kashmir『てるみな』—素晴らしき悪夢のような幻想鉄道漫画の魅力

kashmir『てるみな』—素晴らしき悪夢のような幻想鉄道漫画の魅力

先日、kashmir氏の漫画『てるみな』の最新4巻が出ました。記事の右上にあるプロフィールを見ていただければ分かりますように、筆者はこの『てるみな』単行本で幕間コラムを執筆しております。というわけで今回は、「まだ読んでいない」という人のためにその魅力の紹介を、「もちろんもう読んでいる」という人のために筆者がどんなふうにコラムを書いているかを紹介しようと思います。

まずは掲載誌等の情報から。本作は2011年に白泉社の『楽園』で連載開始され、単行本で2巻までが本誌、3巻以降はWeb増刊に掲載されたものです。10年で4巻とペースが遅めなのは、『楽園』自体が年3回刊という刊行ペースの遅い雑誌だからですね。あと、間違えられやすいんですが、作者名「kashmir」の頭のkは小文字です(「Kashmir」じゃない)。読みは素直に「カシミール」です。「ナオコサンが菓子見入る」と覚えましょう(これは、氏がかつて『コミック電撃大王』でアヴァンギャルドなギャグ漫画『百合星人ナオコサン』を連載していたときに、大王のハシラに書いてあった覚え方です)。

 

さて内容です。1巻表紙を見ればある程度想像がつくかもしれませんが、ざっくり言ってしまえば「鉄道好きの猫耳少女・ミナが、東京近郊の鉄道に乗る」というものです。ただし、表紙ぱっと見の印象から得られるような、まったり・かわいい系だと思ったら、それは大甘だというもの。白泉社公式サイトで1巻1話が全部試し読みできます(https://www.hakusensha.co.jp/comicslist/46978/)んで、四の五の言わずにまず読んでみなされ……と言いたいとこですが、まあそう言われて「は…はい て…てるみな試し読みを読みます…(フワー)」となる人が全員というわけではないでしょうから、紹介をしていきましょう。

『てるみな』1巻9ページより

ある日突然猫耳が生えてきてしまったミナは、天狗の仕業かもしれないと祖母から聞かされ、天狗で有名な高尾山へと「京央線」に乗って出かけることにします。ここで「京王」ではなく「京央」となっておりますように、この世界における東京は、「東」の字が簡体字となっている、現実の東京とは似て非なるものです。

『てるみな』1巻12〜13ページより

時代もいつ頃なのかはっきりとせず、京央線は民家を削りながら走るシュールな光景が描かれます。ちなみに、ここで新宿を出た列車が「しばらくしゃどうをはしる」と書かれていたり、駅名に「火薬庫」と書かれてたりするのは鉄道マニア的にはちょっとニヤリとするところで、史実でも京王線は新宿から幡ヶ谷までの間は甲州街道の上を走る併用軌道(路面電車)だった時期があることや、現在の明大前駅が開業当初は「火薬庫前」という名前の駅だったことを下敷きにしています。

『てるみな』1巻16〜18ページより

さらに進んで、現実での調布市に差し掛かる辺りになると、沿線風景は偏執的な描き込みとともにシュールさが増していき、さらには「死」の香りが濃厚に漂うようになっていきます。

『てるみな』1巻21ページより

さらに進むと、列車は現実のルートを超えて高尾山を登っていき、山麓では打ち捨てられた車両が怪物に襲われている風景が広がるようになります。

どうですこれ。凄いでしょう。1巻のあとがきで「ありえない角度で登坂する電車の夢をみたことがあり、それを元に同人誌をかこうとしたのがはじまり」と書かれているように、「女の子がかわいいつげ義春」とでも言うような、めくるめく悪夢的世界が読者をトリップさせてくれます。kashmir氏、先述の『ナオコサン』や『◯本の住人』など、ギャグや萌え4コマなど色々な作品も描いていて、そちらも十二分に面白いのですが、サイト上で発表のイラストや同人誌などではこういう作風が色濃く出ている人でして、こんなkashmir原液100%みたいな作品が商業ベースで読めるというのは大変に幸せなことですよ。

さて、ここから先は筆者が執筆している幕間コラムの話です。

『てるみな』1巻26ページより

コラムはこのように、各話に登場する路線について、それっぽい来歴や特徴を書いたものとなっております。箸休めというか、定食の中での漬物のようなポジションですね。ここでは、最新4巻に収録の、東弐東上線(東弐の東は簡体字)がモデルの回を例に、どんな具合にここを作っているかをご紹介しましょう。

まず基本的に、路線のオリジナルな設定はkashmirさんの漫画が先にありきです。コラムは、漫画内での描写と、モデルとなった路線の史実を混ぜ合わせて整えるという、言ったら二次創作的なやり方で作られています。

この回では、東上線で家と会社を往復するだけの日々に疲れ、発作的に会社と逆方向へ向かう列車に乗ってしまったお姉さんが登場し、

『てるみな』4巻120〜121ページより

ミナと出会って東上線沿線を観光するという内容となっています。

『てるみな』4巻124ページより

そして明かされる、この世界における東上線という路線名称の由来。

『てるみな』4巻130ページより

……ジョージアて。いやジョージアて。無茶にもほどがありますぜ。

『てるみな』4巻131ページより

悲願なのか。悲願と断言されてしまっては仕方がない。それっぽい説明を考えることにしましょう。

史実でも、昔(戦前)の私鉄には「実現絶対無理だろ!」としか言えないような大風呂敷広げてた例というのが意外とあるものでして、例えば「金沢と名古屋を結ぶ」という触れ込みの金名鉄道(石川県内のみ約17kmの路線しかなかった。後に北陸鉄道金名線となって1987年廃止)とか、「島根(出雲大社)と広島(厳島神社)を結ぶ」という触れ込みの大社宮島鉄道(島根県内のみ約19kmの路線しかなかった。後に一畑電鉄立久恵線となって1965年廃止)とかがその筋では有名です。あとは、「静岡の磐田から北陸までの縦断鉄道にします!」と言って無理やり北陸から出資者を集めたりしたけど、社名の由来になった光明村(現・浜松市天竜区)までさえたどりつけずに10年保たないで廃止された光明電気鉄道とかも。この辺の史実をアレンジして絡めた文章書けばそれっぽさが出るだろう、ここまでの算段はぱっと思いつきました。

しかし……、埼玉県とジョージアを結ぶこと、肝心のこの点にどう理屈をつけるのかが難しい。そもそも自分のジョージアに関する知識、シュクメルリと、『咲-Saki-』に登場する臨海女子高校1年のネリー・ヴィルサラーゼちゃんの出身地であることくらいしかない……。

まあ、机上で唸ってるだけでも埒が明かないので、実際にモデルになった路線に行って現地を確かめてみます。これは、コラム内で使用する写真を撮りにいく(Wikimedia Commonsにパブリックドメインの写真があったたときなどはそれを使用する場合もありますが)という意味もあります。

で、作中でミナちゃんも歩いている川越の街を歩いてみたりもします。川越といえば何と言っても蔵造りの町並みで有名ですが、その他に、市のイメージキャラクターがサツマイモモチーフだったりと、かなり川越芋がプッシュされているのも目に付きました。サツマイモ……サツマイモ……。

西武新宿線本川越駅とその近辺にて筆者撮影

 

その時、ふと閃いた! このアイディアは、てるみなのコラム執筆に活かせるかもしれない!

 

こうして、川越とジョージアを結ぶ需要の合理的な説明ができました。やったね。2019年12月に、4日間(たしか)の限定で、三鷹や布田などごく一部の松屋店舗でのみシュクメルリがテスト販売されてたときに「これは……俺の好みにすごく合いそうなメニューだ!」と思ってわざわざ食べに行き(筆者はもともと日本でお目にかかるのは珍しい各国料理を見かけたらとりあえず食べる方なんですが、これはツイッターで情報を見かけた時に特にピンときたので……。その後全店舗で出るようになったときは、店員に「シュクメルリ」とあだ名付けられててもおかしくないペースで食いに行きました)、珍しいものだからと写真を撮っておいたのも活きました。あとここでついでに、お得情報として一つ小技を書いておきますと、簡体字のフォントはどれもなんか日本語フォントより一回り小さい感じがあるので、簡体字の部分だけQ数を1上げてやると気持ち見た目のバランスがよくなる気がします(このコラム内の本文文字は基本11Qですが、簡体字部分だけ12Qにしております)。いや、ほとんどの人にとっては役に立つ機会ない小技だと思いますが……。

とまあ、こうやってコラムページが出来上がるというわけです。筆者はあまり自分の文章を褒められないタチなんですが(おぜぜ貰ってる以上、それに見合うライン以上にはやっちゃるぞという自負はありますが、まあ知り合い連中の中だと上手くない方に入るので……)、本作のコラムについては自分でも「いいの書けたと思う」と自信を持って言うことができます(既刊だと、3巻に収録の銚子電鉄の回とかは特によくできたんじゃないかなと)。それは結局、何より本編が素晴らしいので、箸休めで足を引っ張るわけにはいかないぞという気持ちが120%の力を出すしかない状況に筆者を追い込んだからです。そういうわけでございますので、まだ読んでいないという皆々様、これを機にぜひとも読んでみて下さい。絶対損はさせません。

記事へのコメント

簡字体確かに小さいですよね笑 多分漢字しかない中国語ならではの設計なのかなと思いますが。
無茶な鉄道計画多すぎで笑いました。東上線はジョージアまで開通してほしいですね!

kashmirkashmir先生のシュールさが大好きなのですが、この鉄道シリーズは未読でした。もったいない事をしていた…これから読みます!

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