マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。
そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第40回は[デブ編]、女子ボクシングの世界をエキサイティングかつコミカルに描いたスポーツ人情劇『ライスショルダー』(なかいま強/2007年~13年)の主人公・秋野おこめにスポットを当てる。
岩手県の農村ですくすく育った秋野おこめは、村の相撲大会で大の男を張り手一発でKOしたパワーを買われ、東京のジムでボクサーをめざすことになる。18歳にして身長193㎝、体重自称92㎏のヘビー級だ。2023ワールドベースボールクラシック公式サイトによれば、大谷翔平が193㎝、95㎏というから体格的にはほぼ同じ。大谷をデブと言う人はいないだろうし、おこめも体型的にはデブではない。が、全体的なボリューム感がすごすぎて、ジムの先輩たちにデブデブと言われ、そのたびに「デブではねてば!!」と岩手弁丸出しで反論する。
しかし、ジムの体重計で正式に計量したら、92㎏ではなく103㎏であることが発覚。BMI換算すると27.65で軽度の肥満に相当し、適正体重を21㎏も上回る。いくらヘビー級でも重すぎると動きが鈍くなるということで、「せめて二桁まで減量すっか」とのジムの会長の言葉にショックを受けるおこめ。コーチ兼トレーナーの元日本チャンピオン・夏木あかねにも「普通に練習してれば4キロくらいすぐに落ちるわよ 103キロのデブなんだから」と言われ、いつものように「デ……デブでは…」と反論しようとするも、「103キロ!!」とビッグな数字を突き付けられると黙るしかないのであった【図40-1】。
体はデカいが、ボクシングは素人。スパーリングで世界王者と対戦してパンチを浴びると「この人乱暴者~~!!」と顔をしかめ、チャンピオン渾身のアッパーが豊満なおっぱいにヒットして「な…何すんだエッヂ」と頬を染める。フットワークもデタラメで、「横に動け」と言われると欽ちゃん走りになってしまう。それでも無我夢中に放った一撃でチャンピオンを病院送りにしてしまうパワーは、大谷翔平も裸足で逃げ出すレベル。そんなおこめの底知れぬ力と天然ボケの田舎娘ぶりのギャップが、妙にかわいく見えてくる。
その“デカかわいさ”に、ボクシングファンもすぐに食いつく。同期入門の石松美春のデビュー戦でセコンドに付いたおこめを初めて見た観客は騒然。「でかっ!!」「あれが噂のヘビー級女か~~~~!!」「すげーです!!」「迫力ある~~~!!」「でも案外かわいくね?」「『グリズリーってかわいい』みたいな感じか!?」とヤジが飛ぶ。石松戦後に行われたおこめ自身のデビュー戦入場時には「おおっ山が動いた~~~!!」「動くとよけいにすごい!!」「肩に掛けてるのはバスタオルか!?」「普通のタオルに見える!!」「ハンカチかと思った!!」「そもそもあれは肩なのか!?」「トラックの荷台では!?」「タンカーのデッキでは!?」と、これまた大騒ぎ。こうした当意即妙なヤジの応酬も本作の魅力のひとつとなっている。
何しろ同じ階級の対戦相手が日本にいないものだから、デビュー戦の相手も女子スーパーウェルター級の世界王者。身長182cmと女子としては大きく、スピードとテクニックは超一流だ。しかし、おこめのパワーがすべてを粉砕する。そのデビュー戦直前の控室で「あれれ なんか前よりしまった感じがするような……」と言われてニンマリするおこめ。が、単に腹を引っ込めてただけだったことがバレて、みんなにツッコまれると「だっでえ~~みんなしでデブデブ言うがら……」とモジモジするのがまためんこい【図40-2】。
18歳の乙女であるおこめにとって、デブ呼ばわりは心外極まりない。韓国の巨漢ボクサー、ボサンとの試合では、「あの太っちょを1分11秒でKOしてみせるわよ!」というボサンのマイクパフォーマンスを通訳が「1分11秒でデブ殺す!!」と訳し、それを聞いたおこめは「デデデ デブではねっす!!」と猛反発。ボディに強烈なパンチを食らった場面では、「うわっと腎臓入ったか!?」「肉が分厚いから大丈夫っすよ!!」というセコンドの声に「肉っで言わねで!! 分厚ぐもねっす!!」と試合そっちのけで反応する。
世界女子ヘビー級2位の強豪ハンナ・パーシラに第1ラウンド開始早々ダウンを奪われたときも「さっさと立たねえかよデブ女!!」と檄を飛ばされ、「デ……デブではねっ……」と言いながら立ち上がる。テンプルにジャストミートの一発をもらったのに、「あいだだだ……」という程度でさほどのダメージを受けていないおこめの打たれ強さには、ハンナ陣営もびっくりだ。第2ラウンドもタコ殴りにされてダウンしながら「あいだーー」と言いながら普通に立ち上がる。しかも、その攻防時に軽く当たっただけのおこめのパンチでハンナのほうもヒザが笑ってダウンしてしまうのだから恐るべし!【図40-3】
ラスベガスに乗り込んでの試合では、興行主に「東京マシュマロガール」とのニックネームを付けられた。現地の観客たちは「何がマシュマロだ~~~~!!」「どうせただのデブだろ~~!!」とヤジっていたが、おこめが入場すると「おいおい~~思ったよりデブじゃないだろ~~!?」「白くてムチムチしてるぞ~~!!」「まさにマシュマロ~~!!」「マシュマロガ~~ル!!」「小犬の代わりに抱っこしたい~~~~!!」と手のひらを返す。肥満大国アメリカの基準からすれば、おこめはデブではないのだろう。が、残念ながらおこめは英語がわからないのであった。
ほかにも「あのパンチで倒れんか!?」「痛いときは横になるということを知らないのか!?」「やせがまんか!?」「やせてはいない!!」「日本一!!」「体重が!!」「動けるポッチャリ!!」など、おもしろヤジ満載。「びずん」「だずん」「ゴビン」「ガスビ」「ドゴス」「ビクド」「ボスコ」「ゴバク」「ヘコバンヘコバン」「ドブーン」「ズブーン」といった擬音もオリジナリティ満点だ。さらに本作がユニークなのは、ボクシングマンガに特有の悲壮感があまりないこと。いや、もちろん登場人物たちは皆、それなりに人生を背負っているが、根っこの部分でポジティブなのだ。そしてまた、作者の筆致も奇妙なユーモアにあふれている。
ちなみに、ヘビー級女子ボクサーの活躍を描く作品としては、南海キャンディーズの「しずちゃん」こと山崎静代主演のNHKドラマ『乙女のパンチ』を思い出す人もいるかもしれない。本作の連載開始はドラマより1年以上前だし内容も全然違うが、ドラマをきっかけに山崎は本格的にボクシングを始め、五輪出場寸前まで行ったのだから、まさに“リアルおこめ”である。しずちゃんはマンガ好きでもあり、ドラマ出演に際して『あしたのジョー』を読破したという。もし本作を未読なら、ぜひとも読んでいただきたい。