様々な生きづらさを妖怪に託して—岡田索雲『ようきなやつら』

『ようきなやつら』

 今回紹介するのは岡田索雲ようきなやつら』。主に『webアクション』に21〜22年にかけて掲載された読切作品を集めた短編集で、単行本は8月に出たばかりです。それぞれの作品に直接のつながりはありませんが、ある一つの共通項があります。それは「妖怪」が出ること。タイトルの「ようき」というのは「陽気」ではなく「妖気」なんですね。収録作は「東京鎌鼬」「忍耐サトリくん」「川血(せんけつ)」「猫欠(びょうけつ)」「峯落(ほうらく)」「追燈」「ようきなやつら」の7作で、それぞれ鎌鼬、覚、河童、化け猫、山姥、提灯小僧、九尾の狐がメインとして登場します。
 内容を幾つか紹介していきましょう。巻頭に収録の「東京鎌鼬」は、鎌鼬の夫婦が主人公。夫は子供が3人欲しい、そうすれば鎌鼬の連携プレイができる(鎌鼬は全国に似たような伝承が伝わる妖怪ですが、岐阜の丹生川地方ではこのような3人連れの神による連携プレイという話が伝わっています)と夜の営みに熱心ですが、子供が生まれる気配がないのを悩みにしています。

 

『ようきなやつら』6ページより

 

 その翌朝、自分が寝ている間に妻がどこかへ出かけていくことに気づいた夫はあとをつけます。そこで彼が目にしたのは、薬局でアフターピルを買っている妻の姿でした。これはどういうことなのかと妻を問い詰め、あらんことかひと(薬局のおっちゃんイタチ)の前で性交を始めようとし、いつものように家族計画を語る夫。これにはついに妻の方も堪忍袋の緒が切れました。
「いい加減にして!!」
「あなたは鎌鼬じゃない! 鎌を持ったただのイタチよ!」
 そう、夫は鎌鼬に憧れて鎌をいつも持ってるただのイタチだったのです……。そして妻は「自分のことを一人の個体としてではなく鎌鼬としてしか見ていないことはいい……。でも、産まれてきた子供がただのイタチだった場合に夫がきちんと愛情をかけられるのかが不安だ」という旨を語ります。

 

『ようきなやつら』14〜15ページより

 

 何とも奇妙な話です。いや鎌鼬の奥さんの言ってる危惧はメチャクチャ正当でシリアスなものなんですけど、鎌を持ったイタチと鎌鼬でやってるのでなんとも言われぬおかしみが生まれていますね。
 一方、3本目の「川血」より後ろに収録の話は、やはり半ばユーモラスな素材を使いながらも、ストーリーはどんどんシリアスになっていきます。例えば「川血」は、「河童の両親(母親だけ小島功風)の子供が、明らかに半魚人」というもの。

 

『ようきなやつら』42〜43ページより

 

 両親こそ確かな愛情を持って接してくれてはいますが、学校では他の河童の子供たちから虐められ、色々と悩む日々を送っています。そしてある日、自分と同じような姿の見知らぬおじさんが怪我をして行き倒れていたのに関わったことから、河安(河童国安全管理局)に捕まり、収容所に入れられることに……。と、ここまでで分かる人には分かるかと思いますが、巻末のあとがきで著者が参考文献として、ななころびやおき著『ブエノス・ディアス、ニッポン—外国人が生きる「もうひとつのニッポン」』を挙げているように、話は明確に在日外国人がモチーフになっています。「父ちゃんがよく塗ってるやつ」と言って、キズ薬の膏薬と勘違いしてローションを持ってきてしまうなどユーモラスな部分もあるんですが、内容はハードです。後半に進むと話はさらに重くなり、「追燈」などは、「関東大震災後の流言に基づく朝鮮人虐殺」がモチーフというガツンと重い一発です。そこまでの登場妖怪たちがオールスター的に出てくる最後に収録の表題作(ネーム的にはこの作品が最初にできたとのことで、これをオチに持ってくる形での連作になったそうです)では、「ここにいるみんな それぞれの生きづらさを抱えていて 気持ちの整理がつかず いまだに苦しんでいます」「よかったら これからどうすればいいのか 一緒に探りませんか?」というセリフがあるように、現実の人間が抱えている様々な生きづらさ、それが妖怪に託されて語られているんですね。

 さて、このように軽めのものから超重いものまでグラデーションがある収録作ですが、中でも特に1作を選べと言われたら、2本目に収録されている「忍耐サトリくん」になります。
 本作の主人公・サトリくんは男子高校生。物語は、夏休みも近づいたある日の放課後、彼が担任の先生と面談をするところから始まります。サトリくんはいつも下を向いていて他人と目を合わせようとせず、先生が目にする限り1学期の間クラスの誰とも話しているのを見かけなかったのだそうで、それを心配しての面談となったわけです。「私には サトリくんが心から望んで独りでいるようには見えなくて…」という先生に対し、サトリくんは「せ 先生に… ひ 人の心が… わ わ… 分かるもんか…!」と一度は拒絶をしますが、「あなたの心を無理に開かせようとはしません だけどもし あなたが自ら声をあげたときは… その時は全力で助けます」という先生の言葉に心を動かされ、他の誰にも言わないと約束してほしいとした上で、身の上を語り始めます。実は彼、「目を合わせた相手の心の声が聞こえてしまう」という、その名の通り覚(さとり)の能力を持っていたのです。『うしおととら』にも登場し、最終決戦で“心を閉ざした者は、暴かれた時、もろいよ…”とうしおを励まし、「お前、流さんとかヒョウさんとかと同格でこの場面に登場するようなポジションのキャラだったっけ……?」と一部の読者を微妙に困惑させる活躍を見せたことでもおなじみの妖怪ですね。サトリくんはしかし妖怪ではないので、相手が心のなかで悪口を思っていたときなどは傷つき、そのうちみな自分のことを心の中では悪く思っているのではないかと怖くなってしまって、人とうまく話すことができなくなっていたのです。
 そんなサトリくんに先生は、「自分はむかし、自分と違う思想の人間をどうしても好きになれないので自分のことを心の狭い人間だと思っていたが、ただ嫌いな相手に対しても態度には出さない努力はしていた。そのことを師事していた人に話した所、あなたこそ『心が広い人間だ』と言われた」という自分の体験談を話し、「たとえ悪感情があってもそれを表に出さない努力をしてくれる人とは『対話』ができる。人間、相手のことをよく知らないうちはどうしても悪感情を持ちがちだけど、そこを許容することで開ける道もあるのではないか」というような旨を説き、「そ そうは言われても… か か 簡単には…できないですよ…」と躊躇するサトリくんに、「まずは私で練習してみませんか」と提案します。

 

『ようきなやつら』28〜29ページより

 

 「先生が隠していたい恥ずかしい事も僕に知られるかも知れないんですよ…!」と言うサトリくんに、「それは…少し緊張しますが… あなたのためになるならひと肌脱ぎますよ」と答える先生。いい先生ですね。こうして意を決したサトリくんはついに先生の目を見るのですが、そこで彼が聞いた先生の心の声は……、

 

『ようきなやつら』31〜32ページより

 

 「いますぐブン殴りてえ」「喉元にトゥキック決めてやろうかァ」「誰かコイツの頭カチ割って脳みそ調べてくれェ〜〜〜〜 その後はホルマリン漬けにでもして」などと言った悪意120%のものでした。サトリくんにその心の声を指摘されても、先生はそれまでと同様に全くそれを態度には出さず「私があなたに暴力を振るうことは断じてありません 私の多少鬱屈した心の部分は どうか許容してください」と言いながら「知られちゃ仕方ねぇなぁ〜」「帰ってセンズリこくことの方がよっぽど重要だ」「今日見た女子高生のパンチラが脳裏に焼きついているうちにシコりてェ〜〜」とゲスすぎる心の声を聞かせて、「多少じゃない…」「こんな邪悪な心の声…今まで聞いたことない…ッ」とサトリくんをビビらせ、さらにその場を去ったあとにも「全ての女子高生でシコる」「1年生も……2年生も……3年生も……卒業生も……残らずオカズにしてやる」「シコってもシコっても足りないくらい……」と残聴がサトリくんに聴こえるほどの邪心を見せつけて、サトリくんを心の底から慄かせるのです。
 いや本当にすごい作品です。その後、「アンタのそのイカれた本性 必ず表に出させてやるッ」と義憤に燃えるサトリくんに対し「それは…本当にいけませんね…」「私の権利を侵害しています」「人の心の中は何者からも自由であるべき大事な領域です」「あなたには人権に疎い人間になってほしくない…」と諭すところも含めて、先生の言っていることは全く正しい(「内心の自由」ですね。どんなに犯罪的なことだろうと差別的なことだろうと、心の中で思ってる分には全く自由です)ですし、そういう意味ではとてもいい先生です。それはそれとして、心の声が最初から最後までいくらなんでもゲスすぎる(笑)。でも自分の言っているある種の綺麗事を自ら超全力で実践してるという意味ではやはりいい先生なのか……? いやでもやっぱゲスすぎるよなあ……という感じで、あとがきでも「いい先生なのか悪い先生なのかの判断はおまかせします」と書いてある通り、いかようにも読め、何度読み返しても面白い傑作です。妖怪に興味のある方はもちろん必読ですし、さしてそれ自体には興味のない方もぜひに。

 

記事へのコメント

「追燈」、読後が沈む作品だけど、いま読んでほしい。誰にとっても"遅くない・過去の話ではない"ので。

「川血」での、半魚人とリアル河童、小島功風河童の並びには最初笑ってしまった。だが、リアルだろうが小島功風だろうが河童は河童だし、河童と半魚人の差なんてものもあってないものかなと。初見でびっくりすることがあっても、「忍耐サトリくん」の先生の様に決して言葉や態度に出さないようにしたい。

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