「テニスのマンガと言えば何を思い浮かべる?」
と聞くと、たいていの人は『テニスの王子様』と答えるでしょう。
一方アラフィフ以上の男性は『テニスボーイ』と答える人も多そうです。
テニプリに負けず劣らず、「テニス」という名前を使ったなにか不思議なスポーツのマンガです。
「宝塚のマンガと言えば何を思い浮かべる?」
と人に聞いたら、どうでしょうか。お返事は『かげきしょうじょ!!』でしょうか。
40代以上になると『ライジング!』という人も多そうです。
『ライジング!』は、現在はハーレクイン・ロマンスのコミックスで大活躍中の藤田和子先生と、少女小説界を代表する作家氷室冴子先生というゴージャスなコンビから繰り出された作品です。
氷室先生は大の宝塚ファンだったということで、楽しんで創作されていたことがよくわかります。もう、ノリッノリ。主人公を始め、歌劇団のキャストたちが活き活きと描かれていきます。
そして、もうひとつの魅力は作中劇です。主人公たちが演じる演目が詳細に描かれていきます。氷室先生はすべての作中劇のシナリオをきちんと用意されていたそうで、どれを取り出してもひとつの作品になりそうなのです。
そのうちのひとつ『レディ・アンをさがして』は脚本が出版され、少女歌劇団のOSK日本歌劇団で舞台化されたとか。
ちなみにOSKとは、大阪・松竹・歌劇の略。宝塚歌劇団の後を追って松竹歌劇団が設立され、松竹が東京と大阪に別れて三大少女歌劇団となりました。紆余曲折を経て大阪松竹が生き残り、OSK日本歌劇団となったそうです。宝塚歌劇とはライバルだったOSKが宝塚歌劇をモチーフにした作品の舞台化をするなんて、なんとも因縁を感じます。
さて同じ少女歌劇を扱った作品でも、『ライジング!』と『かげきしょうじょ!!』では、タイトルに「!」がつくところのほかにも共通点があります。
『かげきしょうじょ!!』のさらさもかなり型破りというか個性的ですが、『ライジング!』の祐紀も、尋常じゃなくぶっ飛んでます。
祐紀は歌劇学校がなんなのかまったく予備知識なく受験し、なんとなく特別に合格します。
そしてここからが『かげきしょうじょ!!』と大きく異なる点なのですが、祐紀は若手演出家の高師謙司先生のものすっごい、もんのすっごいエコひいきによって、いろいろ大抜擢されます。抜擢されすぎです。
この主人公の特別扱い、80年代は物語の中で普通に起こりました。
「テストの結果ではなく、私たちは彼女の可能性にかけました」とか「規定違反だけど審査員が開眼しちゃって優勝」とか。真面目にやってて主人公よりも成績のよかった脇役はたまったもんじゃないですね。
私も、子どもの頃は自分は少女マンガの主人公たちと同様、どこかで優遇されて然るべきと思っていたフシがあり、夢はでかいけどものすごくナマケモノでした。努力しないけどすっごい才能をどこかの公園あたりで誰かに発見されて抜擢されたらいいな、みたいな。
その上、当時はセクハラなんて言葉はありませんでした。高師先生はエコひいきしている祐紀にチューしてます。先生、それはアカハラだかセクハラだかで、今なら絶対やっちゃいけないヤツです!!
そして、祐紀のダメっぷりがすごい。気に入らないことがあるとすぐ失踪、泣いてわめいて人を責めて、「お前は女王様か!」と言いたくなります。まあだいたい若者なんて傲慢なんだけどさ……。
「高師も目を覚ませ、もっと大人の女にしろ!」と思いながら読み進めますが、そこからの祐紀の成長譚がすごい。彼女の失言のひとつひとつを丁寧に拾い上げ、祐紀は自分の浅はかさに気づいて劇的に成長していきます。
祐紀が目を剥くほど自分勝手なのは、最後に開眼させて成長させるためだったのです。前半に首をかしげながら読んでいた読者も、めくるめく後半の展開に「ああ、ごめんよ祐紀、ただのワガママ娘だと思ってた私を許して……」という気になります。このあたりの構成力、さすが氷室先生、少女小説の大家です!!
祐紀が自分の至らなさに気づき成長するのだから、高師先生よ、お前も自分のセクハラに気づいて反省してくれ!!
それにしても「主人公なら何でもアリ」な優遇体制、ほんとうに夢があってステキです。祐紀が特別に歌劇学校在学中にデビューできたのなら、私もアラフィフですが今から歌劇学校に入学させてくれないでしょうか。がんばるんで!