矢口高雄の描く田舎は美しく、そして容赦がない——『おらが村』『かつみ』

『おらが村』

 

 「四畳半SL旅行」の記事で、おらが地元の神奈川県川崎市には「藤子・F・不二雄ミュージアム」があると書きました。このFミュージアムは、「生田緑地」という公園内の施設です。この生田緑地、「緑地」という名の通り自然林などを保全しているのですが、それだけではなく「川崎市の文化の殿堂」といった感じの存在でして、Fミュージアムの他にも、『TAROMAN』で再び脚光を浴びた岡本太郎美術館もありますし(『TAROMAN』作中に登場した「奇獣」の元ネタ作品もだいたい見れます。川崎に美術館があるのは、太郎の母方実家が川崎市高津区だからです)、そして「日本民家園」という野外博物館もあります。これは江戸東京たてもの園とか博物館明治村とかみたいな建物を公開保存している博物館なのですが、その名の通り「民家」に絞っているのが特徴で、南部曲屋から白川の合掌造りまで、東日本を中心に主に茅葺きの古民家が立ち並んでおります。子供の頃行ったときは何が面白いのか全然分からなかったんですが、この歳になってから行くと面白くて面白くて、最近は旅行時に野外博物館(岩手県北上市のみちのく民俗村とか福島県の福島市民家園とか)を旅程に入れるのが自分のブームになっております。
 で、こういう「茅葺き古民家」を描いた漫画といって外せないのは、一にも二にも矢口高雄作品でありましょう。矢口作品というと釣りのイメージが強いですが、自身の故郷である秋田県は横手盆地の山間部農家の生活をモチーフにした作品も多く(以前紹介した『9で割れ!!』はちょっと例外で、横手盆地の中でも都市部がメインですが)、『おらが村』『ふるさと』『かつみ』などといったタイトルが挙げられます。今回はその辺を紹介しましょう。
 まず紹介するのは、このタイプの矢口作品の先駆けとなった『おらが村』。連載は73〜75年の『漫画アクション』で、単行本はアクションコミックス全3巻のほか、近年にはヤマケイ文庫から全1巻で出ています(電書版はこれが底本)。本作はこのような冒頭から始まります。

『おらが村』10〜11ページより

 方言を交えて語られる、『おらが村』というタイトルからまさに想像できるような出だし。そして舞台となる「高山家」の住居は、見事なまでに茅葺き古民家です。家の真ん中から手前に玄関が突き出ているのは、秋田〜新潟あたりの豪雪地帯でよく見られる「中門造り」というタイプの民家でして、有名な「南部曲家」と同様にL字型であることが多いものの、地域によってはこのようにT字型であったり、両サイドが突き出ているコの字型であったりします。なお、曲家との違いは形状の差ではなく、出入口の場所です。

筆者作図

 で、この「おらが村」での生活が語られていくわけですが、ここで本作……というか矢口高雄の田舎作品が優れているのは、決して田舎を理想郷としては描かないところ。自然の美しさについてはかなり称揚されますが、その中での生活自体は、出だしのナレーションからは予想ができないほどシビアに描かれます。何しろ、「おらが村はなんてったって平和」と言った舌の根も乾かない第2話でいきなり、「なかなかぜんそくが良くならない老婆がイタコに見てもらい、狐憑きだというのでその息子が松葉の煙で狐を追い出そうとする→尊属殺人」というコンボが決まっているのですから。い……因習!

『おらが村』50〜51ページより

 さらに内角攻めが凄いエピソードは、中盤の「ヒデコ」という回。この回では、身体に生まれつきの障害を持っていた弟を自殺で失ったヒデコという女性が登場するのですが、村人たちは、その人のことを「血が悪いから結婚できない」と(あんま悪気もなさそうに)陰で噂します。厭さがえらい生々しいです。

『おらが村』312〜313ページより。本作主人公である高山のオド(親父)は良識ある人間なので憤ってくれます

 また、都会者の田舎に対する憧憬というものに対してもシビアで、横浜に出て働いている三男の義勝が友人を連れて帰省し「ふるさとにはいつまでも変わらないでいてほしい」というようなことをのたまった際には、父母と一緒に農業を営む長男・政信が「おめえたちはな 都会という便利なところに生活圏をもってて たまたまここさ旅行に来た気分だからそンただ身勝手なことが言えるのだ」「こンただ不便なところが このまま変わらねえでいた方がいいと思ってるのけえ!!」とピシャリ。

『おらが村』122〜123ページより
『おらが村』124ページより

 シビアです。決して「変わらないふるさとのスローライフ」みたいなのを全面的に肯定したりはしない。
 この辺の傾向は、『少年サンデー』連載の『かつみ』(『おらが村』では高山家の末娘だったかつみが、スターシステム的に主人公をやっている田舎生活もの)でも顕著でして、本作では田舎での農業生活に憧れて東京からやってきた北川という青年が副主人公でして、東京に比べて田舎がいかに素晴らしいかを語ったりするのですが、

『かつみ』1巻56ページより

 その数ページ後では、「木造茅葺き(燃えやすいところしかない)の家が火事になり、雪で消防車は来れず、男手は出稼ぎに出ていて消防団も人不足、積もった雪で脱出もうまくできず、幼い子どもたちも含めた一家全員が焼死」というショッキングな事件が発生したりします。

『かつみ』1巻63ページより

田舎暮しの良いところも悪いところも知りつくした作者ならではの作品群でありましょう。

 

 

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