海の戦場をゆくはみ出し者たち バロン吉元『どん亀野郎』全5巻

『どん亀野郎』

 バロン吉元の『どん亀野郎』は、太平洋戦争を舞台にした海洋アクションマンガだ。『ビッグコミック・オリジナル増刊号』で1972年7月20日号から連載開始。『ビッグコミックオリジナル』に誌名変更後の74年12月20日号まで続き、全47話で完結した。単行本は小学館「ビッグコミックス」から全5巻で刊行。その後、宙出版の「漢(おとこ)文庫」に全5巻で収録され、現在は電子コミックで読むことができる。

 物語は、1941(昭和16)年11月20日の太平洋、ハワイ諸島の遥か沖から始まる。
 日本海軍連合艦隊の先遣としてオアフ島真珠湾を目指す潜水母艦に率いられたイ号潜水艦精鋭部隊。その後方にはドイツ製Uボート7型Cの姿があった。潜航訓練を繰り返しながら、まるでイルカのように進む連合艦隊番外潜水艦「どん亀」だった。
 どん亀は潜水艦部隊からどんどん離されていた。なにしろ水上での最大速度は12ノット(約22キロ)で、イ号潜水艦の半分くらいのスピードしか出せないのだ。ついには自らの位置さえ見失ったどん亀。果たして真珠湾にはたどり着けるのか?

 Uボート7型Cの搭乗人員は通常44〜52人だが、どん亀の乗務員はわずかに16名と少数精鋭だ。
 艦長の南郷平助は野武士のような豪傑で大の女好き。それも年増の未亡人が好きで「後家参り」と呼ばれている。かつて、駐独日本大使館付き海軍武官だった南郷は、日独交歓会で見初めた<ドイツ社交界の花>マレーネ・ハイドリッヒ未亡人に一目惚れ。ライバルのカール・デーニッツ海軍准将から「マレーネを1週間以内にくどきおとせたらドイツ海軍の軍艦を1隻譲る」という賭けに誘われた。賭けに勝った南郷はマレーネと婚約。さらに、Uボート7型Cを手に入れた。しかし帰国後、南郷は某大将を殴ったために降格処分に。Uボートは没収され、マレーネとの連絡もつかなくなってしまった。荒れた南郷は、とある未亡人と一夜をともにし、それが「後家参り」の発端となったのだ。閑職に追われ、江田島海軍兵学校の分隊幹事となるが、そこであのUボートと再会し、山本五十六長官の命を受けて乗組員を集めることになる。
 砲兵長の橘薫は、女と間違えるような美形で、拳銃と合気道の達人。京都の祇園で11人の姉妹に囲まれて育ち、物腰も女性っぽい。自分を試すために海軍兵学校に進み、そこで南郷と出会う。彼に惚れている。
 先任将校の鮫島譲はインテリでキザ。水雷長の熊谷次郎は相撲では海軍の横綱クラス。機関長の猪又三太郎は元パイロットで閉所恐怖症。船医の北銛夫は元獣医。ほかにも気象台出身の航海長や前科十犯の空気手など一癖も二癖もある無頼の面々が揃っている。
 海軍のはみ出し者たちが激戦地で巻き起こす破天荒な事件を読み切りのオムニバス形式で描くのが本作だ。

 破天荒と言っても、戦闘シーンはリアルだ。そして、太平洋戦争の激闘もていねいに描かれている。
 1941(昭和16)年12月8日の真珠湾奇襲作戦。42年5月7日のポートモレスビー攻略作戦。同6月5日のミッドウェー海戦。42年8月に始まるガダルカナル島の戦いとソロモン海戦。43年4月の山本五十六の戦死。5月のアリューシャン列島アッツ島の戦いと玉砕。同じく7月のキスカ島守備隊の撤収作戦。44年6月15日のサイパン玉砕。同6月19〜20日のマリアナ沖海戦。
 どん亀と16人の乗務員は何度も死線をくぐり抜けていくわけだが、彼らは直接人を殺すことがない。
 大幅に遅れて辿り着いた真珠湾ではすでに奇襲作戦は終了して、攻撃すべき目標は皆無。直後のクリスマスには、本隊より先にアメリカ西海岸のオレゴンに辿り着いたが、人のいない農園を砲撃しただけ。海上で敵艦と遭遇したときも、敵艦に乗り移り砲兵長の合気道や水雷長の相撲技で乗組員を海に叩き落とす。そのほかの作戦でも、彼らが担うのは救助や撤収作戦、物資の輸送なのである。
 ポートモレスビーでは、墜落した戦闘機からパイロットを救出する「とんぼ釣り」で活躍。ガダルカナルは、日本軍に物資を運ぶ途中に敵艦との戦闘で航行不能になった駆逐艦を助け、乗務員と積んでいた物資を届けた。
 また、漂流者を発見すれば国籍を問わず助ける。アメリカの赤ん坊も助けたし、臨月のアメリカ女性を助け上げたときには北先生が赤ん坊を取り上げた。
 そんなどん亀たちを戦場で殺すのはしのびない、と作者も考えたのだろう。日本軍が大敗北を喫しすることになるマリアナ沖海戦の前日、物資輸送のために魚雷も大砲も取り外して丸腰になったどん亀は、マリアナ海深くに姿を消す。
 最後の武器だった機関銃を撃ち尽くして海に捨てた砲兵長は言う。
「これでどん亀は堅気や」と。彼らは軍人であることをやめて、堅気のはみ出し者としてしぶとく生き延びたに違いない。

 

第1巻230〜231ページ

 

 

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