世間では、政治家の世襲が問題になっているが、世襲そのものはそんなに悪いことではないと思う。悪いのは人情のかけらもないような人間が世襲政治家になることだ。親譲りの権力を頼って、苦労を知らず、物事を利害関係や損得勘定で判断して、国民が困っていることを考えようともしない人が政治家になるから困るのだ。
どんな人物なら世襲でもいいのか、と問われるなら、高橋遠州/原作、永松潔/作画の人情政治マンガ『テツぼん』に登場する仙露鉄男のような人と答えたい。
『テツぼん』は、小学館の『ビッグコミックオリジナル増刊』で2008年9月から10年11月号まで連載。並行して本誌でも08年19号から10年23号まで不定期連載され、2011年2号から毎号連載に移行。その後は現在まで通常連載が続いている。単行本は2022年11月末現在で全32巻。
主人公の仙露鉄男の父親・道男は、保守系の憲政党に属する衆議院議員で、道路族のボス・黒田道久の派閥に属していた。
仕事人間で家庭を顧みなかった父親と鉄男とは長年疎遠。とくに政治家教育を受けることもないまま無名大学を卒業した鉄男は、政治には関わらず、少年時代からの鉄道趣味を楽しみながら、コンビニ店員などとしてオタク人生を謳歌していた。
ところが、父親が急死したことから鉄男の人生は大きく変化する。
後継者として父親の選挙区から立候補することになったのだ。当選後は二世議員として憲政党・黒田派の末席に加えられることになる。父親以来の支持母体は大手自動車メーカー・トドロキ自動車。ボスの黒田も道路行政に深く関わっているため、鉄男が鉄道オタクであることは秘密である。
鉄男を支えるのは、父の代から仙露事務所の第一秘書を務めている内山芳仲。昔気質の人物で、損得にはうるさく、先代と違って茫洋とした性格の鉄男の政治家人生にかなりの不安を感じている。
そして、もうひとりの秘書としてサポートするのが、鉄男の異母妹で、アメリカの大学で政治学を学んだ才媛・児玉のぞみだ。仙露事務所に押しかけ秘書として加わり、はじめは見習いだったが、政策秘書の資格を取って、本格的に秘書として鉄男にはっぱをかけるようになる。
事務所の面々の思惑とは反対に、できることなら次の選挙には落ちて、政治家なんてものは辞めてしまいたい、という鉄男だが、目の前に困っている人たちを見ると放っておくことができない性格。
鉄道オタクのマメ知識を駆使して、農家や中小企業を救い、老人や子どもたちの悩みを解決するのだ。やがては、与野党の垣根や国境を越えて、心ある人たちが仙露鉄男のファンになっていく。
ほかにも憲政党やライバルの民衆党の議員たち、霞が関の官僚たちが多数登場するのだが、鉄男とは違って、みな人情からは程遠いキャラクターだ。
数少ない例外と言えば、党の長老だった大橋久豊がいる。大橋は鉄男に誘われて真岡鐵道の蒸気機関車を見たことで、役割を一度終えた後に新たな活躍の場を得たSLと自分自身を重ねて、離党して老人のための「寿齢党」を結成。その後も鉄男のよき理解者になる。
もうひとり鉄男の理解者に、四菱財閥の創業家・岩滝家の血を引く岩滝輝男がいる。彼の父親の輝矢は鉄男の祖父の親友で、社業よりも鉄道趣味に熱心で「元祖撮り鉄」と呼ばれた人物。戦後の財閥解体で岩滝家は四菱グループとは表向き一線を画しているが、輝矢が才能を見込んでグループ入りさせた若者たちは、いまは出世してグループの中核企業の社長に。ときどき輝男が経営する喫茶「いわたき」に集まって情報交換をしている。
第4巻収録の「空からお金?」では、輝男が、小学校の戦前からの校舎を守ろうとする鉄男とこんな会話を交わす場面がある。
輝「モノを大切にするということは、人を大切にする気持ちに通じるのではないでしょうか」
鉄「さすが、人生の経験者。これからいやおうなしに高齢化社会に入っていこうという時に、人やモノに対する優しさを持たないで、どうやって高齢者に優しい社会を作っていけるんだろう? その気持を伝えていくためにもあの校舎を守らなきゃ!!」
仙露議員の人となりを象徴する会話だ。人にもモノにも優しい政治家。こんな政治家が増えてくれたら、日本はもっと住みやすくなるはずだ。
女性が働きやすい社会づくりにも、鉄男は力を貸す。単行本第6巻に収録されている「乙女たちの駅」というエピソードだ。
黒田議員の命で首都急行電鉄の「イメージアップのための検討会」に出席することになった鉄男は、のぞみを連れて首都急「乙女ヶ丘」駅にやってくる。近くに女子大や女子校が集中しているために、登下校時間には文字通り乙女たちでいっぱいになる駅だ。
女性運転士として活躍する今井君子とこの駅で待ち合わせた鉄男は、鉄道会社がまだまだ男社会であること、女性の方が向いている仕事がたくさんあることを知る。そこで会社に提案したのが、乙女ヶ丘駅の全職員を女性にするというアイディアだった。
経営陣は「労組が」と渋い返事だったが、鉄男は、労組とつながりのある民衆党に協力を取り付けて、プランを実現してしまうのである。女性ばかりの乙女ヶ丘駅はマスコミでも話題になって、首都急行鉄道もイメージアップができて万々歳というわけ。
人のためなら、党派なんてなんのその、というか政治上の利害や損得なんて考えていないのが鉄男のいいところだ。
巻数は多いがどこから読んでもソンはないマンガだ。リアルな世界の政権交代も反映されているし、連載中盤からは、全国に視察旅行をするようになって旅情要素も加わる。
人情マンガとしても、鉄道マンガとしても、政治マンガとしても読める一粒で3度、4度味わえるマンガなのだ。