最近発売された「一度きりの大泉の話」について雑談しましょう。

個人的には目次の時点で最高でしたね。本自体も面白いしそれを取り巻く関係者/ファンも込みで面白いと思いますが皆さんはどんな感じでしょうか?

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COM 71年10月号 少女マンガをさぐる!から プロとしての抱負をきかれたときの回答 竹宮惠子
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COM 71年10月号 少女マンガをさぐる!から プロとしての抱負をきかれたときの回答 竹宮惠子

COM 71年...
@名無し

ほんとに増山さんに影響されていたんですね。

子どもの頃、竹宮さんの絵柄はすごく萩尾もとさんのに似ていると感じていて、「なに?この人、いやだなあ!」と腹立たしく思っていました。

あそび玉と、地球へ、の類似とか、、
萩尾もとさんに盗作疑惑かけるなんて、今更ながら怒りがフツフツ、、

竹宮先生と増山さんも仲違いしてたはずだけど晩年は交流あったんだなぁ。でも竹宮先生はいいことしか書かなそうだから増山さんが本当のところどう思ってたかは分からない…

こんな記事があった

写真:竹宮惠子氏(左)と増山法恵氏(右) 1970年代の少女漫画界に文学的な切り口と複雑な画面構成を用い、新風を吹き込んだ「花の24年組」。その一員である、漫画家の竹宮惠子氏と大泉サロンの主宰者である増山法恵氏によるトークショーが、少年合唱団を題材にした 『ヴォイス・オブ・エンジェルズ ― 少...

三ヵ月も前にお亡くなりになっていたことに一番驚いた
池田理代子萩尾望都が大ヒット作の後にデッサン教室に通ったように
大人の絵を竹宮が基礎から努力していたら、大人の漫画を共作しただろうか?
ブレーンの増山さんは頭の鉢が開いたキラキラ美少年じゃないと怒っただろうか

こんな記事があった http://www.webdice.jp/dice/detail/1046/

こんな記事があった http://www.webdice.jp/dice/detail/1046/

@名無し

一緒にトークショーするくらい仲良かったんですね!

一九九〇年前後、小学館の少女漫画誌『プチフラワー』に連載されていた萩尾望都の、少年への義理の父による性的虐待を描いた「残酷な神が支配する」を、私はなぜこのようなものを萩尾が長々と連載しているのだろうと、真意をはかりかねる気持ちで読んでいた。中川右介の『萩尾望都と竹宮惠子』(幻冬舎新書)を読んだ...


風と木の詩』への批判として『残酷な神が支配する』を描いたとあるが萩尾望都は、『風と木の詩』を読んでいないという話だった気がしてるがどういうことなんだ...

風と木の詩」へのアンサーが「残酷な神が支配する」とよくいわれるけど
その前にささやななえが「凍りついた瞳」を描いてる
他にも山岸涼子が短編でかなり名作をそろえてる
児童への性虐待、近親相姦を語るなら竹宮先生、他の漫画研究家にはぜひこっちも併せて読んでほしい
ほぼ同じ時代なのに24年組で、竹宮・増山の「風木」だけが、絶対的になにか違う

圧倒的に、致命的に、あさい

ささやななえの「凍りついた瞳」はすごかった。
風木とは全く違ってると思ったけど見かたによっては同じ流れになるのか。考えたこともなかった

「残酷」は「風木」へのアンサーでも批判でもないと思うけど、いわゆる「性的虐待萌え」に冷水ぶっかけて、そのおぞましさを読者に突きつけたところはあるような。
何に萌えようが自由だけれど、その醜悪さは自覚しとけ、被害者の地獄はこうだ、虐待を介する愛など都合のいい性的ファンタジーに過ぎないと。

今回の騒動で分かったことは50年間竹宮恵子は「お前は私のネタを盗作した」という首輪を萩尾望都につけて、むしゃくしゃした気分の時はその鎖を引きずって幻想の萩尾をぶんなぐって怒鳴りつけやりたい放題し続けていたということ。取り巻きや竹宮の妹がそれに同調して「萩尾はなにをやってもいい盗作屋」と決めつけて同調者をいまだ求めていること。
明らかになったからには小学館の社長クラスか大学の関係者か何でもいいから、竹宮恵子に「萩尾はお前の盗作なんかしてない。する必要がない」「君の心の問題だから精神科に行って治療しなさい」と言ってあげてほしいです。

大泉サロンで少女漫画家朝ドラ!じゃねーっつーの。メンヘラ竹宮の一人闘病記じゃ。

 70年代中頃って、名香智子ファンション・ファデにそのものズバリなクロッキーを見た見ないの冤罪エピソードがあった。あと山岸凉子のアラベスク第二部でもエーディクが同じ曲を全く違った振付にしてしまうモチーフオルタナティブのエピソードがあった…気がする。

ひょっとして結構大々的に漫画界に流布キャンペーンさせていたのかな…と疑ってしまう>竹宮陣営からの男子寮・水辺の校舎・温室・バラを盗作されたアピ

気になっているのが、竹宮さんは増山さんの貢献に対して対価を支払っているのかということ。 増山さんは「変奏曲」のノベライズ?本を書いているようだけれども、それ以外の、「風木」等には 何も表記等はないよね。 「あなた一人ぐらいは食べさせられると思う」と言って下井草での同居に誘ったという記述があるけれども、竹宮さんの個人会社の社員なのか、役員なのか、そういう形で給与が支払われていたのかしら。 萩尾さんが「落とし穴」と言っていたのは、発表された作品に実は原作者がいたのだということが後からわかると、作画者の価値が下がるような印象を与えるという意味で書かれていると思うけど、逆に考えると、作品が発表された後で「実はあの作品は私が考えたものです」という、増山さんが望んだ形での発信をしても、それこそ裁判でも起こさない限り著作権は発生しないし、印税も入らない。 萩尾さんが原作者名を明記することにこだわるのは、「竹宮作品にあれだけの貢献をした増山さんの名前が、一切記載されていない = 印税が支払われていない」ことに対する疑問を投げかける意味もあるのではないかと思う。

気になっているのが、竹宮さんは増山さんの貢献に対して対価を支払っているのかということ。 増山さんは「変奏曲」のノベライズ?本を書いているようだけれども、それ以外の、「風木」等には 何も表記等はないよね。 「あなた一人ぐらいは食べさせられると思う」と言って下井草での同居に誘ったという記述があるけれども、竹宮さんの個人会社の社員なのか、役員なのか、そういう形で給与が支払われていたのかしら。 萩尾さんが「落とし穴」と言っていたのは、発表された作品に実は原作者がいたのだということが後からわかると、作画者の価値が下がるような印象を与えるという意味で書かれていると思うけど、逆に考えると、作品が発表された後で「実はあの作品は私が考えたものです」という、増山さんが望んだ形での発信をしても、それこそ裁判でも起こさない限り著作権は発生しないし、印税も入らない。 萩尾さんが原作者名を明記することにこだわるのは、「竹宮作品にあれだけの貢献をした増山さんの名前が、一切記載されていない = 印税が支払われていない」ことに対する疑問を投げかける意味もあるのではないかと思う。

@名無し

なんというか、昔の男の人の「女房の財産は全部俺の財産」という思想が
竹宮さん(が書いたもの)からは強烈に感じられました。
最初の二人がかりで萩尾先生を盗作だ!と詰問した時すでに「増山の少年愛は俺のもの」「増山は俺の女」「俺の女の財産は俺のもの手を出すな」的な独占用というより貪欲さ?
増山はお嬢様育ちだから目の前で泣かれて「あなたが私には必要なの!」とくさい演技されたからほだされて何もかも吸い取られ失ったんでしょうね。

金は絶対正当に支払われてはいないですね。
異常だぞー小学館。

萩尾望都派多いな 竹宮惠子派はいないのか

萩尾望都派多いな 竹宮惠子派はいないのか

@名無し

竹宮先生の作品オチがないというか、ビシッと決まったのが1個もないから…

でも、今回の萩尾先生の告白、同業者も編集者も本当に誰も知らなかったのでしょうか? だとすれば、読んでビックリですか? 誰も何も言わないですよね。 周辺の人が少し感想を言ってるだけで。 誰かが何か言って頂きたいです。

でも、今回の萩尾先生の告白、同業者も編集者も本当に誰も知らなかったのでしょうか? だとすれば、読んでビックリですか? 誰も何も言わないですよね。 周辺の人が少し感想を言ってるだけで。 誰かが何か言って頂きたいです。

@名無し

同業者が誰も何も言わないのは、それだけ今の漫画界で竹宮恵子が政治力を持っているということの証明だと思う

途中までしか読めないが面白い

2021年4月に発売された『一度きりの大泉の話』は、多くの少女マンガファンを震撼させた。『ポーの一族』などの作品で知られる漫画家・萩尾望都が、同じく「花の24年組」として語られてきた竹宮惠子(代表作『風と木の詩』『地球へ...』など)との関係について、心情を暴露したのだ。 ...

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ある男性漫画オタ

遅ればせながら読んだ、両者とも2.3作程度しか読んでないし、それほど思い入れがある訳じゃないし、想像も多くあまりお行儀の良い評では無いが
これ…若さの一言で済ませたり、モーツァルトやサリエリのような天才・秀才キャラの類型化が容易に可能な話になってしまってるな…
あまり類型化して語るのは両者に対して失礼なんだが、両方見た印象として、ベルセルクのニーナとルカ、うしおととらのうしおと秋葉流だわ…

増山女史がどういう役割だったかは分からないが、なんか、萩尾女史は異常に自己評価が低いというか、竹宮の方が人気だったし私は大泉じゃ脇役に過ぎなかったと認識してるから、上から踏みつけられた(事実そういう構図)と思ってるけど
竹宮女史は「嫉妬」とか言う言葉で済ませてるけど、多分うしとらの流というか、萩尾女史の竹宮恵子の方が私より上だという本気の認識が針の筵か、眩しくて死にそうだったんじゃないのかこれ
恐らく少年愛物っていうのは最後の砦というか「萩尾には描けない、私は描ける」という拠り所で、萩尾側の才能に焦りと強迫観念が相当あったのでは
社交性や漫画の人気でルカ姉ポジションに付けても、創作者としての実力でニーナ側に自分を感じていたように見える
「スランプ」なんて言葉で誤魔化してるし、年月と賞賛が傷を癒したんだろうけど、いくら若さで強迫観念や焦りが爆発したとしてもやられた側の傷が癒える筈もないというか
若い個性の強い作家が共同生活を送る以上、いつか訪れる必然的な破局だったように思う
誰だって長い人生の一時、楽しい思い出も嫌な思い出もあるもんだが、竹宮女史が「色々()有ったけど今は全部良い思い出」くらいに書いてるのに、萩尾女史は「最後に180度変わって全部悪い思い出になったから封印した」っと言いきっちゃってる
一応読む限り良い思い出もあったというのはうっすら見えるけど、たぶん自分があの場の中心の一人だったという自覚は微塵も持ってない…
職人型の人間はよく自分の引力を理解してない事があるけど、恐らく萩尾女史は正にそういう人間なんだと思う
少女漫画革命に熱心だったのは竹宮・増山女史ではあったのだろうし、萩尾女史は無関心に自分の漫画を描いてたら周りが持ち上げて、革命の一つだと認識したのだろうけど
革命を起こすために描いた作品で革命を起こしたのに、向こうは革命なんてする気なしに革命してる、これもさらに竹宮女史のコンプレックス刺激したのでは
サロンなんて言い方してるけど、実際は山岳ベースというか、よく刃傷沙汰にならなかったなとすら思ってしまった

なんというかトキワ荘にはテラさんが居た、個室があった、大泉には無かったと言おうか、トキワ荘の物語も決して美しい物語ばかりじゃないというのは描かれてるんだけど、青春の1ページになっていたわけで
「少女漫画のトキワ荘」幻想が粉微塵に吹き飛んだ
実際自分もこの二人の作品は「歴史」的に読んでいただけに少々恥じ入っている、当事者が生きている歴史はナマの過去だと心に刻んで起きたい

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ある男性漫画オタ

あまり類型化すべきじゃないと分かってはいるんだが、曝け出してる萩尾女史に対して竹宮女史は肝心な所をボカしてるせいで、実在人物だと庵野秀明・島本和彦的な物を感じた
もしもジルベール曝け出し版が出たら「絵、絵が漫画になってるじゃないかー!」とか「やめろ萩尾!俺より面白い漫画を描くんじゃねー!」とか
家に帰ってもライバル視する巨大な才能と顔を合わせ日々神経を擦り減らすシーンとか
「アホやねー」ならぬ、「少年愛わかってるねー」で開き直れる竹宮女史が凄い簡単に想像できてしまう
島本先生はコミュ力お化けだし、庵野監督は良い嫁さん見つけて復活できてるし、同居もしてないから全く違う結末に至ってるけど、自分と違う才能に嫉妬するって詳細に描いたらああいう苦悩は絶対あるだろうし
何というか野次馬根性というか、ねらー的な下品な興味本位なのは分かってるのだが「嫉妬」の一言で済ませないで完全に吐き出した竹宮恵子の見解を読んでみたい
そんな事しても登場人物が凄いだけで、どこにでもあるオタサー崩壊秘話な気もするが

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ある男性漫画オタ

一度きりが出た時点で、当事者以外があれこれ語るのは
そっとしておいて欲しいという萩尾女史の願いを踏みにじる事になるし
竹宮側が完全版を出しても萩尾側が反応する義理も無いだろうしなあ
それはそれとしてそういうのを見たいと言う野次馬根性も出ちゃうけど

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