マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。
そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第22回は[デブ編]、柔道マンガの傑作『柔道部物語』(小林まこと/1985年~91年)の名脇役・名古屋和彦の出番である。
高校に入学したばかりの主人公・三五十五(さんご・じゅうご)が、先輩たちの口車に乗って未経験の柔道部に入部してしまうところから物語は始まる。最初は優しかった先輩たちが、仮入部期間を過ぎて本入部となった途端に豹変。三五ら1年生は、足腰立たなくなるほどの猛烈なシゴキ(通称「セッキョー」)の洗礼を浴びる。「だまされた‥‥!!」と歯がみする三五だったが、「このままやめてしまったら それこそ立場ねえじゃねえか‥‥」と、意地で続けることに。先輩の指示どおり、髪も五厘刈りにした。
シゴキの翌日、13人いた新入部員は一気に7人に激減。残った7人のうちの一人が名古屋和彦である。運動経験ゼロの小太りで、見た目はオタクっぽい。柔道には何の興味もなかったが、先輩に無理やり柔道場に連れ込まれ、受け身をほめられてその気になった【図22-1】。それまでの人生で、ほめられたことがほとんどなかったのだろう。あとから来た三五らが同じようにほめられて「くそ‥‥負けるもんか‥‥」とライバル心を燃やす彼は、ちょっとかわいい。
とはいえ、シゴキを受けて真っ先に逃げ出しそうな彼が逃げ出さず、きっちり五厘刈りにしてきたのは、三五のような向上心ではなく「僕も二年になったら一年をしごくんだ!!/その日までやめてたまるか!!」という怨念による。令和の目で見れば問題ある“暴力の連鎖”だが、昭和の時代の体育会系部活は、これが普通だったのだ。
しかし、理不尽なシゴキは最初の1回だけで、以降は厳しいながらもむしろ民主的で明朗な部活の様子が描かれる。そこで名古屋は、見事な手抜きの才能を発揮する。腕立て伏せは、ヒザをついて腕を曲げずに体を揺らすだけ。片足跳びは、こっそり左右の足を交互に出しているのでただ走っているだけ。投げられても痛くない受け身もマスターした。強豪3校が集う夏休みの合同合宿では、暑さと地獄の猛特訓でメシも喉を通らず体重が落ちる者が続出するなか、もりもり食べて逆に太った。その後も手抜き練習を続け、ついに体重は90キロに。「技を身につけず肉を身につけた」のであった。
そんなんだからずっと白帯のままで、当然団体戦のレギュラーにはなれず、試合の場面では出番がない。が、一度だけ、新人戦の個人戦には出場した。重量級の名古屋の相手は、強豪校の巨漢。実力的に勝てる要素は1ミリもないが、堂々たる態度で対峙する名古屋。そして、ガシッと相手の腕を取った瞬間、みずから1回転し背中から畳に落ちる。立ち上がって一礼し、そのまま立ち去ろうとする彼を、思わず「まてまてまて~~」と呼び止める審判員。しかし彼は「え‥‥? だって僕 負けましたよ」とシレッと言い放つ。公式試合ですら手抜きに徹し、それっぽく見せるのが彼の流儀なのである【図22-2】。
2年生に進級し髪形が自由になると、名古屋はモヒカン刈りに口ひげというコワモテのルックスに変身。同期の連中に「なんだその頭は~~」と笑われても「フン!!/俺は新一年のセッキョーをやるために今まで生きてきたんだ/それが終わったらこんな部ともおさらばさ‥‥」と野望に燃える。ところが、髪を伸ばした2年生には3年生からの「おはつ」という儀式が待っていた。バケツやヤカンやパイプ椅子など、それぞれの得物を持った3年生に、頭を思いっきり殴られるのである。そこで名古屋は「三年になって‥‥これをやるまでは‥‥やめるもんか‥‥」と心に誓う。動機は別にして、ある意味、根性があるのだった。そして、念願の新入部員獲得のため勧誘活動に向かう2年生の先頭に立つ名古屋は、まるで主人公のような雰囲気を醸し出す【図22-3】。
一方、本物の主人公・三五は得意の背負い投げを武器に、めきめき強くなっていく。ほかの部員たちもそれぞれに力をつけ、県大会を制覇した柔道部はインターハイ出場。団体戦でも個人戦でも健闘する。その間、名古屋の出番はナシ。インターハイが終わって3年生が引退すると、三五たち2年生の中から新主将を選ぶ選挙が行われた。順当にいけば実力ナンバーワンの三五か、中学時代に主将経験のある内田が選ばれるはずが、フタを開けてみれば、なんと名古屋がダントツ1位! まさかの結果に黙り込む部員たち。しかし名古屋本人だけは「いや~~」と満更でもない様子である。そこで3年生たちがふざけて名古屋に投票したことを告白。さらに、名古屋が1年生たちをお好み焼きで買収していたことが発覚。主将になればサボり放題と思ったのか、とりあえずカッコいいと思ったのか。選挙違反ということで名古屋は失格となり、新主将には次点の三五が就任した。
ことほどさように、試合以外の場面で存在感を放つのが名古屋という男。柔道の実力では話にならないのに部活内でみそっかす扱いもされず、だからといって完全にギャグ要員というわけでもなく、ふてぶてしくそこにいる。参加320校という全国大会では、自分は出ないくせに「びびってんじゃねえ!! こうなったら勝って勝って勝ちまくって最後に残るのは俺たちだぜ」と檄を飛ばし、三五たちも「おう!!」と当たり前のように受け入れる。こういうキャラクターも珍しいのではないか。
いよいよ最上級生になった名古屋は、乱取り中の1年生を「こらあっ!! そんなやり方じゃだめだ!!」と叱り飛ばす。そこで何か偉そうなことを言うのかと思いきや、「それはなぜですか?」と問われていわく「疲れるだろ」。全国レベルの柔道部にあって、手抜きとハッタリで生き抜いてきた男の哲学は、決してブレないのであった。