった松本かつぢについて語ろうとしていた部分(P.262)も、じつは戦前から物語漫画を試みていた松本の流れを示唆する重要な箇所である。本当はこのあたりで戦前戦中と戦後の関係がもう少し掘り下げられたら、より大きな成果が得られたのかもしれない。しかし、現状の日本の漫画史そのものが戦後漫画中心に語られてきていて、その枠組みをなかなか越えられないでいる現状なので、これからの大きな研究課題となるだろう。
もうひとつ、少女漫画ジャンルの成立に関して、明治から戦前期にかけて「少年」と「少女」を異なる雑誌系列で成立させてきた歴史の問題があった。その結果、「少女雑誌」という文化空間が形成され、「少女文化」という特異な文化が形成されていた歴史が、戦後にも「少年雑誌」「少女雑誌」という出版文化の流れを作った。そのことが「少女漫画」ジャンルの形成に大きく関与していたはずで、このあたりは今田絵里香『少女の社会史』(勁草書房2007年)以後の研究を参照して、今後新たに展開できるのではないかと思う。他にも指摘したい箇所は山ほどあるのだが、今回はここまでにしておこう。
本書は、漫画好きにとっても読み物として興味深く、これから様々な展開を持ちうる貴重な証言集なので、できるだけ広く読まれ、研究の展開に寄与してくれるのを期待したい。