60年前の子どもたちから絶大な支持を受けたかわいらしさの権化が初単行本化—太田じろう『こりすのぽっこちゃん』

 東京都の江東区には、『のらくろ』で有名な漫画家・田河水泡が子供時代を過ごしたという縁から、「田河水泡のらくろ館」という美術館があります。ここで現在(2023年6月24日〜7月17日)開催されているのが、「太田じろうの世界展〜こりすのぽっこちゃんとかわいいなかまたち〜」という企画展です。

 太田じろう(1923〜82)といっても、現代ではその名はあまり知られているわけではないでしょう。しかし、1950〜60年代には子供向け漫画で人気を博した人でした。少年向けの代表作が、『少年』(光文社)で連載された相撲漫画『がんばれガン太』、そして少女向けの代表作にして太田作品の中でも最も有名と言っていいのが、今回紹介する『こばと』(集英社)連載の擬人化動物漫画『こりすのぽっこちゃん』(連載初期は『こりすのぽっこ』の題)です。当時の子供向けテレビ番組『テレビ幼稚園』の中で人形劇が放送されるというメディアミックスも行われており、さまざまなグッズが販売されるなど大人気だったそうで、上田としこフイチンさん』とともに第5回小学館漫画賞も受賞しています。ですが、当時は漫画の単行本化ということがあまり行われていなかった時代。フルカラー作品だったこともあってか、後の漫画単行本の時代になってもまとまった単行本化はされず、長く幻の作品となっておりました。それが今年、この企画展に合わせて初めて単行本となったのです。商業流通の本ではないので、企画展会場での販売のほか、まんだらけの通販で扱われております(詳細は公式サイト参照)。

 本作の魅力は、帯に大きく「見て!! このかわいらしさ!」と書いてあるように、60年経っても色褪せない圧倒的なかわいらしさ。カバーに使われているイラスト見るだけでも分かると思いますが、描線も塗りもとにかく流麗です。キャラクターが人間じゃなくて服を着たりするなど擬人化された動物であるのも、ミッキーだとかピーターラビットだとかがずっと人気を保ち続けているように、時代を超えた普遍性に一役買っていますね。

 で、この表紙イラスト、よく見ると手に何か持っています。電動式が普及する前の、手動式のバリカンです。また、右上には「おかしやさんのまき」と巻名が記されています。これで予想がつく人もいるかと思いますが、各話は「おかしやさんのまき」「とこやさんのまき」「かんごふさんのまき」など、ぽっこちゃんが「こばとむら」のさまざまな職業の手伝いをする内容が多くなっています(全部の話がそうではないです)。キッザニアとかを見るまでもなく、子供は職業体験が好きですからね。大人になると働きたくなくなるものですが。ほんと……働きたく……ねえ……。

「太田じろうの世界展」より「アイスクリームやさんのまき」原画。会場は撮影可となっています

 これが、単に各話のストーリーに変化を与えるだけではなく、ぽっこちゃんが色々な衣装を着る展開にも自然に繋がっており、毎回変わったかわいらしさがあります。

『こりすのぽっこちゃん おかしやさんのまき』26ページより

 先程挙げた手動バリカンなんかもそうですが、当時ならではの風俗描写も多く、例えば「かみしばいやさんのまき」なんてのはいかにもという感じですね。

 筆者のような交通マニアにうれしいのは「バスガールのまき」。これは耳慣れない言葉ですが、バスの車掌です。バスというもの、ワンマン運転が当たり前になって久しい(神戸市垂水区あたりを走る山陽バスなんかは、97年というかなり遅い時期まで車掌が乗っていましたが)ですが、昔は車掌が乗っているものだったのです。運賃の収受や車内アナウンス、ドアの開け閉めなんかのほか、すれ違い時やバック時の誘導などが主な仕事でした。昔は道路が狭隘なとこだらけだった上にバックカメラとかもないですから、大型車であるバスは人のサポートないと安全性に不安があったんですね。で、バスの場合は女性が車掌をしていたことが多く(鉄道の場合は、アジア太平洋戦争中の人員不足期および大分県の日本鉱業佐賀関鉄道というローカル私鉄など一部の例外を除くと基本男性がやっており、女性が珍しくなくなるのは今世紀からです)、「バスガール」と呼ばれて昭和30〜40年代の特徴的な情景となっておりました。当時の読者に身近だったろうものとしてこういうのが描かれているのは読みがいがあります。ちなみにバスガールが気になった方には、池田邦彦おもいで停留所』というこれを主題にした漫画がありますんで、読んでみるのもよいでしょう。

『こりすのぽっこちゃん おかしやさんのまき』133ページより。ぽっこちゃんが下げてるデカいがま口は、昔の車掌の標準装備品です。福岡の筑豊電鉄なら時間帯によっては今でも見れると思う

 なお、太田は時に、「名古屋発のロングセラー菓子『クッピーラムネ』のイラストを描いた人」と言われることがありますが、カクダイ製菓の公式サイト

“ある雑誌におもしろいタッチでかかれた動物が登場するマンガを見つけたんだよ。そこでさっそく、マンガ家さんにおねがいしたら、水彩で描かれたウサギとリスの絵がとどいたんだ。そのまま印刷することはむずかしかったけど、デザイナーさんがその絵をすこし直して、今のウサギとリスになったんだよ。そのあといちど、マンガを出している会社からキャラクターが似すぎているからやめてほしいといわれたんだけど、絵を描いたマンガ家さんがかけあってくれて無事にキャラクターを使いつづけることができたんだって”

と書いてあります通り、(名前が明記されていませんが)太田はキャラクター原案くらいのポジションで、イラスト自体は手掛けていません。

 

 

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