職人肌の漫画家が咲かせたエロティック・サスペンス・ギャグの大輪—村生ミオ『SとM』

『SとM』

 先日、漫画家の村生ミオ氏が亡くなりました。80年代前半に『ときめきのジン』『胸さわぎの放課後』とラブコメでヒットを出してから、亡くなる直前に至るまで、掲載誌は少年誌から青年誌へと変化しつつも安定して継続的にヒットを出し続けてきた人ですが、評論とかの俎上に上がるような作風ではなく、縁のない人には本当に縁のない漫画家だと思います。

 実際、編集者の岩井好典氏の証言によると、村生氏本人は若い頃に『COM』などを読んでいたこともあって作家性の強い作品を好んでいながら、「でも、ぼくは違うんです。ぼくは“流行作家”なんですよ。載っている雑誌で、常に1位を争うような作品を描きたい。描かなければならないんです。作家性の強い漫画を良いなとは感じるけれど、自分で描こうとは思わないんだよね。自分は人気作が描きたい」と語るような人だったそうです。

 そして、秋田書店と双葉社と集英社の隔週3誌の連載で人気だった時期、ゴラクが依頼に来て、「無理だよ。5年くらいしたら受けられると思うから、その時にね」と断ったのだそうですが、ゴラク編集はそれから定期的に村生氏の仕事場に顔を出すようになり、5年経った時に「…先生、あれから5年経ちました」と言ったため、村生氏も「それだけ熱意がある人の依頼を無碍にはできないよね」と他の人気連載を整理してゴラクで05年からスタートし、キャリア最長の人気作となった連載、それが今回紹介する『SとM』です。

 本作、表紙やタイトルのパッと見イメージと、1巻の「愛する妻、可愛い娘、築き上げてきた信頼と社会的地位…。かけがえのない人生を送るため、ひたすら真面目に生きてきた男の前に、突然忍び寄る誘惑という名の落とし穴! ここに始まる衝撃のエロティック・サスペンス!! 壊してやる…あなたの幸せを!!」という作品紹介文を読むと、「あーよくある中高年男性欲求充足の不倫モノね、興味ないわ」と思われる方もいるかもしれません。しかしそれで本作を読まないのは実に損している。「エロティック・サスペンス」というのは間違ってはいないのですが、それは本作の一部です。本作は、実は同時に一級のギャグ漫画なのです。勘違いする人がいそうなので先に書いておきますが、この「ギャグ」は、「作者は大真面目に描いているが、読者は斜めにツッコミを入れてしまう」というタイプのものではありません。「明らかに作者が狙って笑いを取りに行っていて、それが大成功している」というものです。
 分かりやすい例として、本作の8〜10巻の展開を挙げましょう。9巻で、主人公・戸田誠は、一度は自分を陥れようとしたこともある社長秘書・静江が監禁されて生命の危機にあるという連絡を受け、静江にとって大切な思い出があるひまわり柄のネクタイを身に着けて助けに向かいます。

 

『SとM』9巻176〜177ページより

 

 タクシーに乗って監禁場所である山奥の廃校へ急ぐ誠。しかしその途中で車は道を横切った猫を避けようとして崖に衝突し、さらに落石によって火に包まれてしまいます。

 

『SとM』9巻186〜187ページより

 

 一方、監禁されている静江は、男性不信に加えて誠を一度は騙していたということもあり、「私のために来てくれる人なんか 誰もいやしないのよォ——————ッ」と絶望の叫びをあげます。しかしそこに一生懸命に走ってくる人影が。

 

『SとM』9巻194〜195ページより

 

 そして、監禁されている部屋のドアが開き、静江が見たものは……。

 

『SとM』9巻200〜201ページより

 

 ……こんなの卑怯でしょう! 「服は焼けてもこのネクタイだけは火から守って必死で走ってきたんだ」と誠は言い、静江は感動の涙を流しますが、「そうはならんやろ」としか言いようがない。「なんなのよ そのかっこう」と笑う沙耶(序盤の悪役。ある理由から誠を付け狙っています)の意見の方がまとも。

 

『SとM』10巻16ページより

 

 ちなみに、この静江が8巻で誠を陥れるために誘惑するシーンは次のような見開き3連発です。

 秘書の

『SとM』8巻62〜63ページより

 秘所が…

『SとM』8巻64〜65ページより

 ビショビショ

『SとM』8巻66〜67ページより

 漫画史上最悪の6ページという感じですね。

 えー、話を裸ネクタイの所に戻しますと、誠が駆けつけたとはいえ、沙耶が拳銃を持っている以上、静江たちの不利は変わりません。するとここで静江は、「死ぬ前に愛する人に抱かれたい」と言い出し、誠とのセックスを望みはじめます。沙耶はこれを承諾し、誠がイッた瞬間に誠を殺すという恥辱のゲームをスタートさせます。しかしこれは静江の作戦でした。沙耶に惚れていてその手下をしている小坂は誠の部下だった男なのですが、誠のおごりで昼飯を一緒に食べた時に、誠のカツ丼のカツを一切れ盗み食いしたことがあるほど欲望に短絡的な男であり、

 

『SとM』10巻120〜121ページより。誠の人間の小ささも光る2ページです

 

 こうやって二人の痴態を見せつけていれば我慢できなくなって沙耶に襲いかかるに違いなく、その時にスキができるはずという冷静で的確な判断によるものだったのです。
 しかしこの作戦にも崩壊の危機が。小坂が理性を失う前に、誠の方がイキそうになってしまうのです。そこで誠は三途の川と人生の走馬灯を見ます。

 

『SとM』10巻146〜147ページより。イクと行くがかかっているんですね。最悪な地口

 

 しかし、その走馬灯の最中、なぜか急にエレクチオンが萎える瞬間が。

 

『SとM』10巻150〜151ページより

 

 誠は走馬灯をリピート再生し(器用すぎる)、その瞬間がどこにあったかを突き止めます。それは、公私ともに何かと気にかけてくれ、結婚式では仲人を務めてくれた部長の、奥さんの姿を思い出した瞬間だったのでした。

 

『SとM』10巻156ページより

 

 「お…奥さま お世話になります!!」じゃねえよ。部長と奥さまに一度殴られたほうがいい。

 とまあ、このような具合でエロス・サスペンス・ギャグのジェットコースターがテンション高いまま続き、このあとも「グ…ロッキー」「見開きチンポビンタ」「SO SHOCK男子」など数々の名シーン(セリフとかだけ抽出されると何のことやらわからないと思いますが、ぜひ皆さんご自身の目で確かめてみてください)が次々と出てきます。なんというか、ページをめくった瞬間に、見開きや1ページまるまる使った大ゴマでギャグを繰り出してくるのが凄い上手いんですよ。メインストーリーも、紆余曲折はあっても悪人も改心するなど爽やかに進むので後味が良いです。食わず嫌いをせず、ベテラン”流行作家”による職人仕事をこの機会にぜひ味わってみてください。

 あー、それと本作、ネズミがしゃべる(ついでに、誇りと良心を失わないために誠が縛られているロープをかじってくれる)シーンがあります。

 

『SとM』14巻102〜103ページより

 

 『優駿劇場』もそうでしたが、ゴラク編集部と読者、「動物はしゃべるもの」と思っているフシがありますね。

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