『イブニング』の面白い2世漫画は『K2』だけじゃない——寺沢大介『ミスター味っ子II』

『ミスター味っ子II』

 

 本コラムを読んでいるような漫画好きならご存知の人も多いと思いますが、先日、『イブニング』休刊により『コミックDAYS』へと移籍する連載作が無料公開される出来事がありました。これにより、高レベルで安定した面白さを持つことが知られて大きくハネたのが、90年代『少年マガジン』で長期連載された『スーパードクターK』の「2世もの」な続編である、真船一雄K2』であることも言わずもがなでしょう(ギュッ)。ですが、『イブニング』で連載された2世もので面白い作品というのは『K2』のみではありません。というわけで今回の紹介は、やはり往年の『マガジン』連載作の2世もの、寺沢大介ミスター味っ子II』です。

 連載期間は03〜12年なのですが、作者がこの時期に同じ『イブニング』で食ミステリの傑作『喰いタン』を同時連載していた関係で、06年から09年には不定期掲載・一時中断の期間があり、10年間ずっと雑誌に載っていたわけではありません。単行本は全13巻です。

 本作の舞台となるのは無印『味っ子』から約20年後。町の定食屋・日之出食堂の息子にして天才中学生料理人「ミスター味っ子」として名を馳せた味吉陽一は35歳となっています。その陽一と、かつての陽一を彷彿とさせる天才料理少年である息子・陽太、この二人がダブル主人公となり、無印の時代からはずいぶん様相が変わってしまった料理界の大権威・味皇料理会が絡んで話が進むのが基本となります。

 基本設定を説明したところで、本作と無印との違いについて話しましょう。筆者としては、こここそが本作の特に魅力的な点だと思うからです。無印は、以前に本連載でも書きましたこのジャンルの金字塔『スーパーくいしん坊』の影響が非常に強く、毎回様々な料理勝負が行われることのみが基本で、全体を通しての大きなテーマやストーリーはないものでした(いちおう書いておきますが、これはイコール出来の良し悪しではなく、作品としてのタイプの話です)。しかし本作では、途中からラストまで、あるテーマが大きく存在しています。それは「料理人と客との関係の中で、料理人はどうあるべきか」ということです。このテーマが、本作のストーリーをギュッと引き締めています。

 例えば序盤では、陽太が入ったエリート料理教室「味皇料理会少年部」での実習で、「商店街の空き店舗群を2週間借りて自分たちの創作料理の店を出し、純利益が一番多かったチームを勝者とする」という課題が出されます。ここで彼らは、「味が分かる人に褒めてもらえるようなものを作ったからといって、それだけで道行く人に食べてもらえるわけではない」「コンテストのように制限時間内に一品作ればいいというわけではなく、客は長々と待ってはくれない」といった点に直面しますし、

 

『ミスター味っ子II』3巻56〜57ページより

 

 最終的には、運というか気まぐれのようなものによって努力が報われない(陽太たちは工夫をこらしたカレーの店で勝負しますが、期間の最後にやってきた団体客が「前日にカレーを食べたばかりだったから」という理由で他の店を選んだことで負けてしまいます)ことさえあるということを思い知らされます。

 

『ミスター味っ子II』3巻108〜109ページより

 

 このあたり、80年代に連載がスタートした無印の時点では意識されていなかったようなことが、90年代以降の料理漫画では目を向けられるようになったことがフィードバックされていると言えましょう(以前に紹介した『おなかはすいた?』でも店の経営の話は出てきましたし、「いいものなら売れるなどというナイーヴな考え方は捨てろ」などといったラーメンハゲこと芹沢さんの数々のセリフが有名な『ラーメン発見伝』も99年スタートですね)。

 そしてこの問題意識は、中断を挟んでからの第二部でさらに深く掘り下げられます。高校生になった陽太はまず、諸事情によって日之出食堂をしばらく離れ、味皇料理会少年部時代からの友人・柿本龍樹の紹介で、低価格・高品質をモットーとするファミレスチェーンで働くことになります。

 

『ミスター味っ子II』6巻168〜169ページより

 

 大量仕入れや系列チェーンで余る材料をうまく使うことなどによるコストダウンや、バイト学生でも安定した品質の料理を作ることができるような機械やマニュアルの整備といった工夫に最初は圧倒されていた陽太ですが、やがて、コストダウンのしわ寄せが一番及んでしまっているのが生産者(農家)であることや、そうやって作り手側ががんばっていても、客側にはそれが伝わっているわけではないという現実も知り、憤ります。

 

『ミスター味っ子II』7巻68〜69ページより。客商売ものの漫画としてはかなり攻めてます

 

 もちろん、これは所詮作り手側の言い分であり、客側は知ったこっちゃないとも言えましょう。実際に本作中でも、陽一はそんな陽太に対し「その裏側の苦労までわかってもらおうだなんてそりゃ欲張り過ぎってもんだ オレは そんなのは料理人として不遜だと思うがな」と言っています。

 

『ミスター味っ子II』7巻86〜87ページより

 

 それに、このような問題は、陽太という個人が何かをやったからといって状況が変わるわけでもありません。それは陽太にも分かっています。それでも、青い彼は何かをやらずにはいられず、ある挑戦を始めます。現実の食にまつわる問題をからめつつ、二世代のダブル主人公のポジション差をうまく使っておりましょう。

 そしてこの「料理人と客の関係」の話は最後、本作の世界を象徴する存在である味皇料理会の領袖・味皇様に、「すべての料理人は自分の道に踏み迷う 自分の技倆を高めるか客の好みに合わせるかといつも逡巡する」「料理を作る料理人はこの左手 そして客はこの右手だ」「この両者がお互いを目指し相打ち合う時 初めて料理は最も美しい音を奏でる」と語らせるんですよ。

 

『ミスター味っ子II』13巻146ページより

 

 これ、「料理人と客」を「著者と読者」とかに入れ替えても通ずる、普遍的なとても良いシーンだと思うんですよね(料理漫画における料理は創作論にそのまま通じやすい)。

 それと、無印読者なら、この引用コマで「味将軍」と出てきていることに驚くかもしれません。「味将軍グループ」、無印では「味皇料理会と対立し、日本の料理界を支配下に置かんとする悪の組織」という何だかふわっとした存在として登場し、陽一と個々の勝負は何度も行われるも最終的な決着は描かれなかった存在ですが(アニメ版ではオリジナル展開で決着が描かれましたが)、本作ではその正体がメインストーリーとしっかり絡む形で登場します。こういう、今までの寺沢作品読者ならより楽しめるポイントもなかなかに行き届いてまして、無印では味皇料理会の若きフランス料理部門主任にして下仲基之シェフや、無印では中国きっての天才料理少年だった劉虎峰といった、かつての陽一のライバルたちもカッコよく再登場しますし、『将太の寿司』に登場し人間離れした能力で読者に強烈過ぎる印象を残した伝説の寿司職人・大年寺三郎太などというところまで登場します(また虎峰と大年寺の勝負が、両者ともに格が落ちてなくて良いんですよ)。

 

『ミスター味っ子II』10巻192〜193ページより

 

 脇では、無印で陽一の料理をよく食べる審査員的な存在だった須原椎造(アニメ版では解説役「ブラボーおじさん」としても登場)とか、さらには『将太の寿司』の後にマガジンで連載するも短期で終わってしまった『喰わせモン!』の主人公・空山海といったキャラなんかもカメオ的に出演したりしています。

 これら旧キャラだけでなく新キャラも魅力的でして、例えば第二部におけるメインヒロインである、下仲さんとフランス人の奥さんとの一人娘・アンヌ。概ね宮本フレデリカの身体に一ノ瀬志希の精神という一人レイジー・レイジーな感じ(シンデレラガールズ知らない人には全く分からないたとえ)のパワーで後半の物語を引っ張り、最終巻での作者あとがきで「漫画家生活25年で初めて描いたキスシーン、あれは良かったな」と自ら語るほどの印象的なシーンも生んでいます。陽一の奥さん&陽太の母である八重さんも後半では存在感を増し、本作でセルフパロディ的に描かれる陽一との馴れ初めエピソードなんてのも面白い。

 

『ミスター味っ子II』11巻138ページより。ウェブでたまにこの扉1ページだけ流れてるのを見ることがありますが、本作のワンシーンです

 

 ちなみに、本作の後に『ミスター味っ子 幕末編』というタイトルだけ聞くと冗談みたいなシリーズ新作も出ていますが、少年時代の陽一が勝海舟のもとへタイムスリップして、限られた材料などの中で料理を作る時代劇としてよくできていますし(明治天皇と料理勝負したりしますよ)、最終的には無印と本作の間を橋渡しする内容にもなっているので、際物と敬遠するのは損です。また寺沢さん、最近はコミティアにも参加されてまして、今年2月のティアで出た初の同人誌『ソースをこぼすと染みになる』もやはり無印と本作の間を橋渡しする一品(下仲さんは無印では包丁名人・武生玄斎の娘さんと交際してたのが、本作では別の人と結婚してたけど、その辺どうなったのかという話)。下仲ファンはマストバイですよ。

 

記事へのコメント

同じく料理漫画の鉄鍋のジャン2世は、なんかいまいちノリきれなかったね。2世ならではのテーマや1世からの継承発展みたいなのがなかった。そもそも息子の名前が父親と同じというだけでちょっとアレだが。

ただひたすらに、唯一無二の美味しさを生み出す事に工夫を凝らしてきた世界で、チェーン店の存在に触れる衝撃!「1人のミスター味っ子より3000人の学生バイト」というセリフに込められた熱い想い!

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