マンガの中のメガネとデブ【第39回】椎名まなか(常喜寝太郎『踊れ獅子堂賢』)

『踊れ獅子堂賢』

 

 マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。

 そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第39回は[メガネ編]、40代男の人生再起動を描いた『踊れ獅子堂賢』(常喜寝太郎/2022年~連載中)のヒロイン・椎名まなかをご紹介しよう。

踊れ獅子堂賢』というタイトルどおり、主人公は大手女性下着メーカー「シェリル」の2代目社長・獅子堂賢(40)。父の病気を機に半ば無理やり社長に据えられたが、強圧的な父が会長として実権を握ったままで、役員や秘書からも軽んじられている。そんな“お飾り社長”の立場で不完全燃焼の日々。ストレス解消にと以前通っていたボクシングジムに駆け込むと、そこは社交ダンス教室になっていた……。

 不惑を過ぎて逆に人生に惑う男が、ひょんなことから社交ダンスを始める――という導入は映画『Shall we ダンス?』を思わせる。見目麗しい女性講師に惹かれる点も共通だ。ただし、映画で草刈民代が演じた世界レベルのダンサーとは違い、こちらの講師はなんと自社の新入社員・椎名まなかだった。会社ではメガネをかけ、髪をまとめている椎名だが、ダンス教室ではメガネを外し、髪も下ろす。まるで別人のような姿に、どぎまぎする獅子堂。まさに「メガネを外すと美人」の典型である【図39-1】。

 

【図39-1】メガネを外して髪形と服装を変えると、まるで別人。常喜寝太郎『踊れ獅子堂賢』(講談社)1巻p56より

 

 しかも彼女は、最終面接で不合格になるはずだったところを、獅子堂が珍しく社長としての主張を通して合格させた人物だった。あらかじめ合否はほぼ決まっている形だけの最終面接で、不合格予定の椎名には面接官から無茶振りな質問が飛ぶ。極めつきが、「自分を動物にたとえるとなんですか?」。横で聞いていた獅子堂が「…その質問の正解…なに!?」と呆れる問いに、椎名は面食らいながらも「フ…ラミンゴ…です」と答えると、すっくと立ちあがり「姿勢が良いと…よく言われます!」と述べるのだった【図39-2】。

 

【図39-2】面接での無茶な質問にも一生懸命応える椎名。常喜寝太郎『踊れ獅子堂賢』(講談社)1巻p16-17より

 

 姿勢がいいのはダンスをやっているから――という伏線にもなっているわけだが、その立ち居振る舞いに感銘を受けた獅子堂は、人事部長に彼女の採用を進言する。曲がりなりにも社長がそう言えば、採用しないわけにもいかない。晴れて自分も愛用する大好きなシェリルの社員となった椎名は、研修期間を経て企画部商品開発課に配属される。一方、獅子堂は本格的にダンスを習い始める。体験レッスンで体を動かしてみたら楽しかったというのもあるが、どちらかというと椎名の存在が大きい。なぜ自分を熱心に誘うのかと尋ねて「踊っている時の社長の笑顔がとても素敵だったので!」なんて言われたら、獅子堂ならずともグラッとくるだろう。

 椎名は「メガネを外すと美人」というだけでなく、メガネのあるなしで言葉遣いや態度まで変わる。地味で真面目な新入社員から、艶やかでフレンドリーな女性へ。それは公私/オンオフの切り替えとも言えるが、獅子堂にとっては社長と新入社員という関係が生徒と先生に逆転するのだから、そのギャップに萌えてしまうのも無理はない。父親との関係や社長として不甲斐ない自分に悩む獅子堂に向かって、おもむろにメガネを外し「ここからは先生として一言 言わせていただきます」「指導が必要ですね」と叱咤激励するに至っては、もはやどっちが年上かわからない。

 そうかと思えば、出勤前の皇居ランでたまたま一緒になった獅子堂に「今も着てます! シェリルのスポブラ!」と自分の胸元を指さしたり、出張先で仕事が終わったあとに「社長 海見に行きませんか?」と誘って砂浜で踊ったりと、無邪気(?)な一面も見せる。現実にいたらちょっとあざといぐらいの感じだが、作中の椎名は狙ってやっているわけではない。その天然ぶりも含め、おっさんドリームを具現化したかのようなキャラではある。

 彼女のギャップにやられるのは獅子堂だけではない。獅子堂行きつけの飲み屋に会社帰りに一人で立ち寄った椎名を常連たちが取り囲む。が、その時点では地味なスーツ姿の彼女にさほど興味があるわけではなく、獅子堂が社交ダンスをやっているという話題のほうに食いつく。「とってもお上手ですよ」という椎名の言葉に、ボクサー時代の獅子堂を知る常連たちは「まぁ あいつは足使うアウトボクサーだったしな」「ははは ステップワーク上手く使って」などと盛り上がる。そこに注文していた海鮮茶漬けが運ばれてきて、湯気で曇ったメガネを外す椎名。その美しい素顔に常連たちは思わず見惚れ、彼女をライバル視しつつも内心「勝った」と思っていたバイト女子も呆気にとられるのであった【図39-3】。

 

【図39-3】騒いでいた常連たちも思わず見惚れる。常喜寝太郎『踊れ獅子堂賢』(講談社)2巻p124-125より

 

 そんな椎名に惹かれていく獅子堂。『Shall we ダンス?』の主人公(役所広司)は妻帯者だったが、獅子堂は独身なのでそれ自体は問題ない。とはいえ、20歳近く年齢差があるうえに社長と新入社員という関係。うっかり告白でもしようもんなら、セクハラ&パワハラで大炎上しかねない。獅子堂も自分が彼女に好意を抱いていることは「誰にも…絶対にバレちゃいけないよなぁ…」と考える分別はある。しかし、年齢的にも立場的にも、そろそろ結婚したくもあり……。

 そんなこんなで、最近の連載では獅子堂の前に次々に美女が現れる“プチ島耕作”のような展開になっているものの、物語全体のヒロインはあくまでも椎名まなかのはず。思わせぶりな態度で獅子堂を惑わせる椎名ではあるが、彼女も獅子堂のことを憎からず思っているような、そうでもないような……? 社長と社員、先生と生徒という関係を超えて、二人が結ばれる日は果たして来るのか? そして、ちょいちょいメガネを外す椎名の視力はどのくらいなのか? いろいろ気をもませる作品であることは間違いない。

 

 

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