現代人が忘れた濃密な人情を描く はるき悦巳『じゃりン子チエ』全67巻

『じゃりン子チエ』

 2年間続いた「人情マンガを読む」シリーズも今回が最終回。手当たり次第に、ずいぶんいろんな人情マンガを読んできたが、ゴールで取り上げる作品だけはスタート時に決めていた。はるき悦巳の『じゃりン子チエ』である。
 双葉社の『Weekly漫画アクション』で連載されたのは1978年10月12日号から97年8月19日号まで。単行本はアクション・コミックスで全67巻にまとめられ、双葉文庫で文庫化もされている。
 81年春には高畑勲監督で東京ムービー新社(現在のトムス・エンタテインメント)が劇場アニメ化。東宝が配給して全国上映された。秋からは高畑監督が総監督をつとめたテレビアニメシリーズが同じ東京ムービー新社で製作され、大阪の毎日放送をキー局として83年春まで全国放送された。また、91年秋から1年間、『チエちゃん奮戦記 じゃりン子チエ』のタイトルで同じく東京ムービー新社の手で再度テレビアニメ化されている。
 最近では、2019年5月から文庫の新装版が刊行スタート。同年9月発売の7巻までの合計で15万部を突破するヒットになった。余談だが、このニュースを取り上げた20年6月28日付『夕刊フジ』で筆者は、「日本社会が効率第一で切り捨ててきた、濃密な人のつながりが描かれている」ことが受けている、とコメントした。
 いずれにしても、根強い人気を持つ人情マンガなのである。

 舞台になるのは大阪市頓馬区西萩町。もちろん架空の地名だが、描かれている背景などから推察すると、モデルになっているのは大阪市南部の西成区萩之茶屋あたりではないだろうか。
 時代は1970年代後半。マンガの中には、MGM映画『風と共に去りぬ』の絵看板が掲げられた映画館が出てくる。ちょうど連載が始まった1978年には、リバイバル・ロードショー公開されて話題になっていたのだ。
 主人公のチエちゃんこと竹本チエは西萩小学校の5年生。スポーツ万能だが勉強はちょっと苦手な明るく元気な女の子だ。劇場版アニメのパンフレットの中で作者・はるき悦巳は、幼いときに観た菊田一夫の人情喜劇『がめつい奴』に登場した戦災孤児・テコのイメージが強烈に残っていた、と語っている。ちなみにテコを演じた中山千夏が、アニメでもチエの声を演じている。
 チエの父親・テツは喧嘩とバクチが三度の飯よりも好きという暴れ者。大阪で言う「ごんたくれ」だ。家業のホルモン焼屋のことは5年以上もほったらかしで、チエが代わって店を切り盛りしている状態。
 連載開始当初、母親のヨシ江はそんなテツに愛想を尽かして家を出て、チエとはテツには内緒でときどき会っていた。
 喧嘩では敵なしのテツだが、このヨシ江と、実の母でおバァはんと呼ばれている竹本菊、そして、小学校時代の担任教師だった花井のオッちゃんこと花井拳骨の3人には頭が上がらない。
 ほかに、チエの担任で花井のオッちゃんの息子・花井渉、同級生で音痴だが絵のうまいヒラメ、嫌味なマサルと腰巾着のタカシ、元バクチ屋の社長で今はお好み焼き屋の百合根光三、テツの幼なじみで巡査のミツルといった面々が脇を固める。
 忘れてはいけない、あとふたり、ではなく2匹の重要キャラクターがいる。チエに拾われて飼い猫になる月の輪の雷蔵こと小鉄と、小鉄の相棒・アントニオJr.だ。この2匹中心のエピソードもかなりある。

 連載はほぼ1話完結の連作形式で、あとさき考えないテツの身勝手な行動がチエたちを巻き込んでいくという展開が多い。巻き込まれたチエは、「ウチは日本一不幸な少女や」とつぶやくのだ。
 ただ、連載初期は、テツのために一度はバラバラになった一家を周囲の人達がなんとか修復しようと画策し、チエもまた両親が元通りになってくれることを願っている、という緩やかな人情ストーリーが底に流れていた。
 家族を思う健気なチエの気持ちがよく現れているのが、第2巻第9話「うちのお父はん」の巻だ。
 春休みの宿題でチエが書いた作文が大阪府主催作文コンクールの金賞に選ばれた。ところが、家路につくチエの足取りは重い。作文はチエがこうあって欲しいと考えたテツの姿を書いたものだったのだ。作文の最後には「これはウソです ウソだけどこうなりたいと思います」と付け加えていた。せやのになんで金賞に?
 ところが、心配して家まで様子を見に来た花井先生は、ウソと書いた部分を消してコンテストに送ったと説明した。それを聞いて内心「メチャメチャや」と思ったチエだったが、先生は「読めば分かるんだよ 真剣に書いたかどうかってこと」と言って励ます。チエのテツに対する真剣な思いが先生に伝わっていたのだ。
 そして、コンクールの発表会当日、チエはみなの前で作文を読み上げる。作文はホルモンを焼くテツの姿を描き、最後に「ウチは お父はんと一緒に店がやりたいのです 早く焼き方をおぼえて お父はんと一緒に店を……」と結んでいた。
 花井のオッちゃんとお好み焼き屋の百合根に引っ張られて会場に来ていたテツは、ひとり表に出てつぶやくのだ「ウソツキ」。
 テツにもチエの真剣な気持ちは届いたのだろう。
 ただ、反省は長続きせず、次のエピソードからは再び、ハチャメチャを繰り返すのだけど……。

 

第2巻192~193ページ

 

 

記事へのコメント
コメントを書く

おすすめ記事

コメントする