となりのマンガ編集部 第10回:マンガクロス編集部 『僕ヤバ』担当編集が語る作品の裏側

 マンガの編集部に赴き、編集者が今おすすめしたいマンガやマンガ制作・業界の裏側などを取材する連載企画「となりのマンガ編集部」。第10回は、『マンガクロス』編集部を訪ねました。2018年に『Champion タップ!』と『チャンピオンクロス』を統合して新設され、アニメ化してますます話題沸騰中の『僕の心のヤバイやつ』を始め、秋田書店全社の作品が集まり掲載されている『マンガクロス』。『WORST外伝 サブロクサンタ 名もなきカラスたち』や『聖闘士星矢EPISODE.Gレクイエム』といった大人気作品のスピンオフから、アニメ放映中の『AIの遺電子』、最近では『京四郎 少年ヤクザ編』も話題となりました。『チャンピオン』系作品はもちろんのこと、『月刊プリンセス』や『ミステリーボニータ』など女性誌からの掲載作品もあり、非常にバラエティ豊かな作品群となっています。個人的にも『うるしうるはし』、『ハイパーハードボイルドグルメリポート新視覚版』、『NEEDY GIRL OVER DOSE RUN WITH MY SICK』、『上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花』などなど注目作がたくさんあるレーベルです。7月から新体制となったという『マンガクロス』やその作品について、編集長の小山さんを始めとする3名の方々にお話をうかがいました。

取材:マンガソムリエ・兎来栄寿


マンガ愛溢れる秋田書店生え抜きのお三方

――最初に皆さんの自己紹介をお願いします。

小山 私は6月一杯まで『チャンピオンRED』という雑誌の編集長と『マンガクロス』編集長を兼任しておりました。7月1日から『マンガクロス』編集部が独立して単独の部署となりまして、そちらで編集長を務めております。よろしくお願いいたします。

福田 『マンガクロス』は社内のいろんな編集部員が作品を担当しておりまして、私は『ヤングチャンピオン』編集部で雑誌の仕事を務めながら『マンガクロス』の作品も担当させていただいています。『マンガクロス』では『僕の心のヤバイやつ』、『隣のお姉さんが好き』を担当しています福田と申します。よろしくお願いします。

木所 私は、今年の1月まで『週刊少年チャンピオン』編集部にいて、7月から『マンガクロス』編集部に異動しました、木所と申します。よろしくお願いいたします。

――福田さんに先におうかがいする形になってしまったのですが、皆さんの担当作品と、編集者になったきっかけ・理由などを教えていただけますでしょうか。

小山 私の担当作は、『チャンピオンRED』で直前までやっていた作品が『神呪のネクタール』と『フランケン・ふらん Frantic』です。『マンガクロス』の方では、『サエイズム』、『はるかリセット』、『博多弁の女の子はかわいいと思いませんか?』という作品を現在担当しております。

 私は新卒でこの秋田書店に入って、そのまま30年ほどいます。元々本が好きで、マンガも好きだったので、就職活動のときは出版社を第1志望で受けて、その中でたまたま縁があって秋田書店に入る形になりまして、マンガ畑一筋でやっております。

 一番最初は、正確に言うと『ヤングチャンピオン』、『週刊少年チャンピオン』、『月刊少年チャンピオン』一緒の編集部だったんですが、それは本当に入った直後までで、一ヶ月ほどで各編集部が分かれたときには『ヤングチャンピオン』編集部に移動して、その後『週刊少年チャンピオン』で『チャンピオンRED』の創刊に携わり、その後はずっと『チャンピオンRED』をやっておりました。並行してこの『マンガクロス』というウェブサイトを立ち上げて一緒にやっておりましたが、今は『マンガクロス』専任という形になっております。

――ありがとうございます。30年マンガ畑一筋、素晴らしいですね! 木所さんはいかがでしょうか。

木所 私は今現在はマンガクロスに担当は持っていないんですが、『週刊少年チャンピオン』のときは『刃牙シリーズ』『BEASTARS』『SANDA』『SHY』などを担当しておりました。私も入社してすぐは『ヤングチャンピオン』の編集部に4年間いて、その後は『週刊少年チャンピオン』編集部に6年くらいずっといたという形になります。

 何で編集者になったかというと、本当に月並みなんですが、マンガが流行っていて好きだったので何かやれたらいいなと。私の世代は『バクマン。』がちょうど流行ったんですよ。『バクマン。』によって、より具体的に編集者のイメージができるようになったので、ぜひやってみたい仕事だなと思って。

――『月刊コミックシリウス』編集部にインタビューした際にも『バクマン。』がきっかけで編集者になったという方がいました。やはり今のマンガ界では世代的に大きい存在ですね。

木所 30年代前半くらいの方はど真ん中の世代ではないでしょうか。それと『ブラック・ジャック創作秘話』がちょうど会社の受験のときに賞を取っていたので、それを読んで面接で話をしたら面接官の方が喜んでくれて(笑)。たくさん受けた中で秋田書店が採用してくれて、そこから今年の1月までマンガ編集者をずっとやっていました。

――ありがとうございます。では、福田さんお願いします。

福田 私は『ヤングチャンピオン』編集部で、高橋ヒロシ先生の『ジャンク・ランク・ファミリー』と、𠮷田聡先生の『湘南爆走族 ファースト フラッグ』、ネコ太郎先生の『限界OLさんは悪役令嬢さまに仕えたい』を、他にもwebtoonやなろう系作品などの作品をフリーの編集さんと一緒に担当しています。『ヤングチャンピオン』編集部はweb含めて掲載媒体がいっぱいあるので、皆担当数が多いんですね。多い人だと20~30作品とか担当しています。なのでフリーの編集者さんにもご協力いただいてます。

――それは多いですね!

福田 すごいですよね(笑)。編集を志望した理由は、私もマンガがすごく好きだったからです。元々は少女マンガが大好きで。昔の少女マンガって巻末に漫画家さんのおまけで担当編集とのやり取りみたいなことが描いてあるのがけっこうあって。『白鳥麗子でございます!』の鈴木由美子先生のだったと思うんですけど、それで初めて編集者を知って、すごく大変そうなんですけどすごく楽しそうだなと幼心に思いまして。そして、大人になって改めてマンガに携わる仕事をしたいなと思ったときに、やっぱりあの仕事だなと。元々は少女マンガ編集志望だったんですけど、『週刊少年チャンピオン』に配属されて。少女誌の仕事はしたことないんですけど。

――高橋ヒロシ先生や𠮷田聡先生ですと、少女マンガからはかなり対極なところですね(笑)。

福田 それはそれで楽しいので、結果オーライですけど(笑)。

 

『マンガクロス』編集部が今推したいマンガ3選

――続きまして、『マンガクロス』編集部さんが今おすすめしたい作品を、面白さのポイントなども含めて語っていただければと思います。

小山 そうですね、新しめの作品の中から挙げさせていただければと思います。まず、コミックス1巻が発売されたばかりの『「おかえり、パパ」』という作品です。

 ある中年男性が再婚をして、連れ子がいるんですが、その女の子は非常にかわいいですが何か危険な雰囲気があって、父親に過剰に接触したり、学校で周りの友達といろんなトラブルを起こしたりして怪しい雰囲気を漂わせてるという、ちょっとサスペンス風味の物語になっています。

――本編はもちろんですが、単行本1巻巻末の描き下ろしの意外性にはぞくりとさせられました。この先どうなっていくのか、非常に気になります。

小山 次に、こちらもコミックス発売されたばかりの『同人女アパート建ててみた』です。

 同人誌が好きな方というのも今ポピュラーになってきているんですが、この作品はその同人誌、あるいはそういう創作活動が好きな女性ばかりのアパートを作って経営をするという話になっています。いわゆるシェアハウスものであり、不動産ものでもあり、同人誌の小ネタもたくさんありいろんな切り口で楽しめる作品になっています。先ほどの『「おかえり、パパ」』もなんですが、発売されてすぐ話題になって、お陰様で好評です。

――それはおめでとうございます! あのアパートは実際にあったらいいのに、と思ってしまいます。

小山 需要があるかもしれないですね(笑)。続いて私が担当している作品なんですが、『はるかリセット』という作品があります。

 こちらの方は週間ペースでやっていますので、コミックスはもう10巻ですが、連載期間はまだ2年弱ぐらいの作品です。こちらは女性小説家が忙しい日常の中で何とかして休みを作り出してリセットしていくという話で、家の中でできる料理だとか入浴だとかから、旅行に出かけて楽しむ方法であったり、いろいろな形でのリセットの方法を紹介しています。読むだけでも忙しい皆さんがリセットできますし、中には参考にして同じことをやっている方もいらっしゃるので、非常に多くの方に楽しんでいただける作品じゃないかと思います。

――『はるかリセット』は仕事を終えて1日の終わりに読むとリラックスして良い気分になれます。

小山 野上先生は『はるかリセット』まではミリタリー系の作品、大ヒットした『ガールズ&パンツァー リボンの武者』や、『紫電改のマキ』という戦闘機に女子高生が乗る話や『セーラー服と重戦車』などを手掛けていただいていたので、新作を考える時に最初はその延長でいろいろ考えていたんです。異世界に転生しようかとか(笑)。ただ、やはりどこかで同じことを繰り返したくなくなって、「いろいろリセットしましょう」というような話からこの『はるかリセット』というようなタイトルとなっています。野上先生自身も旅行などがお好きな方で、それを題材にして急転直下で違う形の作品が生まれて、今となっては代表作にもなりつつあります。

――旅行のシーンなどは臨場感もあり、実際に現地へ足を運んでみたくなりますね。

 

僕ヤバ』のために担当が二郎でロットバトル!?

――せっかくですので、福田さんにも『僕ヤバ』を作る上での語れる範囲での裏話やエピソードなどあればお聞きしたいのですが。

福田 『僕ヤバ』って、今後の展開としてこんな話が見たい…ですとか、このキャラってどう思ってるんだろう…みたいな話はするんですけども、基本的には完全に桜井のりお先生が全部作り上げて、キャラクターを動かして作っているものなので、事細かなものは特にはないんです。例えば、最近主人公たちが付き合い始めたんですけど「付き合ったらもっとイチャイチャして欲しい、付き合い始めの楽しいやつを見たいです!!」というのを事前に強く要望しました。編集者のこういうのが見たいという要望を、のりお先生が叶えてえてくれたり、くれなかったりして。でも、ほとんどは予想外のことが多くて。先生がTwitterによく予告カットをあげているんですけど、私も知らないことが多いんです(笑)。「え、どういうこと!?」ってなったりして。

――そうなんですね!(笑) あのサービスを楽しみにしているファンも多いと思います。

福田 でも、それもけっこうすごいことだなと思って。他の連載している作品で、次のカットを先生が見せてくださったときに全然予想できないマンガってあまりないと思うんですよ。『僕ヤバ』はショートなのに毎回「何だこれは」という風になる、編集者ですら驚かせるのりお先生のエンタメ力が素晴らしいなと思います。

木所 それを聞いたのは板垣恵介先生くらいですね(笑)。「先生! 打ち合わせと違うじゃないですか!?」と(笑)。

福田 『僕ヤバ』の世界はけっこう現実社会とリンクしているような感じで、現実にあるもの、例えば誰でも知っているようなお菓子とか場所とか固有名詞を出しているんです。フィクションなんですけど、フィクションの世界って思われないように、何となく「もしかしたらこの2人がいるかもしれない」と身近に感じてもらいたいから、と桜井先生が以前仰ってました。

 「ラーメン二郎」を模した「ラーメン郎」という回もあるんですけども、のりお先生に「写真を撮ってきてください」と言われたので、私がラーメン二郎に行ってきまして久々に食べたんですよ。二郎はルールがあるじゃないですか。一応、事前に調べて、でも最初並び方を間違って注意されたんですけど(笑)。ロットの5人の中で私は5番目だったんですけど、絶対意地でも5番目じゃなくてもっと早く出てやると思って、3番目に出たんです。

――(笑)。

福田 多分、周りのお客さんに舐められてそうじゃないですか。女で、並び方間違えて、完食できないかもとか。なので……絶対に負けない! って(笑)。そのときに「スポーツみたいでした」と先生に語ったら、あれを描いてくださいました。取り入れてもらえて嬉しかったです。

――とても素晴らしいお話ですね。話せる範囲で構いませんが、『刃牙シリーズ』の裏話などはありますか。

木所 聞いた話なんですけど範馬勇次郎は編集者の発言がきっかけで生まれたキャラのようで。

――えぇ!?

木所 初代担当の沢編集局長※1が立ち上げたんですけど、板垣先生の当初の構想では、刃牙がずっと地下闘技場で闘っているだけだったそうなんです。そのときに沢編集局長の「何で刃牙はここでずっと闘っているんですかね? 誰かを待ってるんですかね」という一言があって、勇次郎というキャラが生まれたと。

※1…沢考史。1989年に秋田書店に入社。2002年から2005年まで『チャンピオンRED』の初代編集長を経て、2005年から2017年まで『週刊少年チャンピオン』9代目編集長を務めた。『グラップラー刃牙』(板垣恵介)、『シグルイ』(山口貴由)、『レイリ』(岩明均/室井大資)などを担当。

 本当に、先ほど福田が言っていたように編集者の「こういうのが見たいです」という、ふとした一言を作家さんがいろいろと広げてくれて。こちらとしては幸せですし、すごいなと思いましたね。最初は刃牙と愚地独歩と徳川の御老公しかいなくて、それ以外は後から作ったキャラだそうです。

――その3人なんですね! それは衝撃です。

 

各編集部の垣根がない、秋田書店の魅力

――続きまして編集部への質問をさせていただきたいんですけれども、今『マンガクロス』編集部は何人くらいでやられてるんでしょうか?

木所 『マンガクロス』編集部自体は今できたばかりなので、私と小山編集長の2人だけですね。参加していただいている編集者の数だけで言えば、全編集部からそれぞれの作品で30人近くは担当を持っていただいている形にはなります。

小山 『マンガクロス』というサイトは、個々の作品は数々の部署の編集者が参加しているような形になります。元々は私だけマンガクロス編集長として、雑誌と兼任でやっていたんです。専任になって、運営の方に力を入れた形になっています。

――そんな『マンガクロス』に携わる皆さんが行きつけのお店や、お薦めのグルメがあれば教えていただきたいのですが。

木所 最近混んでいて行けてないんですけど、「おけ以」という餃子とタンメンのお店があって。そこは編集部の先輩から教えていただきました。餃子一皿は700円とかで、やや高いんですけどやっぱり美味しかったですね。一応、焼き餃子の発祥のお店らしいです。真偽は確かめたことないんですけど(笑)。ただ、飯田橋サクラテラスができて、テレビで取り上げられてからめちゃくちゃ混むようになってしまったので最近は行けてないんですけど、ぜひ一度は食べていただきたいなと思います。

――私もテレビで知って、でもコロナ禍の最中だったのでお取り寄せをしていただきました。「おけ以」の餃子、美味しかったです。

木所 美味しいですよね。「おけ以」だけでなく、横には「大勝軒と「青葉」があるのでラーメン欲はすごく解決できます(笑)。

福田 近くに家系もあるんでしたっけ。

木所 ありますね、通りに「家家家(ヤーヤーヤ)」が。あとは、5~6年前くらいに会社の前にコンビニができてから、大体お昼は皆あそこで会います(笑)。

福田 有名なカレー屋もありましたよね。「カリービト」。食べログでも評価が高くて。でも他のところはコロナでけっこう潰れちゃったんですよね。

木所 そうなんですよ。近くの大企業の社員さんとか、コロナで来なくなってしまって。

――それは悲しいですね……。飲食店は本当に大変でしたからね。小山さんはどこかありますか?

小山 私もラーメンの話になってしまうんですけれど(笑)。ここからちょっと歩いて行ったところに以前「びぜん亭」というお店がありまして。一時は映画の題材になったりもした有名店なんですが、店主の方がご高齢でお店を閉められてしまいました。すると最近、この秋田書店の並びの辺りに「中華そば 辻」というお店ができまして。経営の方は違うんですけど、「びぜん亭」の味を引き継いだお店ということで。名店の味を違う人が引き継ぐというのはラーメン業界ではけっこう珍しいらしくて、話題になっています。昔ながらのラーメンなんですけど、なかなか美味しいです。

木所 ラーメンの話ばかりで何だかすみません(笑)。

――ラーメン大好きなので、嬉しいです!(笑)。

福田 九段下の方もけっこう行って、「ぴえもん」というパスタ屋さんがあるんですけど。私はそこで「ツナ・たらこ・イカ・納豆」というのを絶対食べます(笑)。盛り盛りで、美味しいです。

――夏バテしなさそうなメニューで良いですね(笑)。そんな『マンガクロス』編集部で最近流行っているものやことはありますか?

木所 編集部というか同じフロアの社員なんですが、大半が『ゼルダの伝説 ティアーズオブキングダム』をやってました(笑)。先輩なんですけどすごく細かい人がいて、マップをひとつひとつ全部埋めるまで次に行かないという。900個ぐらい集めなきゃいけないアイテムを800個ぐらい集めていて。その人の偏執的な話を聞いてるのが面白いかも知れないです(笑)。

――『マンガクロス』編集部で自慢できることをひとつ挙げるとすると何でしょう。

木所 編集部の自慢というより秋田書店らしいところなんですけど、全部の編集部から作品をもらうというのは恐らくあまり他所にはないと思うんです。何だかんだ編集部同士の垣根があるようで、ないような。女性誌にいる人が男性誌っぽい作品をやっている場合もありますし、雑誌は雑誌で皆大切にやりながら、たまたま雑誌のカラーやレギュレーションに合わなかったものでも何か自分でやりたいものは『マンガクロス』という媒体でできたりするので、そういう意味ではマンガを作りたい・作っていくという編集者にとっては、いい環境になっているんじゃないかと思います。

 

ブーメランテリオスや鞭打を真似した少年時代

――編集者が繋ぐ思い出のマンガバトンということで毎回編集者の方の思い出のマンガ作品をお聞きしているんですが、みなさんの人生の思い出の1冊を挙げていただけますか。

小山 長くいろいろ見てきたんですけど……私は『週刊少年ジャンプ』と『週刊少年チャンピオン』をほぼ同時に読むようになって、一番最初にハマったのは車田正美先生の『リングにかけろ』でした。すごくハマって、小学生か中学生ぐらいだったんですけど、作中に出てくるあのパワーリストというのを子供ながら金属類を買って自作して、友達と殴り合ったりして(笑)。必殺技を真似したり、いろいろなことをやりました。本当にちっちゃい子供の頃は別として、ある程度成長してからマンガの真似をしたというのは、後にも先にもあの作品だけかなと。なので、車田先生に初めてお会いできたときは本当に感動しました。

――『リングにかけろ』の「たった一度の今日という日」が1983年の七夕だったので、丁度先日の7月7日が30周年でしたね。荒木飛呂彦さんの初代担当編集も入社当初はとにかく『リングにかけろ』を研究したというお話もあり、偉大な作品だと思います。

福田 私は小学生のときに読んだ『魔法陣グルグル』がすごく好きで。それまでも、ちょこちょこ他の作品のコミックスは持っていたんですけど、ちゃんと揃えて読んだのは『魔法陣グルグル』が初めてだったと思います。少女マンガが大好きだったり、『週刊少年サンデー』をずっと愛読していたのでスポーツマンガなども大好きなんですけれども、根本的にギャグマンガが好きで。ギャグマンガで自分の中にずっと残っているのって『魔法陣グルグル』なんです。その後、自分でもギャグマンガとかいろいろ担当するんですけど、幼いときに『魔法陣グルグル』に培われたものが残ってるのかなと。自分の基本的なところにある作品です。

 私は偏食で給食を全然食べられなかったんですよね。小1のときに先生に「給食を残しすぎ!」って初めて怒られて、ショックを受けて。なので、小2になったらもう絶対に残さないって言って、1年間残さずに食べきって、それでお父さんにそのお祝いにもらったのが『魔法陣グルグル』の1巻から4巻のセットだったんですよ。

――それはそれは……また良いお話ですねえ。

木所 負けず嫌いエピソードが多いですね(笑)。私は自社の作品で大変恐縮なんですけど、いろんな思い出をトータルして、やっぱり『刃牙』ですね。もう子供のころに『週刊少年チャンピオン』を読んだときに「なんだこれ!?」となって。それがずっとコミュニケーションツールにもなっていました。友達と「今週の『刃牙』読んだか!?」とか、三戦立ちや鞭打など出てくるものを皆真似したり。秋田書店に入社して、まさか担当になるとは思っていなくて。担当になったことを友達に報告すると、めちゃくちゃ喜んでくれて。「お前、すげえな!」みたいな(笑)。

 やっぱりマンガが好きになったきっかけでもあり、編集者になって一番嬉しかったことでもあり。そして、板垣先生はあのころから今までずっと第一線って本当にすごいなという尊敬が今になってまた沸々と出てくるという意味では、人生の中で一番感慨深い作品です。

――ありがとうございます。続きまして、今現在注目している、あるいは個人的に楽しみにしている他社作品を1作品ずつ挙げていただけますか。

福田 私は『週刊ヤングジャンプ』でやっている『ダイヤモンドの功罪』です。

 野球マンガも好きなんですけど、こういう切り口もあるのか、すごいなと。そして今、自分が親なのもあって親目線で読むと、周りの大人によって子供の運命が変わってしまうのは恐ろしいことだなと。描いてらっしゃる方はお若いのではないかなと勝手に思っているんですけど、よくここまでのリアリティと解像度で描けるな、素晴らしいなと思います。1巻では試合やってないですもんね。試合をやっていないのにこんなに面白いなんて。

木所 けっこう他の編集部でも好きという人がいて、社内人気も高いですね。

――ありがとうございます。小山さんはいかがでしょうか。

小山 もうそこそこ巻数が出ているんですが、私は『異世界失格』が好きです。

 太宰治っぽい人が異世界に転生して、という作品で。最初は、別に戦ったりしないのに何で太宰治が? と思ったんですけど、気になって読んでみたんです。すると、ネタマンガかと思ったらしっかり面白いなと。世界の描写とか、そっちの方で面白く見せている作品で。去年アニメになった諸葛亮孔明が渋谷のクラブに来る『パリピ孔明』などもそうですけど、一発芸かなと思ったものが想像以上にちゃんとしていたり、その先に何かあったりしたときには意外に引き込まれるなというのを感じました。

――『マンガクロス』さんですと今、小林幸子さんも異世界に行ってますね(笑)。

小山 『異世界小林幸子~ラスボス降臨!~』もよろしくお願いします(笑)。

木所 私は、『少年ジャンプ+』で今連載している『バンオウ-盤王-』という作品です。オーソドックスな将棋のマンガではあるんですけど、将棋を全然指せないのにけっこう夢中になって読んじゃうなと。

 主人公が吸血鬼なのでトンデモ将棋をやるのかなと思ったら、別に特別なことは何もせず、死なないから300年間将棋を勉強したという完全努力型で。ただひたむきに将棋が好きで将棋が強くなりたくて、特別な才能があるという描写もなく、ずっと勉強して現代の天才たちにぶつかっていくという。設定は突飛なんですけど、やっていることはもう本当にひたむきで好感度のすごく高い王道です。

――天才と凡才という言葉の使い方や、最新の人生最推しベテラン棋士との対局などは非常にグッと来ましたね。

 

国境を越えるマンガの魅力

――次の編集者の方へのバトンとしまして、何かコメントをお願いします。

小山 まず、今マンガって世界中で人気がありますし、作る側にしても実は1人でもできるし、クリエイターの年齢も性別もあまり関係ない。ジャンルも幅広く、活躍すると収入もすごいことになります。そういうエンタメって実は世界中で本当に少ないんじゃないかと思うんです。

 例えばアメリカでハリウッド映画がすごく人気が出ても、女性監督は何人いるんですかと言ったらものすごく少ないじゃないですか。でも、日本のマンガの世界っていうのはそういった壁が非常に少ない。さらに言うと、私の親戚が今アメリカにいて子供がハーフなんですけれど、アメリカ育ちなので一切日本語を喋れないんですよ。ところがカラオケに連れて行くと、『NARUTO』の主題歌とか日本語で歌えるんです。もうそれぐらい、マンガやアニメっていうのは国境がなくて可能性があるので、そういう大きなものを作っていきましょう。

――素晴らしいお言葉、ありがとうございます。何かお知らせしたいなどありましたらお願いします。

福田 『僕ヤバ』のアニメ二期が来年1月に決定しておりますので、楽しみにお待ちください。また、『隣のお姉さんが好き』という藤近小梅先生が描いている作品がありまして、今スクウェア・エニックスさんでやっている『好きな子がめがねを忘れた』がアニメ放映中でとても盛り上がっているので、併せて読んでください。

木所 前の担当作品なんですけど、『SHY』のアニメが7月からなのでぜひ観てください。

 

――最後に『マンガクロス』の読者の皆さん、またこの記事を読んでくれているマンバ通信の読者の皆さんに一言お願いします。

小山 『マンガクロス』は全社の編集者が力を合わせており、男性向け・女性向け・大人向け・少女向けなどいろいろあるので、どんな方でも必ず1つや2つは気に入っていただける作品があると思います。完全無料ですので、少しでも気になる作品があればぜひ読んでいただければと思います。


 麺類の話をたくさんしたことが印象に残りつつも、それ以上に編集部の境を越えた結束力や良い雰囲気の一端を強く感じられました。私もパワーリストを身に着け、木の棒で地面にベームベームの魔法陣を描き、炭酸抜きコーラを作って飲む少年時代を過ごしてきたのでお三方のルーツとなるお話にも共感しきりでした。さまざまな作品がひとりひとりの少年少女を育み、豊かな人生を彩っていくマンガ文化の素晴らしさ、またそこから新たな作品が生み出され受け継がれていき脈々と流れる歴史にも想いを馳せました。新生『マンガクロス』編集部のさらなる飛躍と、これからも面白い作品にたくさん出会わせてくれることを心から楽しみにしています。

 

オフィスの入口で出迎えてくれるパネルの数々。
受付の上部には、1949年に創刊された『少年少女冐險王』の巨大なレリーフ。ここから始まった秋田書店のマンガ文化の歴史を感じさせてくれます。

 

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