第壱回「マンガの 絵 to 字」

第壱回「マンガの 絵 to 字」

 さて、マンガと文字についてつらつら思うこと書きます。というか、マンガならではの文字使い、とでもいいますか。
 まずは、毎回こういう時には必ずといっていいほど話題に出すのが『伝染るんです。』(吉田戦車)のこれです。

『伝染るんです。』(吉田戦車)コミック1巻より。

 頭に包帯巻いた少年が、新しく発明したという字を見せて、先生がどう読むのか聞くと、その読みを、吹き出しの中で見事に発音する、というやつ。

おそらくこれが好きな人は他にもたっくさん居るんでしょうけど、やっぱり外せないですね。金字塔。字だけに。

 一コマ目で書かれていた「新しい字」は、どう発音するのかさっぱり分からないけど、四コマ目でそれは吹き出しの中の活字となって発せられている。どういう発音かは分からないけど、確かに声に出して読み上げている。マンガは「絵」と「セリフ」の、その両方で成り立っているわけですよね。で、ここで、一コマ目の「新しい字」は、黒板に貼られた紙の上に書かれている様子が描かれていて、いわば「絵」といってもいいでしょう。それが四コマ目で「セリフ」の中の活字になっちゃった。すなわち読者は絵が字になる瞬間、まさに「絵 to 字」を目の当たりにしたことになります。これができちゃうのがマンガなんだな〜。

 続きましては、『Dr.スランプ』(鳥山明)から、刈り上げ頭のナウいギャル、皿田きのこの叫び声。

『Dr.スランプ』(鳥山明)電子書籍版コミック3巻より。

 「も゛き゜ゃみ゛ゃ〜〜っ!!」ってやつ。先の『伝染るんです』の「新しい字」よりは、こうしてテキストで再現できるものの、発音はさすがにちょっと難しいかな。だけど、マンガの中では思いっきり叫ぶことが可能なんですよね。しかも、いまだかつてない驚きを表わすのにうってつけ。だってこんな字、いまだかつてなかったんだもん。
 というか、実はこれ以前に千兵衛さんの「き゜え゛え゛〜〜っ!」ってセリフが出てる回があって、つまりいまだかつてあったのですけど(笑)、

電子書籍版コミック1巻より)

 だけどやっぱり、この濁点&半濁点使いの叫びは、皿田きのこのモノという印象が強いですね。クールにキメようとしている彼女のふだんとのギャップで、この叫びが出てくるのが面白い。なんたってこの叫びだけで一コマ使ってますから。

アニメ化された際にも、このときは普通に叫び声がありつつ、この字がマンガそのままに飛び出して再現されてた気がする。もはやテロップ的に出さざるをえないですもんね。
 ちなみにマンガでよく使われる濁点モノのは「あ゛あ゛あ゛」でしょうか。けっこう需要はあるみたいで、アドビのオープンソースフォント「源ノ角ゴシック」がアップデートで「あ+濁点」とか「き+半濁点」を追加したし、つい最近リリースされた「源ノ明朝」はもちろん収録済み。

(上が「源ノ角ゴシック」で下が「源ノ明朝」に収録されている字)

 でもさすがに「も゛」と「み゛」が無いから「も゛き゜ゃみ゛ゃ〜〜っ!!」までは完全再現できないか。「も゛き゜ゃみ゛ゃ〜〜っ!!」は、気持ち名古屋弁っぽい雰囲気がしないでもないところが鳥山明ワールドっぽくていいですね。
 同じく『Dr.スランプ』から、こちらは読める文字を使った別の例ですけど、摘さん一家が中国語で会話するときのセリフも、当てずっぽうな漢字の羅列でよかったなぁ。

電子書籍版コミック5巻より)

 「♪」のふりがなが「るん」とか「死」が「です」になってたりする小技もタマラン。まぁ「夜露死苦」とか「仏恥義理」的な当て字ですね。元を正せば万葉仮名っぽい使い方と言えるでしょう。マンガ用だから漫用仮名とでも呼ぼうかな。

 すでに意味とか読みとか認識できる「文字」を、ほんのすこーしズラして使うことで、ちょっとした違和感を醸し出して、非日常性を生み出す。絵との相互関係、補完関係もあいまって、マンガとはとっても相性がいいみたいです。
 で、その違和感を文字で表現してる最近のマンガといえば『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(浅野いにお)じゃないですかね。ものすごくリアリティのある東京の景色と状況の中で繰り広げられる違和感と共存しているかのような物語。そこでも効果的に使われているのは、「侵略者」たちの言葉や宇宙船の音を表現するための文字。

コミック1巻より)

 ひらがなっぽい文字の形をしていて、だけど全っ然、読めない。舞台が東京で、この文字は外国の言葉じゃなくて身近なひらがなっぽいというところも、「侵略者」とはいったい何者か? みたいな謎も手伝ってもどかしすぎてムズムズする。

コミック3巻より)

 実はマンガやアニメに出てくる創作文字って、たとえば五十音とかアルファベットに一対一対応している場合がけっこうあって、「この字は“あ”に相当する」とか読者が独自に解読表を作って文章を読み解くケースが多いのだけど、これは違う気がするなー。グラフィカルな文字の並びを重視してるような気が。ググっても解読してる輩が見当らないですもんね。うーん。どうなんだろう。読めるのかな。じっと見てると法則性もあるように思えて読めそうにも見えてくるぞ。う゛あ゛あ゛あ゛〜(こういう時に使う)。そのへんもムズムズする原因かも。いずれにしても発音はできそうにない。
 その一方で、遠くに飛んでる宇宙船の音は逆に読めないと割り切って、聞きとれないノイズそのままに、単なるSE的というか、なんだかのほほんと、かわいく見えちゃう不思議。

コミック5巻より)

違和感も慣れちゃうとこんな感じだよなー。っていう、まさに現代社会を映している! なーんて気にもなって、思わず渋谷の空を見上げてしまうのでした。


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