はるき悦巳『じゃりン子チエ』。この作品を全く知らないという人は世に多くない(特に関西においては)ことでしょう。
漫画としても有名ですし、高畑勲監督の劇場アニメ版も大傑作、また、「トラのふんどし ヒグマのパッチ……」という歌いだしのOP曲も印象的なテレビアニメ版については、本放送自体は81〜83年ですが、関西などでは夏休みとかになると何度も再放送をやっていたので、直撃世代でなくても「見たことある」という方は多いかと思われます(筆者も夏に親の実家へ帰省した際などよく見ました)。令和の2021年になってもサンテレビで再放送が行われましたしね。
で、そんな『じゃりン子チエ』に欠かせない名サブキャラクターといえば、チエちゃんの飼い猫・小鉄。人・猫を問わず作中最強クラスの強さであり、人気もトップレベル。TMSアニメ公式チャンネルでも「なにわのどらン猫セレクション」として小鉄主役の回3本を無料公開しているくらいです。そして今回紹介する『どらン猫小鉄』は、タイトル通り小鉄を主役にしたスピンオフ作品。彼がチエちゃんの家にやってくる前、「月の輪の雷蔵」と呼ばれるようになった事件(「小鉄」という名前はチエちゃんがつけたもの)を描く物語です。
まず連載データから紹介しましょう。本編は『アクションヒーロー』(81〜85年)という『漫画アクション』の兄弟雑誌に創刊号から連載されたもの、単行本巻頭に「予・予告編」「予告編」として収録されている「必殺タマつぶしの巻」「ケンカは大きらいの巻」の2本は、双葉社がコロコロ・ボンボンに対抗して出していたが2年ちょっとで消えた幼年向け雑誌『100てんコミック』の81年1・2号に掲載されたものとなります。
続いては内容。本作は、気ままな野良猫だった小鉄(作中では前述の通り「雷蔵」と呼ばれますが、本稿では「小鉄」で統一します)が、長距離トラックの荷台に忍び込み、適当なところで飛び降りて、人の気配がまるでないのになぜか猫の気配がするという不思議な街へとたどり着いたところから始まります。そこは「三途の猫町」——かつて九州の閉山になった炭鉱町に猫だけが住みつき、「猫町銀座」と呼ばれるユートピアを作ったが、大阪から流れてきたヤクザ猫の一派がトランプ・カブの賭場を作ったことで状況が一変、今度は地元のヤクザ猫も丁半の賭場を開くようになり抗争がスタート、挙句の果てには人間が残していたダイナマイトを使って町の大半を更地にしてしまうほどの血で血を洗う戦いが行われるようになり、今ではカタギ猫はほぼいなくなり、迷い込んだ猫は生きて帰れないと言われるこの世の地獄だったのです。
町に残った数少ないカタギ猫のオヤジから話を聞いた小鉄は、もとの「猫町銀座」を取り戻すために、両方の組を相争わせて勢力を削ぎ、最終的に一掃するという作戦を立てて、九州の地元組・西鉄親分のところへと乗り込んでいくが——。これがあらすじです。
このあらすじを聞いて、既視感があるという方もいらっしゃることでしょう。本作の元ネタは明らかに、黒澤明監督の映画『用心棒』(1961)です。とはいえこれも実は完全オリジナルというわけではなく、アメリカのハードボイルド・ミステリ作家、ダシール・ハメットの小説『血の収穫』(1929)というのが実は大元です。この「街にはびこる悪党を、派閥の外にある主人公が、互いに争わせて壊滅させる」という「『血の収穫』プロット」は、筒井康隆が「あらゆる小説、映画、劇画に流用されている。その数、おそらく百をくだるまい」と言っているくらい(ちなみに筆者はこの辺の知識を、「『血の収穫』プロット」で書かれている筒井康隆の小説『おれの血は他人の血』で自己言及的に語られていることで初めて知りました)さまざまな作品で使われており、本作もその一つというわけになるんですね。
話を戻しますが、そういう血筋で作られている本作、なんだかんだ言って人情的な作品である『じゃりン子チエ』本編とは異なり、猫とはいえ凄惨なバイオレンスが繰り広げられます。戦闘シーンはダイナマイトや竹槍を使ってのガチ殺し。
また、ヤクザ猫の片方のトップ「西鉄親分」というのからして、熱狂的な黄金期西鉄ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ。本作連載のころには西武に身売りされて所沢に移転しており、ホークスはまだ南海が保有していて大阪を本拠地としていたため、九州にはプロ野球球団がない状態でした)ファンであるため、西鉄ライオンズのマークを額に焼印で入れ、「野球帽には耳がないから」というだけの理由で自らの耳を切り落とした狂気の猫だったりします。
さらにはその息子・カズヒサ(名前は「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれた西鉄のスーパーエース・稲尾和久が由来です)が輪をかけた狂気の存在で、殺した大阪のヤクザ猫をてるてる坊主のようにして吊るし、誰が最初に腐って首から下が地面に落ちるかに賭ける「てるてる坊主賭博」なんて行為まで行います。しかもそれにビビって逃げ出した仲間まで吊るすという連合赤軍状態。
そして、そんなカズヒサと小鉄が最後の決着をつけようとするシーンとか、本当にハード&クールでカッコいいんですよねえ。
本作、黒澤に遠慮しているのか、作中で「狂ってる」が連呼されてるのが悪いのか分かりませんが、『じゃりン子チエ』の番外編となる短編集『どらン猫小鉄奮戦記』や、本作の続編的な存在である『帰って来たどらン猫』シリーズと異なり、文庫化・電書化などはされておりません。単行本はロングセラー(A5判で最初出たあと同じ年にB6判で出しなおされており、メジャーなのは後者です。筆者の手元にある本は84年の初版から10年経った94年で15刷となっています)で割と部数が出ているため、古書店などでそれなりに見かけますから、その際はぜひお手にとってみていただきたい。