ビジネス&マネーの世界がわかるマンガ|テーマ別に読む[本当に面白いマンガ]第10回

 2025年春卒業の大学生の就活が本格的に始まった。いや、実態としてはもうとっくに動き始めているらしいが、一応建前上は3月1日から説明会開始ということになっている。筆者の頃に比べて格段に早くなっていて、今の学生は大変だなと思う。

 とはいえ、現代社会で生きていくためにはお金が必要、お金を稼ぐためには何らかの仕事をしなければならない。「老後2000万円問題」なんて話もあるし、どうせならたくさん稼ぎたい――と思うのは自然なことだ。そのためには、やはり“お金の仕組み”を知らなければなるまい。というわけで、当連載最終回はビジネス&マネーの世界を描いた快作をご紹介しよう。

■圧倒的スピード感の“成り上がり”ストーリー

 まずは何といっても、作:稲垣理一郎・画:池上遼一トリリオンゲーム(2021年~連載中)である。主人公の一人、パソコンオタクで陰キャなガクは就活に失敗。が、ひょんなことから知り合ったイケメン陽キャでケンカも強いハルと一緒に起業することになる。

 SEとしてのガクのスキルが第一の武器。第二の武器は、デタラメに見えて鋭いハルの発想力とモンスター級のコミュ力、突風のような行動力だ。時には反則スレスレの技も使いながら、口から出まかせの(ように見える)ハッタリ事業計画を現実化していくさまは痛快そのもの。ボケとツッコミの会話も楽しく、バディものとしてグッとくる場面もある。“新入社長”のマジメ女子・凛々のキャラもいい。

 そして何よりすごいのが展開の速さである。あれよあれよという間に話が進んでいく。AIを利用したセレクト通販ショップに始まり、ソーシャルゲーム開発、芸能プロ買収、ネットTV開局と次々に事業を拡大し、いきなり東証プライム上場。ついにはスマホ事業にまで手を広げる。面倒くさい部分は早送りのようにすっ飛ばして、見せ場だけ描く。そのスピード感は圧倒的だし、「ビジネスにはスピードが必要」ということを体現してもいる。

 事業の各ステージには当然、難題が立ちはだかる。ライバルとなる巨大企業の妨害もある。それらをひとつひとつクリアしていく過程で、その業界のビジネス構造も見えてくる。ボロアパートの一室からスタートしたオフィスは一等地のビルの高層階へ。最初は夢物語だったトリリオン=1兆ドルという目標も、現実味を帯びてきた。

作:稲垣理一郎・画:池上遼一『トリリオンゲーム』(小学館)1巻p108より

 原作:稲垣理一郎、作画:池上遼一という座組には正直不安もあったが、フタを開けてみれば、絶妙のコンビネーション。稲垣の原作(おそらくコマ割りされたネーム原作)が池上の“決め絵”の力と化学反応を起こし、新しい価値を生み出した。それはハルとガクのコンビが起こすミラクルにも通じる。いま最も注目したいビジネスサクセススーリーだ。

■新規ビジネスアイデア満載の起業ドラマ

 さまざまな形の起業を描いたのが、福田秀スタンドUPスタート(2020年~23年)。投資会社「サンシャインファンド」を運営し、「人間投資家」を名乗る三星大陽(みほしたいよう)は、「日本を世界一の“起業先進国”にする!」と豪語する。

 第1話で大陽のターゲットとなるのは、関連会社に出向となった元メガバンクの50代社員・林田。過去の肩書にすがるだけの彼を挑発し、「スタートアップしよう!」と持ちかける。最初は拒否していた林田だが、自分の価値を認めてくれる大陽の言葉に背中を押され、ベンチャー企業と銀行をマッチングする会社を立ち上げる。肩書ではなく自分の能力だけで勝負する仕事にやりがいを感じた彼は、胸を張って第二の人生を歩みだす。

 就活で落ちまくった意識高い系大学生、就労経験のないゆるふわ専業主婦、ダメ男に貢ぎまくる不人気キャバ嬢……大陽は、そんな“ワケあり”な人々にスタートアップを持ちかけ投資する。それは単なる逆張りではなく、その人ならではの視点、能力を見越してのこと。そこで描かれる新規ビジネス(たとえば夜職から昼職への転職仲介サポートなど)は、いかにも目の付け所がシャープで説得力がある。

 つまり、彼がやっていることは人と仕事のマッチング。「“起業”であらゆる個人の生産価値を上げるんだ!!」「“資産は人なり”俺はそれを証明したい」という言葉どおり、その人にふさわしい働きどころを見つけ、結果的にウィン-ウィンとなる。あるエピソードで登場した人が、のちのエピソードで協力者として活躍するのも読者的には楽しい。というか、実際のビジネスも人のつながりで動く部分はある。

福田秀『スタンドUPスタート』(集英社)1巻p27より

 さまざまなスタートアップの事例が登場するが、終盤は地方都市の再生など規模の大きいビジネスの話になっていく。さらには財閥グループの権力闘争も描かれる。というのも、実は大陽は三ツ星財閥の中核をなす三ツ星重工業社長・三星大海(たいが)の弟で、創業家の末裔だった。否応なく権力闘争に巻き込まれる大陽。しかし、そこでも持ち前の大胆な発想と“人たらし”の力が遺憾なく発揮される。身近なものから国家レベルのものまで、ビジネス社会のダイナミズムを存分に堪能できる秀作だ。

■元世界チャンピオンがビジネスの世界に殴り込み!

 三田紀房マネーの拳(2005年~09年)では、ボクシングの元世界チャンピオンがビジネスの世界に殴り込みをかける。世界王座を4度防衛後引退した花岡拳は、知名度を利用して飲食店を経営していた。「商売より百万倍リスク高いボクシングで頂点立ったんだぞ。実業家としても絶対成功してみせるべや」と意気込むも、売り上げは伸びず苦悩の日々。

 そんなとき、テレビ出演をきっかけに知り合った超リッチな実業家から1億円の融資と助言を受け、新規ビジネスの立ち上げに挑む。ただし、融資の条件として実業家が出した条件が、「ホームレスを10人雇うこと」。無茶な話と思いつつ受け入れた拳は、雇ったホームレスの一人が元縫製工場経営者だったことから、アパレル業に進出することを決める。

 イベントグッズのTシャツ製造からスタートして、自社ブランドの立ち上げ、Tシャツ専門店オープンと事業を展開していく。大手商社による妨害など種々の障壁はありながら、デザインと品質にこだわった製品作りで店舗網を拡大。ついには株式上場目前まで漕ぎ着けるも、創業メンバーたちは上場に乗り気でなく……。

 行き当たりばったりなところもあるが、商機=勝機ありと見れば攻勢をかけるのはボクサー時代と同じ。いい意味で欲張りで我が強く、野性的なカンと洞察力でビジネスの激流を渡っていく拳のファイトに胸が躍る。

三田紀房『マネーの拳』(小学館)1巻p60より

 三田紀房ならではの比喩表現、コテコテなキャラクターは本作でも健在。「市場がないなら作ればいいじゃないですか!」「戦わなくなったらその組織は終わりだ」「楽して儲けるのが本当の商売だ」など、心揺さぶる決めゼリフも多数登場する。功成り名遂げた拳の「いっぱい売っていっぱい儲けて…従業員にいっぱい配る。そしてみんなを幸せにする」という言葉を、すべての経営者に噛み締めてもらいたい。

■弱者搾取ビジネスに天才経済学者が鉄槌を下す!

「みんなを幸せにする」のとは逆に、他人の不幸の上に成り立つビジネスもある。甲斐谷忍(原案:夏原武カモのネギには毒がある(2021年~連載中)は、そんな悪徳ビジネスを題材とした作品だ。

 主人公は異色の経済学者・加茂洋平。「経世済民」を語源とする経済学とは「世を治め、民を救う」ための学問であり、「人を考える学問だ」というのが持論である。一方で「カネ稼げないヤツは経済学者を名乗る資格がない」と豪語し、自身は巨万の資産を持つ。大学教授でありながら学生にはクイズのような課題を出すだけで、授業は休講ばかり。その代わり、フィールドワークと称してさまざまな現場に潜入する。

甲斐谷忍(原案:夏原武)『カモのネギには毒がある』(集英社)1巻p15より

 たとえば、孤独な若者や生活に不満を抱える人々を言葉巧みに誘い込むマルチ商法。勧誘に乗るふりをして組織内に入り込んだ加茂は、思いもよらぬ方法で組織を壊滅に追い込み、自信満々だったリーダーを青ざめさせる。そのリーダーの師匠筋の人物がつくった洗脳マルチ集団にも潜入し、あっと驚く奇策で自壊に導く。

 弱者からカネを搾取するペテン師たちの手口は巧妙。なかでも、独居高齢者を食い物にするハウスリースバックの手口には、ある意味、感心する。しかし、加茂はその数段上をいく。相手の強欲さを利用して、逆に相手をカモにする。その洞察力と論理的戦略は、経済学者というより心理学者のよう。痛快などんでん返しには思わず拍手。『LIAR GAME』など勝負師ものを得意とする作者のストーリーテリングは絶品だ。

 一方、裏社会や悪徳ビジネスに詳しい夏原武が原案だけに、扱うテーマは現実社会を反映している。官僚による新型コロナ給付金不正受給、肉体関係を条件にカネを貸す「ひととき融資」は記憶に新しいし、前述の洗脳マルチも実在の団体がモデル。洗脳によってカネを貢がせるシステムは旧統一教会問題にも通じる。いたちごっこのように進化する詐欺ビジネスの手口には、常に警戒が必要だ。

■世の中とお金の仕組みを考えよう!

 鈴木みそ『銭』(2002年~09年)は、身もフタもないタイトルどおり、お金そのものがテーマ。たとえば交通事故で死んだとして、どれだけのお金がもらえるのか。本作は、いきなりそんな生臭い話から幕を開ける。

 主人公は中学生の男の子。ある日、トラックにはねられ瀕死の重傷を負った彼は、手術台の上でジェニーと名乗るナゾの女幽霊(?)と出会う。「君はライプニッツ方式と新ホフマン方式のどっちがいい?」と問われて面食らう彼に、ジェニーは「逸失利益の計算方法」を説明し始める。男子の平均年収に働ける年数を掛け、生活費分の50%を引き、金利分を先取りし、過失相殺で3割減額し、治療費、入院費、葬儀代を加え……と計算して出てきた賠償額が8000万円。「ピンと来ないな 葬儀代ね…」と言いながら、そこで初めて自分が死にかけて幽体離脱していることに気づく少年……。

鈴木みそ『銭』(エンターブレイン)1巻p10より

 そこから、ジェニーと少年のお金をめぐる“社会見学”の旅が始まるのだが、とにかく話が具体的でわかりやすい。コンビニチェーンの本部とフランチャイズ店の関係、ゲームセンターの設備投資額の大きさ、売れ筋同人誌の利益率の高さと税金の問題、カフェ経営の落とし穴、骨董業界の裏事情など、思わず「へぇ~」と唸ってしまうネタが満載。「金は天下の回り物」というけれど、実際どのように回っているのかがよくわかる。

 綿密な取材に基づき、適度な毒と笑いを含んだドラマを展開する手さばきは作者ならでは。10年以上前の作品なので情報的に古くなっている部分もありそうだし、アニメ制作、同人誌、声優など、オタク周辺業界をネタにしたパートは、一般サラリーマンには興味を持ちにくいかもしれないが、お金の動き、ビジネスの基本原理という点では普遍性あり。

 同じくお金=経済の話を正面から取り上げたのが、井上純一『キミのお金はどこに消えるのか』(2017年~19年)。第二次安倍内閣で消費税増税が議論されていた時期の連載だが、著者は一貫して「消費税を上げれば その分 社会の消費は減る」「(消費税を)減税するだけでまっとうに経済成長できて いろんなことが解決し……一時的に税収は下がるけど最終的には上がる!!!」と主張している。

井上純一『キミのお金はどこに消えるのか 令和サバイバル編』(KADOKAWA)p26より

 しかし、消費税は増税され、インボイス制度まで施行された。その結果、国民の生活は苦しくなり、円安が進行し、GDPはドイツに抜かれてしまう。そんな日本の経済政策のおかしさを、中国人妻・月(ゆえ)サンとの掛け合いでわかりやすく読ませる。

「医療費負担を減らすために老人は早く死ね」という主張は昔も今も変わらずあるが、それについても著者は「医療費負担が増えるとより多くお金が回る それは結果として経済を回し……より多くの人を幸せにする」と述べる。

 我々の税金がどのように使われているのか。それで国民が幸せになるのか。よく言われる「国の借金」とはどういうことか。「次、総理大臣になる人、このマンガ読むイイジャナイ?」と月サンは言うが、政府のやることに従っていれば間違いないと思っている人にこそ読んでほしい大人の学習マンガである。

■通貨と経済の関係を描いた変態的エンタメバトル!

『キミのお金はどこに消えるのか』では日本銀行(中央銀行)の役割についても解説されているが、なかでも重要な役割が通貨の発行だ。通貨は信用の上に成り立っているので、その信用が崩れれば国家の危機となる。それゆえに、通貨の偽造はどこの国でも重罪だ。そんな通貨と経済の関係をエンタメバトルとして描いたのが、住吉九ハイパーインフレーション(2020年~23年)である。

 植民地時代を模した架空の世界で、ガブール人の少年ルークはヴィクトニア帝国の奴隷狩りに両親を殺される。復讐を誓ったルークは、みずから作った贋金を帝国の通貨と両替し、そのカネを元手に商売を始めようともくろむ。「俺たちを奴隷にするよりも一緒に商売したほうが儲かるってコトをワカらせてやる!!」「俺はカネでみんなを守る」と意気込むルーク。しかし、すでに禁止されたはずの奴隷狩りに捕まり、最愛の姉はオークションに出品され、阻止しようと抵抗したルークは殴られ気絶する。

 気を失ったルークは夢の中でガブール神と出会い、生殖能力と引きかえに特別な力を得る。それは、体から帝国の通貨である一万ベルク札を出せる力。この力があれば、姉を競り落とすことができる。それどころか、ガブール人の国家を築くこともできる……と妄想が膨らむ。ところが、ルークが体から出せるのは、すべて同じ番号の札だった。

住吉九『ハイパーインフレーション』(集英社)1巻p55より

 つまり、完全に本物と見分けがつかないが、同じ番号のニセ札ということ。それをいかに使って姉を救うか、帝国の支配からの解放を成し遂げるかが、本作のテーマとなる。「カネは道具だ カネを稼ぐためのなあ!!」とうそぶく強欲な奴隷商人グレシャム、ガブール人の血を引きながら帝国のスパイとしてルークの力を探るレジャットなど、クセ者ぞろいのキャラクターとの頭脳戦は見どころたっぷり。商談、駆け引きの場面はゲーム理論的面白さもある。通貨と経済の関係もわかりやすく解説され、作中で描かれる景気回復の方法は今の日本にも通用しそう。いわば“ニセ札から学ぶ経済マンガ”といった趣だ。

 一方で、ドタバタアクション的要素もあり、シュールなギャグも随所に挿入される。ルークが体からカネを出すシーンが明らかに射精のイメージで描かれているのは生殖能力と引きかえにした力だからということなのだろうが、衣装が常に半裸であることも含めて、どこか変態的でもある。いろんな意味で異色の作品であることは間違いない。

 

【今回ご紹介したマンガの一覧はこちら!】

作品名 / 著者 作品詳細 試し読み ストアでみる
トリリオンゲーム / 池上遼一稲垣理一郎 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
スタンドUPスタート / 福田秀上野豪 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
マネーの拳 / 三田紀房 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
カモのネギには毒がある / 夏原武甲斐谷忍 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
銭/ 鈴木みそ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
キミのお金はどこに消えるのか / 井上純一 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
ハイパーインフレーション / 住吉九 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他

 

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