となりのマンガ編集部 第13回:マトグロッソ編集部 書店の奥にあるこの本を必要として、救いとする人のために

 マンガの編集部に赴き、編集者が今おすすめしたいマンガやマンガ制作・業界の裏側などを取材する連載企画「となりのマンガ編集部」。第13回は、マトグロッソを運営しているイースト・プレスを訪ねました。イースト・プレスといえば『COMIC CUE』を始めとして『失踪日記』や『人間仮免中』など昔からコアなファンに訴求力の強い作品を発信してきている会社で、マトグロッソも個性豊かな作品が多く掲載されているサイトというイメージが強いのではないでしょうか。ただ、最近では『プリンタニア・ニッポン』の人気などもあり少しずつ変化し始めているイースト・プレスの内情や作品作りについて、書籍3部の編集者である石井さん・棒田さんに取材しました。

取材:マンガソムリエ・兎来栄寿


 

すべての辛さはこの1冊のために

――最初に、担当されている作品も含めましてお二方の自己紹介をお願いします。

石井 石井と申します。イースト・プレスに新卒アルバイトで入って、早15年以上居座っています(笑)。主にコミック書籍を担当しておりまして、作品としては九井諒子さんの『竜の学校は山の上』と『ひきだしにテラリウム』、また『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』など、弊社刊行の永田カビさんの書籍全部ですね。マトグロッソの連載作品でいうと墨佳遼さんの『人馬』、秦和生さんの『カイニスの金の鳥』などです。これといった得意ジャンルはなく、そのときどきで面白いなと思った作品を担当しています。マトグロッソ設立時にも在籍していたので、今までどんな流れだったかというのは追々説明します(笑)。

会議スペースの海外版の棚には、石井さんの担当作である九井諒子さん、永田カビさん、墨佳遼さん、なかとかくみこさんらの作品も収蔵。

 

棒田 私がいま担当しているのは『グリーンフィンガーズの箱庭』『アフターメルヘン』など、ほかには2024年連載開始の準備作品を抱えています。
私は20代後半に編集未経験でイースト・プレスに入り、所属している部署ではレーベル(BL、TL、官能など。いまは一般コミックも)の編集者が中心の部署です。官能小説のレーベル(悦文庫)と年数本コミックを担当しています。
入社してからは、先輩の引き継ぎ企画(実用書系)や官能小説のレーベル(悦文庫)をして、3年目頃からさらにコミックも担当し、いまは入社して8~9年目です。
マンバさんでも取り上げていただいた脱サラ41歳のマンガ家再挑戦 王様ランキングがバズるまで』もです。官能小説のレーベルを担当しながらというのは珍しいと思いますが、官能小説も奥が深いのでおもしろいですよ。自分でいうのも変ですが編集者としてのふり幅がありますよね。(笑)

私が所属している部署では昨年から石井を含めコミック企画中心の編集部員が合流といいますか、部署の体制がかわって大所帯に。2022年までは石井とは別部署でした。ただ以前からマトグロッソに作品を連載したり試し読みをしたりで、石井の部署とも交流が多く、連載媒体も活用していました。
私だけではなく他の部員もなんですが、創作漫画だけではなくエッセイや一般書の企画を平行して企画している人もいます。

石井 そもそもイースト・プレスの編集部では一般書籍、いわゆるビジネス書・新書・実用・小説などの部署と、今私と棒田が所属している一般コミック・TL・BLなどマンガを中心にやる部署とでざっくり分かれていて。その中でも、何か企画があれば在籍部署のジャンルに限らず各編集者が企画をだしています。『となりの妖怪さん』という作品は一般書籍中心の部署からの企画でした。マトグロッソ自体もマトグロッソ編集部という確固たるレーベルがあるわけではなくて。

棒田 『となりの妖怪さん』のアニメのサイトも公開されましたのでぜひ。

石井 横断してみんないい企画があったら、という感じで。

――お二方が編集者になろうと思った動機は何でしょうか。

石井 私は出身大学が京都精華大学で、そこのマンガ学部が学部になる前の「芸術学部マンガ学科ストーリーマンガ専攻」の3期生だったんです。描くこともしていましたが、読む方が圧倒的に好きで。マンガをやっていればいい大学なんて最高じゃん! と思って入ったという感じなんですけれども(笑)。

大学生活の中でいろんな授業があって、編集の授業もありましたし、ゲーム業界の方が来て講演したり、アニメ業界の方が教えてくださったり、マンガだけではなくエンターテインメントの職業っていろいろあるんだなという中で、私が普段読んでいて面白いマンガを同級生に「何々ちゃんはこういうマンガが好きだと思うよ」と勝手にプレゼンというかマンガのソムリエ的な感じでお薦めすると「石井が教えてくれるマンガはハズレがないね」みたいな感じで喜んでもらえて。こういうやり取りってマンガ編集者的だなと思い、何かそういう道もあるんじゃないかと思って。

卒業後の就職先が決まらないなか、教授経由でイースト・プレスのアルバイトを紹介してもらいまして、私は実家が東京だったのでバイトからでも親の脛をかじって実家から通いやすいという(笑)。そんなんでいいんかいという感じなんですけど、それでイースト・プレスに入り込んで。

当時は堅田浩二という編集者がいて、吾妻ひでおさんの『失踪日記』ですとかマトグロッソができる前のイースト・プレスのコミックってほとんど堅田さんがやったもので。

部署に入ってお手伝いみたいなことをやりつつ、編集業を覚えていって今に至るという感じです。なので、大学時代の友達に勝手にプレゼンをして、自分が好きなものを他の人も好きという部分で共感を得るようなところにすごくワーッと興奮して、何かこういうことを仕事にできたらいいなと思ったところが原体験です。

作家さんにも何でこの仕事をしているかって時に、今の流れを話すと「仕事にできて良かったですね」みたいな反応で(笑)。

――私自身も現在マンガソムリエとして活動しておりますので、共感する部分が非常に多いです(笑)。棒田さんはいかがでしょうか。

棒田 私はプロデュースやマネジメント業務に興味がありました。その原点がバスケットボールです。高校2年生あたりに色々あってプレイヤーではなく、トレーナー兼マネージャーとしての活動にはなったんですが、県大会、全国大会を目指すくらいハードな日々を過ごしていました。その中で人の成長だったり才能のサポートだったり、ケアするだけではなくリードしていくような関係性も面白いなと。大変なことは多いですが、人の才能や成長を身近で見るのが楽しいと思いました。

その辺を仕事にできたらなっていうのが漠然とありました。就職活動話をすると長い暗黒期があるので簡単にですが、学生時代から数えたら数十社以上受けて、何十社も面接(内定もあったり)をして。貯金がどんどん減るうえに震災の影響による採用見送りもあって、アルバイトや業務委託をしながらの20代前半でした。ここでは話せない不安や悩みもありますが、20代後半に入り自分のしたいことだけではなくまずは入口に入らないといけないと思い、イースト・プレスではない出版社で採用されて働きはじめてはいました。ただその2週間後にイースト・プレスから採用連絡がありまして、最終的にイースト・プレスを選び今に至ります。じつはイースト・プレスには書類選考で1~2回ほど落ちているんです(苦笑)。

私自身も退路を断つ行動をした期間もあるんですが、『脱サラ41歳のマンガ家再挑戦 王様ランキングがバズるまで』の作者、十日草輔さんに本企画の相談をしているとき、メールでのやりとり内容とマンバさんのインタビュー記事で揺さぶられるものがありました。マンガ家を目指す方はもちろん、何かをはじめようとしている方や、何かを諦めたことがある方たちの心に寄り添い、勇気づけてくれる内容になりそうだと感じました。「ジャンルは違えど他のことで得た学びがいま私も編集者として役立っていることがたくさんある。だからこそこのエッセイ漫画が作れないかと。

社会人生活が送れるかどうか不安な時期もあったけれど最終的には良かった、この1冊をお願いするためにあの不安や孤独、辛さはあったんだなと。おかげさまでわくわくする1冊になりましたし(笑)。

――回り道したからこそ見える景色もあるという、非常に良いお話ですね。

 

編集部が今推したいマンガ

――マトグロッソが今おすすめしたい作品を教えてください。

石井 今の一押しは連載中の『プリンタア・ニッポン』です。

pixivさんのWEBマンガ総選挙2023にもノミネートしてもらっています。最初は著者の迷子さんがX(旧Twitter)で上げた1ページマンガで、不思議なおもちみたいな生き物がプリンターから出てきて何だこれってなって、主人公の佐藤くんの元になったキャラクターが散歩させてみたいな内容だったんですけど、それを私がX(旧Twitter)で見て。

私がすごく作品に大事だなと思っているのが、その作品からときめきを……ときめきっていうと断捨離ワードみたいな感じですけど(笑)ときめいてその作品の本が書店に並んでいるところまで想像を掻き立てられるものが担当作品それぞれにあるんです。それが感じられて、この1ページを元に連載とかどうですかとアタックして、今に至るという感じです。

マトグロッソで当時『キミと話がしたいのだ。』という猫ちゃんと青年のほのぼの日常ものを連載していて、何となく私の中ではその不思議な生物とその青年は『キミと話がしたいのだ。』のフォーマットじゃないですけど、そういう感じでほのぼのと続くものを1冊分とか連載してもらえたらどうかなと著者の迷子さんに持ち掛けたんです。

ただ、迷子さんがちょっとそれだと1冊分も描けないと。迷子さん自身がSF小説がすごくお好きというのもあって、不思議なSFガジェットと絡めて話を盛り上げていくのならできそうと仰っていただいたので、もうそれで全然OKですと。

今はそうでもないんですけど、当時は割と「基本1冊完結で企画を通そうね」みたいな立て方だったんです。でも『プリンタニア・ニッポン』は次に4巻が出るくらいに続けさせていただいていて、作品の魅力と熱心なファンの方がついてくださったお陰かなと思っています。

――個人的にもかわいさとSF要素の融合が大好きで1巻発売時にラジオなどで紹介させていただいたんですが、最近はグッズ展開もされていますよね。

石井 グッズ化してキャラクターで盛り上げていくというやり方もあるんだなと、新鮮なことをやらせていただいてます(笑)。

棒田 その並びで言うと、後輩の担当作ですが『モスのいる日常』もプッシュしましょうか。

――そうですよね。似たフォーマットを感じました。

石井 『プリンタニア・ニッポン』のような形で、これも著者の大谷えいちさんがSNSでアップしていたイラストから世界観を広げていくとマンガ作品として成り立つんじゃないかと、すごく盛り上がっています。

棒田 クラウドファンディングで支援率が4000%になったり、ぬいぐるみの出来が良くて「作品は知らないけど、あのぬいぐるみがかわいい」みたいな人も。そこから作品を知っていただく機会にも。

石井 『ちいかわ』などもX(旧Twitter)連載は結構「おぉ……」という展開ですけど、キャラがかわいいからストーリーを知らない幼児もちいかわグッズを持っているみたいな。そういったマンガ作品を通り越したキャラクター展開ってあるんだなと学びを得ています。

『プリンタニア・ニッポン』のすあまと、『モスのいる日常』のモスたちのぬいぐるみ。社員の方々も癒やされているそうです。ホワイトボードには来社された作家の方々の貴重な落書きも。

 

棒田 私の担当作ですが、12月発売の『アフターメルヘン』もおすすめしたいです。

おとぎの国で役目を終えたモノを引き取る兄弟の廃品回収物語で、登場するキャラクターや話の構成にも惹きこまれる、これぞダークファンタジーな世界観に仕上がっています。作品が素晴らしいのはもちろんのこと、絵が(キャラクターも)うまい…!基本的にアナログで描かれ、その後トーン処理だけデータですが、アシスタントを使わないであの緻密さとクオリティで仕上げているので驚いています。

――おひとりで描かれているんですか!?

棒田 著者の田島生野さんはスクウェア・エニックスさんでデビューされ、その時代も基本全部ひとりで描かれていたそうです。作中の吹き出しの素材は既存のものを使っているのかなと思ったら、全部手描きで描かれていて背景なども緻密で。すごく味のある線だなと。打ち合わせもプロットの次に台本形式の大ボリュームで全体を書き、そしてミニネームからネームへと、連載が始まるときには最終手前までの台本自体は出来上がっている状態です。

――『アフターメルヘン』は単話単話でも構成がしっかりしていて読み進めると展開の面白さがあるんですが、もう最後までの内容も決まっているんですね。

棒田 私も田島さんの頭の中を、プロットやネームで覗いている感じですが、その段階を見るのが一番好きだったりします。そこから完成原稿を見るのがたまらないんです。

あと、マトグロッソらしい作品というと連載は終わって上下巻が出たところなんですが先輩の作品で『美周郎がはなれない』という作品もあります。

石井 マトグロッソ自体は文芸の作家さんの作品を載せる媒体として発足したんですが、立ち上げメンバーの何人かは大きく羽ばたいていってしまって(笑)。それまでイースト・プレスのマンガって他社さんの単行本にならなかったものの中で素晴らしい作品を弊社で単行本化するとか、それこそ1冊描き下ろしですとか、そういうやり方でマンガを作っていたんですけど、それだけだとなかなか立ち行かないので入れ物があるならそこで連載をしていただこうと。

当初はAmazonの和書カテゴリーの右端にあるバナーからしかマトグロッソに飛べないという、もう隠し扉みたいな(笑)。そういう時代に九井諒子さんのさんの『ひきだしにテラリウム』など文芸的な作品を連載させてもらったりして。

立ち上げは2010年で、2014年に立ち上げのメインメンバーが離席して、コミックの部署が運営を引き継いで、今のようなマンガ中心の媒体としてプチリニューアルしました。

棒田 立ち上げ時は、森見登美彦さんや内田樹さん、西村賢太さんや菊地成孔さんなどが連載されていたそうです。当初は「文芸誌WEBメディア」でした。読んでためになる、深読みすると面白いもの、それこそマトグロッソの媒体テーマじゃないですけど、大きい括りとしては、深読みすると面白い、という作品が多いです。

石井 『プリンタニア・ニッポン』を例えにするなら、不思議なゆるキャラのかわいいマンガとしても読めるし、ゴリゴリのSF作品としても読むことができる。ある種の二面性を持つ作品、深く読むとさらにそこに楽しみがあるみたいな。先ほど言ったようにキャラクターが立っているものが成功を収めつつあるので、そういう部分もこれから評価していこうねと。

棒田 マトグロッソのメイン読者層は30~50代あたりのイメージをお持ちだと思うんですが、先ほど話にあげた『モスのいる日常』を担当している後輩は今20代です。今までイースト・プレスは、主に経験者でも未経験者でも中途採用での入社でしたが新卒採用の子で、一般小説の企画も担当しています。私も10~30代に向けたコミック作品を増やしはじめ、さらにバラエティー豊かになってきています。

石井 いろいろな本作りをやった上でそのノウハウをマンガに落とし込んでのマトグロッソという形が良い方に作用しているのかなと思います。

棒田 来年1月に最終巻が発売される『ダンピアのおいしい冒険』もおすすめしたいですね。

著者のトマトスープさんもこの作品で人気が出てくれて、今、秋田書店さんでも連載されていて。

――昨年の「このマンガがすごい!」オンナ編で1位にもなった『天幕のジャードゥーガル』ですね。

石井 『ダンピアのおいしい冒険』はどこかマトグロッソっぽいというか。絵柄も独特で愛らしくも個性がすごくあって、まさに「読んでためになる」が本作かと。遂に最終巻まで来ました。

イースト・プレス社の入り口では、大きな『ダンピアのおいしい冒険』のパネルがお出迎えしてくれます。

 

――それこそトマトスープさんや九井諒子さんもそうなんですけど、イースト・プレスさんはすごい新人さんを見つけるのがとても上手だなと思います。

石井 担当者の熱意は企画の可否にあたって大きい要素かもしれません。九井諒子さんもWEBでずっと追っていた方で、初めて東京のコミティアに出展されるときに「マンガの雑誌はないんですけど、何か一緒にしたいです!」と名刺を出して。

人馬』の墨佳遼さんも、カプコンの社員さんということは知っていたので、副業とかは駄目だろうなと思っていたんですが、カプコンを辞めてこれからフリーですというタイミングがあったので、そこで「じゃあマンガ描きませんか!」と(笑)。

棒田 現在マトグロッソの掲載作品に関わっている編集部員は4~6人ほどですが、みんな運が良い、というのも変ですが作品へのアンテナと引きが強い。『モスのいる日常』や石井に関してもそうですし。私もですが『王様ランキング』で声をかけて一回断られていたんですが、その後、タイミングよくエッセイ漫画の連載を受けてもらえて。当時、3つの編集部があり、各々の部署から十日さんにオファーをしていたのを数日後に知ったというのもありました(苦笑)。

石井 棒田が粘って声をかけ続けたというのもありましたね。

棒田 編集部内でもそれぞれいろんなジャンルを担当しながらマトグロッソでの連載を持っている人もいるため、コミックだけに固執しないアイディアも出てきますし、カバーまわりなども部で回覧して意見を集めることもあります。企画もこれは売れそうだねと言うのもあればやや難しいかもしれない企画もブラッシュアップしていけたら行く、という。

石井 知られざる新人さんを発掘できるのは、今までマンガを描いたことがなかったりバズってどうこうとかじゃない部分でも、こういうテーマだったら他社のこういう本が売れてますといった部分で理論武装をしていって「才能の芽がある方なので」と企画を出し、そこでOKしてくれるという会社の裁量もありますね。持っている数字がないと連載もできない、みたいなことはないです。

――これだけ訊いておきたいんですが……『預言者ピッピ』の続きは出そうですか?

石井 私も知りたいですね(笑)。

棒田 会社中みんな知りたがっています(笑)。

石井 堅田さんのみぞ知る、むしろ堅田さんすらも知らないみたいな(笑)。

棒田 堅田さんは今も弊社の作品を担当してくれてもいますので。

石井 トマトスープさんの編集を今も外部編集としてずっとやってくださっていて。『預言者ピッピ』の続きを出したい気持ちはあると思います。

 

それぞれが違うオタクで、自分の担当作を見せたがる

――続いて、編集部についてお訊ねしていきます。編集部の方々がおすすめのお店や行きつけのお店があったら教えてください。

棒田 神保町って中華が多いので、中華率が高いですよね。

石井 それこそ大学もあるので、がっつり系か中華か。最近のおすすめは教育会館の「泰南飯店」。あとは、弊社の隣ビルの地下に「雷門き介」という和食のお店があって社食かというぐらい行く頻度の高い時期がありました(笑)。

棒田 部員同士でもお昼に行くことも多いですし、作家さんとも打ち合わせを兼ねて行ったりもします。

石井 私は最近ガチャをし過ぎて、ちょっとお弁当率が高いんですけど(笑)。

棒田 みんなわんぱくというか、食いしん坊な人が多いので大盛率は高いかも(笑)。部内でタルトケーキが流行ったときは、タルトケーキを連日買ってきて食べていたりも。

石井 タピオカとか(笑)。

棒田 あと、お菓子ボックスというのが社内にあって総務部がいつのまにか補充してくれて。

石井 最初はコロナ対策でのど飴を舐めてのどを潤してウイルスに対抗しようみたいな感じだったんですが、段々とクッキーとか普通のお菓子が増え始めて。

棒田 カルパスとかおつまみも入りだしてね(笑)。

石井 みんなそこで英気を養っています(笑)。

棒田 そのお菓子ボックストークが弾んだりね、「新作あるよ!」とか(笑)。

石井 「ハロウィンパッケージになってるよ!」みたいな(笑)。

――コミュニケーションツールにもなっていて良いですね(笑)。それこそ『コミックビーム』編集部さんもおやつタイムみたいなもので団欒しながらコミュニケーションを取っているというお話がありました。

石井 やっぱり! お菓子、重要なんだよ。

棒田 誘惑が多くて健康診断が近くなってくると困ったりもするんですけど(笑)。

――続きまして、編集部内で流行っていることやものがあったら教えてください。

棒田 流行りというよりは常にいろいろなものが話題に上がることが多いですね。みんなそれぞれのオタク感があって。それこそ『うたプリ』や『桃鉄』や最新ゲームにハマっている人もいれば、日本酒好き、旅行好きもいて。

石井 私は今、競馬と『ウマ娘』です。お金が溶けます(笑)。

棒田 私は今更ですがオーディション番組ですかね。ここ最近、過去の配信のを土日に一気見しています。仕事でもないのに寝ずに48時間ぶっ通しで(笑)。今は「虹プロ2(男子)」も。みんな流行りがバラバラなんですけど、話し始めると意外と話題に乗ってくれるんです。1人で喋っていても、誰かが会話を拾ってくれる感じです。

――そこまで趣味が違うと、話を聞くだけでいろいろな世界の深みを知れて良さそうですね。

棒田 いろんなところにアンテナを立てられるのはありますね。最近の映画やドラマの話題も上がってきたり。そういう意味でも部署内はうるさいですね(笑)。

石井 賑やかです(笑)。

棒田 あっ、あと牛タンですね。

石井 牛タン(笑)。そう、コロナで集まったりもなかなかできなかったので、みんなで美味しい牛タンを食べに行きたいねという話はしています。

――そこに繋がる部分もあるかもしれないですが、編集部で自慢できるところを教えてください。

石井 人の好きを否定しないというところはそうですね。あとは、何か企画を思いついた時点からSlackなどに投げると、みんながワッとレスをつけてくれたり。

棒田 漫画家さんからカバーイラストが届いて「超いい!」とか、ラフ案で「すごいな~!」となると、「みんな見て見て!」みたいな気持ちに(笑)。部署の中にホワイトボードがあるんですが、そこにカバー案をペタペタ貼ってるとコメントつけてくれたり。みんな自分の担当作を見せたがりますね(笑)。

和気藹々としていて意見の言える雰囲気もありますし、営業部とか他の部署とも相談がしやすいです。

――お話をうかがっているだけでもすごく仲が良くて楽しそうで、コミュニケーションがとてもよく取れていそうだなという印象を受けます。

石井 チームとしての強みをおしていきたいというのもありまして。

棒田 作品が大きくなったときに1人でできることは限界がありますし、日頃からいろんな話をしていることで、共通言語といいますか仕事の話や相談もしやすい環境になれればというところもあります。

 

書店の奥深くにあった人生の1冊

――「編集者が繋ぐ思い出のマンガバトン」ということで毎回編集者の方の思い出のマンガ作品をお聞きしているんですが、お二方の人生を語る上で外せない思い出の1冊を挙げていただけますか。

棒田 私は王道ですけど、バスケットをしていたのもあって『SLAM DUNK』です。私がバスケットをしていた時代にはすでに全巻でていました。あとは中学生時代に出会った衝撃的な少女コミックもありましたが、それはおいときます(笑)。

私自身も中学時代は市内でも弱小だったチームから這い上がっての、そこから県大会や全国を目指していくような高校へ入ったくらいに。精神的にも作品に支えられたときがあります。大学時代にも一度、BJリーグに関われる方面で仕事を探そうと考えたことがあったり。今も年に1回は読み返し、引っ越すときには必ず31冊持ってきています(笑)。

――映画も盛り上がりましたね。

棒田 ワールドカップ期間でバスケットも盛り上がって熱かったですね。公開期間も含めて『SLAM DUNK』は見えないパワーというか何かを持っているなと。『SLAM DUNK』ファンとしては、長年にわたって楽しませてもらっていますが、編集者としてはこんなふうにファンと長く作品を楽しめる環境が理想としてもありますね。憧れのかたちです。影響という意味でも一番大きい作品です。

――ちなみに『SLAM DUNK』で好きなキャラクターは誰でしょうか。

棒田 難しいですね。見方によって変わりますからね。10~20代前半だと流川とか三井でしたが、30代になるとチームのために動く小暮くんが…とかいろいろ変わってきています。対戦チームにも意外な一面があったりで、読み返すときに推しが変わるのも楽しいなと。

あと、私は下の名前が「純」で、当時実家が寿司屋だったのと部長でもあったため、体型とかポディションは全然違うんですけど、魚住純(彼も実家が寿司屋)と同じだなって、ビックジュンでいじられるという思い出が(笑)。

――全然ビッグ・ジュンではないですもんね(笑)。石井さんはいかがでしょうか。

石井 私はそれぞれの世代でターニングポイントになった本が何冊かあります。

小さい頃はあまり家でテレビを見せてもらえなくて、アニメは『まんが日本昔話』と『ハウス食品・世界名作劇場』くらいしか知らなかったんですけど、ある日母親が『小公女セーラ』と間違えて『セーラームーン』を観せてくれて(笑)。何とかわいくて、きらびやかなものがあるんだろうと。当時本屋さんはよく行っていて「あ、『セーラームーン』の本がある!」とお小遣いで『なかよし』を買ってマンガというものがあるんだと知り、親の目を盗んで『なかよし』をずっと読んでいて。

小学校6年生のときに夏休みのアニメ放送で『ぼくの地球を守って』のOVAの方を観て、菅野よう子さんの「時の記憶」を聞いて「この神曲は何!?」となって、これもどうやらマンガがあるようだと『なかよし』『りぼん』『ちゃお』しか知らなかったところから白泉社に行って「『LaLa』とか『輝夜姫』とか何かすごいんだけど!」となって。

男兄弟が上と下にいて、『ジャンプ』とかはその辺に転がっていたんですけど、女の子が読むマンガでこんなに深いものもあるんだ、と。中高は白泉社にどっぷりだったんですけど、大学入るちょっと前くらいに本屋さんの奥の方で朝日ソノラマのTONOさんの『ダスク ストーリィ』と『チキタ★GUGU』に出逢い「TONOさんめちゃくちゃ良い!」となって。

私の中ではTONOさんは『チキタ★GUGU』も良いし『カルバニア物語』も良いんですけど、いわゆるメジャー作品じゃない中に小粒だけどダイヤモンドのようにきらめく私のためのマンガみたいな作品がちゃんと世の中にはあって、本屋さんの片隅だけど、奥に入って行くと探しに来た私みたいな人間を待ってる本があるんだという。

そういうエリアにイースト・プレスの方もあって、『COMIC CUE』などを見つけて。というわけで、本屋さんの奥の方にあるマンガというものを認知したという意味では、TONOさんの『ダスク ストーリィ』。全2巻で、死者が見える男の子のオムニバスなんですが、とても悲しいけど泣くことで浄化されるみたいなすごい話で。

棒田 弊社から刊行している模造クリスタルさんの作品などもですが「ここだ!」というところに石井はアンテナがいくんですよ。

石井 私は本を出すときに「100万部突破するわ、これ!」と思いながら作ってるんですけど(笑)。そこまで行かなくても、絶対にこの本を必要としてくれてる人がいて出版することによってその人の救いになるということをやりたいので。TONOさんは絵柄もすごく売れ線というわけでもないかもしれないですが、この作品にはこの絵なんだ、絵柄がマイナーとかそういうことじゃないんだよみたいな今私が言いたいことが全部入っている感じですね。

――いわば大学時代のご自身に向けて今本を作ってらっしゃる感じなんですね。

石井 そうですね、もう少し本屋さんの奥においでよって。売れているものだったら本屋さんに入って一番目立つところに平積みされているので、それを取ってレジに行けば済む話なんですけど、一番奥においでよ!(笑)

棒田 だから「深い森」なのかな(笑)。「マトグロッソ」はポルトガル語で深い森という意味ですが、2024年1月に弊社から「COMICポルタ」というwebコミックサイトがオープン予定です。「ポルタ」は、イタリア語やポルトガル語で「入口・扉・ドア」といった意味を持ちます。マトグロッソよりも少しライトな読者に向けての作品が並ぶ予定なので今の話から繋がった…と思っています(笑)。私が本日参加しているのは、まさにこの宣伝も兼ねていました。

石井 ひとつの会社で二面性があるという部分をやれるのはすごく面白いかなと。

発売中のコミックス

 

推しを持ち、推しを言語化できて欲しい

――次の編集者の方へのバトンとしまして、何かコメントをお願いします。

石井 これから新卒でマンガの編集部に入る子がマンガをどれくらい読んでいるかはちょっと怪しいなと思っていて。母校にお呼ばれして後輩に編集者になった先輩として話すときに「定期的にマンガを買ってる人~?」と尋ねても、なかなか手が挙がらないことも。「今」だけでなく「昔」に関しても、図書館に藤子・F・不二雄さんのSF短編集など往年の名作があって、私は全部そこで読んだぐらいなんですが「読んでないの!? 授業料払い損だよ!」と(笑)。

スマホが登場して、楽しいことが指先シュッシュでやってきてしまう。それこそエンターテインメントの発信の仕方も変わっているので、作り方も変わってはいると思っていて、今の若い子たちが編集者になるときに特にマンガを読んでいなくても成功する場合もあるし、それこそスマホをいじっている中で多くの人の目に触れることによって面白い作品が売れる=良いマンガとなることもあり、それはそれでという感じですが、この作品を必要としてくれる人がいる、という! という気持ちを持ち続けていたいですね。

棒田 私は、編集者の方にも推しを持って欲しいですね。

石井 そうだね。

棒田 キャラクターなのか、その作家さんなのか、場合によってはレーベルなのか。会社単位で推したいと思う読者さんが「読もうかな~、買おうかな~」と好きと推しのふり幅を広げてもらえるように。著者の方々はビジネス相手ではありますが、推したい何かがあったり、その作家さんの中に何か可能性が見えたりして「ここを推したいな」「みんなに読んでもらいたいな」という想いで本づくりをしていると、読者の皆さんにもその熱量と作品のおもしろさが伝わるのかなと。ぜひ推しを持って、推しについて言語化できるようにして欲しいです。自分の言葉で説明できる、それを著者さんにもお伝えできると良いですね。感覚だけで伝わるときもあるんですけど、修正の相談や指示などをするときにも、何となくで伝えてしまうとよくないので。

石井 天才肌の作家さんにありがちなんですが、自分の作品の推しポイントをわかっていなかったりしますよね(笑)。みんなはここがいいって言ってるんだよ、というのを「ああ、そうなんだ?」みたいな。

棒田 全部をわかりやすく伝える必要はないときもありますが、読者に届けるために、その取捨選択もできるように、著者の方々と伴走していく編集者には必要かなと。

石井 編集部と作家さんで作ったものを売ってくれる営業部や書店さんは、膨大にある中で売りに行ってくれるので、そこで一言で言えると良いですよね。

棒田 日頃からマンガに限らずいろいろなものに対してここが好きだなというストックを貯めておくと良いですよね。

――何かお知らせなどありましたら、お願いいたします。

◎2024年4月アニメ放送開始!
となりの妖怪さん』著:noho
公式サイト
https://tonari-no-yokai-san.com/

◎2024年1月、WEBコミックサイト「COMICポルタ」オープン予定!
毎月、第2・第4の金曜日に更新予定!
新規連載作品+マトグロッソの既存作品も連載に登場!
続報をお楽しみに。

COMICポルタ

 

――最後にマトグロッソを読んでくださっている読者の皆さんと、この記事を読んでくださってる皆さんにそれぞれコメントをお願いします。

石井 マトグロッソは、それこそ読者の皆さんと作っている感がすごくあります。SNSで「面白いのが始まったと思ったらマトグロッソだった」と言ってくれる人がいて、媒体のことは意識していなくても作品を通じてみなさんと繋がっているなあという実感がすごくあるので、入りにくいところではあるんですが(笑)これからも深い森に分け入っていただけたらと。

棒田 今後も読者の皆さんにとってのお気に入り作品を増やしてもらえるように、マトグロッソやポルタを覗いて、いろんな感情(作品)を楽しんでもらいたいです。漫画家さんたちにもたくさんチャレンジして欲しいと思います。

余談ですが、マンバさんのインタビューは「え、あの編集部ってこうなんだ!」「あ、この方は今ここで編集長になられているんだ!」と編集部側も面白く読んでいるので(笑)ほかの編集部をもっと読みたいです。

石井 編集部によってこんなに違うんだって思いますよね。

棒田 今回の記事内容、横道にそれすぎて失礼しました。各編集部にインタビューに行かれるのは楽しそうですよね(笑)。

――楽しいですね!(笑) みなさんがどんな愛や想いで作品を届けているかを知ることで私自身も刺激を受けますし、編集者って大変だけどやり甲斐があって楽しい仕事だよ、というところも含め今後もお伝えしていけたらと思っています。本日はどうもありがとうございました。


13回目の「となりのマンガ編集部」ですが、インタビュー中の笑顔や笑い声が一番多かった回かもしれません。作品の好みから編集者になる道程まで非常に対照的なお二方ですが、些細な雑談から作品についての相談まで普段から上質なコミュニケーションが取れていることが肌で伝わってきました。それと同時にマンガ文化への確かな愛と信念も感じ、もちろん表には出せない大変なことも多いとは思いますが、それでも好きなもののために楽しみながら仕事をしていることへの強い共感も生じました。今後も素晴らしい作品を送り出してくださることを確信できて、マトグロッソとコミックポルタの発展が楽しみです。

 

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