特にマクラもなく始めますが、インターネット上には、セリフだけ、ひとコマだけ、あるページだけといった一部分のみがミーム化して広く流通している漫画というものがあります。今回紹介する牛次郎+ビッグ錠『スーパーくいしん坊』(なお、牛次郎が原作なのはコミックスの3巻までで、4巻以降は「原案」となっており、ビッグ錠の単著となっています)もそんな漫画の一つ。タイトルを聞いてピンとこないという人でも、次に引用する見開き2ページを見れば、「あ、どこかで見た!(そのものか、コラか、パロディーかなんかを)」となる人は多いのではないかと思います。
しかし、この2ページの知名度に比べて、作品としての本作の影は薄い。同コンビによる料理漫画『包丁人味平』の影に完全に隠れてしまっている感があります。ですが本作、『味平』に伍すと言ってよい魅力を持っているのです。
本作の連載は82〜87年の『月刊少年マガジン』。主人公・鍋島香介は、「スーパーくいしん坊」のあだ名で呼ばれるほど食べるのが大好きで、かつ料理の腕も天才的な、町の料理屋「キッチンくいしん坊」の跡取り息子である中学生。この香介が、その道のプロの料理人(多くの場合、高慢になっている)を相手に対決を挑み、奇想天外なアイデア料理で勝利を収める……というのが毎回の基本的なプロットとなっており、4巻までは1話完結、5巻以降は3話で1エピソードという多少の差はあるものの、全体を通しての大きなストーリーはない、基本的にどの巻から読んでも大丈夫なオムニバス式の作品となっています。しかし本作の設定とプロット、既視感があるという方は多いのではないでしょうか。例えば、『ミスター味っ子』(寺沢大介、86〜90年連載)などは完全にこれを踏襲した作りになっていますし、料理バトル漫画の極北『グルマンくん』(ゆでたまご、94〜96年連載)などもこのパターンの対決回がしばしばあります。そう、本作は、料理バトル漫画(特に少年誌での)で見られる黄金パターンを確立した(『味平』も料理バトル漫画ですが、このパターンは確立されていない)、実はエポックな作品なのです。
本作の魅力はその歴史的な点にのみあるのではありません。出てくる料理が、「『グルマンくん』ほど狂ってはいないが、現実的にはちょっと無理だろ」という具合の漫画的な夢のあふれたものになっているところが何とも言えない良い味わいを出しています。例えば、相撲部屋のチャンコ番との勝負で見せた、巨大な桜島大根をそのまま四段式の鍋にした「全国チャンコ」(大根には消化剤の役目をするジアスターゼが大量に含まれているので、力士にとって敵である消化不良対策にもなっているという説明付き)。
あるいは、原宿の高慢なピザ専門店との勝負で見せた、日本列島の形をしたピザに各都道府県の名物が具材として仕込まれているという「日本の旅ピザ」。
夏の海水浴場でのカレー対決で見せた、筒状に仕込んだカレーを砂浜に埋めて蒸した「タワーリングカレー」なんかは、妙に美味そうで素直に食べてみたい魅力があります。
……まあ、ちょっとやりすぎというか、ラーメンの麺を洗濯機で茹でたり、自動車のホイールキャップを使ってお好み焼きを焼いたりと、「え、衛生観念……」と言いたくなってしまうものもあるにはありますが。特に後者、よりにもよって「病院食」という、一番衛生的に気を使わなきゃいけないテーマでの料理なのが……。
それと、本作の魅力としてもう一つ欠かせないのは、主人公・香介のキャラクターです。『鉄鍋のジャン!』みたいに意図して露悪的なキャラにしているわけでもなさそうなのに、やけにヒールっぽいんですよ。良いアイデアを思いついたときなど、不必要に邪悪な顔をすることがよくあります。
そして何より、煽りスキルが異常に高い。特にすごいのは、1巻収録の「おにぎり合戦の巻」。この回の展開は、香介が通ってる中学校の体育館建設工事現場へシチューを差し入れに行ったら失礼な対応をされたので勝負に、というものです。
上の通り、現場の人達のリアクションはひどい。今田さんの「失礼じゃないですかっ!!」は正論としか言いようがないです(ブホッて吐き出すことはないだろ)。しかしその後の香介の反撃はもっと凄いのです。
見てくださいよ、この勝手におにぎり食った上でご飯粒を口の周りに汚くつけての憎々しい顔。そして「ともかく米さえ食えりゃいいんだろ?」「シチューなんて高級な料理たべたことねえんだろ」「あんたたちにはシチューよりおにぎりをもってきたほうがよかったかもね」「あんなおにぎりくらいおれだってラクチンにつくれらあ!!」の強烈な4連発(特に「米さえ食えりゃいいんだろ?」が強すぎる)。侮辱されていた側であるはずの今田さんも思わず「香介くんっ!!」とたしなめる側に回ってしまうその煽りスキルは、ジョナサン・グレーンに匹敵すると言っても過言ではないでしょう。
このような魅力を持ち、『味平』と『味っ子』をつなぐミッシングリンクでもある本作、一時期は入手難でしたが幸い今は電子書籍版も出ています。「出来らあっ!」だけで満足せずに、ぜひ皆さんも通して読んでみて下さい。