ステーキ焼くときには化学調味料を振ろう—中華料理漫画の隠れた傑作・東城三紀夫『おなかはすいた?』

ステーキ焼くときには化学調味料を振ろう—中華料理漫画の隠れた傑作・東城三紀夫『おなかはすいた?』

 スポーツや頭脳ゲームのような広義の「バトル」を描く作品においては、「物語のスタート時点では、主人公はそのジャンルの素人」というパターンがしばしば見られます。スポーツでなら『SLAM DUNK』や『アイシールド21』など、頭脳ゲームなら『ヒカルの碁』『アカギ』など、色々と思いつきますね(もちろん、『キャプテン翼』や『咲-Saki-』などのように、最初から実力者というパターンも多いですが)。
 ただ、「バトルもの」であってもこのパターンがあまり見られないジャンルというものがあります。料理漫画(の中の「料理対決」をメインとするもの)です。以前紹介した『スーパーくいしん坊』をはじめ、『ミスター味っ子』『鉄鍋のジャン!』『中華一番!』『食戟のソーマ』など、この手の作品の主人公は「実家が料理屋」などの理由で、物語開始時点からある程度以上の実力者であることが多いです。

 しかし、「料理対決」がメインであり、かつ「物語開始時点で主人公は素人」という作品もゼロというわけではありません。例えば、馬場民雄『虹色ラーメン』は、主人公が高校生になって初めてラーメンを食べ、その美味しさに感動したというところから始まります。

そして今回紹介する東城三紀夫『おなかはすいた?』も、「主人公が料理素人」から始まる作品の一つ。個人的には、「中華料理漫画」という括りの中では一番好きな作品です。
 本作の連載は95〜97年の『ミスターマガジン』(91〜00年)。講談社の青年誌の中でも、『モーニング』などの影に隠れて今ひとつマイナーな雑誌ですね(主な掲載作に『加治隆介の議』『課長バカ一代』『花田少年史』など)。単行本はミスターマガジンKCから全7巻が出ています。作者は、88年に藤子不二雄賞佳作を受賞した「カンガルーボーイ」が『コロコロコミック』89年新年増刊号に掲載されており、それがおそらくデビュー作な人です。
 内容の紹介に移りましょう。本作の主人公・三好味彦は、江戸時代から続く老舗料亭・花好の一人息子。しかし、先だって挙げた各作品の主人公たちとは違い、甘やかされて育ってきたため何もできないボンボンで、米を炊くことさえまともにできない料理素人です。物語は、そんな彼が、「両親が詐欺同然の先物取引に引っかかって財産を失った挙げ句に事故死」という、全てを失った状態で放り出されるところから始まります。

 

『おなかはすいた?』1巻4〜5ページより

 

 「花好」の息子ということで料亭に就職するも、ろくに仕事はできず、一級品の魚沼産コシヒカリをベチョベチョに炊いてしまったことで料理長の堪忍袋の緒が切れ、わずか1週間でクビを宣告された上に、給料どころか店に与えた損害21万円を請求されるという始末。ダメにしてしまったコシヒカリに例えられて嘲笑されます。

 

『おなかはすいた?』1巻18ページより

 

 しかしそこへ、「花好」に世話になったと語る女性が現れ、ダメになってしまったコシヒカリを、「大地魚干」という干したヒラメを使って極上の粥に変え、味彦を救います。

 

『おなかはすいた?』1巻30〜31ページより

 

 「花好」に世話になったと言うものの、知らない女性に助けられたことで困惑する味彦。そんな彼に、陳咪咪(ミイミイ)と名乗るその女性は、自分は味彦の婚約者だと告げるのです。聞けば、味彦の父・龍彦は若い頃、また国交も正常化されていない中国に潜り込んで料理修行をしていた時期があり、その際に同門だったミイミイの父・宏平と、文化大革命時に料理人が迫害された際にお互いを助け合うなど深い友情で結ばれ、宏平は娘が生まれたら味彦と結婚させて「花好」をもりたてていきたいと約束したとのこと。

 

『おなかはすいた?』3巻26〜27ページより。このあと龍彦は、この紅衛兵に「料理で人を救えることもある」ということを実践してみせ、吊るし上げられていた宏平たちを解放させることに成功します

 

 これにはさすがの味彦も「そんな昔の親どうしの口約束を守って中国からやって来たの!?」「中国へ帰ったほうがいいよ 無理して君がここにいる必要なんてないよ」「今さら料亭の跡継ぎでもない こんな僕といっしょになったっていいことないよ……」ともっともなことを言います。しかしミイミイは「二人で『花好』を再建しましょう」と全力で前のめり。こうしてミイミイと味彦は、最初は屋台からスタートし、あることから大中華料理店グループの総帥・郭永慶に紹介され、彼が運営する大久保の「リトル中華街」に中華料理店「花好」を構えることとなります。この「リトル中華街」編が、1巻終盤〜5巻までと本作のメイン部分を占めるストーリーであり、「料理対決」がテーマとなっています。
 「リトル中華街」のルールについて説明しましょう。ここは、駅から一番近い一等地「麒麟」から最下等の「鼠」まで10地区に分かれており、一つのブロックには5店舗ずつがあります。そして、それぞれのブロックごとに月1回の3日間「サービスデー」という制度があり、この期間中に売上・味・サービスで最も優れた結果を出せば上のブロックに移る権利が与えられるのです。判定は「麒麟」に店を構えている五人衆が行います。というわけで、味彦とミイミイは、店を経営しつつ、「麒麟」を目指してサービスデーでの勝負に挑んでいくのです。

 

『おなかはすいた?』2巻212ページより

 

 本作の主人公である味彦は、先だって書いたとおり米さえ炊けない料理素人です。しかし、一つだけ料理に関する才能があります。舌です。小さい頃から老舗料亭で良いものを食べていたため、ごく小さな味の差も見逃さないほどの鋭敏な味覚を持っていたのです。
 この才能が明かされるのは、1巻の終盤、「リトル中華街」に店を出す許可をもらえるかの試験として、郭永慶の料理長・安徳士から問題を出されたときのこと。問題というのは、その席で出された、「高級和牛を、コショウさえ使っていない塩のみの味付けで焼いたステーキ」には「ある秘密」があるので、それを当てろというのです。
 この頃の味彦は、料理の腕だけでなく性格的にも褒めるところがない(自覚はしていますが)ので、即ミイミイに頼ろうとしたり、逃げ出そうとしたりして、安徳士にキレられます。

 

『おなかはすいた?』1巻158〜159ページより

 

 そこで、「確かにこれじゃ小さい頃とかわらない 僕はずい分ひどい…… わがままな子供だった……」と、「お母さんの料理じゃなきゃ食べたくない」と駄々をこねて、病気で寝込んでいる母親に茶碗蒸しを作らせたことを思い出し、そして「今日のステーキには、あのときの茶碗蒸しと同じ旨味があった」と気づくのです。その時の茶碗蒸しは卵のみが材料だったので、ステーキに感じたのはコンブやカツオ節を使ったダシ汁の味ということになる、しかしコンブやカツオの匂いが混じれば肉本来の味を損なってしまうだろうし、実際ステーキからはそんな匂いは一切しなかった……と思索を巡らせた味彦は、「かっかっ 化学調味料を つ つ 使っています」とおそるおそる答えます。
 「勘違いじゃないの!」と取り乱すミイミイですが、これがズバリ正解。安徳士は、「肉の旨味であるイノシン酸に、グルタミン酸を加えることでより肉の味が際立つ。しかし肉にコンブ等の味が混じっては意味がないので、純粋な旨味成分のみの化学調味料を使う」というような説明をします。

 

『おなかはすいた?』1巻168〜169ページより。ちなみにこれちょっと間違いはあって、カツオの旨味はグルタミン酸じゃなくてイノシン酸です。この辺はあとの方の巻では修正され、よりバージョンアップして使われます。あと化学調味料が化学合成されていたのは60〜70年代の一時期で、今では製造コストなどで勝る発酵法に取って代わられています

 

 これ、当時としてはかなり画期的な内容なんです。現在でも「無化調」を謳っている店がしばしばありますが、当時は化調ってのはもっと悪者で、「自然の味」「本物の味」ではなく、場合によっては「健康に悪い」というような扱いでした。「中華料理店症候群(チャイニーズ・レストラン・シンドローム)」という「中華料理店で食事をした後に頭痛や動悸・息切れなどが出る」という症状が化調のせいで起こるのではないかという説が出ていたり、「化学調味料を使った料理は舌がピリピリする」などと言われたりもしていたものです(このあたり、化調がそういう症状を引き起こすという証拠はなく、そういう症状が起きたとしても、その料理に付随していた別の要素、例えば塩分が強かったとか油が悪くなっていたとかが原因であろうというのが今の定説です)。現在のように「うま味調味料」という呼び方に変わったのも、その辺のマイナスイメージの払拭という面があります。
 ちなみに、このステーキの焼き方は、試した人によれば実際うまくなるそうですし(味塩コショウの類で下味つける場合は自動的にこれやってることになりますしね)、ちょいと前に筆者がTwitterでなんとなく本作のこのページを紹介したら、バズレシピの方に拾われ

“これとても理に適っている、お肉に旨味をつける場合昆布や鰹の風味はいらない、だから純粋な旨味をうま味調味料でつける
ちなみにお肉にうま味調味料を使うのは割と常識で焼肉屋さんの牛タンなど赤身と比べ肉のうま味が少ない部位は高級店でもかなりの確率で使われる
仙台の有名な牛タン屋もそうです”

“この方法を飲食店が公表しないのはうま味調味料の効果を理解していない方が
「訳のわからんものを使って肉を誤魔化すな」と言い出すからです
肉本来のイノシン酸があるからうま味調味料のグルタミン酸が活きる、実はこれ超素材を活かしてる
勿論肉本来の味を食べさせる方法も味付けともありです”

 

 と解説されていました。そんなわけでこのシーンは、読者に強いインパクトを与えるとともに、味彦の才能をアピールする名シーンなのです。

 さて、こうして一国一城の主となった味彦は、その舌を活かして味付けの最終的な加減を決める役を担いつつ、ミイミイの指導で中華料理を作る訓練を一から始め、

 

『おなかはすいた?』1巻188〜189ページより

 

 先述したリトル中華街サービスデーでの料理勝負の数々を経て成長していき、4巻ごろになると、「天才的な料理の腕を持ちながら、通じている裏社会の人間を使って、対戦相手の食材を盗んだり、車で轢いて片目・片腕を使えなくしたりの工作もする」という「料理の才能もある笹寿司」みたいな奴が対戦相手となっても、「こんな僕に負けていった人達のために 僕は逃げるわけにはいかないんです」と見違えるように覚悟の決まった料理人の姿を見せます。気持ちの良い、王道な成長譚です。

 

『おなかはすいた?』4巻20〜21ページより。味彦を「俺のようにされるぞ」と止めているのが、3年前に車に轢かれた孫明城です

 

 また本作、「料理勝負」の判定というもの自体に対しても真摯なところがあるのが魅力です。例えば、料理勝負の判定をする麒麟五人衆の一人である楊栄良は、「愛情」を基準としています。一見、秋山醤あたりなら鼻で笑いそうな精神論です。しかし彼は言います。
 「中国じゃ餃子にニンニクを入れないが 日本じゃ入れるのが当たり前だ それをどっちがうまいとか正しいとか言い争ったって結論はでまい」「それは文化や伝統の優劣を論じるようなもんで不毛の論争だ」「しかしオレ達麒麟は料理勝負でそれに判定を下さなければならない」
 つまり、素人とプロの勝負みたいなのならともかく、ハイレベルな勝負なら味自体はほぼ互角、好みの差レベルになるので、単純に「自分の好みの味に近い方に一票」とかじゃ料理人が判定に納得いかないだろと。そこで彼の場合は「愛情」、料理人としての姿勢に重きを置くと言っているのです。それは「きちんと手間をかけたか」というような料理に直接表れる部分だけではありません。例えば、最初の「鼠」から一つ上がった「猫」地区での勝負。花好は、本気を出せば麒麟レベルの腕を持つと噂されながらも、若い頃に無理して過労死してしまった奥さんとの思い出が詰まった店を離れたくないため「猫」でくすぶっている毛鉄観という料理人と勝負することになります。毛は味彦とミイミイの二人に若い頃の自分たちの姿を重ね、真剣勝負のための新しい餃子を考案する一方で、さりげない形で味彦たちにアドバイスも送ります。楊はそこまで見ていて、「花好の餃子はすごかった…… あんたの助言がなければつくれなかっただろ」「花好の餃子がすごければすごいほど あんたの凄さ ふところの広さがわかる」と言い、毛の方に一票を投じるのです。
 一方で、麒麟五人衆の別メンバーである英平和は、「自分の舌が驚いてくれるかどうか」「新しい中華の味を作っているか」を基準に置き、「料理は結果だけじゃない それを作る過程が最も大事なんだ 常に一生懸命つくる奴にはかなわねエよ」という楊に対して「僕はどんなに一生懸命作ったって まずいものはまずいと思うな」と真っ向から反論したりします。

 

『おなかはすいた?』2巻218〜219ページより

 

 さらに、別の麒麟五人衆・林隆基は、「客の気持ち、満足度」を最優先として判定基準にしています。例えば、「虎」地区での鍋料理勝負では、花好ではなく対戦相手の「虎山」に票を入れるのですが、その理由は、旨味が出る「モミジ」(鶏の脚先)を袋に入れて鍋の中に入れていたからというもの。モミジを入れたという工夫そのものではなく、人によってはグロテスクに感じてしまう見た目であるモミジを袋に入れて直接見えなくする工夫、そこに一票を入れたと語るんですね。このように、「料理勝負をどう判定するか」のところにも工夫が凝らされているのも読みどころとなっております。

 

『おなかはすいた?』3巻146〜147ページより

 

 その他にも、「日本人に一番喜ばれる”湯”(中華でのスープ料理)を示してみろ」という課題に対し、「日本の小さな中華料理店でスープを単品のメニューとして出している店はあまりありません あっても卵スープかワカメスープくらい」「毎日仕込まれるスープはいったい何に使われているのか考えたら ラーメンだったんです」「日本人は中華のスープを ラーメンのスープとして一番味わっている」として、「ラーメンこそ、日本人が一番喜ぶ”湯”」という答えを出してきたりするなど、日本人にとっての中華料理の変容・受容についても目が行き届いているのも面白いところです(実際、町中華とか日高屋とかでチャーハンなんかを頼んだ時にサービスで付いてくるスープ、あれ多くの場合ラーメンスープですしね)。

 

『おなかはすいた?』5巻26〜27ページより

 

 本作、掲載誌の知名度の微妙さと、作者が他に単行本作品がない(00年代は「東城ミキオ」名義で『まんがタイムジャンボ』『まんがタイムファミリー』などに作品を発表していましたが、すべて未単行本化。筆者の知る限り最後の作品は、11〜12年にかけてハンドメイド雑貨ショップ「もりねこや」のサイト上で不定期連載されていた「猫森家の人々」になります)こともあって、料理漫画としての完成度の高さの割にはだいぶマイナーで、単行本もなかなか見かけません。講談社には作者と連絡つけて電書化してほしいところ。

 

\ この記事よかった! /
👏 拍手を送る
記事へのコメント
コメントする