女神と人情は空からやってくる 滝沢聖峰『女流飛行士マリア・マンテガッツァの冒険』

『女流飛行士マリア・マンテガッツァの冒険』

 今回、人情マンガとして取り上げるのは滝沢聖峰の『女流飛行士マリア・マンテガッツァの冒険』だ。『ビッグコミックオリジナル増刊号』で2014年3月号から連載。単行本は8巻まで出ている。
 舞台は1920年代のヨーロッパ。オーストリア=ハンガリー帝国、ドイツ帝国、オスマン帝国(現在のトルコ)、ブルガリア王国、ジャパル・シャンマル王国(アラビア半島の中央にあったアラブの部族国家)からなる中央同盟と、ロシア帝国、フランス、イギリス、セルビアなどを中心とした連合国との間で1914年から18年まで続いた人類初の世界戦争=第一次世界大戦が終結して、ヨーロッパにようやく平和が訪れた時代だ。
 だが、終戦直前の17年には、ロシアで帝政に反対する革命が起き、社会主義を掲げるソビエト政権が誕生。終戦後の18年にはオーストリア=ハンガリー帝国が崩壊してオーストリア共和国とハンガリー民主共和国に分裂。中東でもオスマン帝国の大部分が連合国に分割されて帝政が瓦解。アジアではイギリスの同盟国として参戦した日本がしだいに軍事力を強化してアジアの覇権を狙うようになるなど、世界情勢は風雲急を告げていた。
 本作は各国が諜報員や工作員の動きを活発化させ、その背後で武器商人が暗躍する中で活躍する女性飛行士を描いたマンガだ。とは言え、人情ドラマはしっかり生きているのだ。

 主人公のマリア・マンテガッツァは、イタリア・ロンバルディアに暮らす母親と、イギリス貴族で、優れたパイロットであり、諜報部員でもあった父との間に私生児として生まれた。幼い時から父のひざに乗って空を飛び、イギリス政府高官の伯父を頼ってイギリスに渡ったのちは、英国空軍で新米パイロットの教官として空戦の相手を務めた、という経歴の持ち主。終戦後は、任務中に地中海で姿を消した父親を追い求めながら、イタリアにある小さな郵便航空会社「ガリレイ航空サービス」に女流パイロットとして勤務。世界の空を飛びまわっている。
 愛機は、複葉単発機のデハビラントDH-9a(事故に遭い、途中からはホーカーハートMM-3)。垂直尾翼には父との絆を意味するハートのマークが描かれている。
 彼女の口癖は「同じ場所を往復するなんてつまらない! このマリア・マンテガッツァには常に新しい風が必要なのよ!」
 だから、コースが決まっている郵便飛行の仕事はよほどのことない限りしない。
 第一次世界大戦は世の中の常識を大きく変えた。大戦をきっかけに工業技術は飛躍的に進歩し、中でも航空機産業が盛んになった。戦闘機はもちろんのこと、大小さまざまな飛行機が作られ、民間でも定期航空や飛行郵便が発達し、航空機サーカスなども登場した。
 もうひとつ大きく変わったのが女性の社会的地位だ。戦場に取られた男たちに代わって、女性が職場に進出し、「女は家庭を守るもの」という概念が崩れはじめた。
 マリアは新しい時代の象徴でもあるのだ。

 わき役陣もそれぞれに個性派ぞろい。マリアの雇い主・ガリレイ社長は、1889年のイタリア・エチオピア戦争の生き残りで当時の帽子を離さない。相棒役になる元ロシア貴族・アレクセイは、イラン某所でソビエト赤軍からマリアに救い出され、イギリス情報局の仕事をするようになった。そして、マリアに惚れている。ガリレイ航空サービスのパイロット仲間・ジェームズは元アメリカ空軍少尉。マリアのライバルで「フライング・フラッパー」の異名をとるフランスの女流飛行士・マドモアゼル・ザハロフ・ヴァネッサは、武器商人のデミル・ザハロフの娘でお嬢様気質の持ち主。
 登場人物たちが織りなす人間模様は人情マンガには欠かせないものだ。ベースには親と子、男と女、人と人の愛情ドラマがある。

 お話は1話完結式になっていて、ヨーロッパ、アジア、アフリカの各地で愛機とともに事件に巻き込まれたマリアが、持ち前の機転と操縦テクニックでピンチを脱して、仕事をやりとげる、というものが多い。
 スカッとするアクションもいいが、心を打つのは、マリアが出会う人々との心の交流だ。淡い恋もあるし、幼いトルコ皇太子との出会いもある。歴史上の人物も多数登場している。
 SF染みたエピソードだが、第19話『未知との遭遇』を紹介しよう。
 飛行中のマリアが奇妙な霧に巻き込まれる。霧の中では計器も役に立たなくなってしまった。ようやく霧が晴れたとき、彼女の目の前には見たこともない新鋭機が2機飛んでいた。イタリアとイギリスの戦闘機だった。空中戦を繰り広げた2機は見知らぬ島に不時着し、パイロット同士が銃を構えて一騎打ちを始めた。止めようとするマリアにふたりのパイロットは、今が第2次世界大戦で、イタリアとイギリスは敵同士となって戦っていると告げる。マリアは、自分がイタリア人の母とイギリス人の父の間に生まれ、ふたつの国で育ったことを語り、争いをやめさせようとする。
 彼女の話を聞いたふたりは、平和な空を飛ぶ日が来ることを夢見ながら、それぞれに島から飛び去って行く。2機を見送りながらマリアは思うのだ。
「母と父の国が戦う時が来たとしたら、私にはどちらかに立つことなんかできない…。その時がもし来たら…二つの祖国の架け橋となって飛び続けることができればいいのだけど……」
 いまだから、マリア(女神)のこの思いを世界中の人に届けたい、と思うのだ。

 

第4巻20、21ページ

 

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